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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter6
65/70

第65話 鶴の一声 同日十二時三十七分

 王宮へと移動するため、もう一度タクシーに乗った。ウィリアムが助手席に座り、アズとジェイクが後部座席になる。辿り着いたのはスピーチの十数分前で、既に人集りが出来ていた。そのどこにギンティか紛れ込んでいるのか、見分けがつきそうにない。


 あまりに多くの人々が、ヴィクトリカ女王陛下の声を聞きたがっている。このため、今更前列へ向かうことは難しそうだ。また、王室や女王陛下自身は身の危険が迫っていることを、未来予測によって知っているはずである。もし知らないとすれば、何者かによって、ギンティの思惑は破れたことになる。何故なら、そうした未来は訪れないということだからだ。例外があるとすれば、見た上で慢心している、油断している、という可能性だが、これはあり得ないだろう。

 いずれにせよ、ウィリアムは、自分たちが慌てる必要はないだろうと結論していた。

 結局、聴衆の間を割って入ることもできず、ウィリアムたち三人は、後方で陣取っている。もし仮に、近場にギンティが居るようであれば、いつでも倒せるようにと、指輪を嵌めて準備していた。今のところ感応はしていない。


「何だか緊張してきたな」ジェイクが言った。

「あ、あたしも……」珍しく、アズもそわそわとしている。

「まあ、僕らに出来ることは特に無さそうだね」とウィリアムは二人を落ち着かせるために言った。「ほら、屈強な人が護衛しているし、多分大丈夫だよ。後は彼らを信じよう」

「でも、指輪の力に勝てると思う?」アズが訊く。

「彼らだって水晶の知識はある。ヴィクトリカ女王なんて冠を被ってるし、片手で止められるんじゃないかな」

「達人みたいに?」アズは笑った。


 ジェイクが片手で静止する様子を身振りで再現する。アズがそれを見て笑い声をあげた。と、指輪が感応する。ウィリアムとジェイクは顔を上げた。どこかから甲高い悲鳴があがる。女性のものだった。

 騒がしかったこの場が一瞬で静かになる。誰もが、何事かと気になったようだ。誰かが「あっ」と声をあげて指を差した。その先には、数人の護衛が奇妙な形になって崩れている。

 生きているようには見えない。肉体は、砂で作ったお城が瓦解したように、欠損している。周囲も同じような溶け方をし、赤く染められていた。

 間違いない。ギンティだろう。血の能力だ。

 だが、感応は既に消えている。ほんの一瞬だった。使用して、すぐに外したのだろう。


 間も無くして、王宮の一室から、ヴィクトリカ女王陛下が顔を出した。ベランダから僅かに見える彼女の顔色は、どこか青白い。ざわつき始めた会場は、女王陛下の登場によって収まった。

 彼女はよろめきながら歩き、手すりに手を突く。ヴィクトリカ女王を支える人影があり、背後に立った。遠いが、誰なのかわかる。

「ギンティ・ギルバート神父だ」ウィリアムは皆に向けて言った。

「ああ……見えるぜ」ジェイクが静かに同意する。

 アズを見ると、彼女はこくこくと頷いた。顔と名前が一致したようだ。


 会場がどよめく。女王陛下が倒れたからだ。ギンティが助け起こすと、しかし彼女は男の姿に変化する。マジックショーを見せられている気分だった。ウィリアムはこれの意味を即座に理解する。

 ギンティ神父が男を抱えて、部屋の中へ移動させた。その数秒後、彼は戻り、ベランダから顔を出す。

「この国にはある大きな秘密があります」とギンティは言い、「それが、今見てもらった光景です。もっとわかりやすく説明しましょう。我々の見る女王陛下は、幻でした。彼女は存在しません。それでいて、誰もが女王陛下になれるのです」

 彼は水晶髑髏を掴んだ。たちまち容貌が変わって見える。そこに立っているのは、まごうことなくヴィクトリカ女王陛下本人だった。ギンティは、聴衆の面前でこの秘密を暴こうとしている。


 この国の秘密を。

 王家が隠した真実を。

 水晶という存在を。

 今、ここで明かそうとしているのだ。

「ねえ、どういうこと?」アズは目を大きく広げて、「あの男の人殺されたの?」

「多分ね……他の護衛はどうしたんだろう」ウィリアムの額から汗が流れ落ちる。

「もうやられたんだろうな。どうする? 迂回してでも奴を倒しに行くか? 爪弾はここからじゃ届かないしな」とジェイクが言った。

 ウィリアムはそうしよう、と首肯すると、移動を開始する。三人でこの場を離れ、何とか王宮を目指すことにした。


 ギンティは女王陛下の姿で、尚も続ける。

「私が誰に見えますか? この姿は偽物です」声もそっくりヴィクトリカ女王だったが、水晶髑髏を手すりに置いたのが見えた。彼本来の姿が現れ、「これが、女王陛下という存在のトリックです。誰もが彼女に成りすませる。我々が信じ、愛する彼女はもはや存在しません。先程、女王陛下の姿をしていた彼は」と、神父は部屋の奥を片手で示し、「王家の血筋ではありたせん。ただ、水晶髑髏により、女王陛下その人を引き継ぎました。皆さんはこの意味がお分かりになりますか? 女王陛下とはこの国のシンボルであり、特定の人物などではないということです。一八九〇年という時代を示すための象徴だ、ということです」


 スーツ姿の男が二人、ベランダに駆け寄って行く。護衛だろうか。ギンティ神父を止めようとしているのだろう。

 ギンティは指輪を身に付けた。感応して、ウィリアムにもそれが伝わる。

〝ギンティ・ギルバート。三十二歳。神父。指輪によって強化された、触れたものを溶かす血液を、傷口から放射する〟

 ギンティは指先から赤い線を発射した。それは滑らかに二人の護衛にぶつかる。彼らの顔は奇妙に凹み、その場に倒れた。

 会場はパニックになり、誰もがその場から離れようとする。ギンティが冠を被った。

「落ち着きなさい」

 ただ一言、それだけで全員が大人しくなる。アズも例外ではなかった。命令の影響を受けたらしい。ウィリアムとジェイクは指輪をしていたから、これに抵抗できた。だが、彼女は何も身に付けていない。

「君にもこれを」

 と、ウィリアムは汗の指輪を渡す。アズがそれを受け取り、指に嵌めた。これで彼女にも免疫が出来るはずである。

「しかし、もう冠まで手に入れていたとは」ウィリアムは顔を顰めた。


 ギンティは、ヴィクトリカ女王陛下の姿で微笑する。姿勢正しく聴衆を見つめると、手の甲を上にして、おもむろに片手を差し出した。

「この世に地獄を作りましょう」と高らかに宣言する。「誰もが傷つくことを恐れ、傷つけることを恐れる。そうではなく、誰もが傷つけ合い、傷つくことに慣れた世の中にしましょう。私はそんな社会にしたい。地下で眠る水晶たちよ、目覚めなさい。地上に出て、この世を白一色で染め上げるのです。皆さんは、永遠に殺し合いなさい。終わりなく、ずっと、ずっと、いつまでも……」

 地面から振動が伝わった。何かが下から近づいている。指輪が感応した。ウィリアムは背筋が凍る思いだった。それは沢山のアリシア・ヴィクトリカだった。地面が大きく揺れる。各所に亀裂が走り、そこから白い柱が空へと昇った。

 水晶だ。

 遺跡に閉じ込められていた水晶たちが、今、解放されたのである。


「や、やばくないか……」ジェイクの言葉は、どこか間の抜けた調子だった。

 アズもウィリアムも、幾つもの柱に目が奪われてしまって、返事を忘れている。世界が非日常へと顔を変えた。その表情に、ウィリアムはシュールな魅力を感じていた。

 水晶は空を覆い、太陽を遮る。昼間でありながら、夜のように辺りは暗くなった。街灯は付いていない。いきなり明かりがなくなったので、目が暗さに追いつかなかった。数秒して、目が慣れた頃になってようやく、空に星々の煌きが見えた。

 それらの一つひとつが水晶である。

 欠片が雪のように降り注ぎ、人々の肩を濡らした。

 吸引した聴衆は一人残らず雄叫びをあげる。

 まるでこれから受けるだろう苦痛から出る悲鳴のようだった。

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