第19話 HEAT-UP,BEAT-UP! その二 同日十二時十五分
ジェイクはバーから飛び出したが、そこにはもうルーパスの姿はなかった。どこへ消えたのだろう? しかし、今は探している場合でもない……。
「クソっ」
舌打ちして、ジェイクは駅を目指して走る。爪の指輪を嵌めると、うっすらと他者の気配が感じ取れた。視線を感じてそちらを見れば、男達がまばらに点在している。その誰もが、こちらを見ていた。
敵意がある様子ではない。ただ観察している、こちらの動向を窺っている、といった様子だ。素直に気味が悪いとジェイクは感じた。
彼らがルーパスの言う、『目と指』なのだろう。
恐らく水晶を体内に取り込んでいる。だから、指輪にも反応したのかもしれない。彼らは常に他者と感応してしまうのだ。記憶が混ざり合い、居場所も知られ合う。
きっと意思も、意識も共有しているのだろう。
そんなのは御免だ。
無視を決め込んで、視線を外す。
駅の方から、悲鳴が聞こえ始めた。逃げるように人々が惑っている。何事かと見てみて、ジェイクはあっと声をあげた。
多くの市民が倒れている。殴り合ったのだろう、顔面は腫れ上がっていて、気絶しているようだ。生き残っている者は、夢中になるように隣人へと襲い掛かっている。そこには警察の姿も混じっていた。銃や警棒など、武器の類を捨てて戦闘に加わっている。
本当は彼らを抑え込もうとしていたのだろう。巻き込まれたのだ──少佐のデモンストレーションに。
少佐は街中でこんな騒ぎを起こして、何が目的だ?
ジェイクは辺りに少佐の姿を探したが、見当たらない。代わりに、集団の中にウィリアムと盗人の少女が見つかった。少女が怯えた目でこちらを見つめ返す。
と、指輪が感応したようだ。僅かに目眩感があり、イメージが流れてくる。
〝アズ・ゴーシュ、十八歳。ウィリアムの指輪を狙ったところ、乱闘騒ぎに巻き込まれた。指輪の能力は体温と周囲の温度を調節するもの〟
頭に手をやり、イメージから復帰する。見たところ、少女──アズは正気のようだ。これは、ルーパスも同様だった。何故か──推測だが、吸引した水晶の量が原因だろう。少佐は指輪を砕いて、それを風に乗せることで蔓延させていた。だから、感染力は高い。が、その分効果は薄いのだ。
指輪一つと比べたら、ごく少量である。ならば指輪を身に付ければ、抵抗できるわけだ。ルーパスはこうも言っていた──指輪にある記憶から常に自己参照していると。
だから、アズは無事なのだ。
と言うことは、爪の指輪をしている自分も……。
あんな盗人など助けなくても良いだろう、などは思わない。ここがスラムに近いことは知っている。彼らが生きるためには手段など選んでいられないことも理解できる。
それに何より、彼女は怯えている。
「こっちに来られるか?」
ジェイクはアズに向けて大声で訊いた。アズは唇を噛み、一秒ほど悩む様子だったが、すぐに頷く。
既に戦闘に参加する者は少ない。だからこそ、彼女に意識が向けられる可能性が高くなっている。まずはアズを保護することだ。ウィリアムは……彼なら、大丈夫そうに見える。
痩せ身の画家にしか見えないのだが、何故か生き残っている。訓練など受けていないはずだ。見たところ目立った怪我もない。
指輪の記憶が、彼に戦い方でも授けたのだろうか。ウィリアムはまだ母の記憶を一瞬しか覗いていないと言っていたが、もしかすると彼女が戦闘的だったのかもしれない。
「透明になる力だったら良かったんだがなあ」
ジェイクはそっと路地へ回り、建物の方に向いた。爪を伸ばし、壁に指を添える。穴が開き、ジェイクは中を潜った。受付嬢が驚愕の表情を浮かべてこちらを見たので、ジェイクはウインクしてみせる。ゆったりと歩きながら、壁に着くと、同様に爪で引っ掻いた。
今度はアズの驚き顔を目にする。
「さあ、迎えに来ましたよお姫様。さっさと逃げようぜ」
「でも、ウィリアムが……」と少女が渋った。
「俺も本当は助けに来たんだが──何か余計な世話に思えてきてな──奴なら大丈夫だろう」
「でも、私を助けてくれて……。この指輪だって、私にくれたものだから」
彼女の指に嵌められた水晶を一瞥する。案外義理堅い性格のようだ。ジェイクはアズを見直して、考える。女の子の頼みは断れない性格だった。
「良いが、条件があるぜ」
「何……?」アズは不安そうに小首を傾げる。
「もし俺が倒れても、指輪を盗らないでくれ」
少女はむっとして頬を膨らませた。ジェイクは快活に笑うと、息を吐いて心を整える。血流が全身に痺れを感じさせた。程よい緊張感が武者震いさせる。
裏路地から出ると数人の男と目が合った。
「よお、野郎ども。俺も混ぜてくれや」
彼らは動きを止め、ニヤリとする。殴られたからか、歯が赤く染まっていた。
「うぇっ。いや、やっぱり遠慮しておこうかな……」
男の一人──流入する情報では、パーカーという名前だ──が、飛びかかった。ジェイクは壁を切ると薄切りの煉瓦を掴み、彼の顔面に思い切り当てる。パーカーは顔面から吹き飛ぶように倒れた。
煉瓦は粉々に砕け散る。
手についた塵を叩き落としていると、二人目の男──ホワイトが拳を投げてきた。後退したが、ジェイクはそのまま壁に追い詰められる。見上げると、屋根に雪が積もっているのを認めた。指を振り上げて、爪を伸ばす。
屋根と共に雪がホワイトに覆い被さり、瞬間、たじろいだ。その隙を見逃さず、ジェイクは思い切り彼の顎に向かって、拳を突き上げる。男は糸が切れたように倒れた。
路地から大通りに出ると、一人立ち尽くすウィリアムがこちらに背中を向けている。ジェイクの踏む雪が大きな音を立ててしまったので、もうこちらの存在には気が付いているだろう。
彼は緩慢な動きで首をこちらに回すと、もはや理性の欠片もない不敵な笑みでジェイクを睨んだ。
「思った通りだ。余計な世話だったみてえだな……。はは……ご無事? じゃあ、ないか」
ウィリアムは地面を蹴って腕を振り翳した──瞬間、力を失ったように地面に倒れ込む。もう気力だけで立っていたようだ。助かったな、とジェイクは心の中で呟いた。
追い詰められて、彼を切り刻むことになっていたかもしれないと想像すると、ぞっとする。
「もう大丈夫だ、アズ。こっちに来て、起こすのを助けてくれ!」
オフィスから不安そうに体を出すと、アズはウィリアムの元に駆け寄った。どこかホテルの鍵でも持っているか、と思いジェイクはポケットを弄る。出てきた鍵には、ルームナンバーこそあったが、どこの何かまでは記されていない。
「それ、そこのホテルだよ」アズが指を差して、「そこから出てきたの、見てたから」
ジェイクは口を曲げて、頷いた。
「よーし。なら、こいつを連れて行くのを手伝ってくれ」




