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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter2
26/40

第26話 Break-Down,Break-Up その一 同日十七時十五分

「話はルーパスの体で聞いていたよ」ウィリアムはジェイクに言った。「どうも軍人さんは、規律ばかりで融通が利かないらしいね」

 ジェイクは口笛を吹く。「言えてるな」

「負けたら君も軍人になって貰う」とハワード少佐。

「軍人というより、『目と指』ですね?」ウィリアムが訊く。「いずれにせよ……お断りします。それにしても、喧嘩以外に決着をつける気はありませんか? 話し合うのはどうです?」

 ウィリアムは一度ルーパスを見た。彼は首を振り、少佐に視線を送る。どうやら彼に選択権はないのだと言いたいらしい。諦めて、ウィリアムは少佐に目を向けた。

 少佐は口角を持ち上げる。

「これ以上に軍人らしい決め方はあるまい」


 ジェイクがため息を吐いた。ウィリアムもそうしたい気分である。そういえば、意識自体はずっと覚醒していたから忘れていたが、目覚める前にも戦っていた。駅前で喧嘩をして、気絶して、目覚めたらホテルで彼らと喧嘩して、また気絶して。

 果たして自分は何をやっているのだろう、と首を傾げたくなる。


 少佐がバーテンダーに合図した。バーテンダーは何事か理解した様子で頷き、扉から出ていく。ウィリアムは一連の動きを見届けると、ハワード少佐に視線を戻した。

「ここは私の懇意にしている店でな。たまに、こうして喧嘩の場を設けてくれるんだ」

「成る程……」

 荒っぽい人なのだな、ということが分かった、と言う意味である。ウィリアムは諦めて、筋肉を伸ばした。指輪により治癒されたのか、痛みはない。腕を曲げ、伸ばしてみる。問題はない。足もまた同様だ。

 ジェイクは首を回している。爪を見てから、棚に並べ置かれた数々の酒瓶を一瞥したので、

「どうしたの」と質問した。

「いや……特にどうということもないんだが、俺が爪を伸ばしたら、あれらは無事じゃ済まないだろう。何だか勿体無い気がして……」

「全て私のコレクションだ。今回のために買い取った」少佐は言う。「気にする必要はない」

「それはそれは、寛大な御心」ジェイクは茶化した。


 ウィリアムとジェイクは、ルーパスとハワード少佐に向き直る。自分たち二人は今、部屋の奥に追いやられていた。今更逃げ出すことはないが、それでもほんの少しだけ、疑われているのかもしれない。

 ウィリアムは、自分の能力でどのように戦うか、考えた。ここに水分の類は少ない。酒はカウンターの向こうだ。取りに行くのは危険だと感じる。

 体温の指輪は、様々な状況に対応できる、柔軟な能力と思われた。だが、今回は純粋な格闘術がものを言うだろう。ウィリアムだけが訓練を積んでいない。他の三人はきっと、ある程度の経験があるはずだ。

 正面から、まともに立ち向かうのではいけない。

 ウィリアムは目を瞑り、幾つかの方法を思いついた。


「さて、始めよう」少佐が静かに宣言する。

 彼は握り拳をカウンターに乗せた。ひび割れ、台座から板を剥がすと、ジェイクを狙って投げ飛ばす。ジェイクは爪を伸ばし、難なく切断──爪を一本伸ばすと、壁の角に刺し込んだ。そこは誰も居ない空間。

 ウィリアムは、彼の背後からそれを見ていた。ジェイクは顔を相手の方へと向ける。

 腰を捻った。

 爪を隅から隅へと、一直線に引く。壁に亀裂が入った。酒瓶が割れる。棚が崩れた。ルーパスとハワード少佐は驚いたような顔をする。二人は反射的に座り込み、これを避けた。

「殺す気か!」と少佐が叫ぶ。

 しかし、その表情はどこか嬉しそうだ。恐らく、戦闘狂なのだろう。興奮して、昂っているのだ。駅前での騒ぎは、彼と感応したことによって、戦闘の喜びを共有されたのかもしれない。

 ウィリアムはふと、そんなことを思った。


 ルーパスがカウンターから出た破片を口にする。「ぷっ」と発音するとともに、木片が発射された。それはジェイクの膝を引っ掻く。彼は呻いた。出血こそ少ないが、傷は深く見える。

 相手は、ジェイクの爪を警戒して、近づいて来れないようだ。だから、遠距離からの攻撃をメインとするつもりらしい。

 ウィリアムはカウンターを乗り越えた。殆どの酒瓶が地面に砕け落ちている。そのため、床はアルコールで塗れていた。ライターか、マッチ棒でもあれば燃やすことができただろう。生憎、この店のマッチは酒に浸かっており湿気ってしまった。熱するだけでは火は点かない。

 溢れた酒に触れて、凍らせる。適度に溶かし、形を変えて掴みやすくすると、幾つかに分けてポケットに入れた。


 割れたガラス片を持つ。

 と、カウンターを吹き飛ばして少佐が現れた。抱きしめられ、そのまま骨を砕かんばかりに締め付けられる。ウィリアムの両腕は下がったまま。力が入らないため、ポケットに触れることも、ガラス片を突き刺すことも難しい。

 喉から込み上げてくるものがある。鉄錆の匂いだ。都合が良い。ウィリアムは舌を出した。舌先に凍らせた血を尖らせる。それを、少佐の目に焦点を絞り、顔を近づけた。瞬間、ハワード少佐は恐れをなしたように退く。

 きっと、こちらの意図が伝わったのだ。彼らとは水晶を通して、身体感覚が繋がっている。凍らせた舌で目を潰そうとした──それが、相手にも伝わったのだ。

 ハワード少佐は怖気に震えている。その感情がウィリアムにも感じられた。

「はは……こんな感覚は初めてだ」と少佐は笑う。「貴様は正気じゃない」

「本当にやるわけないでしょう」ウィリアムは苦言を呈した。同意を求めてジェイクを見たが、彼は半目で疑うような視線を返す。「……必要以上に恐れられるお陰で、間一髪だったな」

 誰にともなくそう呟いた。


 ジェイクは片手を差し出して、爪弾を発射しようとしていた。ルーパスは回避しようと姿勢を傾けている。少佐は両手を広げ、やってみせろと言わんばかりだ。

 音もなく爪は射出。全弾、少佐に命中──貫通した。彼は前へ倒れ込むようにジェイクへと抱きつく。そうして、口から血を吹き出して笑った。血がジェイクの顔を塗りたくられる。一時的に、ジェイクは動きを止めた。

 少佐はジェイクに頭突きする。血と汗が宙に舞う。ジェイクはくらっと頭を揺らした。重心が崩れる。少佐が軽く持ち上げると、壁に向かって投げた。ジェイクは壁に激突し、動かない。

「ゲームセットだ」少佐は赤い歯を見せて笑った。

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