第57話 来訪者 十二月八日九時半
あれこれと考えていると、扉がノックされた。不意のことだったので、トーマスは思考が中断され、真っ白になった。窓の外には、二人の軍人が相変わらず立っている。
「誰だね?」戸の向こうに立つ人物へトーマスは聞いた。
「私だ」と言う声には聞き覚えがある。
扉を開くと、パーシーが立っていた。
「おお、君か。良く来たな」トーマスは快く出迎えると、「少し待ってくれ、今紅茶を淹れる」
パーシーは口許を緩めて礼を告げた。彼は外套を脱ぐと、ハンガーに掛け、椅子に腰掛ける。
「それにしても、君は自由に外出出来るのか」ポットからカップに紅茶を淹れながら、トーマスは質問した。
「いや。私の元にも彼らは居る」
パーシーの言う彼らとは、軍人のことだろう。
「彼らは何なんだ?」カップをテーブルに置くと、トーマスは訊いた。
「護衛してくれているんだよ」パーシーは驚いた顔になった。「君、聞いてないのかね」
「聞くも何も、全く教えてくれなかったが」
「ははあ、これは普段の行いだな。奇矯なことばかりしているから、話したところで理解してくれないと思われたんだ」言って、パーシーは紅茶を啜る。「美味い」
「言われたのが私でなければ心が傷付くぞ」トーマスはさして気にしたふうではなく、「それで、何から護衛してくれているんだって?」
「元探窟隊のメンバー数人が、暴動を起こしたらしい。メンバーから外されたのが気に食わなかったようだな。彼らの矛先は、現在遺跡調査に関わる者に向けられている」
「酷い話だ。逆恨みじゃないか」トーマスは意見を述べる。
「全くだ」パーシーは同意した。
「これは誰から聞いたんだ?」
「ミッドランさ。私の元に一度訪れたんでね、その時に訊いてみたんだ」
「こちらには来なかったが」トーマスは憤りの表情を作る。
「君がそんな調子だからだろう。それに、何か隠し事があるようじゃないか」
「隠し事?」トーマスは斜め上空を見つめて考えた。「ああ、もしかしてこれか」
と、右手の指輪を見せる。
「何だこれは。水晶、か?」パーシーは目を細めて見つめた。
「そう。拾ったんだ」
「あの遺跡でか!?」パーシーが勢いよく立ち上がり、訊く。頭を押さえると、「この愚か者が……」ゆるゆると座った。
「まあ、落ち着けよ。落とし物なんだ。誰か所有者が現れるまで、一時的に借りているだけだとも」
「古代人のものだろう? あー、いや。もう何も言うな。詭弁など聞きたくない」言いながら、パーシーは嘆息する。
「そうか」
トーマスは新たに空のカップを持ってくると、指先から放水してみせた。パーシーは目を大きく開けて、
「何だ、それは」と、ぎこちなく訊く。
「聞いて驚かないでほしいんだが、実はこの指輪には奇妙な力があってだね。あ、そうそう、これにはタネも仕掛けもない」
「は……? どう言うことだ」
現実主義者な面が強いパーシーには、見せるよりも実践させる方が早いだろう。そう思い、トーマスは彼に指輪を貸した。パーシーは飲んでいた紅茶が喉に詰まるほど驚いたらしい。
「信じられん……」
と呟く彼の指先からも、ハンカチへと真水は放出されている。パーシーは律儀にもトーマスに指輪を返すと、震える手でカップに口を付けた。
「出鱈目みたいだ、そう思わないかパーシー」
「全くだ。まるで、夢でも見ているみたいだ」パーシーは苦い顔になって、「水晶の幻覚ということはないか?」
「それは考えたが、しかしどう証明する? 現にカップには水で満たされているし……」
パーシーは啜っていた紅茶を吹き出した。
「お、おい! まさかこの紅茶……」
「違う違う」トーマスは笑いながら、自身の手に持ったカップを持ち上げて、「さっきデモンストレーションに使ったこれのことさ。安心してくれ、君の紅茶は大丈夫だ」
「本当だろうな……?」パーシーは深刻な表情でトーマスを睨んだ。
「私の名誉に誓って違う」
「信用できん……貴様の名誉など既に枯れておるわ」
「酷いことを言うな。私でなければ傷付いてるところだ。ああ、それから、もう一つ話すことがある」
「まだあるのか」
「伊達に軟禁生活を送っていないということだな」
「どう言う意味だ?」
トーマスは指輪で見た記憶について話した。まず、指輪は記憶装置であること。幻覚を見たのではなく、記録された内容を見てしまうのだ。また、記憶で得たこと──彼らの自我は一つだったということ。また、指輪は自我発生装置であり追放のための道具だった、という話をした。
「にわかに信じられん」パーシーは紅茶を飲むと、息を吐く。「しかし既に信じられないものを見てしまった。少しばかり信じかけている自分が居るのが馬鹿みたいだ」
「嬉しいね」理解された喜びに、トーマスは笑みを浮かべた。
パーシーは腕を組みながら、
「しかし……やはり荒唐無稽だ。何も証拠がない。とはいえ元々、あの遺跡から見つかったものもあまりに少ない。通説とされるものの多くが憶測に過ぎない以上……今の話は、整合性を鑑みるに、否定はしきれない」
彼はひとしきりうんうん唸った後、そう結論し、盛大にため息を吐く。トーマスはその様子を面白く見ていた。
「残されたものと言えば、壁画とその指輪だけか。しかし良くそんなものを見つけたな?」とパーシーは言う。
「幸運だった」トーマスは頷いて、「多くが水晶に包まれているからね。もう二つと見つけるのは難しいかもしれない」
「それもそうだろうとも──」
パーシーが言い終えぬうちに、トーマスは悪寒に襲われた。指輪と感応している。否、外に居る複数人と繋がりが出来たのだ。
指輪が感応する。
〝アリシア・ヴィクトリカ。水晶生命体、人類最初の王〟
〝アリシア・ヴィクトリカ。水晶生命体、人類最初の王〟
〝アリシア・ヴィクトリカ。水晶生命体、人類最初の王〟
〝アリシア・ヴィクトリカ。水晶生命体、人類最初の王〟
〝アリシア・ヴィクトリカ。水晶生命体、人類最初の王〟
〝アリシア・ヴィクトリカ。水晶生命体、人類最初の王〟
……。
トーマスは喧騒によって、反射的に意識を向けた。外からである。依然として感応はあった。
すぐ近くで悲鳴があがる。どうしたのかとトーマスは立ち上がり、辺りを窺った。パーシーも紅茶を飲みながら、目を瞬かせる。
「ぐあ!」
という言葉が、窓の方から聞こえた。これは恐らく軍人のものではないか、とトーマスは察する。戸棚の奥に隠れると、パーシーも立ち上がり、別の棚に身を潜めた。二人は目配せすると、身振り手振りでどうするか話し合った。パーシーは応戦しよう、と提案する。随分と好戦的ではないかと、トーマスはびっくりして、
「無理だ。相手は一人じゃない。大勢居る」
「何故分かる?」パーシーがフライパンを手にした。
「指輪が感応したんだ」と説明する。
トーマスはいつでも水を放てるよう、指先を構えた。
扉がノックされる。様子を見るため、一度無視した。五秒ほどの沈黙が生まれる。その後、再度ノックされた。暴力的に、突入される気配はない。
お互いに居る位置は知っている。
パーシーは焦ったくなったのか、開けようと扉に近づいた。トーマスは首を振り、開けるなと訴える。
「そこに居るのは分かっていますよ」
トーマスはパーシーを一度見て、ため息を吐くと、諦めてノブを掴んだ。戸を開けた先で、和かに笑う男と目が合う。彼の背後には、複数の男が立っていた。体の線は細く、顔は白い。そうした彼らの見た目は、学者のように見える。
パーシーの言っていた、元探窟隊とやらだろうか。
トーマスは側で倒れている軍人を一瞥すると、
「訪問先を間違えてませんか?」と言って、扉を閉める。
足を挟まれ、完全には閉まらない。
男が微笑みながら、「ここで正しいはずです。貴方はトーマス・アンダーソンさんですね?」
「……何のご用でしょうか」トーマスは訊いた。
相手には見えない位置から、片手でパーシーに人数を教える。攻撃するというのは諦めた方が良い。そう言う意図のつもりだった。
「是非貴方に来て欲しい場所があるのです」
「失礼ですが、貴方は?」
「オリバー・ゴードン。貴方と、それからそこに居るゴーシュさんとも同じ、古代文明を専門とした、考古学者ですよ」
「ああ、それは奇遇ですね」トーマスは笑みを浮かべて、投げやりにそう答えた。




