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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter4
48/70

第48話 マジックショー 同日十一時五分

 目の前には空になった食器が並んでいた。およそ一時間掛けて食べ終えたことになる。ブランチとティータイムを兼ねた食事だ。もうしばらくは何も口にしたくない気分だとウィリアムは思う。

 座席に座りながら、他愛もない話をしていた。決まった話題など特になく、その都度の流れによって変化している。今は、アズのスリの技術がトークテーマだった。


 スラムで出会ったという女の子から技術を学び、以降は現場で培ったとアズは言う。

「じゃあほら、俺の財布を盗ってみろよ」ジェイクが無茶な要求をした。

「これのこと?」アズが財布を持ち上げる。

「あ、てめえ、いつの間に!」

「盗めって言うから……」

「絶対にその前から取ってただろ」

 ウィリアムはくすくすと笑って彼らのやり取りを見た。しかし、確かに素晴らしい手捌きではある。素早い動作や、抜け目ない立ち回り。彼女のスライハンド技術が気になって、ウィリアムはコインを取り出した。

「ねえ、アズはマジックとか興味はないの?」

 テーブルの上に、手のひらを上にした状態で手を置く。そのまま握りしめると、内側から無かったはずのコインが現れ、人差し指と中指、親指の三本で持ち上げた。


「凄え、どうやったんだよ」ジェイクが手を叩く。

「指で挟んでいたんじゃない?」アズはウィリアムからコインを受け取りながら、実践した。「こう、コインの端を人差し指と中指で挟むの。もちろん、手のひらからは見えないように。そうして、握りしめるタイミングでテーブルに押し付ける。すると、押し出されたコインが手のひらに収まる。でも、指が閉まっているから、その様子は見えない」

「本当かよ」ジェイクがコインを手に、指で挟む。「もうこの時点でコインが見えてるな」

「角度の問題もあるね」とウィリアム。

 手のひらを上に見せ、テーブルへとコインを押し付けた。かたん、という音がする。

「今の聞かなかったことにしてくれ」

 ジェイクが手を押し付けると、次第に指と指の合間からコインが出てくる。

「指を曲げながらやるってのは難しいぞ……無理だ、俺には器用な真似が出来ん」

 ジェイクは首を振って、ウィリアムを見た。

「まあ、慣れだね」アズが代わりに答える。

「そう。こうして、あるものを無いように見せたんだ。流石だね、よく分かったよアズ」ウィリアムは称賛した。「君も、何か出来ないかい?」

「そうね……」


 アズはウィリアムからコインを受け取ると、天井をじっと見て、手を素早く上へと振る。手を広げると、そこにはもうコインはない。手の甲を確認したが、そちらにもなかった。

「下に落とした」ウィリアムが指摘する。

「惜しい」アズは袖からコインを取り出した。「確かに、太腿に挟んだり、ブーツの中に入れるバージョンもあるよ」

「ちなみに、ジェイクの財布は?」

「太腿」アズはくすりと笑って持ち上げる。

「おいこら」ジェイクは財布を掴んだ。

 ウィリアムは紅茶を飲むと、

「アズなら、マジックで生計を立てられそうなものだけど。やるつもりはないの?」

「あたしには向いてないよ。目立つのは柄じゃないし」

「そうかあ? 少なくとも、スリよりはマシだぜ」ジェイクは財布を両手で握りしめながら言う。

 アズは鼻で笑い、「そうだね。でも、スリの技術はあっても、披露するだけのタネも仕掛けもありません」と、両手を広げてみせた。

「今は僕らが居るじゃないか」ウィリアムは指輪を見せる。「それに、明日まで暇なわけだし」

 アズはじっとウィリアムを見つめ、二秒ほど押し黙った。考えているのだろう。

「何か考えはあるの?」と彼女は訊いた。

「そうだね」ウィリアムは頷く。


 ウィリアムはそれから、道具や場所の準備に時間を費やした。結果、マジックの披露は翌日のこと。葬儀の一時間前になった。快晴で、雪も雨も降っていない。地面には相変わらず雪が降り積もっていたが、これは問題ない。

 場所は公園で行うことになった。ここには、数多くのパフォーマーが居り、練習や演技を披露している。その中に混じろうということだった。

 今回はアズとウィリアムの二人が表舞台に立つ。ジェイクは観客側からの見守りと、客寄せの役割が与えられた。三人は必要な道具を持つと、公園に場所を広げる。許可どりは既に済ませていた。

 誰も見ていないうちに、酷く冷たいテーブルをその場で組み立て、テーブルクロスで覆う。その上にマットを敷き、準備は完了した。


「マジックでもするのかい?」と、通行人がジェイクに訊いている。

「ああ……」ジェイクは相手を見て、目を見開いた。

 どうしたのだろう。そう思い、ウィリアムは彼らを見た。声を掛けたのはギンティ・ギルバート神父、その人だったのである。あまりのことにウィリアムは可笑しくなった。

「お前……!」

 ジェイクが叫びそうになるのを、ギンティが片手で制す。

「観客も少しずつ、増えてきたようだ。今は、お互い楽しもうじゃないか」

 アズとウィリアムは、目元をマスクで隠す。これは仮装用のグッズで、お土産の一つだった。雰囲気が出るとのことで、採用されたのである。


 何ということだ。目的の人物が目の前に居る。しかし、多くの見物客が今か今かと待ち構えていた。まさかこんな展開になるとは思いもしなかった、とウィリアムは思う。

「さて、そろそろ……始めようか」ウィリアムは微笑んでアズを見た。彼女は肩を竦めて応じる。ウィリアムは客たちに向き直ると、「それでは、少ない演目ではございますが、これよりマジックショーを開催致します」

 まばらな拍手が鳴った。

「今回行うのはコインマジックです」と、何もなかった手元からコインを取り出して見せる。少なからずどよめきがあがった。「このコインをハンカチで消してご覧に入れましょう」

 と、風が吹いて指先からハンカチが飛ばされる。


「ちょっとちょっと」横からアズが驚いてみせた。「幾らハンカチが薄いからって、飛ばすことはないよ」

 観客たちから小さく笑いがあがる。

 ウィリアムは雪の上に落ちたハンカチを拾い上げた。少し濡れてしまっている。

「これはこれは失礼しました。いえ、これでも問題はありません。コインをこのハンカチで覆いましょう」と言って、ウィリアムはコインと同じサイズ・形の氷を布に被せた。これを皆に見せながら、「さて、これを瞬く間に消してご覧に入れます」

「それではカウントダウン」とアズが三つ指を立てる。「三、二、一……」

「ゼロ!」

 ウィリアムは氷を掴むと、熱して溶かした。水はハンカチを濡らす。手を離し、ハンカチを広げてみせた。そこには何もない。

 観客たちが拍手する。


 そこからは、アズにバトンタッチした。彼女が行うのは、両手を移動する不思議なコインだ。マットの上に置かれたコインが、手をかざした瞬間に消え、もう一方の手に移動する。また、無かったはずの場所から、手をかざすと複数枚のコインが出現した。

「更に、ではこのテーブルを消してしまいましょう」

 アズが宣誓し、テーブルを覆う布を掴んでみせる。このテーブルは、客には見えていないが、実は氷で作られていた。このマジックで一番大変なのは、テーブルを用意することだったと言える。

 全員の視線がアズに集まる間に、ウィリアムがテーブルに触れた。彼女がクロスを勢いよく持ち上げるのに合わせて溶かす。アズが布をテーブルがあった場所に振り下ろした。この動作により、観客にはしっかりとテーブルが見られず、且つ、溶けて弾ける水飛沫を隠し通せる。

「見事、消してご覧に入れました」アズが言った。

 観客たちから大きな拍手が鳴る。

 しかし、その中からギンティの姿は消えていた。

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