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ANDERSON  作者: 八田部壱乃介
Chapter2
15/40

第15話 指輪の定義 同日 十一時五十八分

 ウィリアムは気がつくと、街中に立ち尽くしていた。隣にはジェイクも居る。ただ、あれからどうやって王室を抜け出たのか覚えていない。周囲には沢山の通行人で賑わっている。この中の一体何人が、ウィリアム達の移動している様子を実際に目の当たりにしたことだろうか。

 まだ、頭の中が混乱している。

 本当に自分は女王陛下と謁見したのだろうか。指輪が見せた幻なのではないかとさえ思われる。ウィリアムは気が狂ったのか、と不安になりかけた。


「なあ、ウィリアム。どうやってここまで来たか覚えてるか?」

 ジェイクの問いに、ウィリアムの不安も溶解した。短く嘆息すると、無言で首を振る。

「これも指輪の力か?」

「いや。多分、ティアラじゃないかな」ウィリアムは考えて言った。「感応したわけでもないし、水晶から出来ているからといって、能力があるのか確証はないけれど」

「恐らく能力はある。水晶で出来ているってだけで、もう殆ど答えみたいなものだ」

「そんなに凄いものだったなんて、知らなかった」

「そりゃあ、秘匿しているみたいだからなあ。無理もないだろ。水晶の力は本物だ。だからこの国は水晶を信仰しているし、宗教的に流行りもしたんだ」


 ジェイクが言い終えるや否や、辺りに鐘の音が響いた。正午になったらしい。時計塔の針が、ちょうど真上を指し示している。

「もうこんな時間か。予定よりだいぶ遅刻したな」

 そう、今日は彼の育った孤児院に訪問するために来たのだ。約束の時刻は午前十一時。襲撃され、指輪を盗まれ、女王陛下と会っていたのだから忙しかったとはいえ、仕方ないとは言えない。

「急ごうか」ウィリアムは口角を上げた。


 その場所の名は、聖グラッシア孤児院と言う。ジェイクはここに四歳から十八歳頃まで所属していたようだ。彼を古くから知っているという修道女シスターが一人降り、彼女が今回の勉強に協力してくれると言う。

 待合室で座りながら、ウィリアムは何気なく辺りを観察していた。この世にあるものは、全てモチーフに見えてしまう。というのも、社会に存在するものは全て人工物だ。デザインされていないものは存在しない。あるとしても、それは空や植えられた木々といった、局所的なもの。

 生命が誕生してから、人間は、自然という混沌を排除してきた。ここにあるものは、つまり、誰かの意思で作られたものである。ウィリアムにとって、観察するということは、そうした意図を受け取るための手法でもあった。


「どうしたんだよ。そんなに孤児院が珍しいか?」ジェイクが訊ねる。

「職業病かな。どうも新しい場所に来ると、頭の中でスケッチしたくなるんだ」

「へえ、画家ってのは皆そう言うものなのか?」

「他の人は知らないけれど……うーん、少なくとも僕の周りに居た人たちは、そうだった。絵を描くことに中毒していたね」

「不思議な生態だ」ジェイクは窓から外を眺めながら、「おっ、懐かしいな」

「何が?」

 言葉に釣られて視線の先を追ったが、窓から見えるものと言えば、大樹が一本あるのみだった。そこは庭なのだろうり中央にどっかりと鎮座している。もしかすると、この孤児院にとってのシンボルなのかもしれない。

「昔、あの木の上に黒猫が居たんだよ。降りられないくせに、毎回登ってくるのさ。それで、その猫にスモークって名付けて、俺たちは見つけ次第、降ろしてやった。スモークは皆に懐いていたんだが、何故か、一人にだけ懐かなかったんだ。誰だと思う?」

「さあ……」ウィリアムは首を傾げて、先を待った。

「俺の兄貴だ」


 ドアがノックされた。ノブが捻られ、老女が姿を見せる。その顔は皺だらけでこそあったが、清潔感があり、上品な雰囲気を身に纏わせていた。それに何より、その容貌が女王陛下に似通っている。

 ウィリアムは思わず息を呑んだ。だが、明確にヴィクトリカ女王その人とは違う。それだけは確かだった。

「セレス・フローディアと言います。貴方がウィリアム・アンダーソンさんね?」

「初めまして。今日は指輪についてご教授賜りに来ました」

「あらあら。ジェイクのご友人と聞いたから、どんなやんちゃが来るかと思ったけれど……」

「俺を何だと思ってるんだ」ジェイクが横から苦言を呈する。

「久しぶりね。この十年間、どうして連絡をくれなかったの?」

「あー」ジェイクは視線を宇宙に向け、口を曲げた。「忙しかったんだ」

「どうやら、男は大人になると皆こうなるようね」

 ウィリアムはくすくすと笑った。ジェイクは苦々しい顔になり、

「もう良いじゃねえか。さっさと画家先生に指輪のことを教えてやってくれ」

「全く仕方のない子ねえ。昔を思い出すわ……ほら、ハッシュドポテトが好きだったでしょう。それで隣の子の──」

「その話はもう良いだろう!」ジェイクが頭を掻きむしった。


 フローディアは鞄から幾つかの資料を取り出し、机の上にまとめる。

「授業を始める前に……貴方は今、指輪を持っているの?」

 訊かれ、ウィリアムは頷きつつ、

「体温調節ができる指輪です」と直に取り出して見せた。束の間、フローディアが硬直する。目を瞠るのが側から見ても容易にわかった。

「ありがとう。……もう仕舞って結構ですよ」

 フローディアは一枚の図をこちらに見せる。中央には指輪を示す簡素な円環と、その外側に円を描いている矢印。それから内側に描かれた、渦巻き状の矢印が、それぞれ記されていた。

「貴方ならもう知っていると思うけれど、復習するわね。指輪には、四つの機能がある──それが何か言ってみて」

「記憶を『記録』すること。他の使用者と『感応』すること。指輪の『能力』を使用すること。それから、怪我を『治癒』すること」ウィリアムは答える。

「その通り。それが基本性能ね……。そして、指輪にはそれぞれ別の能力があるのは、人が皆それぞれ違うのと同じようなものね」

「面白い喩えですね。それとも本当に、指輪にも人格があるのですか?」

 ふふ、とフローディアは微笑した。


言葉の綾(レトリック)ですよ。ただ、そう考えた方がわかりやすいでしょう?」

「成る程」

 確かに、指輪自体に個性がある。また、他者の記憶が宿っている。ある種の書物のようなものであるし、それを一人の人格と見做しても良いのかもしれない。

「水晶指輪は、他の指輪と反応して、コミュニケーションを取ろうとしているかのように、お互いの内側を明かす。例えば指輪の能力に、使用者の記憶といった情報を交換する」

「面白い解釈ですね。僕にはわかりやすい」ウィリアムは用意された紅茶を一口啜ると、「一つ気になるのは、指輪はどの順序で記憶を見せるのか、というところです」

 ふーむ、と考え込むように修道女が相槌を打つ。

「最新の記録から、一つずつ遡って、最古の記憶に繋がっていくわ」

 フローディアが紙を置く。そこには、階層構造図が書かれていた。

 一人目の使用者から始まり、その指輪は四人目まで使用された、という設定らしい。現在の所持者は四人目だ。この人物は、三人目の記憶から遡って、二人目の記憶を覗き見る。その後、最初の使用者の記憶が流入してくるようだ。

「どの指輪でも、必ずこの順番になるわ」

「それは感応した際も、指輪を身につけていて流入している場合でも、同じですか?」

「同じね」と修道女は首肯した。「例外はないわ。例外に見えたとしたら、それは指輪の解釈に依るところが大きいはず」

「指輪が記憶を解釈すると?」ウィリアムは驚きから質問をしていた。

「私の考えでは、ね」

「興味深いお話ですね……」ウィリアムは静かな笑みを溢した。


「じゃあ、何が起因して過去を見せると思う?」

「起因? 何か明確なスイッチでもあるのですか?」

 フローディアがそうだと首を縦に振る。ウィリアムは想像した。受動的に指輪から記憶が流れ込んでくるものではないのか。

 前回に見た記憶は、何が原因だっただろう。母が女王陛下と謁見する内容だったが、その後、自分も同様の体験をしていた。つまり、

「同じ場面に遭遇すること、ですか?」

 フローディアは力強く頷く。「そうね。同時期であること、同じ場所に居ること──貴方の言う同じ場面に遭遇したこと。詳しく言うなら、記憶の中身と関連するものに触れること、ね」

「そこまで条件がわかっているならば、自分から指輪の記憶を読み取ることが出来るのですね?」ウィリアムは質問する。

 フローディアはいいえ、と首を振った。

「あくまでも記憶を見せるのは指輪の方。ですから……仲良くすることです」

「仲良く、ですか」ウィリアムは苦笑した。

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