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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter3
44/70

第44話 報告 十二月六日正午

 それから、ミレアはモートン神父の家を訪ねた。彼の息子たちに会うためである。実際には、そこは神父の家ではない。彼は妻とは別居状態で、一人暮らしだったからだ。だから、ここは神父の妻である、ダーラ・ギルバートの家ということになる。

 何故、ここへ来たのか。

 それは、モートン神父から直々に伝言を賜ったからということもある。だがもう一つの理由があった。彼は、歴史の裏側に消される可能性が高い。

 そう、ずっと疑問だった。何故、女王陛下は全人類の忘却という形で仕切り直したりするのか。これがその理由の一端なのだろう。彼女は、人の死を時代の切り替わりによって上書きし、記録や記憶から抹消しようとしたのではないか。

 これは仮説でしかない。検証して初めて事実となる。もしこれから先、忘却がなされなければ、この考えは間違いだということだ。

 ミレアはだから、間違っていて欲しい、と願う。生きたことも、亡くなったことも、全て忘れ去られるのは寂しいからだ。


 扉をノックする。室内から、若々しい女性が現れた。事前に連絡していたから、名乗るだけで中へと案内される。非常に心苦しい時間の始まりだ。

 リビングに通されて、ソファに腰掛ける。ダーラが紅茶を出してくれたので、礼を告げると共にカップを手に取った。手が震えてしまう。揺れる水面を見つめながら、花の香りを喉に通した。

 覚悟ではなく、諦めの気持ちから、言葉を口にする。モートン神父が亡くなった、と。ダーラはショックを受けて、唇を震わせた。何があったのか、本当のところは話せない。内容については、既に女王陛下と取り決めがなされていた。


 ここへ来る前に、ミレアは一度、彼女と会っている。まず、遺跡で二人が倒れた後、ミレアは助けを呼ぶために、一人で地上へ向かおうとした。だが、タイミングを見計らったように、救助隊が現れたのである。女王陛下もまた、遺跡に現れた。

 全ては計画されていたことなのだろう。これはミレアの予想でしかない。

 今までのことは、ミレアにも知らない理由があって起こされた、レオナルドが言うところの茶番だったのだ。モートンが死ぬことも、レオナルドが裏切ることも、ミレアが彼を気絶させることさえも、織り込み済みで。

 女王陛下は、きっと、計算したのだ。

 モートン神父とレオナルドは搬送されていく。神父はどう見ても手遅れだった。レオナルドは、手加減したから、死ぬことはないだろう。後遺症については保証できない。


 ミレアは彼らを見送りながら、女王陛下を睨んだ。自分は何か得体の知れないことに巻き込まれ、利用されている。

 女王陛下は無表情でミレアを見つめ返した。彼女は少し疲れたようなやつれ顔に見える。

「これも運命ですか? 仕方ないことですか?」ミレアは訊いた。

「いいえ。……私の定めた出来事ですよ」女王陛下は答える。

 意外な返しだと思い、ミレアは二の句が継げなくなった。陛下は全人類を覗き見し、未来を予測し、人々に介入することで運命を捻じ曲げ、この状況を仕立て上げた。けれどそれも、これから起こる何かのために備えてのことだろう、と認識している。だからこそ、自分の正当性を訴えるだろうと、そう思っていた。

 女王陛下は水晶髑髏の前に立つ。と、躊躇いがちにこれを掴んだ。振り返った顔は、まるで同じ。水晶髑髏による容貌の変化は見られない。陛下は、古代の女王と瓜二つなのだ。


「これからも、私は、運命を定めることでしょう。私はこの国と添い遂げるつもりです。その覚悟は出来ています」

 ヴィクトリカ女王陛下は、俯き加減に答える。ミレアに言っているようであり、自分に言い聞かせているようでもあった。

「ここに無事、髑髏を取り返しました。貴方の仕事もここで終わりです。ご苦労様でした。報酬は、後で口座に入金させておきましょう。それから──もしも、報告に行かれるのでしたら、モートン神父の死は、発掘調査中の事故ということにしてください。そのための事実は我々の方で用意しておきます。貴方は、チームの一員だったということにしておいてください」

 

 ミレアはその通り、ダーラに話した。真実を話すよりも、受け入れやすいだろうと納得したからだ。王室と教会の対立が原因だと明かしたところで、彼女はこれからの人生をどう生きれば良いだろう。

 神父が遺跡にて亡くなったことは間違いではない。ただそれが、事故ではなく他殺であるという点だけが、明確な嘘だと言える。ミレアは嘘を選んだ。どちらの方が彼女らのためになったのか、それは今も分からない。

 その後、ミレアは息子たちへの伝言を預かっていることも教えた。ダーラは彼らを連れて来るというので、部屋を立ち去る。ソファで暫く待ちながら、自然と思案の海に意識は溶けていった。

 彼らの息子たちは、まだ幼い。人の死を理解できるだろうか。出来たとして、実感するのは難しいかもしれない。自分はどうだったか、とミレアは想像する。その頃──七歳くらいの時は、死ぬことが恐ろしく感じられていたような気がした。それくらいの知性はあった。だから、誤魔化すことはできないだろう。

 ギンティという名の男の子が、更に幼い子どもを引き連れてやってきた。理知的な顔立ちに見える。幼い子の方は、ジェイクというらしい。


 二人を見て、何故かミレアは目頭が熱くなった。神父に抱きついていた場面がフラッシュバックする。ああ、自分も父を亡くしたからだ──ミレアはそう解釈した。

 涙を堪えて、息を吐くと、子どもたちに微笑んで、最期の言葉を語る。彼らにこの意味が分かる日も来るのだろうか。来て欲しいようにも思う。だけれど、知ってしまえば、教会や王家を恨むことにも繋がるかもしれない。

 ダーラは、或いは既に、一部を理解していたのではないか。だからこそ、彼女は泣いているのだろう。ミレアを招き入れたのも、そのためではないか。これは全て、想像。補完でしかないけれど。


 すべき仕事を果たすと、ミレアはこの場を去った。ありふれた日常が何気ない顔をして待っていたが、今はまだ、目を合わせることも難しそうだった。

「なんだかな」と呟く。ミレアは指輪に気付いて、指から抜き取った。「こんなもの、誰が作ったの?」

 ふと口にした疑問が、頭で埋め尽くされていく。ミレアは苦笑した。やはり、自分はどんな時でも好奇心によって突き動かされているのだ。自分はこれからも研究に邁進するだろう予感がある。そこには先人たちがたくさん居て、ここまでの土台を築いてきた。

 モートン神父は今、この地層の表面に居る。研究していれば、顔を合わせることもあるだろう。その時には、元気な姿を見せたいな、とミレアは思った。

 彼女はそっと指輪を外す。

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