第43話 死と裏切り 同日十一時十八分
この街は、雲一つない星空のように輝いている。街のみならず、人々もまた、石像のように水晶で固められていた。彼らは驚き、悲しみ、苦悶といった様々な顔を浮かべている。だが誰にも共通して言えることは、それが無念の想いを抱えていただろうことだった。
彼らに人格といえるほどのものはない。意識はあれど、肉体から生まれ出た自我が無いのだから。
神父は道の真ん中で足を止める。
「私が行ったこと──それはヴィクトリカ女王陛下から、依頼されたものでした。女王の力を誰のものでもなり得ない場所へ置くこと。そして、それが教会の仕業であるように見せかけること」
「女王の力というのは、水晶髑髏のことですか?」
「そうです。我々が危惧していたのは、この力でした」
ミレアはてっきり、ヴィクトリカ女王の冠のことだとばかり思っていたが、どうやら違うようだ。考えを修正する。つまり、声以外による強制的な繋がりが、水晶髑髏にはあるということか。
「続けてください」と、ミレアは先を促す。
神父は首肯して、「そこで、私は水晶髑髏をこの街に隠すことにしました。戻すと言うべきでしょうね……。元々、水晶髑髏はここにあったのですから」
「え? と言うと……まさか」ミレアは水晶に覆われた人々を見つめた。それから、自分の肩を抱きしめる。「水晶髑髏は、古代の女王の首なのですね……?」
「……貴方にもお分かり頂けたようですね」神父は震えるように笑った。「そうです。本当の女王陛下その人だからこそ、その水晶は危険でした。それは、あそこにあります」
と、モートン神父が光を当てる。ミレアはそちらへと近づくと、息を呑んだ。
一人の女性が赤子を抱いている。背後には水晶の壁が出来ていた。恐らく、赤子を守ろうとして、背を向けたのだろう。実際に、僅かではあったけれど、背中を丸めて見えた。
その女性はどこかで見た覚えがある。水晶を抱く乙女──ステンドグラスにあったのは、これが元になっていたのだ。
そこには慈しみとも悲しみとも取れる表情のある首があった。神父が水晶髑髏を戻したことで、当時の姿が再び現れたことになる。
「水晶髑髏──女王陛下の首に触れてみてください」
モートン神父に言われ、ミレアは恐る恐る手を伸ばした。彼女の頬に指が触れる。瞬間、皮膚に火花が散ったような痛みを覚え、頭の中は掻き乱され、体から自我が離れていった。時間も空間も超越する。
もはや重力はここにない。
網目のように繋がり合う人の意識が見えた。この社会に生きる全ての人々だ。彼らの肉体が見える。中へ入り込むことができる。感覚までもが伝わってきた。
指を離す。
ミレアはあまりのことに理解が追いつかなかった。今起きたことを必死に頭の中でまとめあげる。だが、理解すればするほどに、意味がわからなくなった。
水晶は他の水晶と感応する。そう思っていた。
だがこれは、水晶髑髏は、水晶と関係のない人々とも繋がりを持っている。これは、ルールに反している。
「奇妙だと思ったでしょう。実際には、何も、不思議なことなどないんです」神父が言った。
「もっと分かるように言ってください」
「ええ……結論から言うと、我々が繋がりを持っているのは、古代人の末裔だからである、ということです。厳密には、我々の肉体は自我が芽生えるほどには進化しましたが、感応の影響が抜け切るほどの変化まではしていなかったのですよ」
「そうなると、この水晶髑髏を使って人に命令出来たりするのでしょうか」
「ええ」はっきりと彼は断言した。「尤も、指輪を持っていれば話は別ですがね。多少の抵抗力がある。これには、個人差はありますが。……そうそう、それだけではありません」
今度は神父水晶髑髏に触れる。瞬きすると、たちまち彼の姿が女王陛下と瓜二つになった。
「どうですか?」声も変わっている。
「あ、あはは……」ミレアは指を差して、固まった表情で笑った。目を擦ったが、勘違いや思い込みではないらしい。「幻覚ですか?」
「ある意味ではそうです。ただある意味では、幻覚ではありません。現実ですよ」神父が手を離した途端に、元の姿に戻って見えた。
「……そうみたいですね」ミレアは受け止める。「でも、どうしてこんなことを私に教えてくれるのですか? こんなにも凄いこと……秘密にしておくべきだったんじゃあないですか」
神父は大きく首を振った。神妙な顔で、
「貴方にお願いするためですよ。私が死んだら、息子たちに話して欲しいんです。私は、裏切り者じゃないと──」
乾いた破裂音が鳴り響く。
神父が胸から血を吹き出して倒れた。
街は沈黙する。
遅れて、銃声だとミレアは理解した。慌ててモートン神父の元に駆け寄る。彼は仰向けに、胸を手で押さえていた。しかし、止めどなく血が溢れ出る。気絶しそうなのか、神父は目を瞑りかけていた。
「しっかひして!」彼が眠らないように声を掛ける。
ミレアは来ていた衣服を脱いで、巻き付けようとした。だが、不器用なことに上手くいかない。しっかりするのは自分の方だ、とミレアは焦った。それから、指輪を使って血を凍らせてはどうかと考える。が、下手をすれば体内まで凍らせてしまいそうだ。どう処理するべきか、混乱している頭では上手く判断が出来ない。
足音がして、ミレアは振り返る。拳銃を片手に、レオナルドが立っていた。勝ち誇ったように微笑んでいる。
「手筈通りです」吐息のような声でモートンは言った。「ここまで、が計画なんです」
「もう話さなくて良いですから……」
体力を消耗してしまってはいけない。ミレアは泣きそうになる。
出血した一部を掬い取り、瘡蓋のように傷口に封をできないかと考えた。だが、これも難しい。血管の中までも塞がってしまいそうになる。
どうしようもない。ミレアは助けを呼ぼうと思い、立ち上がった。
「おっと、動かないでください」レオナルドの銃口がこちらに向く。「どうするつもりですか?」
「助けを呼ぶの」
「なりません。彼の死は、女王陛下にとって重要なファクタなんですから」
「何ですって?」ミレアは涙目で彼を睨んだ。
レオナルドは口を真一文字に引いたが、ため息と共に口を開け、「陛下には未来が見えていました。この、水晶髑髏でね。運命と言っても良いでしょう。全ての人間の動きが分かるのですから。だから、計算なさったのですよ。ここで彼が死ぬことで、未来に直接的にか、間接的にか、影響を与えられるだろう、とね」
「地獄の顕現……」モートンが呟く。「彼女は、試練の時と、言っていた」
「これが起こるのを防ぎたい。だから、こんな茶番劇を繰り広げた、ということですよ」レオナルドが後を引き継いで言った。「尤も、水晶髑髏を持たない今、まさか私が裏切るとまでは、計算できなかったでしょうけれど」
「え……」神父は顔を上げて、レオナルドを見据える。
レオナルドは水晶髑髏を掴んだ。
「私は、こうして王室に仕えておりますが、それ以前から教会に忠誠を誓う身──」容貌も声も女王陛下のものになる。「ずっとこの時を待っていました。水晶髑髏が、水晶教のものとなる日を!」
「貴様……」神父が苦しそうに声を漏らした。
ミレアはレオナルドに向かったが、銃に遮られて近づけない。唇を噛み締めて、この場をどうすべきかと悩んだ。
レオナルドは不敵に笑い、水晶髑髏を掲げる。「さあ二人とも、今すぐに自害するんだ」
宣言にミレアは身構えた。だが、待っても何も起こらない。モートンが微かに笑う。
「指輪は、自我を補強、する……だから、命令の影響は、受けない」
ミレアはきっ、とレオナルドを見据える。モートンが足を持ち上げた。その速度は目にも留まらぬ速さで、後からそうだったように見える、と脳が認識したに過ぎない。
神父の足先から、黒い影が飛んだ。それは革靴だった。驚異的な速度でレオナルドの首に当たる。彼は水晶髑髏を掴んで離さなかったが、痛みに悶えて身を蹲せた。ミレアはこの瞬間を捉え、間合いに入る。レオナルドの首に手を伸ばすと、燃え盛る怒りを伝播させた。
レオナルドの血液を沸騰させる。そんなイメージを込めた。彼は断末魔をあげるとその場にくずおれる。水晶髑髏はついぞ手放さなかった。ミレアはその手から引き離すと、元の体に髑髏を戻す。
はっとして、モートン神父の元へと戻った。彼は安らかな表情で目を閉じている。息はしていない。ミレアは膝からへたり込むと、青く寒々しいこの街を目蓋で覆った。




