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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter2
24/40

第24話 Alcohol Break 同日 十六時四十分

 公衆電話にコインを投入すると、警察に連絡を入れた。器物損壊の自首をするわけではない。繋がると、イダルタを呼ぶようにと頼んだ。

「ギルバートだと伝えれば、わかるはずだ」と。

 暫く時間がかかり、

「イダルタだが……」と、声が聞こえた。

「ギルバートだ。俺を覚えているか?」ジェイクは訊く。

「恩人だからな。忘れちゃいない。それで、どうしたんだ?」

「あることに巻き込まれてね」ジェイクは一度、建物を見やった。「水晶絡みだ。既に何人か、死んでいると思う」

「……詳しく教えてくれ」

「悪いんだが、時間が無くてね。今は、教会地区に居る」それから、駅前のホテルに遺体があるかもしれないこと、それから自分が居るバーの名前を告げると、「場合によっては、そこで俺は殺されるかもしれない。いや、死ぬつもりは毛頭無いんだがね……。念のために、連絡を入れた方が良いと思ったのさ」

「画家はどうした? 彼も巻き込まれているのか?」

「あいつも無事なのかどうかわからない」

 水晶を吸引している以上、殆ど無事とは言えないだろう。しかし、ジェイクはその点については黙った。


「彼はそう簡単に死ぬような玉じゃない」

 ジェイクは吹き出した。「そうだな。確かにその通り」

「話は終わりか?」

「アンタ……意外に冷たいな」

「そうかな。お前さんとしては、遺言のつもりなんだろうが、俺から見れば、彼と同じだよ。そう簡単にはくたばらない。俺の家族を助け出したんだからな……心配する必要がない」

「そういうもんかい。……オーケー。時間を取らせて悪かったな」

「今から向かう。これで借りはなしだ。あまり急ぐなよ」

 僅かに口元を綻ばせ、ジェイクは相槌を打つ。

「覚えておこう」

 受話器を置いた。肩の荷が降りたような、清々しい気分だ。不安などまるでない。確かに、自分は遺言を残すつもりのようだった。後片付けを頼むつもりだったが、それも必要なかったらしい。

 肩を回し、首を回し、階段へと歩いていく。


 暗闇に佇む扉を開いた。

 その先には、カウンターに座るルーパスの姿がある。彼は一人、グラスを傾けていた。バーテンダーの他に、誰の姿もない。ルーパスがこちらを見て、片手をあげた。その手を隣の席に向ける。

 ジェイクは周囲の様子を見ながら彼に近づいた。

「どうした。私以外に、ここには誰も居ないよ」ルーパスは微笑む。

「アンタに殺意があるのかどうか、疑わしくてね」

「ああ……確かに、紛らわしいやり方だった。だが、まずは話をしないか。酒の席だ、座りなさい」

「まあ、痛み止めにちょうどいいか」ジェイクは座った。「彼と同じ物を」

 ラフロイグのストレート。ジェイクはこれを一口啜る。まるでこれから負うだろう傷を癒してくれるような味だ。


「アズは無事だ」とルーパス。「彼女の祖父君が覆い被さったお陰でな。同じ理由で、画家の彼──アンダーソンの体も無事だ」

「妙な言い方だな。アンダーソンの体は無事ってのは、つまり、あいつの精神は駄目ってことか?」

「精神?」ルーパスは不思議そうな顔をする。「……ああ、成る程。確かに表現が不適切だった。他意はないよ。ただ彼の精神と私は──いや、私たちは同じなものだからね。つい、こんな言い方になってしまった」


 不思議な顔を浮かべるのは今度はジェイクの番だった。ルーパスの言葉を咀嚼したが、上手いこと飲み込めない。

「えーとつまり? あんたらは水晶を吸ったから、一心同体なんだな?」

「そうだ。ジェイク、君は限られた時間で沢山の作業をこなさなければならない。こんな時、体がもっとあれば良いのに、と考えたことはないか」

「そんな状況下に陥ったことはねえが、まあ、言いたいことはわかる」ジェイクはグラスを見つめながら頷く。「成る程な、それは確かに便利だ。だが、他人の排泄や入浴とか、夜の営みなんかも共有するわけだろう? それはキツくねえのか?」

「精神は一つなんだ、ジェイク。君は自分の行いが気持ち悪いとは思わないだろう? どんなに体があろうとも、それは全て私の体なんだ。辛くはない。だが……」ルーパスは苦笑すると、「こうして指輪を嵌めてしまうとね、私はルーパスという、個人の肉体に戻ってしまい、総体ゲシュタルトから追放されてしまう」


 ジェイクは何となく理解した。

「つまり他者に感じるわけか。そりゃお気の毒……。って待てよ、我らが少佐殿も、セリア中尉も指輪を身につけていたな」

「それからアンダーソンも」ルーパスは首肯する。

「じゃあ指輪なんてしていない方が良いんじゃないのか」

「私もそう思うよ。だがね、それでは少佐にとって不都合なんだ」

「ああ? どう言う意味だ、それは」

「私たちは君と敵対する意思がない。この状態に満足しているんだ。だから、この事態を静観している。きっと君は、指輪を身につけていれば私を──我々のことを支配できると思っているかもしれない。だが実際には──」

「繋がりから追放される」

「そう……その通りだ」


 ルーパスは一度、酒を口に含んだ。ジェイクもそれに倣う。数秒の沈黙の後、ルーパスは口を開いた。

「だから、指輪を身につけることは、何の利にもならない。そうだな……一つあるとすれば、それは自分の意思というものを獲得するくらいだ。だけどどうだろう。既に自分という人格があるのに、どうして我を取り戻す必要がある?」

「それは……」

 考えてもみなかった問いだ。水晶を吸ってしまえば、自分を失うと思い、自分はその場から逃げた。だが実際の所、どこまでも自分なのだ。我を失うことはない。むしろ、新たに肉体を獲得することで、人格や思考が拡張される。

 自分と言えるものの範囲が広がるわけだ。どこまでもが自分。どこもかしこも自分なのである。


「しかし、それで尚嫌だ、とアンダーソンは言ったんだ。どうしてだと思う?」ルーパスは面白そうに、ふふふ、と笑った。「彼は画家だから、鑑賞してくれる他人が必要なんだと。自己満足のためでなく、誰かを感動させるために、一心同体であることは不都合なのだと。自分の夢にとって、貴方の夢は邪魔だ、とね」

 ジェイクも笑った。「成る程な……」

「彼は少し異質だね。唯一、この繋がりが適さなかった」

「センスが並外れているんだろうよ」

 二人は酒をあおり、グラスを空にした。

「そろそろだな」ルーパスが言う。

 指輪が感応した。少佐だ。そしてもう一つ指輪と感応している。ウィリアムを小脇に抱えているのだ。彼らが、近づいてきている。

「そうだ。何故、私が指輪を嵌めているのかだが、もう一つ理由がある」

 思い出したようにルーパスは言った。

「私は軍人だろう? 指輪を付けている間、私は少佐の部下だからね。彼の命令には逆らえない」

「そりゃ難儀だな」ジェイクは肩を竦める。「少佐殿は首輪を付けなけりゃ部下も従わせられないとは」

 ルーパスが鼻から息を漏らした。どうやら、笑ったらしい。

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