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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter2
28/40

第28話 ロンダニア警視庁行き 同日十八時

 ジェイクに肩を貸しながら、ウィリアムは階段を上った。とにかく疲れている。ホテルに戻って、シャワーを浴びたい。それから、ベッドで泥のように眠りたい。そう思いながら、枯れ枝のようになった足を何とか動かしていく。

 足が上がらないので、一段がとてつもなく高い。

「寒いな……」ジェイクが体を震わした。

「全身ずぶ濡れだからね」ウィリアムは答える。

「他人事だと思いやがって」

「申し訳ないとは思ってる」

「本当か? 意気揚々としてたぜ」

「まさか。僕はあれでも必死だったよ」


 扉を開けて、バーの外に出た。既に日は沈み、辺りは暗くなっている。街灯の他に、三日月のまばゆい光が空に灯っていた。まるで愉快そうに笑っている。

 左右の道を見てみるが、ハワード少佐とルーパス軍曹の姿はもうどこにもない。繋がりは断ち切られたようだ。距離があれば、意識は共有されないらしい。これは指輪──というよりも、水晶の性質のようだ。

 それにしても、あれだけの争い事の後に、まだ余力があるとは、彼らはどれだけ体力があるのだろう。軍人であるからとは言え、思わず感心してしまった。ウィリアムは仕事柄、部屋に籠ってばかりいたので、あまり持久力がない。

 思案から戻ると、道の奥から影が向かってくる。目を凝らせば、彼はイダルタだと分かった。何故、彼がここに? ウィリアムは内心、首を傾げた。


 イダルタはこちらに気付くと、荒れた身なりを見て、一人得心したように頷く。片手を挙げて簡単な挨拶を済ませると、

「また喧嘩か?」と訊く。

「そう言われると子どもみたいだな、俺たち」ジェイクはがっくりと頭を下げた。

「あれ、僕も含めるの?」ウィリアムは惚ける。「それにしても刑事さん、どうしてここに?」

「こちらの彼に、万が一のことがあったら頼むと言われてね。ホテルの方も見てきたよ。酷い有様だな。今は警察が集まって検証しているから入れんはずだ。あそこで一体何があった?」

 イダルタがジェイクを見た。

「まあ、色々だ。疲れているんだ、説明は後にさせてくれ」

「……そうか」とイダルタ刑事はしぶしぶ頷く。「二人の負傷者だが、病院に搬送された。少女の方は怪我も少ない。無事だろう。だが、老人の方は──」彼は首を横に振った。


 ウィリアムは二人に聞かれないよう、ため息を吐く。一部始終は、ルーパスの目を通して把握していた。仕方のないことなのだろうとは思う。けれど、やるせなさが心に重く沈澱している。

 考え疲れたのか、頭の中も、すかすかになっているようだ。心なしか、その隙間を夜風が通っている気もする。


「そうだった。それから、アンダーソン。君に連絡がある」

「何でしょう?」ぼうっとした頭を持ち上げて刑事に訊ねた。

「グレン・アバネシーから話したいことがあるそうだ」

「グレンが?」

 一体、何の話だろうか。ウィリアムはそこに不穏なものを感じた。

「行ったほうが良いぜ、ウィリアム」とジェイクが言う。「これは友人としての勧めだ」

「どうして?」

「アンタの母親ミレアが──関わっていることだからな」

「母が?」

「ああ、そうさ。場所はどこだい? イダルタ刑事」

「ロンダニア警視庁に拘置所がある。受付で名前を言えば、案内されるはずだ」イダルタ刑事は首に手をやり、頭を回す。「これで大体は終わりだな。じゃ、またな」


「おい、待てよ」

 さっさと立ち去ろうとする刑事を、ジェイクが呼び止めた。彼は立ち止まり、振り返る。

「これで貸し借りなしだな」

 イダルタは鼻を鳴らした。手をひらひらと振り、ふらつく様に来た道を戻っていく。

「一体何の話?」ウィリアムは気になった。

「まあ、色々とな」

 ジェイクに、はぐらかされる。

 気になりはしたものの、今や眠気や疲れを癒すことが優先順位が高い。ウィリアムは「あ、そう」とだけ返事すると、この件はそれ以上追求しないことに決めた。

「まずは寝床を探さないとな」

 ジェイクの言葉に、ウィリアムはげんなりした。


 何とかホテルを見つけると、それぞれ別の部屋を頼み、一夜を明かした。朝には列車に乗り込み、中央地区を目指す。

 ジェイクは一度、アズの様子を見に行くという。このため、一旦ここで別れることになる。

 駅のホームは、相変わらず人でごった返していた。ジェイクは見送りにここまで付いてきてくれたが、改札前で立ち止まり、

「じゃあまたな」と、片手を差し出した。

「ここまでありがとう」ウィリアムはその手を握る。

 ベルが鳴り、列車に乗り込んだ。空いている席があったので、遠慮なく腰掛ける。車窓から外の景色を眺めながら、これからのことを考えた。そして、幾つもの疑問が頭に湧き上がった。


 グレンは果たして、何を伝えたがっているのだろう。母はどうして、水晶の指輪を自分に渡したのだろう。そして誰に、どんな理由から、殺害されなければならなかったのだろう。またもう一つ、重要なこと──捜査を打ち切るよう圧力をかけたのは、何者なのか。

 分からないことばかりだ。

 ふと、ウィリアムは想像する。もしも中央地区に少佐たちが居たら、どうしようか。ふふ、とウィリアムは笑う。その時は、また意識が共有されてしまうだろう……。

 せっかく、彼らが気を利かして場所を移してくれたというのに、そんな間抜けな事態にならないと良いけれど。そう思いながら、発車するのを待つ。


 ◯


 ダルケラ・ハワード少佐は、ルーパス軍曹とその他大勢の『目と指』を連れ立って、工業地区を目指していた。川には工場からの廃水が流れており、汚染された区域であるため、空気も悪い。

 しかし、それが少佐にとっては都合の良いことだった。生活用水に水晶を混ぜたとて、誰が気にするだろう。多少の塵や汚れなど致し方あるまい。そこの住人たちは、普段通りだと思い、何の疑問もなく飲むことだろう。

 何の支障もなく肉体を増やすことができる──我ながら名案だ、とハワードは思った。


 軽快な足取りでハワードは集団の先頭に立つ。ふと曲がり角からスーツを着た男が二人現れた。この地区に似つかわしくない格好である。

 ハワードは訝しんだ。警戒心から足を止める。

「目を瞑って」女の声がした。

 はっとした頃には、ハワードはもう屋内に居た。コンクリートで四方が固められている。殺風景な空間だ。ここがどこなのかは知らない。

 窓がない。

 扉も、ない。

 自分以外には誰も居なかった。

 戸惑っていると、肩に手が置かれた。驚いて振り返ると、そこには見慣れた女性が立っている。

 あのお方が、こちらを見つめて、立っていた。


「貴方には私が見えなくなる」

 耳元で囁くような声がする。

 すると、ハワードの瞳に彼女の姿が映らない。目の前から人が消えて見えた。水晶の力だ、と直感的に理解した。声を聞いてはいけないのだ。これは催眠のようなもの。体が意思に反してその通りに感じてしまうのだ。

 現実を捻じ曲げる、危険な力だと言える。

 背筋に冷たい汗が流れ落ちた。

 自分はどうやってここへ連れてこられたのか? ハワードは必死に考える。時間が飛んだように感じた。それは、今の力によるものだろうか。つまり、「これまでのことを貴方は忘れる」とでも言われたのだろう。だから、自分は覚えていない。

 そんな強力な能力が、本当にあるのか?


 誰とも感応しない。近くに『目と指』は居ないようだ。ここがどこに位置するのか、今がいつなのか、何も分からない。指輪も、いつのまにか手から消えている。

「貴方の役目は終わりました」と、声は言った。どの方向から話しかけられたのか、ハワードにはわからない。「運命に尽くしてくれてありがとう」

「貴方は……私に何をするつもりなのです……」訊ねる声は震えていた。

 自分は捨てられる。

 運命から外される。

 繋がりから追放される。

 そんな予感があった。


「恐れることはありません。ただ、貴方は表舞台を降りて、全てを忘れるだけで良いのです。死ぬわけではありません。ですから……安心なさって」

 安心しろと言われても、できるはずがなかった。寧ろ不安に油が注がれるだけ。何をされるのか、考えるだけでも恐ろしい。

 自分を失うことが、酷く、恐ろしい。

「貴方は私の声が認識できなくなる」

 その一言が、沈黙の幕を下ろす。聞こえるのは己の息遣い。早まる鼓動。

「許してください……」ハワードはいつの間にか膝をついて懇願していた。「女王、陛下……」

これまでの主な登場人物


グレン・アバネシー 外科医、教会信徒

アズ・ゴーシュ 盗人の少女

エドワード・ゴーシュ アズの祖父


ヴィクトリカ女王陛下 ロンダニア市国女王

エミリー・フローディア 聖グラッシア孤児院の修道女


ダルケラ・ハワード 少佐

セリア 中尉

ケリー 大尉

アルフレッド・ルーパス 軍曹

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