表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王を倒した勇者(バカ)はパワハラ吸血鬼の下僕になる  作者: 久米 貴明
第1章 勇者デビッドと吸血鬼イザドラの対決
3/9

勇者デビッド その2

 深い森の奥、吸血鬼の目撃情報があった近くでデビッドの足はぴたりと止まった。


(なんだこれは……?)


 エルミュルの木は、ほぼ一年中花を咲かせる常緑広葉樹で、地中深くに根をはり、吸い上げた魔力を幹の中に蓄える魔木である。


 そのエメラルドのような翠色の花から『赤い』魔粉を放出し、花の魔力に引き寄せられた小さな妖精たちが花粉を運ぶ。


 翠色に輝く木からうっすらと赤い粒子が降り注ぐのが、エルミュルの森本来の姿だ。


 (エルミュルの木に限らず、自然界にある魔力は聖なる力と邪悪な力を両方含んでいるから、たいてい魔力は赤い色をしているもんだ。それなのに……)


 デビッドが見上げると、辺り一面に『白く』透明な粒子が降り注いでいた。翠色に輝く木から白く透き通る魔粉が降り注ぐ。それはまるで女神の祝福のように幻想的な光景だった。

 

 木が地中から吸い上げた魔力が透明な色をしているということは、この森の土壌に含まれる魔力に邪悪な力が殆ど含まれていないということになる。

 

 デビッドは吸血鬼の館の方角を睨みながら考える。なぜここの魔力には邪悪な力が含まれないのか。このような場所になぜ魔族の館が建っているのか。


 (吸血鬼ってヤツが、聖なる魔力を宿しているか。あるいは……)


「邪悪な力の根源を根こそぎ喰らってるか、だな」


 デビッドはそう呟いて繁みをかき分けていった。

 

 すると繁みの向こうから声が聞こえてくる。

 

「レクリス、これはこれから客人を出迎える私に対する嫌がらせなの?ドレスの裾がほつれているのだけど。それとも貴女の可愛らしい2つの目は粗悪なガラス玉なのかしら?私のものと取り換えてあげてもいいわよ?」


「えぇっ!?いいんですか?お嬢様の目を私に……ぜぜ、ぜひ!取り換えてください!」

 

「あだだだ、言葉通りに受け取る者がありますか!ちょっ、ほんとに痛い!やめて!」


(客人……?)と思いながらデビッドが繁みを突っ切ると、草が刈り揃えられた開けた庭に出た。


 正面に黒い壁が鈍く光る大きな館が建っていて、館の前にメイドと執事らしい恰好をした従者と、まるでフォートラット王国の王城で見たような立派な黒いドレスを着た、美しい少女が立っている。


 デビッドは一瞬、自分がひどく場違いなところに来たような気がした。


(貴族……従者……?)


 デビッドが困惑して立ち止まっていると、両目から血を流した少女が目をつぶったまま黒いドレスの裾を両手で広げて出迎える。


 「こんにちは、『勇者デビッド』私はイザドラ・リベリー。この館に棲む吸血鬼ですわ」


 その姿を見たデビッドは、はっと我に返る。自分の目の前にいるのは紛れもなく民を苦しめる魔族なのだ。顔から血を流して平然としているなんて、強力な魔族に違いない。血液を使った何かの能力なのかもしれない。


 デビッドは充分に警戒しながら相手の顔をにらみつつ疑問を口にする。


「俺を知っているのか?」


「貴方も私のことを知っている様子だわ」


 イザドラは言葉を返してクスリと笑う。デビッドの目つきは相手に対する警戒のためにいっそう鋭くなった。


「立ち話を強いるつもりはないわ。どうぞ中へいらっしゃいよ」


 イザドラは目を開けるとそう言って館の中へ入ろうとする。しかしデビッドは動かない。


「……化け物の棲みかへ素直に入ると思うのか?」


「あら、警戒心が強いのね。猫のよう」


 デビッドは聖剣の柄に手をかけた。イザドラがまた笑う。


「仕方ないわね。それならここでいいわ。ベルモッド、紅茶を用意しなさい。二人分」


「かしこまりました」とベルモッドが応える。


 デビッドが聖剣を鞘から引き抜く。


「悪いが魔族となれあうつもりはねえ。お前に戦う気がなくても、俺は今からお前を叩き斬る」


 それを聞いたイザドラの目に激しい蔑みの色が浮かぶ。


「コトを始める前に一杯の紅茶を楽しむ余裕もないなんて、大英雄様はずいぶん度量が小さいのね」


 イザドラはメイドがさす黒い日傘に隠れながら椅子に優雅に座ると、ため息まじりに言った。

 

「そんなに心配しなくても、あとでちゃんと戦ってあげるわよ」


 デビッドはかなり苛立たしげにイザドラの顔を睨んでいたが、感情を爆発させては相手の思うつぼだと考えて黙ったまま動かないでいた。


「よほど立ち話が好きなのね?」とイザドラがまた声をかける。


 デビッドは答えなかった。しかし冷静になった彼は生来の大胆な余裕を取り戻し、イザドラの正面にドカッと腰を下ろす。


 相手に吞まれては思うつぼだ、自分のペースを取り戻さねばならない、と彼は思った。


(チッ、強者ぶりやがって。テメエの誘いに乗ってやろうじゃねえか)

 

 イザドラは目を伏せたまま満足そうな笑みを浮かべる。微かな羽音を聞いたレクリスが空を見上げると、屋根の上では二匹の小鳥が激しい鳴き声を上げて飛び回っていた。


 しばらくして、ベルモッドが紅茶を運んできた。デビッドは椅子に座りながら能力を使って注意深く周囲を見回す。


(レクリス……魔族か……種族はハーピー。魔力属性は風……特技はクマゼミの鳴き声の真似……)


(ベルモッド……こいつも魔族か……種族はデーモン。魔力属性は闇……趣味は女装……)


 イザドラは運ばれてきた紅茶を飲みつつ珍しいものを見るような目で口を挟む。


「まるで狐みたいにキョロキョロ見回すのね」


 デビッドは無視して観察を続ける。彼の視線はすぐに二階建ての大きな館へと注がれた。古くさいがどこか荘厳な雰囲気のある建物。コウモリの形をした窓が目を引く。紅茶をテーブルに置いたイザドラが語り始める。


「300年前から私たちリベリー家に代々伝わる館ですわ。歴史的な建築家シュバインハウアーの手によるもので、バットホールと名付けられています。5年間までは母が主を務めていましたが、寿命を全うしてからは私が跡を継いでおります。吸血鬼の能力についてはご存知かしら?」


 デビッドは首を傾げて片眉を釣り上げる。知らない、と言う合図だ。ちなみに彼は話の内容を半分も理解できていない。イザドラがさらに説明する。


「本来、吸血鬼が歳をとることはないの。人を噛んで魔力を吸い続ける限りはね。でも気高い母は生きながらえるために人の汚れに染まるようなことはしなかった。当然、私も人を噛むようなことはしていないわ。だから見た目通りの年齢よ」


「どういうつもりだ?」


 デビッドはイザドラに訊ねる。質問の真意を測りかねたのか、イザドラは「うん?」と首を傾げる。


「わざわざ俺をテーブルに招いて身の上話をする、お前の目的はなんだ?」


「あら、そんなこと。だって、よく知りもしない相手と戦ったって楽しくないでしょう?」


 イザドラはさも当たり前と言った調子で答える。


「それとも貴方は相手のことを知ろうともせず、ただやみくもに剣を振るっているのかしら」


「魔族は斬る。それだけだ」


「それは人を襲う魔族と何が違うの?」


 デビッドはさらに険しい目つきでイザドラを刺すように睨んだ。会話で相手に丸め込まれないよう自らの敵に対する敵意と殺意を燃え広がらせた。


「ようやく目が合ったわね」とイザドラは嬉しそうに言った。


「ねえ、私を憎む?そんなにも私を殺したい?」


 イザドラの顔が初めて狂気のために歪む。


「くすっ、いいわ、戦ってあげる」


 吸血鬼はパチン、と指を鳴らす。するとデビッドの周囲が一変した。森と館とテーブルは消え、紫色の瘴気が立ち込める何もない空間の上にデビッドは座っていた。


(結界の類か)


 デビッドは立ち上がり聖剣デュランダルを抜き放つ。イザドラも背中に生えた羽で微かに空へ浮かび立ち上がった。勇者が真っ直ぐ敵を見据えて名乗りを上げる。


「我が名はデビッド。王国の剣。国王陛下から賜った聖剣デュランダルの輝きで、お前を斬る」


 イザドラは牙を見せて笑い、鋭い爪を構える。


「遊びましょう」


 デビッドの足が虚空を蹴る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ