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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter6
63/70

第63話 孤児院 十二月七日 十二時二十二分

 暗闇の中に居た。目は開いている。


 まず始めに皮膚の感覚が戻った。空気が流れている。冷たいのか、暖かいのかわからない。ぼんやりと景色が認識出来て、ああ、今自分はテーブルを見つめているのだな、と自覚する。


 それから音が聞こえた。自分の息遣いと、もう一つ前方から聞こえる。

 まず、自分は何者だったかを思い出そうとした。幾つもの記憶を旅してきて、このうちに自分というものへの愛着が薄れているのかもしれない。というより、自分という枠組みが消えかけている。

 だから、まずはこの肉体に感覚を委ねた。つまり自分は、この肉体は誰のものなのか、と自問する。ウィリアムはそうしてようやく思い出すと、現在に戻ってこれたような気がした。

 自分の立場や知り合った仲間たち、これまでに経験したことを思い出して、分類する。指輪がすぐにこれを補助してくれて、ウィリアムとしての自我が確立された。


「思い出されましたか?」とフローディアが訊ねる。

 そう、今は孤児院に居るのだ、と思い出した。懺悔室でギンティの話を聞き、黒髪の女性(アンジェリア)に襲われたところを、彼女フローディアに救われた。逃げるようにしてここ、孤児院に逃げ込んだのである。そこで、汗の指輪を借りて、記憶を旅したのだ。

 そこまで理解して、ウィリアムは頷いてみせる。

「確かに、トーマスとは僕の祖父のようです。ああ、少し待ってください。色々とありすぎて、まだ理解が追いつかなくて……」

 フローディアは微かに笑った。

「気持ちはよく分かります」

「貴方もこの記憶を見たのですね?」


 そうだろうなと思いつつ、確認のためにウィリアムは訊く。修道女は首肯した。ウィリアムは溜め息を吐く。

 本来なら、ゆっくりしている場合ではない。葬式場にジェイクとアズを残している。彼らに少し待つよう頼んでから、もうこんな時間だ。流石に疑われているだろう。或いは、心配されているだろうか。

 早く合流したいところだが、髪の指輪の持ち主が、まだこちらを狙っているかもしれない。感応はしていないから、近場には居ないと分かっている。それでも警戒は怠らない方が良いだろう。それに、フローディアに確認したいことが幾つかあった。


 まず、見た記憶が同一であるか、前提を確かめ合う。すり合わせたところ、大丈夫だと判明したので、質問に移った。

「我々は一八九〇年を何度も繰り返しています」とウィリアム。「それと同様に、女王陛下も何回か入れ替わっているようですね」

 トーマスが会ったシンシア女王陛下は、六十代だった。だが母ミレアが見た陛下は、もっと若々しい。水晶髑髏には、身につけた者を、若い頃の女王陛下の姿にする機能がある。しかしその時、陛下はモートン神父によって水晶髑髏を奪われていた。よって、彼女は所持していない状態であの姿だったのである。

 また、トーマスとミレア、それからウィリアムの年代はおよそ二十五年ずつの差があった。

 このことから、少なくとも一度は女王陛下が入れ替わっている。それが当然のように思われた。


「ええ。私も同じように考えています」

「どれほど入れ替わりがあったか、ご存知ではありませんか?」ウィリアムは問いかける。

「さあ……私は王家の者ではありませんので、詳しくは存じません」

「でも貴方は、女王陛下の血筋ですよね」

 フローディアは目を丸くすると、やや遅れて微笑んだ。更にウィリアムは続けて、

「それだけではありません。そもそも貴方は、どうやってこの指輪を手に入れたのでしょう」

 と、ウィリアムは汗の指輪を取り外して、彼女に返す。フローディアは微笑したまま、片手で制した。


「その指輪は貴方にお譲りします。これは、私よりも貴方が持っていた方が良いでしょう」フローディアは目を瞑ると、「確かに貴方の言う通り、この指輪は次に女王陛下となる者が、この国の成り立ちを知るために用意されたものです。ですが……王家はもう、後継者など必要としていません。この指輪も用済みなんですよ」

「それは……どういうことでしょう? 水晶髑髏があるから、誰でも陛下になりすませるためですか?」

「そうではないんです……約束の年が、訪れたからです」


 彼女の答えに、ウィリアムは息を呑んだ。二、三度小さく頷くと、

「成る程、そういう考えなのですね。それは、何と言うのか……」

「腹を括っている」

 ウィリアムは苦笑する。「ええ。この国と共にしようという覚悟が伝わります」


「この施設は元々、女王の血筋を途絶えさせないためのものでした」

 フローディアの言葉が唐突に思えたので、ウィリアムは何のことだか、一瞬理解が遅れた。

「あ、ええ……切り裂き魔から守るためですね?」

 彼女はそうだと認めて、「王家と教会は水晶髑髏と冠を奪い合っていましたから、後継者を消すことは、大打撃だったと言えます。ですから、自分が殺されても良いように、保険が必要だと彼女はお考えになられたのです」

「彼女というのは……?」

「シンシア・ヴィクトリカ女王陛下です」

 ウィリアムは息を溢す。

 姿が似ていれば、女王陛下が亡くなっても、同じ年を繰り返すのに、代理人としての務めが果たせる。ならば形勢を立て直せる、と考えたのだろうか。少なくとも、民衆は気付かないかもしれない。そうであれば、王家の威信は揺るがない。教会は、致命的な一撃を与えられないことになる。

 シンシアはそこまでの覚悟を決めていたのか……。


 それとも、ともう一つの仮説を思い付く。水晶髑髏を用いて、人々を計算機として用いた。これにより出た結果が、これだったのでは無いだろうか、と。

 彼女は自らが影武者となる女性を育成する孤児院を創設する未来を見た。そして、その後自分が殺されて、後継者と入れ替わる。恐ろしいまでに冷酷な未来を知ったのではないか。

 トーマスは最後に、シンシアが泣いているのを目撃している。もしかすると、運命というものがあまりに無情だったから、怯えてしまったのかもしれない。それでも、未来を知った者は、ただそれに従うほかないのだろう。女王陛下は、未来を知った。だから、運命から逃れられなくなる。

 運命を変えるため、様々な人物に介入するのも、このためだ。未来を知ったからこそ、囚われる。ウィリアムは酷く気の毒に思った。古代という悲惨な過去と、地獄の顕現という未来に挟まれて、運命に翻弄されていることに。


 シンシアは──女王陛下達は、あまりに孤独ではないか。

 ウィリアムは天井を見つめる。その先には何もない。虚空の中に垣間見た記憶を重ねた。かつて女王陛下の言っていた、平穏という言葉が、とても重たく響いて聞こえる。

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