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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter2
23/70

第23話 追い込み漁 同日 十六時半

 街を彷徨い歩いていると、何人かがジェイクを見つめる。大半は水晶吸引者だ。ただ、中には無関係な人々も居た。彼らには、怪我を負っている自分のことが奇妙に映っている可能性もある。背中を打撲したし、顔や腕は少し火傷していた。

「おいおい、こっち見てんなよ、見せもんじゃねーぞ。あっ、美人な君なら構わないけど……」

 軽口を挟みながら、ジェイクは考えた。

 既に、数人の影が後ろを追いかけている。少佐の『目と指』だろうか。それとも、駅前での騒ぎによって感染した人々か。いずれにせよ、指輪に感応している。何度道を曲がろうとも、追いかけてくる。


 これからどうしようか。

 少佐は、恐らく意識を失っても、他者の体を利用して追跡することができるだろう。何より、彼は指輪を二つ所持していた。これは、彼は明確な自我を保ったまま、指輪を身につけていない吸引者を支配できることを意味する。

 更に言えば──これは推測だが──指輪を複数持てば、支配権を手に入れられるのではないか。一つでも指輪をしていれば、彼をコントロールすることは難しいだろう。その代わり、彼よりも指輪を多く指にしていれば、影響力はこちらが上回る。

 この仮説に確証はない。


 だが、実際に統率しようと試みる人間ならば、もしものことを考えていてもおかしくないのではないか。つまり、反乱された場合のことを鑑みれば──

「待てよ……」ジェイクは訝しんだ。「そもそも、奴らは身体感覚を共有しているはずだ。なら、そもそも反乱なんて起きないのか……?」

 であれば、全ては考え過ぎだったのか。反乱が起きないならば、支配する必要などない。少佐はただ、自分に有利だからと指輪を二つ所持していただけに過ぎないのか。


 ──くしゃみのような音がした。同時に、足元に穴が開く。身を屈めて辺りに目を向けた。撃たれたのだ。だが、どこから発射されたのか、わからない。何より、無音だった。それだけ遠いということか。

 風が音を奏でる。壁が抉れた。黒い物体が落ちる。これが飛ばされたものだ。じっと見つめると、錆びた螺子ねじだとわかった。何者かは、これを弾丸のように弾き飛ばしたということ。

 再度、撃ち込まれた。今度は家屋の窓を突き抜ける。ジェイクは考えることを一旦止めて、走り出した。坂を上り、道を曲がってみたが、螺子は近場に着弾される。

 精度はあまり高くない。だが、どこまで行っても必ず射程距離内にある。これが実に不思議だった。

 落ち着くべく、屋内に入る。場所は図書館だ。そしてもう一つ目的がある。それは教会地区の地図を探すこと。


 相手はどこか、高台から狙っている──と、ジェイクは当たりをつけた。ではどこからだろう?

 棚に記されたジャンルを見て回りながら、地図の置かれた場所を探し当てた。指輪に感応する。吸引者が棚の向こうから現れた。

 ジェイクは爪を伸ばす。

 切り刻んでやるか?

 悍ましい考えが一瞬過ぎり、ぞっとする。

「俺は切り裂きジャックにはならねーぞ……」誓うように呟いた。「だが多少、引っ掻いてやるくらいはやってやろうかなあ、にひひ」


 地図帳を一冊、手に持って開く。シンプルでとても見やすいデザインで、ジェイクは正解を引き当てたと感じた。これを脇に抱える。

 出会い頭、吸引者の顔を引っ掻いた。そうして、すれ違うようにその場を離れる。引っ掻かれて、男は、「がっ!」と呻き、棚に手を突いた。すると棚は大きく傾き、崩れていく。

 ジェイクは予め傷をつけておいたのだ。彼の悲鳴が掻き消され、多くの人の視線がそちらに集中するように。この間ならば、誰も自分のことには気付かないだろう。

 堂々と正面から、ジェイクは建物を出た。左右を見て、誰も追っ手がいないことを確認する。

 ページを捲りながら、自分の居場所と、撃たれた地点を照合──地図に円で囲う想像をした。そこから、中心点を割り出す。おおよそ、相手はこの場所に居るだろう、というざっくりとした推定まではできた。


 後はそこまで向かい、指輪が感応すれば、確定するだろう。ただし、もう一つやり方はある。

 大通りに出ると、ジェイクは人混みの中に紛れた。この中であれば、相手は撃たないだろう、と考えて。もしもグレンのように後先まで考えていない人間ならば終わりだ。または、少佐のように他者を巻き込むことに躊躇がない輩であるか。

 幸いにも、狙撃者は撃ってこない。

 ジェイクは街並みを観察した。この地区は、あまり高い建物が存在しない。高さもまばらで、アンバランスだ。これなら測定できるかもしれない、とジェイクは思う。


 道を外れた。人の往来が少なくなる。歩くのは自分と、水晶に導かれた者だけ。吐息が風に乗り、螺子を運んだ。一瞬ではあったが、ジェイクは確かに影を見た。

 螺子に伸びた二つの影は、その長さ、大きさから建物が特定できる。方向を確認し、地図と照らし合わせた。その方角は、ルーパス軍曹と酒を飲み交わした場所。

「バーだ。狙撃手はバーのある建物だ」

 直後、予感めいたものを感じた。自分は、もしかしたらこの場所へと誘われたのではないか、という考えだ。

 あり得るのは、ルーパスが待ち構えていること。だからあの射撃は精度が悪いのではない。あえて直撃しないようにした。それでいて、ここまで辿り着けるよう手掛かりとして残した。

 ……決して、傷口から破傷風に感染することを目論んでのことではないはずだ。


 ジェイクはくだんの建物の前に立つ。見上げても、太陽のあまりに眩しい光ばかりで、人が居たのかすらわからない。

 だが、確かに指輪は感応し、記憶が流入される。


〝アルフレッド・ルーパス。三十一歳。軍人、階級は軍曹。水晶の粉を吸引し、自らの精神を総体の中に溶け込ませた。指輪の能力は強靭な肺活量〟


「つまり、吹き矢だな? 筒の中に大きな螺子を入れて、吹き飛ばしたってわけだ」

 バーへと続く階段を見下ろす。彼は地下だ。バーの中で待っている。そこは大蛇の口の中のように、真っ黒な影が広がっていた。ジェイクは首を回すと、傍らに公衆電話が立っていることに気が付いた。

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