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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter2
18/70

第18話 HEAT-UP,BEAT-UP! その一 同日十二時

 孤児院を出て、ウィリアムは駅前の方まで向かった。そこであれば、ホテルがありそうだと思ったのである。それに何より、集合場所に近い。ジェイクと合流してからホテルまで長いこと歩くのは不毛だろう。早く部屋に籠り、スケッチしたくて手が疼いていた。

 指輪を身につけていないから、かなり寒い。ポケットに手を突っ込みながら、時々吹く風に耐える。最も好きな季節は秋だが、冬も嫌いではない。雪は絵になるし、木の枯れ枝からは特有の侘しさが感じ取れて、趣き深い。尤も、春も夏も、絵という枠組みの中から覗き込めば、最高の素材だ。

 世界は興味深い素材で満ち溢れている。もしも神のような存在がこの世に在るのだとしたら、その存在は世界を再構築する楽しみを、人類にも共有しようとしてくれたのではないか。創造することは、少なくともウィリアムのそれは無からゼロにするものではなかったけれど、神的な自由さがある。

 恐らく自分は創造中毒なのだな、とウィリアムは思った。


 すれ違う人々を見やる。意識しなければ単なる市民以上の情報は得られない。観察してみて、例えば歩き方を見てみて、その重心の位置を探ってみたりする。どんな服装なのか、足や視線の向きから、何を考えているのかをイメージしてみる。多くの人が無意識的に行っている歩調や呼吸のリズムを感じ取ろうと意識する。

 そうした時に、頭の中で完全なる形で素材が構築され、自由に動かすことができるようになるのだ。歩かせる、逆立ちさせる、歌わせる──そうした第二の本人がくっきりと輪郭を現したとき、ようやく絵筆からキャンバスへと出力できる。

 今、ウィリアムの中にはそうした素材達が──人間以外も含めて──出力されるのを今か今かと待ち侘びていた。早く放出しなければ、頭がパンクしてしまいそうだった。問題は、これらをどのようにまとめ上げるか。切り貼り(コラージュ)するのも良いし、舞台を異化するのも楽しそうだ。

 考えているだけで、自然とワクワクしている自分がいる。ウィリアムの足取りは軽い。いつの間にか寒さなど忘れている。指をポケットから出していた。


 と、一人が自分を追い抜いていく。どこかで見た覚えがある。何故か指はポケットの中を弄っていた。あるべきはずのものがない。指輪が消えている。

 まさか!

 声に出さずウィリアムは叫んだ。

 粉雪が降り出す。

 彼女は今朝の盗人ではないか。

 確認したくて足を早めた。

 何だか気分が悪い。

 寒さのせいか──いや、そうではない。もっと他の何かだ。

 むしろ、体は暑く感じられる。ただ歩いているだけだったが、全身が汗ばんでいた。


 頭の中で声がこだまする。

「争い合え!」

 耐えきれず、道端にうずくまった。様々なイメージが映像となって流入してくる。この感覚は、指輪同士の感応に近い。

「もしかして……」息切れを起こして、言葉が不自然に途切れる。

 先では少女も壁にもたれ、休憩していた。彼女も、影響を受けたのか?

「もしも指輪を持っているなら」とウィリアムは声を掛ける。「今すぐそれを身に付けるんだ」

 少女は驚いたようにこちらを見て、逃げるよう後退した。じれったくなって、ウィリアムは叫ぶ。

「奪われたから取り返すとか、今はそれどころじゃない! 早くそれを指に嵌めるんだ……手遅れになる前に!」


 どくん、と心臓が跳ねた。奇妙な高揚感が湧く。

 筋肉に力が漲ってきた。自分の息が熱い。

 適度な緊張感が全身を痺れさせる。

 ウィリアムはなんてことなかったように立ち上がり、軽く腕を回すと、両の手を握り骨を鳴らした。付近では、通行人達が皆、集まり出している。

「争い合わなくては」と、一人が言った。彼は肉食獣が獲物を見つけた時のような快い笑みを浮かべている。

 ウィリアムも釣られて笑った。これから楽しくなりそうだと感じたのである。

 指輪の能力が無いのは残念だけれど、これで対等に喧嘩出来るというわけだ。もし身に付けていれば、怪我を治してしまうし、ズルと見做されるだろう。

 誰かの咆哮が轟いた。

 それが開始の合図だった。


 ◯


 アズは青年の言う通り、指輪を嵌めた。すると不愉快な気持ち悪さが薄れていく。代わりに、能力について直感的に理解した。これはお金などには換算できない価値があるようだ、とも。


 呼吸を整えて、辺りを見渡せば、青年──不思議なことに、彼の名がウィリアムだとわかる──に引き合わされたように人が集っていった。誰も彼もが顔に剥き出しの笑顔を貼り付けている。

 スーツの男、ブレンダーが叫び出した。瞬間、示し合わせたように全員がぶつかり合う。体当たりをし、撥ねられたように倒れる者、それに馬乗りになる者、取っ組み合いになる者──その場がスラムより混沌と化していた。

 ウィリアムが外套を脱ぎ、一本の縄のように締め上げる。雪に湿らせ、固く絞ると、鞭のようにブレンダーへと叩きつけた。袖のボタンが上顎に当たり、相手はそのまま後方に倒れ込む。

 ウィリアムは一度、睨むような目つきで薄ら笑いをアズに向けた。が、即座に横からブレンダーにタックルされ、地に倒される。ウィリアムは可笑しそうに笑い声をあげた。相手に肘鉄を喰らわすと、寝返りを打ってもう一方の腕で顔面に肘をぶつける。ブレンダーはたまらず顔を押さえた。ウィリアムが立ち上がり、彼の背後から抱え込み、持ち上げ、頭から倒れ込む。

 幸いにも、地面には雪が積もっていた。クッションになっただろう。だが、その多くは踏み均され、固くなっていたかもしれない。

 ブレンダーは頭から地面に当たり、痙攣した後に動かなくなった。


 アズはこの場から離れるために、よろよろと力なく立ち上がり、路地裏に姿を潜めようと決めた。向きを変えて、一歩。足を踏み入れた瞬間、中年の男──ジェイソンと目が合った。彼の酒臭い息が鼻にかかる。

 急速に頭が冷えた。手首を掴まれる。強い力だ。離せない。握られただけなのに、ちぎられてしまいそうだった。痛みで涙が滲む。離せと叫んで抵抗したが、その度に軽くあしらわれた。

 腰を掴まれ、勢いよく壁に投げられる。浮遊する直前、足を雪に凍らせて固定させた──が、相手の力が上回ったらしい。自分は今、空中に舞っている。

 臓物が浮いたようだった。

 重力から解放されたと思えば、いつの間にか地面に倒れている。何かを踏んだようだ。歯を食いしばり、這うように移動する。自分が倒れていた場所にウィリアムが倒れていた。彼を下敷きにしていたようだ。

 壁にぶつかる直前で、庇ってくれたのか?

 青年は力強く起き上がるなり、ジェイソンに向かって突撃する。戦闘を楽しんでいるような、不気味なほどの笑みだった。


 笑っているのは彼だけではない。殴る者も、殴られる者も、皆が楽しんでいる。この時間を、この瞬間を、子どものような無邪気さではしゃいでいた。

 アズにはそれがたまらなく気持ちが悪い。


 壁に手をついて立ち上がる。肩についた雪を振り払い──異変に手が止まった。空から降った粉雪が溶けない。指でこすると、塩のようにざらざらとした感触を示した。

 薬物、という言葉が脳裏に過ぎった。

 誰かが、好戦的になる薬を雪に混じってばら撒いた……。

 それならば、自分は何故、影響を受けていないのだろう? アズはしかし、この疑問に向き合っていられるほどの余裕は無かった。

 対戦者が次々と倒れていき、自ずとアズも残った者達からの標的にされてしまいそうだったからだ。

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