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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter5
61/70

第61話 conflict 同日十一時五十分

 兵士たちが射撃態勢に入る。銃口をこちらに向け、腰を落とした。

「撃て」ミッドランが片手を挙げて、宣言する。

 方々から弾幕が張り巡らされた。学者アリシアのうち二人が撃たれ、倒れる。水晶化した人々にも弾丸が当たり、破片が砕け散った。

 ゴードンがトーマスを引っ張り、水晶の裏に隠れる。パーシーも二人に付いて、裏手に回った。学者たちは懐から拳銃を取り出して応戦する。だが多勢に無勢だ。一人、また一人と倒れていく。


「勝ち目は薄い。大人しく投降した方が良い」とパーシーは額に汗を滲ませて言った。「逃げるのは不可能だ」

 それが良い。冷静な判断だとトーマスは感じた。

「それは出来ません。彼らにとって私はこの時代にあってはいけない存在だと見做されています。投降しても殺されるでしょう」ゴードンは首を振って言う。

「では、どうするつもりなのですか」トーマスが訊いた。

「解放します」

 ゴードンは水晶に手を触れる。水晶は瞬間的に液体化すると、そのまま蒸発したように消えて無くなった。

 悲鳴が遠くからあがる。兵士が叫んでいた。物陰から顔を覗かせると、彼らがのたうち回っているのが見える。兵士たちの周囲には、白いもやのようなものが広がっていた。霧がかっているようにも思える。しかしそれは、そうではない。指輪が感応している。水晶だ。


 解放された水晶たちが、兵士に向かっていったらしい。彼らの肉体に入り込もうとしているのか。兵士の一人がその場に転び、泣きじゃくる。と思えば唐突に立ち上がって、虚空を見つめた。

 他の者も同様に情緒不安定な挙動を見せ始める。

「貴様ら、何をしているんだ」ミッドランが怯えたように声を荒げた。「攻撃しろ!」

 まだ無事だった兵士たちが、こちらへと走ってくる。ゴードンは更に次の水晶を解放した。これも兵士の元へ向かう。

「彼らに入るよう、提案したのです」と、ゴードンが説明した。「あそこなら、自由にしても良い、と」

 兵士たちは皆、恐怖するような顔つきになった。彼らはもしかしたら、呪いの声を聞かされているのかもしれない。一人が拳銃を手に取ると、自らに向けて撃った。その場に倒れ伏すと、そのまま動かない。彼に倣うようにして一人、また一人と後に続く。


 これが、水晶の意思だったのだろうか。解放されて、無になりたい。苦痛から離れるために、死ねる肉体を求めたのだろうか。トーマスは目の前の惨状に唾を飲み込む。

 溶け出た水晶から、一つの指輪が転がり出ると、トーマスの足元で止まった。屈み込み、これを拾う。水晶でできた指輪だ。指に嵌めてみると、これにも能力があると理解した。これは、体温を調節するとともに、触れたものの温度さえも操作できるらしい。

 ミッドランがダイナマイトを取り出した。火をつけると、こちらに向かって投擲する。トーマスは指先から水を放ち、瞬時に冷凍した。ダイナマイトは凍らされ、地面に落とされる。

 静寂が訪れた。

 もはや誰も動けないようだ。兵士たちも、ミッドランも、なす術がないと理解したらしい、投降するのは彼らの方だった。兵士たちが無惨に倒れていく。ミッドランも同様だった。


「彼らを解放します」誰にともなく、ゴードンは静かだが、確かな声で宣言する。

「おやめください」と、今度は低い女性の声がした。

  ミッドランは驚いた顔になり、反射的に振り返る。彼の目線の先から現れたのは、シンシア・ヴィクトリカ──現女王陛下その人だった。六十代半ばだろう。アリシアと顔が非常に似ていた。彼女は、疲れたような表情を浮かべている。

 兵士の周りにあった白いもやが、シンシアから離れていった。彼ら水晶が、女王陛下を警戒したからかもしれない。

 ミッドランを含め、兵士たちが畏まって頭を下げる。トーマスも、パーシーも頭を下げた。唯一、ゴードンだけが頭を下げない。他の学者たちは、既に亡くなっていた。


「お願いです……これ以上、私たちの未来を奪わないでください」シンシアは懇願するように目を伏せる。

「違います。未来は奪われるまでもなく訪れるものです」ゴードンは言った。「未来とは、人の意思でデザインされるものでしょう」

「では言い方を変えます──私たちの未来に、干渉しないでください」とシンシアは頭を下げる。

「出来ません。彼らの想いを無碍にすることになってしまいます」

「どうか、それだけは……」

「何故ですか?」ゴードンは追及した。

「貴方達が、この世に地獄が来るよう、祈ったからです」

「貴方はそれを恐れているのですね?」

「そうです」

「ですが、苦痛から解放されて私は変わりました。もうこの世を呪ってはいません。もう二度と地獄は訪れないと約束しましょう」ゴードンは両手を広げる。


「どうしてそう信じられますか?」シンシアは言った。

「え?」ゴードンの戸惑うような声。

「貴方が口でそう言っていても、心の中までは見えません。嘘をついているとしても、私たちにそれが分からないのです」

 シンシアはゴードンへ説明するような口振りで話す。

「ですから、危険な賭けをするわけにはいかないのです。無礼をお許しください、初代女王陛下……」

 シンシアは手の甲を上にして、片手を差し出した。

「ゴードンだけを狙いなさい。他の二人は無害です。決して撃たないように」

 シンシアが合図する。それに合わせて、銃声が鳴り響いた。ゴードンは血を噴いて倒れる。

「貴方は……間違って、いる……」それが彼の最期の言葉だった。

「そんな……」トーマスは天を仰ぐ。


 水晶の声が激しくなった。怒りが轟いている。耳鳴りがして、トーマスは指輪を外した。パーシーが両手をあげて降伏のポーズを取る。トーマスもそれに倣った。兵士が銃を向ける。

「おやめなさい」シンシアがこれを遮った。「彼らは我々の大切な臣民です。そう、ミッドランも同様に。彼も、良い家臣でしたね」

 シンシアは兵士たちより一歩前へ歩み出る。兵士は危ないからと陛下を背後に戻そうとするが、これは止められた。シンシアはパーシー、続けてトーマスへと視線を注ぐと、

「ここに彼女、アリシア・ヴィクトリカの遺体があるはずです。どうかそれを、探す手伝いをして頂けないでしょうか」


 穏やかな声で頼まれたものだから、トーマスは困惑してパーシーを見た。パーシーもまた、理解が追いついていないふうである。

 トーマスは女王陛下を見つめ返すと、言葉を選んだ。

「それは何故だか、理由をお訊ねしても宜しいでしょうか」

「おいっ、失礼だぞ」パーシーが横から嗜める。「我々のような人間がでしゃばってしまい、申し訳ありません。ええ、何でも協力させて頂きますから──」

 トーマスはパーシーを片手で遮ると、指輪を二つ身につけて、

「シンシア・ヴィクトリカ女王陛下。私は貴方を信じたいのです。どうして古代女王陛下の遺体が必要なのでしょうか」

「おい……」

 尚も止めようとするパーシーを、トーマスは睨んだ。シンシアは黙ってこちらを見ている。

「これは私の命よりも遥かに大事なことです」とトーマスは言った。「貴方の見る未来像に我々は生きることになりますからね……」

 シンシアは微笑むと、頷いて、「平穏のためです」

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