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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter1
5/40

第5話 悪意の追跡 十二月三日 十八時四十二分

 さて、話をジェイクと出会った日の晩にまで時を戻そう。

 彼から指輪の講習と協力と匿うことの取引について──また、これまでに知り得た情報をまとめ、話し終えた後──ウィリアムは連れ立って書斎まで現場検証をしに向かった。今なら指輪という新たな観点、それからジェイクという新たな視点のために、それまで気づけなかったことに気づけるのではないか、と淡い期待を胸に抱いていた。


 この屋敷を訪れてからずっと、ジェイクは不審なほどのしかめ面を浮かべている。指輪で知り得た彼の本性は、陽気で、もっと明るいもののように見えた。そうでなければ、何かが気を滅入らせているらしい。

 奇妙なことに、ジェイクはウィリアムの案内もなしに書斎へ辿り着くことができた。不審がっていると、言い訳をするように、

「この場所は来たことがあるんだ。俺じゃなく、この指輪の元の持ち主がな。俺はそれを追体験したから、知っている。ここに地下空間があることも、そこから裏口に繋がっていることも」

 それと証明するかのように、彼は並べ置かれた書斎棚の一つから、一冊を選んで本を引っ張った。がたん、という固い物が落ちた音が鳴る。すると本棚が扉となり、開いた。

「地下への隠し扉だ」

 ウィリアムは驚いた後、ため息を吐く。「これじゃあセキュリティにならないですね」

「秘密なんて共有するもんじゃないのさ」


 階段から先は真っ暗だ。頭上の明かりも消えている。電球を変えず久しいので、スイッチを付けても灯らない。

「灯りにはこれを使いましょう」ウィリアムはランタンを一つ取り上げた。「電池は新しいから、消えませんよ」

 ジェイクがランタンをもって先を歩く。ウィリアムはその後ろを追った。

「実際のところ、ここはあまり良い場所じゃない」

 ジェイクの言葉にウィリアムはびっくりした。

「何故そう思うんですか? ……実は、母もそんなふうなことを言っていたんですよ」

「母君は何と?」

「二度と入ってはいけない。ここは封じるべきだ、と」

「同感だな……。ああ、そうだ、彼女も地下のことは知っているはずだものな。アンタはここで何が起きていたか、知っているかい」

「いや……」

「解剖だ。公式、非公式問わずの」


 階段を降りた先は、埃が酷く、あまり大きく息をすることは出来なさそうに思える。ウィリアムは口許を手で覆い、ジェイクの照らす灯りを頼りに、辺りを見渡した。

 物は全て撤去されていて、殺風景な部屋としか形容し難い。ただ、真っ黒な空間が広がっている。

「見事に何もない。念の為と思ってきたが──」ジェイクは足元を照らし、「足跡もないってことは、この道は使われなかったと素直に見て良さそうだな」

「ええ。これが分かっただけでも収穫ですね。さあ、上がりましょう。ここに居たら風邪を引いてしまいます」

「ああ」ジェイクはこちらを向いてから、一度首だけを背後に回し、「そうだな」ウィリアムに顔を戻した。


 隠し扉の前で埃を落とし、棚を閉じる。仕掛けが動いて自動的にロックされた音がした。ジェイクが机にランタンを置きながら、

「さて……次は、真向かいのお婆さんの証言を検討するか? この地区にある教会と言えば……」

「えーと、中央大聖堂……蒼晶教会、純映教会の三つかな」

 ウィリアムは棚から地図を取り出し、埃を払うと、机に広げる。それぞれの教会を指差して、三つであることを確認すると、

「良し。まずは犯人の足跡を辿ろう」ジェイクはウィリアムを一瞥し、地図に目を落とした。「取り敢えず、修道院は考えないものとしよう。例えば修道士が司祭姿を纏って行動した可能性も確かにあるが、今はこの仮説を排除して考える」

「教会関係者に絞り込んで捜査するわけですね」

「その通り」


 ウィリアムはぽん、と指を置いた。

「ここがこの屋敷。そして、ここが中央大聖堂」ペンで経路を引く。「それから、ここが蒼晶教会」と、屋敷まで線を繋げ、「ここに、純映教会がある」これも屋敷までの道を沿った。

「ここから、ここまでが共通の道だな。犯人がどこの教会に属しても、必ず通るわけだ」とジェイクは指摘する。

「なら、この道で聞き込みをすれば良いですね。……でも、どうやって絞り込みましょうか」ウィリアムはおとがいに手をやった。「犯行時間にあの場所を通る人は多いですからね。二、三人ならまだしも、実際はもっと多いかも」

「まあ、そこは地道にやっていこうや」

 ジェイクは気楽に返す。


 そして時間は経って、葬儀の後。

 刑事が捜査を諦めたならば、自分でやるしかない。ウィリアムはそう気分を切り替えることにした。場合によっては、探偵を雇うのも良いかもしれない。人は忘れやすいもので、見聞きしたとして、確証は薄れていく。このため聞き込みは初動が大事だ。だから、人手は多いに越したことはない。

 追われる身ではあったが、ジェイクも手伝ってくれると言う。とは言え、「マジにやばかったらすぐに逃げるつもりだが」とのこと。そうなれば、この取引も消滅するだろう。彼を当てにすることは出来ない。自分でどうにかするしかないのだ。


 聞き込みは、ジェイクと別れて行う。場所は屋敷からそれぞれの教会へと分岐するまでの、共通する道。中央から分岐点までをジェイクが、屋敷までがウィリアムが担当することになった。

 とにかく、道行く人や、往路にある店などで話を聞いていく。殆どの人は、もう覚えていないか、そもそも見ていないと話した。時折り、思い出したように出る名前には朧気なところがあって、いまいち信用できるものか怪しいところがある。けれども、今は玉石混交であろうと、どんな情報にでも縋るしかなかった。

 昼前に始めて、日暮時となった現在までに挙げられた名の数は、両手の数を超えていた。あとは精査して、誰がどの道を通ったのか、本人に直接聞きに行けば良いだろう。ここまで来て、犯人が漏れると言うこともあるまい──ウィリアムはそう信じた。


「そろそろ帰ろう」と、ジェイクは言う。それから何気ないふうを装って、「ずっと、誰かさんがこちらを窺ってるしな」

 ウィリアムは顔を動かそうとして、

「おっと、探そうと思うなよ」ジェイクは囁き声で釘を刺した。「相手に勘付かれるだろ……。場所はウィリアムから見て、四時の方向に一人。指輪もしている。他にもう一人居たが、今は見えないな」彼は小声から切り替えて、「で、この後はどうする?」

「そうですね……情報をまとめるためにも、少し回り道して帰りますか?」

「ああ、そりゃあ良い」言いながら、彼は歩き出した。「名前が結構集まったんだぜ、被疑者は多数だ。読み上げて行こうか──」

 ジェイクはメモを見ずに名前を暗誦していく。ウィリアムは歩きながら、それを書き留めた。と言っても、その多くが既にリストにある名前と一致していた。リストになかった者、それからジェイクの話に出なかった者の容疑は薄くなったと言える。

 それでも、例えば屋敷から出て車に乗ったなどで、道の途中から目撃されなくなった可能性も考えられた。そう言ったことも鑑みて、念を入れて、名前を記したのである。


「……オーケー。名前は出揃ったみたいですね。得策とは言えないでしょうが、後は彼らにあたってみるしかないでしょう。それで、ジェイク……追手はまだ付いてきていますか?」

「覚悟があるなら、ウィリアム。ちょっとした喧嘩になっても良ければ、指輪を身に付けると良い」

 ウィリアムは考え込み、メモ帳をポケットに突っ込んだ。そして──指輪を指に嵌める。

 刹那、思考が揺さぶられた。


 一人は、後方に居る。

〝ダグラス・バルパ、二十七歳、刑事。捜査を打ち切られことを不服に思い、独自に調査をしていた。指輪の能力は、鋭い嗅覚。特定の匂いを選び取り、遠方であっても探知が可能〟。


 もう一人は、前方──路地かは顔だけを覗かせてこちらを窺い見ていた。

 〝ブライアン・イダルタ、三十三歳、刑事。バルパと共に犯人の追跡を行った。だが、それが裏目に出た。ウィリアムと、その協力者を始末しなければならない。指輪の能力は弾力性のある皮膚。また、脱皮が可能である〟。


「どういうことだ……」ウィリアムは混乱した。「何故、彼らが……!?」

 ジェイクは口を斜めにさせ、

「さあな。現時点じゃまだ、何とも言えない。問題なのは、今、どうするかだ。ウィリアム、アンタはどうしたい?」

「白昼堂々の喧嘩は避けよう」

「了解」ジェイクは二秒ほど考えるように俯くと、「なら、二手に分かれよう。分断して、相手の出方を窺い、隙を見て、屋敷に戻るんだ」

「わかった。それで行こう」

 ウィリアムは緊張を解すべく、笑顔を作った。

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