第49話 別れと出会い 十二月七日十時
あれからギンティ・ギルバートの姿は見当たらなかった。何故彼が現れたのかは、ウィリアムにも見当がつかない。気まぐれなのか、こちらの様子を窺いに来たのか。少なくとも、能力のことは知られたかもしれない。指輪による感応はなかったため、こちらは相手の能力を知ることは出来なかった。
ある程度の予想ならばある。だが、確証が無いのは惜しい。
さて一方、マジックショーはまずまずの出来で、反応もそれなりだった。投げ銭も多く、これら全てアズに手渡す。演技の殆どは、彼女によるものだからだ。
「こんなに稼げるならマジックもありかなあ」
アズはお札をトランプのように重ねながら、笑みを溢している。そんな彼女にジェイクが、
「おいおい、簡単に言うがねえ、また新しく仕掛けを発明しなきゃならないんだぜ」などと、釘を刺していた。「お客さんってのは目が肥えてる。すぐに見慣れて飽きるんだ。稼げるのは最初だけ──」
「分かってる、分かってるって。姑かお局なのかアンタはよお。成功した時くらい少しは調子に乗らせろよなあ。なんなら、もっと煽ててくれたって良いじゃない。そうしたら、アタシ、何か閃くかも!」
「閃くかも! じゃあないっての」ジェイクは苦笑する。
「そうだよねー、今回はさ、指輪の力を使ったじゃん。普通、あんな大掛かりな仕掛けって、準備に元手が必要になるよね」
「もしまたやるなら、僕から新しいネタを提供させて貰うよ」ウィリアムは言った。「もちろん、準備はこちらでする。ジェイクも手伝うし」
「え? ああ、まあ、それくらいなら良いぜ」ジェイクは頷く。
「次やるなら、王道にトランプマジックかな?」アズは悪戯っぽく笑った。
時刻が切り替わり、腕時計が十一時を指し示す。アズの祖父──エドワード・ゴーシュの埋葬の時間が迫った。ウィリアムは彼らに告げると、タクシーを呼ぶ。
葬儀場に向かうと、スタッフに呼ばれ、レンタルした服に着替えた。作業は外で行う。案内された先は、沢山の花が咲き誇る庭園だった。エドワードは既に棺桶に入っている。苛烈な最期だったが、今は花に囲まれて、穏やかな寝顔に見えた。
神父が訪れ、水晶へと祈りを捧げる。ウィリアムは少しばかりギンティが担当するのではないかと期待したが、当ては外れたらしい。
参列者はここに居る三人だけだった。エドワードの晩年は、半ば隠居生活のようなものだったという。土の中へと埋葬されるのを見て、アズは涙を流した。もう二度と会話が出来ないことを思うと、ウィリアムも寂しい思いに駆られる。
死は避けられない、絶対的な運命の一つだ。だからこそ、宗教や芸術は、これを克服しようと努めた。それは自然の理に反する行いだろう。だがしかし、もっとも人間的な意思の表れだとも言える。
例えばウィリアムは、自分が死んでも作品が残れば良いと考えていた。誰かがふと、絵を見て作者に想いを馳せてくれたなら僥倖と言える。多くの人は、その絵を見ても、絵の中で感想が完結することだろう。果たして、どれだけの人が、ウィリアムという存在を気にかけるだろうか。
その点では、エドワードにはアズが居る。思い出してくれ、泣いてくれる者が居るのは幸福だ。
葬儀はしめやかに執り行われ、そして、静かに閉幕する。借りた喪服を着替えて、受付で手続きを行なっていると、ふと背後に気配を感じた。
「ウィリアム・アンダーソン様ですね?」
修道服姿の女性が伏し目がちに訊ねてくる。手には一枚の便箋。
「ええ、そうですが……」
「これを、貴方にと」
言われて、ウィリアムは便箋を受け取ると、中身を読んで驚愕した。〝今から聖水晶教会へ来られたし──ギンティ・ギルバート〟……。
文章はそれだけ。とても短い一文だった。
これは罠かもしれない、とウィリアムは思う。だが、ようやく接触できる機会が訪れたのだ。これを逃しては、一体、いつ再び相見えるかわからない。
行かなくては──
「ちょっと、良いですか?」ウィリアムは女性に訊ねた。
「ええ……」相手は手を顎先にやり、首を傾げてみせる。
「これは、誰から受け取ったものでしょうか」
「神父様でした」
「名前はわかりますか?」
「さあ、そこまでは存じ上げません」
それもそうか、とウィリアムは納得した。礼を言うと、アズとジェイクに少し手続きが長くなりそうだから、どこか散歩していてくれ、と言っておいた。彼らは首肯して、近くのカフェにでも向かうという。終わったら合流すると約束した。
ウィリアムは短く嘆息する。
何故、自分は隠したのか……。
これは自分の問題だからだ。彼らを危険なことに巻き込まないためだ。様々に理由を思いついたが、果たしてそうだと言えるだろうか。
わからない。わからないまま、進むしか無い。
ウィリアムはポケットに手を入れた。タクシーを呼び、聖水晶教会まで案内してもらう。それは式場から離れたところにあった。
その教会は、絵になる外観をしていた。神話の世界に紛れ込んだような、独特の雰囲気をまとっている。眼福だ。ウィリアムは不思議な幸福感を覚える。
「見事なものだろう」と、隣に男が立って言った。「ロンダニアで最初に建てられた教会が、ここだ」彼はウィリアムを見ると、「ようやく会えたな」
「ギンティ・ギルバート」ウィリアムは手を差し出す。
握手を交わすと、ギンティは中へ入るように手招いた。ウィリアムは頷き、後をついていく。
「良く、応じてくれた」とギンティ。
「いつかは、貴方に会わなくてはならないと思っていましたからね」
「マジックショーだが、あれは見事だった」
「どうもありがとうございます」
教会の内部は、真夜中を思わせるほど人の姿がなく、寂れて見えた。壁もところどころ剥がれており、床面にも朽ちた色が表出している。
吹き抜けとなった大広間に出ると、ギンティは立ち止まり、こちらに向き直った。警戒して、ウィリアムはポケットに手を入れる。いつでも指輪を嵌めておけるように、という準備だった。
ギンティは微かに笑うと、
「それで安心するなら、指輪を嵌めなさい。私は何も、君に対して危害を加えたりはしないと誓おう」
「言葉だけならば、何とでも言えます」
「まさしく。言葉など、力そのものではない。だがこの世の現象を変換した、魔法の音でもある。特に、我々は、言葉を畏れ、敬い、丁重に扱う。水晶が聞いているからだ」
「水晶が?」ウィリアムは繰り返す。
「我々は水晶から出来ているのだ、ウィリアム・アンダーソン。厳密に言うならば、我々は水晶の末裔だ。君は古代遺跡を見たことが?」
首肯して応じる。実際に訪れたことはないが、母の記憶で見たことがあるからだ。ギンティは宜しいと言って、
「これは、これから君に打ち明ける話を理解するために必要な、前提となる言葉だ。良いかい、アンダーソン、元々、この惑星は水晶が始まりだった。水晶が核となり、やがてその他の鉱物と混ざり合うことで、この地に生命の活動の場が生まれた。水晶は様々な環境に応じて姿形を変化させていった──それは、生物と呼ばれている」
「水晶が生物の源だと?」ウィリアムが口を挟む。
「まさしく」ギンティは首肯した。「水晶は生態系を生み、環境と共に進化や滅亡を繰り返してきたのだ。その中に人類種はある」
「まるで……水晶が意思を持って生命を生み出したようか物言いですね」
「さあ、断言は出来ない。つまり、そこに意思と言えるものがあったのか、それとも無意識的な条件反射のようなものなのかは、区別がつかないからだ。だが、少なくとも彼らは人類種を生み出したことで、意思を確立したことは確かだろう。これは遥かなる遠い昔の記憶、この指輪からもたらされた言葉の一つだ」
ギンティは懐から水晶の指輪を取り出して見せる。しかしすぐにこれを仕舞うと、両手を広げてみせた。
「さて、今はまだ、話の途中だ。君には、色々と訊きたいことがあるのだろう。私にも、話したいことがある。そこで、どうだろうか──あそこで対話をするというのは?」
彼の指差す先には、懺悔室があった。怪訝に思い、ウィリアムは神父を見る。ギンティは口許を緩め、
「普通ならば、懺悔する者の声を神父が耳にする。あの場は、そうした罪の告白を行う神聖な空間だ。我々の場合、立場は逆転して、私が幾つかの罪を君に打ち明けることになるだろう」
ウィリアムは自分の頭から血が下りていくのが感じられた。不思議だ、と他人事のように感じる。普通ならば血が上って、怒りに震えるのではないのか。しかしウィリアムは、ギンティの言葉から底しれない邪悪さを感じ取り、恐怖心が芽生えている。
何かが危険だと告げている。
だが、己の直感を無視して、ウィリアムは提案を受け入れた。懺悔室は、個室が連なる形で出来ている。扉の中は、電話ボックスくらい狭い。
椅子に腰掛けると扉の方を向いて座る。つまり、隣室に居るギンティへは横を向いた状態だった。隣から、彼が入り、椅子に腰掛けた音がする。程なくして扉が閉められたようだ。
部屋と部屋とを遮る壁には小さな穴が空いており、ここから相手の声が聞こえるようになっている。こちらから相手の顔を窺い知ることは出来た。だが、目の合わないところを見るに、ギンティからは見えないような構造になっているらしい。
「さて、どこから打ち明けたものだろうか」と、ギンティの落ち着いた低い声が聞こえた。「まずは、私の置かれた立場から、説明しておこう」




