第64話 合流地点 同日十二時二十八分
孤児院を出ると、ウィリアムはタクシーを拾った。髪の指輪の女とは感応していないから、意識としては、警戒を少し緩めている。葬儀場に戻る途中、運転手に、この付近にカフェがないかと訊ねた。話によると、一軒だけあると言う。目的地を変えて、そちらに向かうよう注文すると、ウィリアムは考えに浸った。
トーマスがゴードンに連れられて遺跡へ降りた時とこと。ゴードンは、アリシアのうちの一部が、この経路を辿って脱出したと言っている。つまり水晶の洪水が起きた時、一部の古代人たちは生き延びていたのではないだろうか。その様子を遺跡の水晶が察知しており、ゴードンは水晶を吸引したためにこの事実を知った、と言うことだろう。
また気になるのは、ゴードンは他の者とは異なり、アリシアを心変わりさせた。これは彼の肉体が特異なものだったからだろうか、予想もつかない。何故、彼と他の五人のみが──実際にはもっと居たのかもしれないが──アリシアを呪いから救えたのだろう。
恐らく、その肉体を使って悪さをしようとした。その最中にあって、外界に触れ、感動したのかもしれない。理由は幾つも考えられる。どれも不定だった。確定しない。
それから思案は移って、今後はどうすべきか、ウィリアムは考えた。
ギンティはこれから、ヴィクトリカ女王陛下を狙うだろう。水晶髑髏と冠を手に入れるためだ。まずはジェイクやアズと合流し、全てを伝える必要がある。その後、彼らに協力を要請し、ギンティの凶行を止めなくてはならない。
王家側においても、未来を予測しているだろう。ギンティの企みは、そう簡単にはいかないはずだ。ウィリアムの余計なお世話も必要ないかもしれない。とは言え、嫌な予感がある。その理由が何なのか、具体的には思いつかない。
カフェで降りると、すぐに彼らは見つかった。ジェイクとアズは、店外のテーブルに座って優雅にお茶を飲みながら、楽しげにお喋りしている。二人はこちらを見ると、
「うわ、あの距離をタクシーで移動してきた。金持ちだねえ」と、アズは目を剥いて言った。
「随分と時間がかかったじゃねえか」言うと、ジェイクがミルクティーを啜る。
「少し……色々あってね」ウィリアムは微笑みながら椅子に腰掛けた。「あの後、ギンティに会った」
「何……」ジェイクが色めき立つ。
ウィリアムは余さず話した。ギンティが赤ん坊の頃に嵌めた指輪から、罪深い記憶を見て育ってしまったこと。また、そこから捻れた欲望に囚われ、救いを求めており、この世に地獄を現出させようとしている、ということを。
「意味がわからない」アズは真顔で言った。
「奇遇だなぁ、俺もだ」ジェイクは頭を抱えて、「くそ……アイツは一度もそんなことを言わなかったぜ」
「ジェイクが指輪のことを知ったのは、従軍してからのことだからね。指輪のことも水晶のことも、あまり知るべきでもないだろうし、言わなかったのも仕方ないよ」とウィリアム。
「ねえ待ってよ。罪深い記憶の指輪って何さ?」アズが片手で会話を止めるようジェスチャーする。
「それが何なのかは、まだ分からないけど……多分、これかなという予想はある」ウィリアムは答えた。
「それって?」ジェイクが訊く。
「古代文明を崩壊させた、血の指輪だ」
ウィリアムは更に、孤児院にて、フローディアから汗の指輪を受け取ったことを話した。この指輪から、古代文明の歴史と、それが崩壊するまでの経緯、それからまた、地下の水晶には人々の恨みがまだ残っていることも説明する。
アズは目をぐるりと回して、それは大変だと肩を竦めた。ジェイクは両手を広げ、手に負えないのポーズ。
「ええと、じゃあつまり、今年は何年?」アズは首を傾げた。
「一八九〇年ってわけじゃあなさそうだ」ジェイクが相槌を打つ。
「一九四〇年だろうね」
ウィリアムはそう言った後、ナプキンを取り、テーブルに広げた。ペンを取り出して、名前を書いていく。ウィリアム、アズ、ジェイクの三人から、それぞれ線で繋ぎ、名前を書いていく。ウィリアムの母、ミレアは、それぞれ七歳のギンティと三歳のジェイクと出会っていた。ミレアの父、マーシーがトーマスという名前だった頃、アズの祖父であるエドワード──つまり、パーシヴァルと出会っている。
彼らの年齢を突き合わせ、計算すると、現在はやはり一九四〇年だと導き出された。
「つまり、古代の女王陛下が呪った予告の年だね」とウィリアムは結論する。「ヴィクトリカ女王は、これを恐れていて、回避しようとしていたんだ。だから人々に協力を要請した」
「それにしたってやり方が雑だと思うな」とアズが言った。「強制的だよ。もっとさ、友好的に、皆にお願いすれば良いのに」
「一緒に地獄を回避しましょうってか?」ジェイクは苦い顔で、「そんなことを言って誰が信じるんだ。それにだぜ、もし仮に信じたとして、パニックになるだけだろう。だったら、誰にも知られずに対処した方が良い」
「それから、女王陛下はきっとこうなるだろう未来も予測していたと思うんだ。様々な人々に介入して、未来がどうなるかを確かめながら、修正を繰り返す。恐らく今は、最善の道の上にあるんじゃないかな」
と、ウィリアムが考えを補足する。
「そりゃあ楽観的だぜウィリアム。幾ら予測できるとは言え、本当に回避できるのか? 運命ってやつが、どのくらい強力なのかわからない」
「そもそも本当に地獄が起こるの?」
ジェイクの質問に覆い被さるようにして、アズが訊いた。ウィリアムは「さあ、分からない」と首を振ると、ウェイターが現れたので、紅茶を注文する。会話が一時途切れ、ウェイターが離れるのを見届けてから、
「僕らはまだ水晶の影響から離れられていないんだ。多分、無間地獄は起こるだろうね。回避できるかは、ギンティを阻止できるかに掛かっていると思う」
ウィリアムはアズに、それからジェイクに返事した。
「ギンティが、女王陛下の呪いを背負っているわけか」ジェイクは歯を噛み締める。
「その血の能力で文明を終わらせた記憶で困ってるからね」アズはジェイクを指差しながら言った。
「人に指を差すな」ジェイクが注意する。
「そう。……ただ、その指輪がどんな能力なのかは、まだ詳しくはわからないけれど、痕跡だけはあってね」ウィリアムは目線を上に、思い出しながら、「鍵穴だったり、壁だったりに、大きな穴を開けられる」
「つまり、溶かすのか?」ジェイクが言った。
「恐らくね」ウィリアムは頷く。「彼の目的は、無念の声──遺跡の水晶を解放することだと思う。そのためには、全ての水晶に影響を与えられる水晶髑髏と、命令できる冠が必要だ」
「素朴な疑問だったんだけど、冠を使って、古代人たちに『この世を呪わないでください』ってお願いすれば良いと思ってたんだ」とアズは、はにかみながら言った。
「あー、そうだな。でも冠を使って、やっぱりもう一度呪ってくれって誰かがお願いしたら、効果は多分、上書きされるわけだろう?」ジェイクが反応する。
「だから、冠が奪われたら一巻の終わり」とウィリアム。
「それで女王陛下は狙われるんだね?」アズが確認した。
「ああ……待てよ。だったら、拙いぞ」ジェイクは勢いよく立ち上がり、「この後、王宮で平和式典がある。そこで、ヴィクトリカ女王がスピーチするんだ。奴が狙うとしたら、絶対そこだぜ」
ウィリアムは驚いて、「それは何時から?」
「十三時だ。茶を飲んでる場合じゃねえな」ジェイクは深刻な顔になった。




