第12話 牙の男 十二月五日十時
車窓から見えるのは、高速で流れていく住宅街。
ウィリアムとジェイクは今、教会地区へと向かう列車に乗っている。そこにはジェイクの知り合いである修道女が居ると言い、彼女から指輪について知識を教わる予定だった。
「なあ、ウィリアム。アンタは指輪のルールを学ぶ必要がある」
これにはウィリアムも同意見だった。
人質を解放した後、刑事達の襲撃は不問とした。全ての罪はメルヴィル神父にある。イダルタは、彼から詳しい話を聞き出すと言った。それが、罪滅ぼしになるだろう、とも。
仕事の原稿は仕上げ、既に送ってある。それから、一時家を空けるとの連絡もしてあった。また、急の連絡に対応できるよう、バートン夫人に代理を頼んである。
そして──ジェイクの兄、ギンティ・ギルバート。
彼こそが、犯人だと神父は言った。
果たして本当なのか、はわからない。
「奴とは長らく会ってない。それこそ、孤児院以来だ」とは、ジェイクの話だ。
「どんな人間なんだい」と訊ねてみれば、
「変な男だよ。あいつは……この世の苦しみだとか、悲劇、災難はどれも必要な試練だと思っている。天性のマゾなのかもな」
「酷い言い草だな」
「奴が殺人犯と聞いて、驚きやしなかった。何でだろうな……むしろ、確かにやり得ると、そう思ったくらいだ」
神妙な表情を浮かべるので、ジョークというわけではないようだ。けれども、話からではギンティという人物のことが想像できない。
母は誰に、何故、殺されなくてはならなかったのか? 加えてもう一つ、問題がある。もしも犯人がメルヴィル神父の言うような単独犯であるならば、警察が捜査を中止するはずがない。もしかすると、相手は、もっと強大なのではないか?
まだ、様々な可能性があり得る。どの仮説も消去できない。そして、確証も得られていなかった。
「僕は調査を続行することにするが、君はこれからどうするんだい」とウィリアムは訊く。
「ああ、どうしたもんかな……」
「匿って欲しいと言っていたけれど、何があったんだい」
「そうだな、どこまで話すべきか──」
そう言って、ジェイクは軍から脱走したことの経緯を話した。地下遺跡から遺物を回収する任務についていたこと、仲間達が一斉に変貌していったこと。大尉から爪の指輪を奪い取ったこと。ルーパス軍曹が、自分を助けるために連れ去られて行ったことを。
「つまり、相手は軍の人間ということか」ウィリアムは頭の中で整理して、確認のために訊いた。ジェイクは頷く。「それで、もし見つかったら、君も粉を吸わされる?」
「まあ、十中八九そうだろうとも。俺は御免だぜ、あんな風になるの、は……」
そこへ、人影がジェイクの上に重なった。ウィリアムは先に、不審に思って相手を見やる。男だった。背は高く、神経質そうな顔つき。眼鏡をかけていて、光が反射していたため、目元は見えなかった。両手はコートのポケットに突っ込んでいる。
男はじっ、とジェイクの方を見つめた。
「何だあ? 俺のファンかあ?」ジェイクは顔を上げる。
「今、爪の指輪と、言っていたな?」
男は、言いながら眼鏡を外した。その手には、水晶の指輪がされている。露わになった素顔を見て、ジェイクは凍りついた。次いで、ままならない息で呟く。
「ジェイムス……ハンター」
「その名を知る者を生かしてはおけない」
男は腰からリボルバーを掴み取ると、即座にジェイクの顔へ向けた。ウィリアムが先に反応し、銃を取り上げるべく、手を取ろうとする。だが、引き金を引くのが先だった。
乾いた破裂音が炸裂する。
しかしこの瞬間、偶然にも列車が大きく揺れた。照準はずれて、ジェイクの耳を掠めるのに留まる。
たちどころに、車内から悲鳴があがった。乗客達は我先にと隣の車両へ移っていく。
「キテんのか、こいつ……」ジェイクは指輪を嵌めると、僅かに爪を伸ばし、男の腕を引っ掻いた。
ウィリアムも指輪を嵌める。同時に、頭を揺らすような感覚──記憶の流入があった。
〝男の名はグレン・アバネシー、四十八歳。外科医。指輪の能力は、自身から形状自在な硬質の牙を生成すること〟。
グレンは、腕を引っ掻かれた勢いで銃を取り落とした。この隙にジェイクは、彼から距離を取ろうと席を離れる。ウィリアムは、今だ、と思った。彼を気絶させるべく、体内を沸騰させるのだ。
手を伸ばして、戦慄した。
グレンに腕を取られたのだ。彼が口を開けると、吸血鬼を連想させるような牙が見えた。目の前で歯の形状が変わり、先端が鋭い釘のようになっていく。噛みつかれたら、ただでは済まない。頭が冷たくなるのをウィリアムは感じた。
「ジェイク、僕ごとあれを撃ってくれ!」
ウィリアムはグレンの背後に立つジェイクに向かって頼む。
「なっ」と、ジェイクは一瞬の躊躇いこそあったが、「仕方ねえ……我慢しろよ!」
四本の指を構えて、射出した。それぞれ鎖骨から下腹部にかけて飛び散っていく。弾き出された爪は窓を割って、外へ出た。その後、鋭い痛みが体を駆け巡った。
痛みにウィリアムは壁にもたれかかる。グレンは倒れ、その拍子に銃を掴んだ。身を翻すと、執拗にジェイクを狙う。
闇雲に六発の弾丸が発射された。ジェイクは前転して、座席の陰に隠れる。が、弾は貫通して風穴を開けた。物陰の奥から、呻き声があがる。
「ジェイク!」ウィリアムは叫んだ。
列車は尚も走り続けている。
グレンは立ち上がると、ウィリアムに一瞥をくれることもなく、ジェイクの方に向かって行った。口からは、牙を弾丸の形にして、手へと落としていく。これをリボルバーへ装填。
ウィリアムは外を見た。そろそろ、駅に着く頃のようだ。よろめきつつ立ち上がると、結露によって窓にできた水滴を、凍らせて薄いナイフに変える。こちらに背を向けるグレンに定め、投擲した。氷のナイフは背中に命中。
一瞬だが、彼の意識はウィリアムに向いた。
と、列車は停止。駅に着いたのだ。
「逃げよう、ジェイク!」
ウィリアムが叫んだ束の間、扉が開く。乗客達が大勢乗り込んできた。流れに呑まれ混みそうになり、ジェイクは取り残されてしまいそうだ。が、その刹那、ジェイクの方から放射状に爪が伸びる。瞬く間に車両の壁に穴を開けた。
乗客の勢いがグレンを穴へと押していく。彼は耐えようとしたが、列車から投げ出された。
「くそっ、俺はここで降りるぜ。誰か、支えてくれ!」
ジェイクの呼ぶ声に、二人の男女が反応し、肩を貸す。ウィリアムはほっと胸を撫で下ろして、列車を降りた。




