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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter5
60/70

第60話 心変わり 同日十一時三十六分

 トーマスが垣間見たものは、この指輪の持ち主が、大量の水──厳密には、水晶を使ってこの街を沈めてしまった、罪の記憶だ。

 もう一人、彼女には仲間が居た。彼は血液のようなものを、溢れ出していたように見える。しかしそれは血液ではなく、やはり水晶だった。

 古代人たちの肉体は、今現在のものとはやや異なっていたのだろう。生命は水晶から作られた、と記憶で知った。つまり肉体が変化するまで、人類はあらゆる機能を水晶で行っていたわけになる。指輪が異能力を発揮するのは、まだ現代人の肉体にも水晶が残っている、影響下にあるということだろうか。


 いずれにせよ、これは古代文明が滅んだ一因に違いない。トーマスは見たものをありのまま全て、パーシーに話した。内容はゴードン──尤も、人格はアリシアだが──にも聞かれていただろう。パーシーは愕然としていたが、ゴードンは簡単に内容を認めた。つまり真実だと言いたいのだろう。

「なんてことだ……」パーシーは頭を振って、「信じられんことばかりだ」

 彼は顔を歪ませた。笑ったようにも見える。確かに信じられない話ではあった。

「では、あの壁画は?」とパーシーはトーマスに訊く。

「あれは、私たちのうちの一人が残したものです」代わりにゴードンが答えた。「自我意識が生まれたことで、思考に分断が起きましたから、誰かに何かを伝えなければ、何かを残さなければならない、と感じたようです」

「他者という概念が彼らに生まれたのですね?」パーシーが確認する。ゴードンは頷いた。


「そう、一つ質問があるのですが」とトーマスは片手を挙げる。「貴方は先程、呪ったのは幼稚だったと仰られていましたけど……これは、ここに居る彼らとは異なる意見ですよね?」

 トーマスは遺跡に来てから、ずっと無念を訴える声に晒されていた。最初は拒否したくなるほどの苦痛だったが、慣れたのか、それとも麻痺してしまったのか、それも薄れてきている。

 気になるのは、これほどの呪詛を撒き散らすくらいには、アリシアという人格はこの世を呪ったわけだ。が、この場に居る彼らに取り憑いたアリシアは、また考えを変えたらしい。それは、何故だろう。

 ゴードンは口許を緩めると、

「一口に言うなら……感動したから、でしょうか」

「感動?」パーシーが首を傾げた。

「ええ。我々は一人でした。それが、肉体に閉じ込められたことで、私という自我意識から、複数の精神が生まれたのです。思考の幅は増え、まとまりが無くなった代わりに、柔軟になりました。これほど豊かなことがあったでしょうか。私はこの肉体に入ってから、今の時代というものを知りました。何て素晴らしいのでしょう……」

 驚くほど明るく、楽しげな声色だった。彼は──アリシアからは、本当に感動しているような印象を受ける。


「その代わり対立が増えましたがね」とパーシーは皮肉を言った。

「それは自然なことではないでしょうか? 統合するよりも、分裂する方向へと進化したのですから。むしろこれから先、更に細分化されることでしょう。極端ですけれど、自分の中に更に複数の人格を取り入れることになる、と私は予想します」

「つまりそれは、自分が他者になる、自己同一性が薄まる、と言うことでしょうか?」トーマスは質問する。

「その通りです。自我意識ではなく、肉体の方が拠り所となるでしょう。状況に合わせて精神を入れ替えていくのです」

「ペルソナ仮説みたいだ」とパーシーがトーマスに言った。「これは心理学の分野なんだが、人は、相手や環境に合わせて、どう見られたいかといった理由から、仮面を付け替えるように振る舞いを変える、というものだ。この場合、自分というものそのものが仮面に当たるわけだ」


 トーマスは今の話を咀嚼して、

「我思う故に我あり、ならば、思う我が複数あるか、入れ替わるなら、それは同じ我ではない。同じとするなら、その主体は──つまり私とは、人格ではない。肉体のほうであることに……なりますね」

 言いながら、トーマスはゴードンの方へ見つめた。ゴードンは首肯して、

「私が言いたいのはそういうことです。水晶を摂取し、感応することで、精神は肉体を行き来することが可能となります。この時、一つの肉体に複数の自我意識が入り込むことがあるのです。未来において、この状態が標準になったら面白いですね」

「でも貴方は……ああ、そうか! それが貴方の目的かっ」

 トーマスは目を見開いて、片手を後頭部に乗せ、一点を凝視する。途端に全てが繋がり、自分の中でゴードンの真意が理解出来た。パーシーを見やる。彼は今にも「は?」と言いたげな、呆れた顔を浮かべていた。


「どうしてここを訪れたのか、分かりませんでしたが、ようやく分かった気がします」トーマスはゴードンに言う。「彼らを解放するのですね?」

 彼らとは、水晶漬けにされた古代人たちのことだ。

「まさか……」パーシーが驚いたような、笑ったような、溜め息混じりに反応する。

「良くお分かりですね」ゴードンは微笑した。「私が感動し、心変わりしたくらいですから、彼らも今の世界を気に入るはずです。肉体が異なるから、どう感じるかは別としても、元は同じ一つの自我意識だったのですから、私の得た感情を辿ることでしょう」

「つまり価値観が変わる、と」トーマスが補足する。「でも、個人の肉体ごとに感覚質が違うかもしれない。どう感じられるかは個人差がある。誰もが貴方のように、感動するものでしょうか」

「ですから、一度私の肉体に入れるつもりです。感動したこの肉体ならば、確実でしょう?」

 パーシーは唖然として、口を開けたまま硬直した。トーマスを見ると、何か言いたげに口を開閉するものの、言葉にならない。


「ですから、私は彼らをここから解放するために来ました」

「悪いがそれはさせられない」

 ゴードンの言葉を、何者かが否定した。男の声だ。どこからかは、分からない。

 足音が響く。一人ではない。複数あった。遠くから、明かりが近づいてくる。次第にこの場所も昼間のような明るさとなった。日の出とともに人の形が浮かび上がる。

「それが女王陛下の意向でしてね」

 拳銃を構えて、ミッドランはにこりともせず言った。後から、兵士たちが集まってくる。大所帯だ。人口密度が高まったな、とトーマスは心の中で呟く。

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