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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter5
62/70

第62話 Crystal save The Queen 同日十二時

「主人格である女王陛下アリシアの頭脳があれば、全ての水晶は無念を晴らそうとはしない──つまり、地獄を顕現させようとは思わないはずです」

 と、シンシア・ヴィクトリカ女王陛下は疲労混じりの声で言った。彼女は憂いに満ちた眼差しをトーマスに向けて、微笑んでみせる。

「つまり、抑え込むということですか」トーマスは訊いた。

「おい、聞き方というものがあるだろう。礼儀を弁えろトーマス」パーシーが嗜めた。「しかし彼の言う通りです女王陛下。貴方からすれば、この水晶たちもまた、我々同様親愛なる臣民ということにはならないでしょうか」

「いいえ……彼らは臣民ではありません。畏れ敬うべき存在、言うなれば、神です」

「神……」トーマスは目を瞑って繰り返す。


 確かに水晶は原初の生命だ。アリシアは最初の女王だ。記憶が確かなら、魚や植物といった他の生物もまた水晶から出来ている。ならばそれは神だと解釈したくなる気も分からなくない。創造主とも僅かに違うように思われる。

「貴方は神と仰られた。では何故、アリシア女王との対話を断られたのでしょう」トーマスは訊いた。

「それは貴方も聞いていたはずですよ。信じられないからです。私たちと彼らは違う。共存は即ち彼らの奴隷になることを意味します」

 シンシアは告げる。

 今の我々は、進化したものの、水晶の影響を強く受けることを。どれだけ理性的であろうと関係なく、水晶によって意思を制御されるだろう、と。

「水晶の声に耳を傾けないこと。水晶の記憶を覗かないこと。水晶から少しでも離れ、関わらないこと。これが一番平和な共存の在り方だと私は考えています」彼女は断言した。「でもそれが不可能ならば、他に道は一つ。水晶を利用するのです──女王の頭脳を以て」


 兵士たちの敵意を前に、トーマスは何が最善なのかと頭を働かせる。水晶を解放すれば、アリシアのように心変わりするだろうか。それともシンシアの危惧する通り、この場に倒れる兵士たちのように襲われるかもしれない。ゴードンのように人格を乗っ取られる恐れもある。

 ではシンシアのように、むしろ水晶に反発し、人間のための道具として利用すべきだろうか。水晶を力として使うならば、今度は人間の側に派閥争いが生まれる危険性が考えられる。

 いずれにせよ、歴史は捻れ、人類の在り方は大きく変わり、地獄に準ずる世界となりそうだ。

 正しい選択とは何だろう。ここでシンシアの命令に背き、指輪を砕いて、殉死するか。それともアリシアの頭脳を探し出し、差し出すのか。


 水晶たちが騒がしい。オリバー・ゴードン──アリシアが撃たれたことで、感情的になっているのだ。彼らを解放するのは危険になった。シンシアが選んだことだ。ならば、トーマスに選べる道などない。

 気付けば既に道は一つに絞られている。他に出来ることなど、残されていない。

 トーマスは運命を憂いて、溜め息を吐いた。未来に良いことがありますように、と祈る。しかし何に対して祈れば良いだろうか。信仰の対象である水晶は、人類に怒りを抱いている。ならば、シンシアが神と呼ぶ彼らと反発した人類に安寧などあるだろうか。


 二つの指輪の感応具合から、アリシア女王陛下の位置は割り出せるかもしれない。彼女は肉体が封じられているから、何も出来ないだろう。多くの水晶も同じだ。肉体が無ければ、声でしかない。

 足が緩やかに動く。まるで自分のものではないみたいだ、とトーマスは思いながら、アリシアの元まで歩いた。指で指し示すと、シンシアが頷き、マスクを身につけた兵士たちに指図する。彼らは古代の女王陛下の首を切断した。と、水晶化した頭蓋が転がり落ちたので、トーマスがキャッチする。


 瞬間、この星を見た。

 全ての生命の感覚が伝播する。生まれ、育ち、老いて、死ぬ。喜びや痛み、悲しみや癒やし。数多の肉体の人生が流れ込んでくる。

 全ての記憶がアリシアに集約されているのだ。

 命が輝いて見える。何もかもが貴く感じられる。トーマスは強制的に感動させられていた。涙が溢れ出てくる。ただ悲しくなった。

 それでも彼らは報われない、ということに。


「お、おい、トーマス……」

 パーシーが言葉を無くし、トーマスを指差した。他の誰もが驚いた顔をしている。ふと水晶に反射した自分が見えた。そこには、女王陛下が映っている。位置的に、そこには自分が居なければならない。つまりトーマスは、自分の容貌がアリシアのものに見えている。

「これは……」

 と、トーマスは彼女の頭部に冠を見つけた。兵士に教え、掘り出すと、どちらともシンシアに献上する。すると彼女はみるみるうちに若返り、アリシアと瓜二つの容貌になった。彼女は慄き、狼狽える表情を浮かべ、慟哭する。

「私は……ああ、何てこと……取り返しのつかない過ちを……」


 膝から崩れて泣きじゃくった。誰もがその様子に度肝を抜かれて、立ち尽くすしかない。誰もがかけるべき言葉を持ち合わせていなかった。あるはずがないのだ。シンシアの置かれた立場が非常に危ういことを理解する者は、酷く少ない。

「アンダーソンさん、ゴーシュさん。この水晶髑髏クリスタルスカルは万民の肉体と繋がることが出来ます。そしてこの冠は、その肉体に命令を与えることが出来るのです」シンシアは一息に話すと、引き攣ったような笑みを浮かべ、「私は気が触れたのでしょうか……恐ろしい、本当に恐ろしいことを思い付きました」

「それは、何でしょうか」パーシーが唾を飲み込みつつ、訊ねる。

「人々の頭脳を一時的に借りて、計算機として使うのです。これから何をするのか予定を立てて貰い、これを共有する。私に教えて頂くのです。すると未来を見たことで、万民の間でこれからの行動を確定して貰う……。私はこれを、精度の高い未来予測として、報告を受ける。つまり──」

「運命を把握することが可能になるはずだというのですね?」トーマスは震える声で結論した。

 シンシアは泣きそうな顔で笑い、首肯する。

 ふと、脳裏に未来が映った。

 これから先、シンシアが話すことをトーマスたちは聞いている。内容を知って、愕然としていた。その先のイメージがない。暗闇になり、何も見えなくなった。


「定期的に未来予測をすれば、いつ起こるかもわからない地獄の顕現の日にも対処できるはずです。更に言えば、もっと事前から酷い結末にならないよう立ち回ることさえ可能なはずなのです」とシンシアが言う。「危険が予測されるならば、未然に介入して阻止し、何も問題が無ければ、そのまま運命を享受する、ということです」

 図らずも、トーマスは全く同じ未来を想像した。もっと言えば、女王陛下が言うだろう台詞が一言一句同じである。トーマスは戦慄した。これは、今まさに、自分の頭脳が計算機として使用されたからかもしれない、と気付いて。


 予想が正しければ、この後陛下は、「しかし、このことを知られては拙い」と言う。

「しかし、このことを知られては拙いですから、きっと私は皆さんの記憶を消し去ることでしょう」

 部分的にではあったが、予想は当たった。

 トーマスは恐怖のあまり寒くなった。

 シンシアは頷いて、この場に居る全員の抱える恐怖に理解を示して尚も続ける。

「私や、私の跡を継ぐ者たちは、孤独になる。それは貴方も、皆も同じ。誰もが、孤独に運命と見つめ合うことになる。私は、それを見ました。そして──」

 シンシアは大きく息を吐くと、私語を慎んだ。代わりに呪文を──忘却の命令を、唱える。

 全てが消えてしまうその前に、トーマスはシンシアに祈った。

「水晶よ、女王を守りたまえ」と。

主な登場人物


トーマス・アンダーソン──マーシーの別名

パーシヴァル(パーシー)・ゴーシュ──エドワードの別名

ミッドラン──王家の忠臣

オリバー・ゴードン──元探窟隊メンバー

アリシア・ヴィクトリカ──古代人、最初の女王

シンシア・ヴィクトリカ──当時の女王陛下

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