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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter3
29/40

第29話 拘留された男 十二月六日 九時

 雪が降っている。

 列車を降り立つと、指輪をしなければと思うほどに寒い。当然ながら、指輪をしてしまえば水晶に反応してしまう。便利な防寒器具ではないのだ。ウィリアムは仕方なく手袋を嵌める。厄介ごとに巻き込まれたくないからだ。何かと指輪を利用しようと考えるのは改めるべきだろう。

 自重しなくては……。

 中央地区は、教会地区とはまた異なる活気を見せる。あちらは生命力や信念が人を動かすならば、ここはあらゆら情報の名産地、交流の場所と言えるだろう。警視庁が設置されているのも、それだけ人の往来が多いため、事件が発生しやすいからだと思われた。


 ロンダニア警視庁(ヤード)へは、母の遺体を確認しに一度行ったことがある。このため、迷いなく辿り着くことができた。

 内部は、刑事や身柄を確保されたばかりと言える者とで、混沌としている。面白いと感じて横目で見つつ、受付を済ませた。イダルタ刑事の言った通り、名前を告げただけで、話が伝わったようだ。案内の者が来るから、少し待ってくれと言われた。

 椅子に座っていると、程なくして男が前に立ち現れた。見覚えのある顔だったので、一瞬、凝視する。イダルタ刑事と共に捜査してくれていた、バルパ刑事だ。と、名前を思い出す。


「お久しぶりですね」と、ウィリアムは立ち上がって挨拶する。

「二日ぶりですが……」バルパは不思議そうに首を傾げた。

「ああ……。どうも、ここのところ忙しくて。疲れているみたいです」

「成る程」面白そうに刑事は相槌を打つ。「先日はご迷惑をお掛けしました」

「あれからどうです? 何か、妨害行為は受けていますか?」

「いえ。一転して、平穏という感じですね」バルパは笑顔になると、「では、行きましょう。彼が待っています」


 彼──グレン・アバネシーのことを、ウィリアムは何も知らない。どうして自分が呼ばれたのだろう? 何を話すと言うのだろうか。これは、後の楽しみとして取っておこう。

 先を行くバルパについて、渡り廊下を歩いた。この建物は、外観よりも広く感じられる。多くの人とすれ違い、様々なドラマの断片を過ぎて行く。もう少し眺めていたかったが、今は自分の運命に集中しなくては。

 拘置所は一度建物を出て、道を挟んだ向こうにある。なかなか奇妙な造りをしているが、これも必要があってのことだろうか。

 歩きながら、アバネシーが逮捕された理由を思い出す。彼は、ジェイクと指輪を見て、激昂した。駅のホームで騒ぎを起こし、ウィリアムたちを襲ったのである。群衆の中、彼は発砲したのだ。そして、逮捕された。しかしそれは教会地区でのこと。


「どうしてアバネシーは、こちらの拘留所にいるのでしょう?」

 それが疑問だった。

「ああ、それが不思議なんですよね。私にもよく分からないんです。上からの命令でそうなったらしいですよ」

「上からの命令……」ウィリアムは繰り返す。

 バルパは苦い顔をさせた。きっと、自分らが命令によって母殺しの捜査を打ち切ったことを思い出したのだろう。

「あの件は、すみませんでした。あれも似たようなものですね」

「いえ、構いませんよ」ウィリアムは片手で制する。「でも、奇妙な捻れを感じますね」

「捻れ、ですか?」

「何と言うのか……誰かが意図的に介入しているわけじゃないですか。僕は誘導されているような気がしてならないんです」


 馬鹿馬鹿しいと一蹴されると思いきや、ふうむ、と刑事は考え込んでしまった。何か心当たりでもあるのだろうか、そこまでは察しきれない。

 会話が不意に途切れると同時に、二人は拘置所の中へ入った。門番がバルパを見て敬礼する。顔見知りのようだ。ウィリアムは彼に軽くお辞儀する。

 入り口から一歩奥から、まるで別の世界に来たように雰囲気が変わった。人の気配が感じられない。通路と扉、これらを取り囲むようにして作られた壁だけが、景色の全てだ。

 冷たい風が通る。この場所にはそれが似つかわしい、とウィリアムは思った。


 場所の持つ佇まいに影響されてか、二人は終始無言だった。目的の場所である個室キュービクルを前にすると、バルパから中に入るよう勧められる。

 面会室は酷く質素なものだった。対面に二つ置かれた椅子と、これを仕切るガラス窓。それには格子が嵌められており、手を出すことはまず難しいだろう。

「この後、刑務官がアバネシーを連れてきます。面会は十分間です。この間、私は部屋の外に待機していますから、何かあったらお声がけください」

 そう言うなり、バルパはウィリアムを置いて部屋を出る。あまりに何もなく、厳格なこの箱の中に居ては、息が詰まり目眩しそうになった。

 こつこつ、と固い足音がまばらに響く。きっと二人の歩調が合っていないせいだろう。

 扉が開くと、仕切り越しに二人の男が顔を見せた。鎖付きの手錠を施されたアバネシーが、礼儀正しく椅子に座る。その後ろを、鎖を手にした刑務官が立った。懐中時計を手にすると、時間を確認するように視線を落とした。


「ここまでご足労をおかけしてすまない」とアバネシーが口を開く。

「いえ、気にしていませんよ」

「それなら良かった」アバネシーは微笑んで言った。

「それで……僕に伝えたいことがあると聞きましたが」

「厳密には、君に頼みたいことがある、といった方が適切かもしれない」

「何でしょう?」

「その前に、君はどこまで思い出した? いや──」アバネシーは片手を上げて、自ら話を打ち止めた。「適切に言うなら、君の指輪の記憶を、どこまで見た?」

 ウィリアムは警戒した。何をどこまで話すか、どう振る舞うか、と考える。アバネシーはふっ、と緊張を解こうとするように柔らかく笑うと、

「別に駆け引きをするつもりはないんだ。ただ、私の話を理解してもらうためには、君がどこまで知っているのか、把握しておきたい」

「何も知りません」

「本当に? ミレアの記憶を何も知らない?」

「ええ、何も」ウィリアムは頷いた。


 アバネシーは一度、背もたれに背中を預けると、ため息を一つ。顎に手をやりながら、

「この言葉に聞き覚えは? ハンター家、切り裂きジャック、地下の古代遺跡」

「いえ一つとして──」

 知らないと言いかけて、白い光が散り散りと、視界を覆った。ここではないどこかの記憶。

 真っ赤な絨毯。

 自分のではない、細い手の指。

 そこに嵌められた水晶の指輪。

 顔を持ち上げると、端正な顔立ちの女性がこちらを見つめ返す。水晶でできた冠が印象的だ。

 ここは、そうだ、あの日に見た過去の続き──謁見室だ。

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