小さなイザドラ その2
デビッドはとりあえずイザドラの首から上の生物を抱き上げた。イザドラは声を出さないが、抱き上げられたのが窮屈だったのかミニサイズの手足をぱたぱたと動かしている。
デビッドはイザドラに「とりあえずここにいてくれ」と言ってソファの裏へ降ろした。イザドラは(やれやれ、仕方ないわね)というような顔をしてそこにちょこんと座った。
これで首から上の部分はとりあえず片付いた。勇者は次にイザドラの首から下の身体を抱え上げ、イザドラが裏に隠れているソファへ座らせた。身体は思ったよりスムーズに姿勢正しく座ってくれて、パッと見た感じ違和感がない。……首から上の部分さえ見なければ。
(どうする……グロい部分をどう隠す……!)
レクリスとベルモッドがリビングへ入ってくるまでの数秒間、勇者は空っぽの脳みそを全力で回転させた。
「きゃあ!」
背後からレクリスの悲鳴が聞こえてくる。
デビッドが振り返ると、レクリスは床にあった血だまりを見て悲鳴を上げたようだった。
「デビッドさん、この血はなんですかな?」
と、ベルモッドが血だまりを見ながら質問した。勇者は「あ~……えっと……」と言葉を詰まらせたが、
「いや、わりぃ。それ俺の血なんだ。鼻血をだしちまってさ」
と答えた。
「鼻血……?」とベルモッドが反芻する。レクリスが「デビッドさん、体調が悪いのですか?」と訊いてくる。
デビッドはリビングの入り口に立って二人の視界を遮りつつ、部屋へ入ってこないようにしながら答える。
「いや、あの、その、えーっと。イザドラの首が……じゃねえ! 顔! 顔がさ、よく見たらすげー美人だなって思って。つい鼻血を出しちまったんだ」
苦しい言い訳だな、と自分で喋っててデビッドは思った。しかし目の前のメイドは目を輝かせて賛同した。
「わかります! お嬢様は本当に高貴で優雅で、その美しさは本当に本当に、この世のものとは思えないほどで……私はいつも正面から直視できません……直視したら私もきっと鼻血が出てしまいます!」
「あ、んえ、そうか? ……ああいや、そうだよな! イザドラは美しい! うんうん」
勇者はしどろもどろになって答える。しかしレクリスの舞い上がったテンションは抑えきれなかった。
「ということは……お嬢様がいらっしゃるのですね! あぁ二人分の紅茶をお持ちして良かった!私は要りませんからどうぞお二人でお飲みください。お嬢様! 失礼いたします!」
レクリスはそう言うとデビッドを押しのけて部屋へ入ろうとする。このままだとレクリスが紅茶をお持ちした先にあるのは首のない惨殺死体である。
「ま、待て!」
デビッドは必死にレクリスを押しとどめるが、力づくで止めてしまっては却って怪しまれるので、限界がある。そうこうするうちにレクリスが不審そうな声を出した。
「お嬢様、いらっしゃらないのですか? お嬢様?」
そしてついにデビッドを押しのけて部屋の中へ入ってしまいつつあった。レクリスを押しとどめることを諦めた勇者は、超人的な反射神経でイザドラの首から下の身体へと突進した。
「うおおおおおおおお!!」
勇者はイザドラの身体が着ているドレスの胸倉を掴むと、自分の顔の前へと強引に引っ張り寄せた。それを見たレクリスとベルモッドが叫ぶ。
「デ……デビッドさん!?」
「これは……」
背後からそれを見た従者二人の目に映ったのは、どう見てもキスシーンにしか見えないデビッドとイザドラ(死体)の姿だった。
「ひゃあ……///」
レクリスが思わず赤面して自らの顔を手で隠した。ベルモッドがレクリスの裾を引っ張りつつ、デビッドに声をかける。
「失礼いたしました。わたくしとレクリスは何も見ておりません。では、お二人ともごゆっくり」
ベルモッドはそう言いつつ赤面しているレクリスを引っ張って廊下を歩いて行った。デビッドが思わず安堵のため息をつく。
「ふう……なんだかよくわからないが、なんとかなったな……」
「もういいかしら?」と言ってイザドラの首から上がソファの裏からよちよちと出てきて、勇者に蔑んだ言葉を投げかける。
「まったく、自分の行ったことを隠すことになるなんて。とんだ大罪人よ、貴方」
「しょうがねーだろ。あんなグロい光景をレクリスとベルモッドに見せるわけにいかなかったんだから」
「それで、これからどうするつもり?」
イザドラに問われたデビッドは、少し考えてから答える。
「とりあえず、身体の方をなんとかしねーとな」
そう言ってイザドラの首から下の身体を抱え上げると、館のエントランスへと歩き出した。イザドラの首から上がその後をついていく。
二人は並んで歩いていたが、何もないところでイザドラがぺたん、と転んだ。
「うーん……やっぱりバランスが悪いわね」
「いったいどうしてそんな姿になったんだ?」とデビッドは当然の疑問を投げかけた。イザドラは答える。
「魔力による肉体の再生にも限界があるからかしらね。物理的な成分を摂取すればきっと元に戻ると思うわよ」
「要するに飯をいっぱい食わせればいいのか」
デビッドはそのまま館を出て庭向こうの繁みの奥にイザドラの首から下の身体を隠すと、イザドラの首から上の生物を抱き上げて食糧庫へと向かうのだった。