第46話 整理とスタンス 十二月六日九時半
列車に揺られながら、ウィリアムはギンティの写真を眺めていた。思い出すのは昨日のこと。孤児院にてフローディアから聞いた話だった。
ウィリアムが孤児院を訪れたのは、何も指輪の知識を得るためだけではない。ジェイクとギンティが出身である。何か人物像が見えてこないか、ギンティについて話を伺ったのだ。
指輪のレクチャーを終えてから、雑談へと移った。ちょうど良いタイミングを図って、ウィリアムはギンティという男を知っているかと尋ねてみたのである。フローディアは勿論覚えている、と言った。
「彼はとても良い子でしてねえ。とにかく真面目だと思いましたよ」
「クソ真面目なのは同意だな」とジェイクが横から言う。
「絵や音楽も好きでしたね。ああ今思えば、あの子は感受性も鋭かったのでしょうね……共感力が高過ぎて、他人の負の感情も受け止めてしまうところがありました。つまり、他人の怒りや悲しみを共有してしまうのです」
「成る程……それは中々、生き辛そうですね?」とウィリアム。
「ええ。ですからね、ギンティ君は感情を隠しがちでした」フローディアは空気中の微粒子を見定めるように目を細め、「きっと心というものをどう扱えば良いのか、分からなかったのだと思います。ストレスの発散も、上手くないように見えましたからね」
「抱え込みやすいのでしょうか?」
「私には、そう──その通りに見えましたよ」
「だからアイツは良く言ってたぜ。『何事も試練だ』ってな。『自分は試練を乗り越えなくちゃならない』とか何とか」
思案から戻り、視界に写真が映り込む。ウィリアムは、ギンティの感受性について、水晶の感応と関係があるのではないか、と予想した。他者の肉体が感じたことを、追体験する。そういった特異体質なのか、それとも水晶を吸引したのか、それは不明だ。だが、現象はとても似通っている。水晶の影響下にあったのではないか、と考えられた。
もし彼が本当に良い人間ならば、何故、母を殺害したのだろう。母の記憶を覗いて、思いもよらない因縁を知った。彼女は、ギルバート兄弟の父の死に間接的に関わっている。ならば、復讐だろうか。
ウィリアムは、母が彼らの父を殺していないことを知っている。だが、ギンティはどうだろうか。ジェイクはどうだろう? その後、モートン神父の死を報せ、ジェイクが母を頼って家を訪ねてきたことを思えば、多少なりとも事情は伝わっているかもしれない。
ならば、ギンティは私怨のため──指輪や水晶といったことのために行動したわけではなかったのだろうか?
ウィリアムの予感は、むしろ、こちらが主な動機だったのではないか、と囁いている。ギンティは体温の指輪を欲していて、その持ち主であるミレアを殺めたのだ。
何故なら、ミレアの殺害が目的であれば、メルヴィル神父を手駒とする必要はなかったであろう。彼はまた、刑事たちを操り、ウィリアムを襲わせたわけだが──その理由がどこにも見当たらないからだ。
ギンティはこの指輪から、何が知りたかったのだろう。ウィリアムはスケッチブックを取り出して、鉛筆を走らせながら考えを進めた。
捜査を打ち止めさせたのは、恐らくギンティではない。彼は神父であり、そこまでの権力は有していないと思われる。では、権力者の中に協力者が居るのだろうか? 確定ではないが──ウィリアムの考えでは──居ないだろう、と思われる。
捜査の中止には、また別の思惑があったのではないだろうか。その内容までは想像がつかない。ただ、人の営みに手を入れるような、余計なお世話をする人物に心当たりがある。
ヴィクトリカ女王陛下だ。彼女であれば、水晶髑髏によって全ての人が何をしているのか、感知できる。いつ、どこの誰に干渉すれば良いのか、陛下であれば計算できたであろう。ただし、やはりその動機は分からない。運命だとか、試練、地獄の顕現といったワードは出ている。だがその意味するところは、抽象的なまま。
ウィリアムは息を漏らして、スケッチブックのページを捲った。さらに、頭の中に沈澱していたモチーフ、テーマを吐き出していく。思考に余白が生まれ、体が軽くなった気がして、楽しくなった。
真っ白なページをじっと睨む。すると、そこにイメージがうっすらと浮かび上がった。書くべき輪郭、構図が見え、鉛筆で線をなぞる。あとは、独白に集中した。
頭脳と肉体を分離させる。今は、手が勝手に描いている状態だ。
もしも、とウィリアムは考える。もしも自分がギンティと遭遇した場合、どうするだろうか、と。
復讐するだろうか? 否、しないだろう。
母を失った悲しみはあるが、怒りには変換されていない。憎しみも生まれていない。ただ、虚しいだけだ。
これは、警察に任せた方が良い事案だった。だが、何者かの意思によって、それが無効化されている。だから、ウィリアムは動いた。もしかしたら、女王陛下はそれを望まれたのかもしれない。
ウィリアムとギンティが対立することを望んで。衝突と摩擦が生む力を、陛下は欲しがったのかもしれない。しかし、それは何のためにであろう。
もしも──と更に考えを深め──女王陛下が黒幕であったとしたら? 彼女を、果たして自分は許せるだろうか?
そもそも、陛下も何か恐れのようなものに突き動かされて、様々なことに介入している節がある。この場合、彼女よりもまた上位の存在があるのではないか。と、そう疑ってしまう。
「全く、まとまらないな……」ウィリアムは苦笑した。
画面には混沌とした幾つもの絵が混ざり合っている。ウィリアムはぼうっとそれらを目にしながら、何が足りないのかを考えた。
「意思が見えないな。企みというか、コンセプトみたいなものが……。いや、スケッチだから、そんなものがないのは当たり前なんだけど、うーん……題名を『混沌』にするのは陳腐だし──」
糖分が欲しくなり、駅前で買った土産から甘いものを取り出そうとした。と、列車が緩やかになり、窓の外からは教会地区が見えてくる。慌てて荷物をまとめ上げると、開いたドアから飛び降りた。




