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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter2
20/70

第20話 夢うつつ 同日 十六時十分

 夢を見た。

 そこではウィリアム・アンダーソンではなく、全く見知らぬ人物になっている。取り留めのない場面が断絶的に繋ぎ合わされたような映像だった。自分が少年である時もあれば、婦人として歩いていることもある。

 これだけならば、単なる夢でしかない。奇妙なのは、そこに意識があること。また、彼らの意識が繋がり合っていたことだ。

 ウィリアムが少年である時、そこに自我は残っている。けれども彼の体や思考は彼のものであるから、自在に動かすことは出来ない。これは、他の者でも同じだった。感覚としては憑依に近い。

 意識から意識へ、体を移動していく。まるで、ダイスの目が切り替わるように。

 この意識たちは、どうやら網目状にこの地区を覆っているようだ。段々と全体を把握できるようになった。街には、軍服姿の男が散見される。彼らもまた、意識同士の繋がりにあった。


 ウィリアムは人々の体を伝って、駅前の様子を見ることにした。騒ぎは既に収まっていたが、警察が集まり、周囲に聞き込みをしている。思ったよりも損壊はしておらず、想像していたよりも穏やかな結果と思われた。

 定まらない視界の中、観察するのは難しい。瞬きするように視点を移り変える。ふと、視線を感じた。これは他者の体に移ってからも継続した。

 自分が憑依していたことが勘付かれたのだろうか、とウィリアムは予想する。いや……そうではない。後から、言葉にならない予感が迫り上がった。このイメージに言葉を当て嵌めるならば、何が適切だろう。つまり、相手は感知していた。


 ここは意識の網の中だ。共有する情報の海の中だ。

 この意識が人々の体を自由に行き来するように、他者もまた、自由に往来できるのだろう。だから、ウィリアムの意識が察知できる──きっとそれは、目が合うのと似た感覚なのだ。

 自分だけが憑依できるわけではない。特別なわけではないのだ、とウィリアムは思い直した。では、自分の体はどこだろう。何故戻れないのだろうか。

 体が乗っ取られたように高揚感に襲われ、喧嘩をした後、自分は一体どうしたのだったか。駅前に自分の体は見つからない。意識を失い、誰かに運ばれたのだろうか。

 今、ウィリアムには意識がある。ならば、体は目覚めつつあるはずだ。意識の網目をなぞり、探し当てよう。


 意識同士の繋がりという道を渡り、人体という点に留まるのだ。別の人の体から抜け出る際にも、入る際にも、一瞬だけ意識が断絶する。石を飛び越えるような、軽やかな感じだった。

 暴動に参加していた喧嘩仲間の体、軍人のものと思われる体、もっと以前から繋がっていたのか、見知らぬ姿の体。幾つもの体がこの地区にはある。

 建物の中を隅々まで見ていった。

 ここは、ホテルだ。

 壁を擦り抜け、扉を無視して入室する。

 一人の男が紙に素描スケッチしていた。右手には二つの指輪を嵌めている。と、彼は顔を上げて鏡を見た。

「起きなさい、ウィリアム・アンダーソン」

 そう、声を掛ける。


 目を開けた。

 部屋が冷たいのか、暖かいのか、わからない。右手に指輪が嵌められているのがわかった。この影響だろうか。つまり、気温を感じないのも、他者の体を自我を保ったまま移動できたのも。

 自分の体は混じり気がない。つまり、他者の意識は綺麗さっぱり存在していなかった。薄くではあるが、繋がってはいる。水晶を吸わされたからだろう。ジェイクの話の通りならば、自分も巻き込まれたのだ。

 体を動かそうとして、鈍い痛みを覚えた。喧嘩でできた傷だ。しかし、指輪によってか癒えていく感覚がある。小さく呻いて起き上がる。自分はベッドに寝かされていた。

 恐らく、ここは事前にホテルで取っておいた部屋だろう。ジェイクがここまで運んでくれたのか。

 室内には誰も居ない。ただ、部屋の向こうから、僅かにだが、明るい声が聞こえた。


 ベッドの端に座り、思い出す。夢の中で自分に話しかけてきた男のことを。彼の体に憑依して、名前がわかった。彼こそが、ハワード少佐だ。指輪を二つ──筋肉を硬化させるものと、腕力を飛躍的に向上させるもの──を身につけている。

 指輪一つであれば、共有される身体の中でも自我が確立される。だが指輪を二つ身につければ、自我は強まる。少佐はただ、能力を増やすためではなく、他者の意識をコントロールするためにも指輪を利用しているのではないか。

 多くの視線を感じる。より多くの身体的感覚が体に伝わる。だがその中で、少佐の意識が濃く感じられた。彼がこちらの体を通して、一挙手一投足を監視しているのがわかる。反対に、彼の中へ飛び込むことは難しい。少佐の意識が、既に体を支配して、余白がないのだ。


 立ち上がってベッドから離れる。扉を開けると、盛り上がる声が明確になった。少女の笑い声と、男のふざけたような声。

「では、一発ギャグいきます」と男が言う。

「よっ!」と、少女の甲高い相槌。

「ちっちゃい穴から食い破るっ、これボカ・チコ、ボカ・チコォ!」

「アッハハハ」

「それを言うなら、ボカ・チコじゃなくてカンディルじゃないかな」とウィリアムは重たい頭を手で支えながら言った。

「起きたか」ジェイクは部屋の中央で立っている。

「おはよう」と少女が挨拶した。ウィリアムは手を挙げて応じる。

 ジェイクの隣で体育座りする少女──アズ・ゴーシュだ。更にキッチンには、知らない老人が立っている。

「こちらの御仁は?」とジェイクに訊いた。

「彼はアズのお.祖父(じい)さんだ。訳を話したら、何か知っているみたいでね」

「へえ」と答えたものの、まだ頭が朧気だ。ウィリアムは紅茶を飲みたいと思った。


 キッチンに入ると、老人がちらとこちらを見て、ぎょっとした顔を見せる。少しばかり無礼ではないか、と心の中で思った。が、それとは別に、相手の驚いた理由が気になった。

「どこかでお会いしましたか?」

「君は……アンダーソンさんと言うのだったな。君の祖父は、もしかしてマーシーという名前か?」

 何故それを知っているのだろう。今度はウィリアムが驚く番だった。

「そうだとも」言ってから、彼は思い至ったように、「私はエドワード・ゴーシュだ」手を差し出されたので、短い握手を交わす。「君の祖父とは、大学時代の友人……だった」

 何やら含みを感じたが、そうなのですね、と応じる。

「我々の専門は古代文明だった。この都市の地下には、遺跡があるだろう。そこに古代人が住んでいた。私たちはそこで、どのような暮らしがなされていたのか、調査していたんだ。そこであるものを見つけた」

「あるもの」と、繰り返す。まだ頭が目覚めていない。

「水晶の指輪だ」

 ウィリアムは冷水を浴びたような気になった。一気に目が覚めたようだった。


「アズが巻き込まれたと聞いた」

「申し訳ありません……僕が彼女を巻き込んでしまったみたいで」

「いや、話を聞いた限り、君は悪くない」エドワードは首を振った。「ただ……運が悪い」

 一度、彼はそこで押し黙った。頭の中で悩みを処理しているのか、苦しみに耐えるような表情だ。続きを待つべく、ウィリアムは何も言わずにいた。

「あれはな──水晶はだな、一つの生き物なんだ」エドワードはおもむろに口を開く。「原初の生命だ。それについては、指輪が教えてくれるはずだ。だから結論から言おう。君たちは水晶同士の繋がりを持った。君は運命に縛られたということだ」

 運命。

 またその言葉だ、とウィリアムは思った。


「一体どう言う意味なのか……」

 反応に困って、ウィリアムは訊ねる。見れば、二人の会話にジェイクとアズもじっと耳をそばだてていた。エドワードは言葉を絞り出すように、

「我々には意識があるな。自分が何をしているのか、今何が起きているのか、これを把握する、一種のセンサだ。そしてもう一つ、自我だ。私が私であるということ。その指標だ。我々は遺跡を調べ、全ての生命は水晶から生まれたことを知った。つまり、先程言った概念も、水晶が生み出した事柄だ」

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