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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter3
35/50

第35話 思索〜神父を待ちながら〜 同日午後十四時

 アイリスはしばらくぼうっとしていた、事件に関わった不安は、次第に謎に対する好奇心へ変わり、あらゆる可能性の想像へと変化した。


 ただ、蓄積している情報が曖昧であったから、噂話ゴシップのような仮説、三文小説パルプフィクションのような経緯ばかり思い浮かぶ。それ以上を問い掛ければ、結局、検証するには空白が多いという結論が出るばかりで、堂々巡りだ。

 その後、事件から離れて、全く別のことを考える。古代文明では、果たして殺人事件など起こり得ただろうか、と。最初は、ないだろうと予想した。どの肉体も、同じ自我が動かしている。肉体を捨てることは、殺人ではない。自分の髪の毛を切り捨てるようなものと認識するだろう。

 彼らの中で、殺人事件が起こるための条件とは、異なる自我意識によって、意思に反して肉体を捨てられること──と定義して考えを更に進めた。


「もしも、自己同一性がなければ?」

 アイリスは独りごちる。言葉が耳に入ってから、喋ったことに気付いて恥ずかしくなった。周囲を確認する。誰も居ない。

 誰も居ない空間だと、独り言が増えてしまうアイリスだった。

 気分を切り替える。神父はまだだろうか。報告を受けるその時までの暇つぶしとして、再度、思案に戻る。

 もし、その肉体が自分のものであると認識しなければ、それは意思に反した行為になるのではないか。殺人であると解釈するのではないか、と仮定する。例えば信号機が一斉に赤くなるように──無意識状態であれば、自分でも知らないうちに、肉体が失われてしまうこともあるのではないだろうか。

「ああ、でもそれだと自分の過失だと思うか……」

 アイリスは自分の考えを否定した。


 必要なのは、異なる自我意識──つまり、他者の意思である。集合意識から他者の意思は生まれ得るだろうか……。

 或いは、生まれるかもしれない。その可能性に思い至った時、アイリスは体が震えた。

 これらは仮定に次ぐ仮定でしかない。つまり、彼らにも無意識状態があると仮定する。この場合、どうやってその間の肉体をコントロールするのだろうか。

 答えは簡単。肉体に任せれば良い。


 人間の心臓が意思とは関係なく動いているように、毛髪が勝手に生えてくるのと同じようなこと。

 意識が一点に──肉体の一つに集中する場合もあるだろう。この時、不測の事態が起きないようにするための安全装置があるはずだ。それが、その肉体自身による自律行動である。

 そう、それは明確な自我意識があるものとは言えないだろう。だが、意思にも似た振る舞いを見せるのではないか。

 言うなれば、意識とは俯瞰する目だ。市民に直接干渉してこない監視者だ。その者から見て、肉体は勝手な行動をする。しているように見える。これはある種の異常、または病のようなものと言えるだろう。


 厳密には、違うかもしれない。だが、この自由行動する肉体が──どんな状況かまでは考えていないが──必要に迫られて他の肉体を破壊した場合、彼らの間でも殺人事件と近しい現象が起こる、そのように認識されるのではないか。と、解釈してもそれほど間違いではないように思う。

 まずは、この擬似精神とでも呼ぶべき機能の存在を証明する証拠を探さなくては──

「あっ」閃きの勢いに押され、アイリスは立ち上がる。

 更に、思考が飛躍したのだ。

 つまり──壁画を描いたのは、この擬似精神である可能性。

 音を立てて扉が開けられた。アイリスは飛び上がるほど驚いた──が、また悲鳴が出ない。練習のつもりで、やや遅れてから、わざとらしく悲鳴をあげてみる。入ってきたのはモートン神父だった。


「渡してきましたよ。君が見つけた経緯についても、大体伝わったと思います」

「ありがとうございます」アイリスはお辞儀した。

「それから興味深い話も聞きましたよ」言ってから、神父はあっ、と気まずい顔をする。「これは女性にはきつい話かもしれません」

「構いませんわ。興味深い話とは何です?」好奇心に釣られてアイリスは訊ねる。

「それはそれは……」モートン神父は頭を掻くと、空咳し、「例の被害者は、やはり一連のものと関係しているようです。ほら、巷で騒がられている──」

「切り裂きジャック」

「そう……その通り。同一犯である可能性が高いと言います」

「それは、どこでそう判定できたのでしょう?」

「ええ、それは私も気になったので訊いてみました。どうやら、切り傷はどれも医者のような明瞭さを持っているらしいのです。つまり、外科手術を施したことのある人物が犯人ではないか、と」

「傷口からだけでもそこまで分かるものなのでしょうか」

「さあ、それは知りません。ただまあ、検視官から見て、そのような印象を受けたのではないでしょうか」

「ああ成る程。確かに検視官であれば、医者ですものね」

「良ければ家まで送りましょうか?」神父がふと窓の外を見る。

「いいえ、それには及びませんわ」


 この時既に、自分が襲われることなど想定していなかった。犯人が医者であるなら、ジェイムスから話を聞いてみるのはどうだろう──傷口からそこまで判別できただろうか、訊ねてみたい。

 彼はまだ大学に居るだろうか。その可能性を考慮して、これから再び大学へ赴いてみよう。

 そして帰宅したら、父に擬似精神仮説を聞かせてみようか。一体、どんな反応をするだろう──と、今後の予定を組み立てていた。

 一部、こうした考えに囚われていたから、上の空で礼拝堂の出口まで歩き、ふと我に帰る。神父に改めて礼を伝え、頭を下げた。

 モートン神父はにこやかに手を振った。

「お気をつけて」と。

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