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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter2
22/70

第22話 Hello&Goodbye 同日十六時二十分

 乾いた緊張感が喉を痺れさせる。これ以上ないほどに心臓が早まり、ウィリアムは息が詰まる思いだった。

 もう、玄関から脱出することは叶わない。水晶の影響で、相手が──少佐が今どこに居るかが手に取るようにわかる。場所はすぐそこ……目と鼻の先。

 指輪が能力を、水晶は互いの身体感覚を打ち明ける。手の内に隠し事などない。

 ケリー大尉が拳銃をドアに向けた。位置にして、ジェイクが立っている場所だ。

「臆病者には死を!」

「皆、伏せろ!」ウィリアムが叫ぶ。

 破裂音が鳴った。


 空を裂く音の槍が直線的に舞う。風穴が六つ作られた。全て出鱈目な位置だ。作為があったのではないだろう。恐らくアズとエドワードに向けて、或いはジェイクをも含め、メッセージを込めたのではないだろうか。

 〝我々は本気で命を奪うぞ〟と。


 ここは三階だ。飛び降りるにも足を折るだろう。アズやジェイクはともかく、エドワードは耐えられない。ウィリアムは考えた。

「脱出するなら、隣の部屋しかない」

 ジェイクは返事をする間も無く爪で壁を崩す。呆気なく隣室へと通路が広がった。アズは彼にエスコートされて隣に移る。エドワードは苦々しい顔でジェイクを見ていた。

「指輪を兵器のように扱いおって……」

「今は、安全を第一に考えてください」ウィリアムがたしなめる。

「む……そうだな」エドワードは不承不承といったふうに認めた。


 軍人たちは、通路で相変わらず待ち構えている。あくまでも、正面から逃がすつもりはないということか。ジェイクらの移動に合わせ、セリア中尉が隣へ移る。ケリーとハワード少佐は、そのまま扉の前に居た。

 ハワードが握り拳を作る。

 筋肉がぎりぎりと弦を絞るような音を立てた。

 ノブを捻ると、ドアを引く。鍵はかかったままだ。だが彼はその驚異的な握力によって無理やりに開いてみせる。いや、開いたというのは不適切な表現かもしれない。少佐は、ドアの枠ごと取っ払ってみせたのだから。

 エドワードが慌てて隣の部屋に移る。ウィリアムは玄関のすぐ横にある部屋に入った。そこはバスルームだ。感覚が常に流入されてくる。

 自分でありながら、他者の感覚がわかった。ハワード少佐がケリー大尉へ、突入するよう命令する。彼もまた、ウィリアムと同じように、こちらの感覚を覗き込んでいた。

 だから、ほどなくしてバスルームへと向かってくるだろう。相手は、まさに袋の鼠だと思っているのに違いない。


 だが──思考まで共有しているわけではないのだ。指輪が、個人を独立させ、壁で隔ててくれている。

 何も、ウィリアムは無策でバスルームに入ったわけではない。ピストルにも勝る武器が、この部屋にあるのだ。ウィリアムはシャワーヘッドを掴み、水を勢いよく流す。そこへ、ケリー大尉が飛び込んだ。

 放出された水は凍らされ、氷の槍へと変化する。勢いはこのままに、ケリー大尉の全身を貫いた。柏手のような、乾いた音がウィリアムの脇腹を抉る。大尉は、意識を失う直前に、引き金を絞ったようだ。

 ケリー大尉は倒れ、動かない。ウィリアムもまた、その場に腰を落とした。


 隣から、大尉を見下ろすようにしてハワード少佐が姿を現す。息を確かめ、脈を確かめると、うんと頷いた。

「死んではいない」少佐は顔を上げて、「見事だな……アンダーソン君。君は実に優秀な戦士だ。さあ、我々と来たまえ」

 彼はこれ以上ない、子どものように純粋な笑みを浮かべると、握った拳をウィリアムの顔面へと振るう。爆ぜたような音がしたかと思えば、世界は暗黒に染まった。


 ◯


「ウィリアム!」

 銃声が聞こえ、ジェイクは声を荒げた。だが、返事がない。エドワードが怯えたような目をこちらに向ける。アズはとろけたような、とろんとした表情だ。

 ジェイクは舌打ちする。

 窓から下を覗き込んだ。ちょうど、階下に車が走るのが見える。あの上に飛び降りれば助かるかもしれない。問題は、二人を抱えたまま飛ぶことになる点にある。三階から飛び降りて、どうやって助かれと言うのか。

 蹴破ったのだろう。こちらの部屋のドアが、大きな音と共に開かれた。

「大人しく投降しなさい」セリア中尉が冷たい声で言う。

「嫌だね」ジェイクは両手を広げ、構わないでくれ、のジェスチャーをした。「帰んな」

「はっはっは」少佐が笑う。彼は、ケリー大尉を肩に担ぎ、ウィリアムを腰元で抱えている。「まるで駄々っ子だなギルバート。反抗期か?」


 エドワードがアズを庇うように、背後に回らせた。ハワード少佐は、そんな彼女に目を向けて、

「こちはに来たまえ、アズ・ゴーシュ君。我々は君を歓迎する」

 ふらり、とした覚束ない足運びでアズはエドワードの前に出た。左右に揺れながら、夢見心地の瞳で。やがて少佐の背後を陣取ると、向きをぐるりと変えて、ジェイクたちの方を見ることなく見る。

「アズ……」エドワードが切ない声を出した。

「セリア」

「はっ」

 ハワードに言われ、跳ねるようにセリアが動く。彼は懐から瓶を取り出した。中には透明な、砕かれたガラスにも見える粉を掌に乗せる。

「洗礼を受けよ」少佐から表情が消えた。


 ジェイクは片手を縦に構え、爪の弾を発射しようとした。狙いはセリアだ。しかし直後に、彼を守るようにしてアズが躍り出る。

「くそッ」これでは撃てない。

「はっはっは……撃ったとて水晶の影響ですぐに治るものを。貴様は撃てない。やはり臆病者よ」

「違うね。これは美学さ」ジェイクは否定した。「男なら、女の子には優しくするのが普通だろ?」

 ふん、とセリアが鼻を鳴らす。

 彼はそれから息を吸い、吐いた──


「逃げろ、ジェイク・ギルバート!」

 エドワードがジェイクを窓へと突き飛ばし、アズの元へ走り出す。孫娘であるアズを腕で抱えると、その奥に立つセリアへと突進した。彼らは揉み合いになり、やがて倒れ込む。粉が蔓延した。

 銃口が火を吹く。

 セリアが、老人を殺そうとして撃ったのだ。それとも、エドワードが狙って、引き金を引いたのかもしれない。

 少なくとも、それが原因となった。粉塵に火炎が引火し、堪らず空気が膨張──急激に熱が上昇する。圧がジェイクを窓から先へと思い切り押し出した。


 爆発音。

 気付けばジェイクは空から遠ざかっている。

 しかし落下は一瞬。背中に鈍い痛みが走った。

 景色は横へ流れていく。まるで川に流されているみたいだ。ルーパスと共に、逃げた夜のことを思い出す。

 今は、バスの上に乗っていた。

 程なく停車する。

 体が痛い。背中から着地したようだ。

 ホテルの一室からは、少佐が顔を覗かせる。タフな男だ。他の者も無事だと良いが……あまり期待はできないだろう。ジェイクは少佐に向けて中指を立ててみせた。バスを何とか降りると、あてもなく歩く。

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