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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter5
58/70

第58話 古代との触れ合い 同日十時五分

 馬車に乗せられ、揺られること十数分ほどになる。トーマスは何度か行き先を訊ねたが、誰も答えない。不気味な沈黙が続いた。パーシーは、一つ先を走る馬車に乗っている。彼は無事だろうかと心配になった。


 あれからトーマスとパーシーは、ゴードンたちによって追い出されるようにして家を出た。外で倒れている兵士たちは、気絶しているらしい。少なくとも死亡していないようだった。

 道を少し進んだ先に乗り合い馬車が二台、路肩に用意されており、トーマスとパーシーは、これに乗るよう指示を受ける。不安に駆られ、些か抵抗したものの、数的不利には違いない。それに彼らは拳銃を所持していた。抵抗を諦めると、無理矢理に中へ押し込められ、今に至る。


 小雨が降り始め、外は霧がかってきた。心なしか空気も冷たい。

 トーマスはずっと考えていた。パーシーの言う元探窟隊が、王家に対して抵抗しているという。目の前に居る学者然とした彼らこそが、恐らく本人に違いない。問題なのは、指輪と感応して理解した事実にある。彼らはアリシア・ヴィクトリカ──古代の女王陛下だ。

 これだけでも寒気がするというのに、一体どういうことなのか、全員が同一人物である。同じ精神を共有していた。まさに古代人たちのように。

 

「あー、何度も申し訳ないんですが、これはどこに向かっているんでしょうか?」

 トーマスは、自身の緊張をほぐすためにも、今日何度目か分からない問いを口にする。乗り合わせている男が全員ともこちらに目を向けた。トーマスは笑みを作る。一応、声は聞こえているようだ。答える意思がないというだけで。

 嘆息すると、首を振り、窓の外を見る。

 徐々に視界がぼやけていった。

 疲れのせいだろうかと考えたけれど、どうも違う。

 感覚が奪われているような気分だ。夢が現実を侵食し、覆っていく。また感応しているのだ。


 記憶が流入する。

 これは、いつかの出来事だ。


 遠い遠い昔のこと。気がつくと私は私とはぐれていた。これは、全体の均衡を失ったからだろう。

 自我意識には脆弱性があった。だから並列意識は生まれた。しかしこれにも一つ弱点がある。並列意識は、単なる平均を生み出す機能でしかないということだ。

 だから私たちは皆、分断されたのだろう。

 津波となって水晶が迫り来る。

 私には何も出来ない。目を瞑り、耳を閉じ、その時を待つだけだ。

 体が水晶で覆われていく。何もかもが終わり、そして、そして──


「我々は、別に暴力に訴えたいわけではないんです」

 ゴードンの声で我に帰った。

 トーマスは彼に目を向ける。ゴードンは無表情のままこちらに顔も向けず、

「ただあることを警告したいだけですよ」

「警告というと?」

「私がかつて残した呪い」と、ゴードンはトーマスを見て、微笑した。「一万年後──つまり一九四〇年の十二月──この世に地獄が訪れますように、というね」

「それは……」トーマスは言葉が出ない。

「今にして思えば、何て幼稚だったのでしょうね。ただ積み上げたものを崩したくなる。そう言った、幼児じみた衝動でした」

 トーマスは唾を飲み込む。


 彼らが真にヴィクトリカ古代女王陛下であるならば、水晶から人類を生み出したのも彼女ということになる。

 創造主だ。

「貴方が我々を作った。だから、壊したくなった、ということですか」言った後、それは先程聞いたばかりのことを言い換えただけではないか、と反省する。「ああ、いえ、私が言いたかったのはそう言うことではなく……貴方は──貴方がたは今、何をお望みなのでしょうか?」

「平穏です」ゴードンは即答した。


 馬車は速度を緩め、やがて完全に停止する。乗り心地はお世辞にも良いとは言えない。何より、相席した客の圧が重いから、心までどんよりとしてくる。おまけに天気も悪い。

 嫌なことが全て連なっている。本当に偶然なのだろうか。疑いたくなる。

 馬車を降りると、パーシーが逃げてくるようにこちらへと駆け寄ってきた。学者たちは観察するように、じっとこちらを見続ける。

「付いてきてください」と、ゴードンが言った。

 恐らくは、彼が代表役なのだろう。感応し合って自我意識は恐らく一つだから、どの肉体を使うのかは、女王陛下の裁量だ。

 元探窟隊は、統率の取れた足取りで前進する。さながら軍人たちによる行進だ。これは、一つの命令を全ての肉体に適用したためにこうなったのではないか、と予想する。つまり並列意識か。それとも、トーマスやパーシーに対する演出サービスだろうか。何者であるかはともかくとして、感覚を共有するとはどういうことなのか、現象として見せてくれたのかもしれない。


 歩きながら、トーマスはパーシーに対し、感応して得られた情報を余さず伝えた。彼は驚きに身を震わせ、そんな馬鹿な、と呟く。こればかりはトーマスも賛同するしかない。

「しかし──これは変な表現になるが──何故、彼ら探窟隊たちは古代女王陛下アリシアになったんだ」とパーシーが訊いた。

「仮説ならあるが、憶測でも良いかい?」トーマスの質問にパーシーは頷く。「水晶を吸引したんだろう。彼らの意識が統合されるためには、水晶と感応するしかない。確か、我々が遺跡へ赴いた時、騒ぎを起こした者たちが居ただろう?」

「ああ居たな」とパーシー。「彼らは水晶を砕いていた。……そうか、欠片を吸い込んだからおかしくなった。では、ゴードンたちも同じように……」

「その通りです」と、前方から顔をこちらにして、ゴードンが首肯した。「正しい推測です」

「前にも言ったが、水晶は記憶装置だ。その中に彼女が記憶されていたのではないかな」と、トーマスは結論付ける。

「成る程な。理解出来た」パーシーは口を片方持ち上げた。


 そうか、ミッドランも感染を疑っていたのか、とトーマスは気がつく。何故自分は取り調べを受けたのか? その理由が今になってわかった気がする。トーマスが突如として、古代文明に対する精度の高い仮説を披露したものだから、アリシア・ヴィクトリカの記憶と混ざり合ったのではないか、と疑ったのだ。取り調べはそれを確かめるための時間だったのだろう。

 それから、自宅に派遣された兵士たちも、恐らく同じ理由からではないだろうか。取り調べのみでは見逃したかもしれず、念を入れて、見張りを付けたのである。もしかすると、彼ら──アリシアたちと合流してしまうかもしれないからだ。そうなると、兵士が見張っていたのは、トーマス自身ではなくて、元探窟隊アリシアの方だった可能性もある。


 思考が更に先へと進んだ。何故、という問いが生まれる。何故、ミッドランはアリシアたちがトーマスの元へ訪れると考えたのか? また、アリシアたちはどのようにしてトーマスのことを知ったのか。

 そういえば、と思い出す。

 パーシーは、元探窟隊についてこうも言っていた。彼らは、遺跡調査の関係者を襲っていると。恐らくだがこの噂は、ミッドランによって真実を歪曲された形で流されたものだろう。真実はこうだ──水晶を吸い、古代人と感応した者を仲間とすべく、古代の女王陛下が元探窟隊の肉体で接触してくる。

 トーマスのことは、護衛兵が目印になっていたし、何より指輪が感応した。普段であれば、水晶を吸引した者と感応していたのだろう。ただ近くを通り過ぎるだけで感応するため、合流は簡単だ。

 かなり込み入っているな、とトーマスは思う。

 それにしても、これらの推測が真実ならば、ミッドランは水晶について造詣が深いことになる。それから、古代の女王陛下が水晶によって現出することも把握しているはずだ。

 彼は何者なのだろうか、不思議だとトーマスは思う。


 道路は段々と細くなり、塗装されていない泥濘ぬかるみへと変わり、やがて道は無くなった。これにしたがって、人気も少なくなっていく。

 目の前に森が現れた頃には、流石に冗談だろうと笑えてきたが、誰もがつまらなさそうに無表情を貫いていた。困惑してパーシーを見たが、彼は既に諦めた様子である。首を振って返された。

 更に数十分の行軍の後、洞穴が見えてくる。ゴードンがその前で止まり、振り返った。トーマスも振り返って背後を見ようとして、パーシーに止められる。別にふざけたわけではなかった。


「この中を進みます。暗いので、足元に気をつけてください」

 それだけ言うと、学者たちは無言で中へ入っていく。午前中だというのに、中は夜のようだ。灯りはと言えば、先頭を歩く男の持つランタン一つだけ。存外に遠くまで続いているらしく、果てが見えない。どれだけ歩いたのか、忘れた頃になって、ゴードンが再び足を止める。

「ここから下へと降りていきます。少々足元が濡れていますので、気をつけてお進みください」

 文言の内容が大して変わっていない、というのがトーマスの正直な感想だった。だが、こうして丁寧に説明してくれるのは好感が持てた。もしかすると、懐柔されてきているのかもしれない。危ない話だ。

 確かに地面は滑りやすく、多少の危険性があった。手摺りはないので、壁に手を突いて降りていく。酷く長い下り坂だった。

 だがようやく勾配もなくなり、平坦な道に出る頃には、見知った景色が視界に映り始めていた。

 深く青い煌めきで満ちた世界。ロンダニアの地下深くにまたがる遺跡都市。水晶で覆われた、ここは古代文明──アリシア・ヴィクトリカの故郷だった。


 来た頃にはなかった胸騒ぎがする。指輪の影響だろうか。身震いが止まらない。

 声が聞こえる。

 助けを呼ぶもの、怨嗟を口にするもの、ただただ悲しむもの。いずれにせよ、それらは総じて無念を叫んでいた。

 水晶の中に閉じ込められた人々の声だろう。

「貴方にも聞こえますか?」とゴードンが訊いた。「私たちのこの声が」

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