炎の魔女ボーメラ その2
「20年以上も前の話さ。まだ魔王が討たれるずっと前、王国西部に強力な魔族が出現したという情報が、王城へと届けられた。悪魔と契約を交わして、人の血を吸う魔族に堕ちたその元人間が、悪魔に望んだのは永遠の命と若さとのことだった。そうして魔族討伐に赴いた冒険者たちが、現地で見たのは血を吸われて同じ魔族となり果てた、人間たちの姿だった。
人の血を吸って相手を同じ魔族に変化させてしまう化け物のことを、私たちは吸血鬼と名付けた。吸血鬼が人間の血を吸い、吸われた人間も同じ吸血鬼となって、また別の人間の血を吸う。そうやって際限なく吸血鬼が増殖していく様子は、さながら地獄のようだったと聞いているわ。
しかし血を吸われて吸血鬼となった相手を、討伐するのは比較的簡単だった。オリジナルの吸血鬼以外は大した魔力を持っていなかったし、物理的な強さも一般人の延長で弱かった。ただ、それがかえって問題になった。血を吸われる前は彼らも一般人。それを次々と斃すのは、討伐する冒険者の良心を刺激したのよ。
そこで派遣されたのが、魔女であるこの私。すでに当時の王と契約を交わし、人間側の仲間についていた私は、血を吸われた元人間の吸血鬼を、人間へ戻すために現地へ行った。私はさっそく一体の吸血鬼を生け捕りにして、人間に戻す方法をあれこれさぐった。
親族が泣きながら抱きついたとき、吸血鬼となった元人間が人間に戻った、なんて、愚かな人々は奇跡を口にしていたけれど。要するにそれは化学反応の結果であり、成功例のサンプルに過ぎない。おかげさまで、数の問題を解くより簡単に、私は正解へたどり着いた。穢れなき想いがこもった涙、私たち魔女はそれを聖白の涙と呼んでいるけれど、それがどうやら吸血鬼を人間に戻すのに役立つらしかった。
答えが分かればあとは簡単さ。冒険者たちは片っ端から、吸血鬼になった元人間を、聖白の涙を使って人間に戻していき、最後はオリジナルの吸血鬼の心臓を銀の剣で貫いて斃した。吸血鬼たちはそれで全滅し、問題は片付いた……はずだった。だけど、ただ一点、難しい問題が残されていた」
「難しい問題……?」
ボーメラの話を黙って聞いていた皆の中から、ルカが代表して呟いた。ボーメラは口を吊り上げて笑い、人差し指を一本上に伸ばして言葉を継ぐ。
「血を吸われて吸血鬼となった者の中に一人、元々死の病に侵されていた女性が含まれていたのさ。吸血鬼から人間に戻すのは簡単。聖白の涙を浴びせればそれでおしまい。人間に戻れば病ですぐに死んでしまうけど、人間として生を終えるならそれでいい。彼女自身もそれを望んていた。だけど、断固としてそれに反対する人間がいた。
ロッベン・リベリー。イザドラの父親さ。あんたたちも会ったことがあるだろう。彼だけは彼女を人間に戻すことに反対した。理由は単純、彼女を愛していたから。人間に戻して死なすことに耐えられなかった。
若くして名家を継いで、財力と政治力を持っていたロッベンは、彼女を吸血鬼として生き長らえさせるために、奔走した。彼女本人と周囲の冒険者たちを説き伏せ、王に手紙を送り、納得しない貴族には金銭を併せて送って納得させ……それでも反対する者には決闘を申し込むとまで言い放って、どうにか強引に、彼女を吸血鬼として生き長らえさせることに成功した。
そしてリベリー家に代々伝わる、森の奥の別荘に人知れず彼女を移して、魔族の執事を雇い、吸血鬼である彼女と愛を結んだ。
ほどなくして子供が二人生まれ、イザドラ、レイラと名付けられた……そこで問題がまた持ち上がった」
「また問題かよ。前途多難だな……」
デビッドが思わず口を挟む。頭の回転が早いルカが先を予想して問いかける。
「寿命か……?」
ボーメラはルカに答えて、さらに話し続ける。
「そのとおり。イザドラを産んだ母は、元々死の病に侵されていた身体。吸血鬼の力を持ってしても、明日をも知れない命だった。そこでロッベンは私を呼んだのさ。吸血鬼を延命させ、多忙な自分に代わって、幼い吸血鬼の子供の面倒を見させるために、魔女を呼んだってわけ。笑っちゃうわよねぇ~。子供が大きくなって、妻の寿命が尽き果てた時まで、魔女である私が世話したのよぉ~? 国王から直々のお達しがなければ、とてもじゃないけどやってられなかったわぁ~」
ボーメラは嘲笑するようにそう言って肩をすくめた。デビッドはうつむいたまま黙り込んでいる。ルカだけは真っすぐボーメラの顔を見て、新しい疑問を問いかけた。
「大体の事情は分かった。しかし、二人の子供を吸血鬼から人間に戻すことはできなかったのか?」
ボーメラは指をぱちん、と鳴らし「いい質問ね」と教師が生徒を褒めるように言った。
「結論から言うとできなかった。聖白の涙をもってしても、産まれながらに吸血鬼として生を受けた者を人間に戻すことは不可能。それが結論。だから余計に親の方が心配したみたいねぇ~。
ロッベンは何度も妻に自分の血を吸って延命しろと諭したけれど、妻は断固として心まで魔族に染まることを拒否した。妻を説き伏せられないと分かると、私に、どうにかして子供を人間に戻せないかと頼み込んできたけど、それも不可能。
ロッベンは仕方なく、吸血鬼に関するあらゆる記録を秘密裏に抹消させて、人々から吸血鬼の記憶を消すように動いた。そして深い森の奥にある別荘で、魔族である妻子が安らかに生を終えられるよう、人知れずひっそりと暮らす手はずを整えた。
……それなのに、まさか手塩にかけた娘が自ら冒険者を呼び寄せて、12英雄相手に派手に暴れ回ってるなんて、私がロッベンの立場で聞いたら卒倒しちゃうわねぇ~。こんな親不孝ってあるかしらぁ~?」
「両親には本当に感謝しているわ」
ボーメラの話を聞いていたイザドラが、はじめて口を開いた。
「でも、どのように生きるかは私が決めることよ、ボーメラさん。父もそれは分かってくれている」
「それで12英雄を支配することにしたのねぇ~? 躾がなっていないのはどちらのお嬢さんかしらぁ~」
魔女ボーメラの挑発に、吸血鬼イザドラは不敵に笑う。
「わざわざ昔話をしに来たの? それにしても、年配の方の昔話が長いって本当ね。わたし肩が凝ってしまったわ」
ボーメラの眉間に血管が浮き出て眉が吊り上がり、両手から炎の魔力が舞い上がる。
「察しの悪いガキだねぇ。国王とゼクスは今回の吸血鬼退治にこのボーメラを指名した。つまりお前の悪戯はここで終わりってことなんだよ!」




