第31話 接触 同日十時
モートンに会うため、電話で約束を取り付けようとミレアは考えた。大学に連絡を入れると、今日は出勤日ではないと言う。今頃は教会に居るのではないか、とのことだった。
彼の所属先を、ミレアは知らない。知り合いではあったが、どこなのかという話にはならなかった。これについてはレオナルドが知っていて、教会地区の澄明礼拝堂であると言う。
地図を見たが、方向音痴なので、レオナルドに案内してもらうことにした。
タクシーを呼び、二人は中に入る。ミレアが行き先を告げ、やがて車は走り出した。レオナルドはあくまでも助手としての立場を務めるつもりらしい。あらゆる決定権はこちらに委ねられている。
この頃は馬車を見なくなったな、と車窓から外へ目を向けながら思った。今や自動車へと移り変わってきている。万物は流転するというが、技術の進歩、変化は早いように感じられた。
幼い頃などは、良く馬車に乗ったものだ。人間は馬の力を借りて、移動したり物を運搬していたのである。だが、見渡す限り、どこにも馬の姿はない。代わりに、数馬力ものエネルギーを持った機械が台頭している。馬はもはや、動物園でしか見ていない。
技術は移り変わる。しかし、核となる部分は変わらない。機能を向上し、効率化し、小型化される時、使われる部品が変わってくるだけのこと。馬に頼っていたことが機械に代わってもらっただけ。例えば、遠い未来では、人間の代わりをも務めてくれるのではないか、とミレアは想像する。
多くの仕事は、活動は、機械にも可能なのではないか。人間の営みはこれから便利になるだろう。問題は、その変化に追いつけるかどうか。恐らくは、世代が交代することで、受け入れられていくのだろう。受け入れられない者は、そのまま老いて朽ちていくのだ。適応できた者だけか残っていく。
自分はどうだろうか?
ミレアは大学で准教授として働いている。書いた論文も、予想外に評価された。内容は、遺跡で見つかった壁画の文様・地層・周辺遺物・顔料などから、年代を相対的に特定したことである。
以来、考古化学を専門に研究していた。
充実した日々を送っている。ならば、自分は適した環境に身を置いているということだ。では、モートン神父はどうだろう。
モートン神父は教会に属する傍ら、大学においても教鞭を取っている。彼の専門は系譜考古学だ。
いわば古代人と現代人とを家系図で繋ぎ合わせる職人である。残された記録自体は殆どないものの、手掛かりは様々あり、墓地の埋葬形式や遺物、石碑の家系名、伝承・神話・地名、血縁を示す紋様、現代の部族・氏族の姓の構造などから、導き出すのだ。
未だ確定的な証拠が出揃っていないため、推論の域を出ず、特定には至らないが、浪漫ある内容だとミレアは思う。彼は幾つもの手法や仮説を提案しては、検証し、アイデアを惜しげなく使い捨てていた。側から見ていて、とても楽しそうなのが印象的だった。
ならば彼もまた、時代に適応した人物であると評価できなくもない、
タクシーは教会の前で緩やかに停まる。レオナルドが金を払うと、颯爽とミレアをエスコートした。その手慣れた具合を高く評価する。でも、自分には必要ないな、と内心では苦笑した。どうも、姫様のような扱いをされるのは居心地が悪い。
教会内には多くの人が詰めかけている。神父の説教を聞きに来ているのだろうか。熱心なことだ、とミレアは感心する。後方の列に座ると、目を瞑り、声に耳を傾けた。
低く張りのある声が響いて聞こえる。良い声だ。ふと薄く目を開けて、顔を上げると、斜め前の席に座る若い女性がうっとりとした表情を浮かべている。もしかすると人気の理由は、こちらの方が主なのかもしれない。ミレアはそう独り合点した。
説教が終わり、人々が椅子から立ち上がっていく。次第に人の姿が減り、その場には数人だけとなった。ミレアとレオナルドの他に、二人の子どもが居る。三歳と七歳くらいの兄弟だ。
彼らに神の教えは分かるのだろうか、とミレアは思う。彼らと目が合ったので、微笑んだ。
「おやおや、これは珍しいお客様ですね」モートン神父が近くに来て言う。
二人の幼子が彼に飛び付いた。モートンは彼らを抱き寄せると、ミレアに顔を向ける。
「私の息子たちです。えっと、こちらの方は──」モートンはレオナルドの方を向いて訊いた。「もしかして?」
「いいえ」ミレアは首を振って否定する。
「まだ何も言ってないでしょう」モートン神父は朗らかに笑った。
「大体の予想はつきます。フィアンセと思ったのではありませんか?」
神父は頷く。「もし結婚する際はどうぞこちらで……」
「いえ、だから、違います」
レオナルドが立ち上がり、名前を明かすと、手を差し出した。
「彼女の親戚です。従兄妹にあたります」
そういう設定にしたようだ。これから口裏を合わせなければならない。
「従兄妹同士でも結婚は可能ですよ」神父は真面目な顔つきで握手を交わす。
「その時はお願いしましょう」レオナルドはくすっと笑った。
「それで、モートン神父。今日は折り入って話したいことが……」ミレアはレオナルドに目配せする。「少し、席を外していただけないかしら」
「わかった」レオナルドは教会を出て行った。
「ふむ……」モートンは彼を見届けると、不思議そうな顔で、「それで話とは?」
「それは──」
ミレアは口篭った。何と訊けば良いのだろう。二人の幼子に目を向けた。モートン神父がミレアの視線に気付き、しゃがみ込む。きっと、この子らが居ては拙い話だと思ったのだろう。ある意味ではそうなのかもしれない。
神父は二人の子どもに、お母さんのところへ行って来なさいと行った。彼らは素直に頷いて、手を繋いで外へ歩いていく。
「もしかして、思い出したのですか?」
「え?」
唐突に訊かれ、ミレアは戸惑った。こちらの反応で察したのか、何でもないと彼は言う。妙な引っ掛かりを覚えたが、流すことにした。
どう話すべきか、言葉を探す。ただ、ストレートに伝えてはいけないだろうと思われた。
「とある方が、とあるものを探しているんです」だから自然と、抽象的な表現になる。
「分かりそうで、何も分からないですね」神父は苦笑した。
「それの特徴は、水晶でできている、ということです。そしてそれを、貴方が持っている、と」
「ほう。私が、ですか」神父は考え込むように目を細め、片手は顎髭をさする。「アンダーソンさん、つかぬことをお聞きしますが、本当に何も覚えていないのですね?」
ミレアは面食らった。
まず、何を問われているのかを考える。けれども心当たりがない。首を横に振った。神父は鼻息を漏らす。それから、ミレアの隣に座り、こちらも座るよう手で促した。神父は真正面を向いている。そこには、色鮮やかなステンドグラスがあった。水晶を胸に抱いて、頬を寄せる女性が描かれている。
「恐らくですが、先ほどの彼は、王族の関係者ですね?」言い終えてから、モートンはミレアの顔を観察するように覗き込んだ。「従兄妹というのも本当ではないのでは」
ミレアは目を細めるだけで無言を貫く。
「沈黙ですか……」残念そうな声色で、神父は受け入れる。「まあ、この件は置いておきましょう」神妙な顔つきになると、「王族と教会は、長きにわたる因縁がありましてね。貴方がお探しのものは、多分、水晶髑髏ではありませんか?」
「何故そうお思いに?」ミレアは訊いた。
「ただの直感ですよ」神父は微笑する。「否定はなさらないのですか?」
「ノーコメントです」
「成る程」神父は口許を緩めた。「もし、貴方がお望みならば教会と王家の対立についてお聞かせしますが」
「では、せっかくですから……」とミレアは頭を下げる。
「わかりました。では、話しましょう。貴方に水晶髑髏を教えるかどうかは──全てを理解して貰ってから、判断するとします」




