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魔王を倒した勇者(バカ)はパワハラ吸血鬼の下僕になる  作者: 久米 貴明
第2章 吸血鬼イザドラの館での平和(?)な日常
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商人ガドーの意外な品物 その2

 品物を運び終えるとガドーは「ひひひ、それではまた。今後ともごひいきに……」と言い残して去っていった。ちなみにデビッドが視た彼の趣味はアップリケの裁縫だった。


 デビッドは次に、エントランスへ運び込んだ品物をさらに所定の場所へ運ばなければいけない。レクリスに場所を聞きながら、食材は食料庫へ、日用品は必要とされる場所へそれぞれ運んだ。すると最後に本が残った。


「本は図書館へ運んでください」とレクリスに言われたので、デビッドは図書館へ向かう。すると穏やかな陽光が射しこむ日当たりのいい図書館の片隅で、イザドラが本を読んでいた。彼女は薔薇のように紅くしなやかで艶のある髪をしているので、夜の灯りの下ではよく目立つのだが、日中はいつも日陰にいるので普通の人なら姿を見落としそうになる。ただしデビッドの目には誰もかれもステータスごと表示されるからイザドラを見落とすことはなかった。


 イザドラはとても熱心に読書しているようで、図書館にデビッドが入ってきても気づく様子もなく、黙々と紙の上に視線を落としている。近づいてみると赤髪の美少女が姿勢正しく本を読んでいる姿は絵画のような美しさがある。しかしデビッドの頭にはさっきやられたことをやり返す以外のことは含まれていなかった。


 勇者はイザドラに音を殺してそっと近寄り、目の前に立つとその美しい姿を眺めながらにっこりと笑った。そうして静かに深呼吸をして、


「うおおおおおおおおおおおああああああああああああ!!!!」


 と叫んだ。


「わあああああああああああああああああああああああ!!!!」


 とイザドラも叫んだ。


「図書館で大声を出すんじゃねえ!」と読者も叫んだ。


 イザドラは驚きすぎて唾が気管支に入ったのか、げほっげほっとむせかえり、ひゅーひゅー息を漏らしながら「びっくり……した……」と涙目で呟いた。そうして、


「デビッド、貴方知らないかもしれないけれど、図書館は本を読むための神聖な場所なのよ……大声を出してはいけないわ……」


 と小さな子を諭すように言った。それを聞いたデビッドは申し訳なさそうに答える。


「そうなのか? 図書館なんて生まれて初めて入ったから知らなかった。学校にもなかったしな……次は図書館以外の場所で驚かすようにするよ」


「貴方に作法を理解する心が虫の毛ほどの大きさでもあるのなら、断末魔みたいな大声を上げて人を驚かすような真似もしてはいけないわ」


「え、でもさっきお前俺を脅かせたじゃないか」


「あのね、デビッド……」


 イザドラがどう説明したものか頭を悩ませたとき、デビッドが抱えている本が目に留まった。


「あら、貴方本をとどけに来たの?」


 デビッドも本来の目的を思い出して答える。


「あ、そうだ。レクリスに図書館へ持って行くよう言われたんだけど、これ図書館のどこへ置けばいいんだ?」


 どれどれ、とイザドラはデビッドから本を受け取り、タイトルを確認する。そして書架の方へ歩いて行くと、迷うことなく全ての本を本棚へしまって行った。驚いたデビッドが声をかける。


「すげーな。これだけ本があるのに、場所を把握してるのか?」


 イザドラはくすりと笑って答える。


「あら、当然ですわ。私はこの館の主で、この館は私のものなのだもの。どこになにがあるかなんて手に取るようにわかるわよ」


「じゃあコウモリの毛並みを整えるブラシはどこに置いてある?」


 デビッドがすかさず質問する。イザドラは平然と答える。


「知らないわ。従者が使う道具の場所は従者が知っていれば問題ないの」


「さっきから言ってることおかしくないか?」


「口を慎みなさい。従者は主の言うことにただ賛同すれば良いのよ」


(なんか納得できねえ……とりあえず斬っとくか……)


 納得できなかったデビッドがデュランダルの柄に手をかけたとき、ふと気になったことを思い出した。


「……でも、なんでまた魔族のお前が英雄たちの物語を読むんだ?」

 

「あら、人の読んでいる本のタイトルを盗み見るなんて、素晴らしい趣味をお持ちなのね」


 イザドラは軽蔑するように言った。


「たまたま目に入っちまったんだよ。さすがに自分が主人公の話くらい知ってるから、見覚えのある表紙だったしな」


 イザドラは一瞬、答えを考えているようだったが、すぐにすらすらと口を動かした。


「英雄に命を狙われている魔族が敵の情報を知ろうとするのは当然ではないかしら?」


 イザドラの答えに勇者はあまり納得できなかった。この不死身の吸血鬼が、命を狙ってくる敵の情報をわざわざ知ろうとするだろうか?と彼は思った。思ったけどあんま気にしなかった。気になるのはそこではない。


「で、どうだ?面白かったか?」


 デビッドは普通のテンションで訊いた。イザドラは即答する。


「つまらなかったわ」


 それを聞いたデビッドはぽりぽりと頭を掻いて「そうだよな……」と呟いた。


「魔族が人間に殺される話を魔族が読んで面白いわけねえよな。わりぃ、変なこと訊いちまった」


 そう言って図書館を出ていくデビッドの背中を見送りながら、イザドラはため息をついた。


 吸血鬼は寂しそうにうつむくと、ゆっくりと元座っていた場所へ戻って行く。開いた窓から吹き込む風が、イザドラの頬を冷たく掠め、読んでいた本のページをぱらぱらとめくった。


 イザドラは本の続きに少し目を通してから誰かを皮肉るようにぽつりと呟いた。


「この私が面白くもない本をわざわざ読むわけないでしょう」


 そう言ってぱたん、と本を閉じ、本棚へ戻すと図書館を出ていった。


 イザドラが戻した本のすぐ隣には、勇者が今日ガドーから受け取った本が立っている。本棚に反射する日光が、イザドラがいま熱心に読んでいた本の背表紙を照らしている。


『魔王を倒した12人の英雄たち その4』


 それが、本のタイトルだった。

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