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英雄たちの苦悩 その3

 白木のドアが開かれて、ロッベン・リベリーの気品のある姿が室内に現れた。案内役のベルモッドは、すでに立ち去っている。


 久しぶりの肉親との再会であっても、二人は駆け寄って触れ合うといったことはせず、イザドラは椅子に座ったまま、ロッベンは部屋をゆっくりと歩きながら距離をとっている。どんなときでも心に余裕を保ち続ける気高さが、二人の血に流れているのだ。

 

「お久しぶりです、お父様」

 

「人間の従者を持ったようだね」


ロッベンは壁際で立ち止まり、壁にかかっている絵画を見るともなしに見ながら言葉を継ぐ。


「素晴らしいことだ。森の奥深くで暮らしているイザドラにとって、人間の理解者が増えるというのはね。なんといってもお前には人間の血が流れているのだから。しかし——」


 イザドラは両手で抱えたティーカップに注がれた紅茶を、ぼんやりと眺めながら父親の話を聴いている。


「同時に気をつけなければいけないよ。人間は時に、魔族よりも狡猾で、闇のある部分を持っているからね。人間との関わりに慣れていないお前は、そういった人間の負の部分にも特に気をつけないといけない。そのためには……いつも言っていることだが、強くあらねばならないよ」


「心配いりませんわ、お父様」


 イザドラは初めて顔を上げて父親の顔を見ながら微笑んだ。


「たとえ人間が私を出し抜こうとしても、私はそれを叩き潰してみせます。どんなときでも、誰が相手であっても、私は決して屈服したりしない」


 娘の返答に、父親も満足げに微笑みを返した。それからロッベンは写真たてを手に取り「あの子はまだ帰らないかい?」と訊いた。イザドラは少し俯いて無言のまま返答しなかった。それを見たロッベンが優しい声色で諭すように言葉をかける。


「心配いらないよ、イザドラ。私はその件に関しても、とてもいいことだと思っている」


 イザドラは思わず顔を上げて父親の横顔をもう一度見た。ロッベンは写真を眺めながら語り続ける。


「お前には、人間と魔族、両方の血が流れている。だからこそ誰よりも強くあらねばならないんだ。人間と魔族の両方から奪われないためにね。誰に対しても決して屈服してはいけない。そして、それはあの子も同じことだ。だからこそ……お互いに強くあろうとするなら、衝突することだってあるだろう。それでいい。あの子はあの子で、出て行った先で強さを身に着けていくだろう。私はそれを楽しみにしているんだよ」


 父親の言葉を聴いた吸血鬼の娘は、窓の外をぼんやりと眺めながら、出て行った相手のことを考えているようだった。再会の目的を果たしたロッベンは、少し立ち止まって娘の顔を見た後で、ドアの方へ歩き出す。


「また来るからね。強くあるんだよ、イザドラ。誰よりも強く」


 そう言ってドアを開けて出て行く父親の背中に、娘はぽつりと声をかけた。


「ありがとう、お父様」


 


「やれやれ、ひどい目にあったな……」


 廊下で猟師の恰好をしたままのデビッドが掃除をしながら呟く。


「ああ、もうあんな目には二度と会いたくないな」

 

 ネコ型ファッションに身を包んだままのルカが同意する。


 二人の背後から威厳に満ちた声が飛んでくる。


「バビッドさん、カルンさん、先ほどはありがとう。今日はこれで失礼しますが、バットホールとイザドラのことをどうかよろしくお願いします」


 素晴らしい反射神経で、二人の英雄は表情を作り変えて応対する。


「うむ、ワシにまかせておけ。ワシにかかれば廊下の掃除なんぞ、熊を素手で倒すより簡単なことじゃ」


「にゃるん! ロッベンさんも来てくれてありがとうだにゃ! またお会いしたいにゃ!」


 ロッベンは二人ににっこりと会釈して立ち去って行った。




 執事のベルモッドがイザドラの居室のドアを叩く。


「失礼いたします」


「あらベルモッド、お父様は見送ってくれた?」


「はい、つつがなくお帰りになられましてございます。それで――」


「なにかあったかしら?」


 イザドラが怪訝な顔で執事に訊ねると、ベルモッドは主に訊ねた。


「御父上とは、お話になられましたでしょうか?」


「ええ、いつも通りよ」


 吸血鬼がさらりと答えると、デーモンの執事は重々しく言葉を継ぐ。


「御父上は、非常にご立派な考えをお持ちの方です。そうしてその教えを継いだお嬢様共々、私は敬服しております。だからこそ……先日もお話ししたとおり、英雄の取り扱いにはくれぐれもお気をつけくださるよう、お願いしたいのです」


 デーモンの言葉に、吸血鬼は当たり前といって様子で、ため息をついて同意する。

 

「もちろんよ、ベルモッド。私は誰にも負けない、誰にも屈服しない。だからこそ、支配する。支配し、服従させる。それがこの世界の全てだもの」


「左様にございます。支配と服従こそがこの世の理。私めとしたことが、不要な言葉をお耳に入れてしまいました。申し訳ありません。お嬢様がこの国の12英雄を、全て支配し服従させる姿を、楽しみにしております」


 ベルモッドは満足そうに笑いながらそう言って部屋を出て行く。イザドラは少し目をつぶってため息をついてから、窓の外に目をやった。デビッドとルカが館の影で何かごそごそやっている。




「もう耐えられない! 通信魔法で応援を呼ぶぞ! 俺は一刻も早くここから出たい!」


「ま、待てルカ! 俺達にはイザドラの素性を明かしたら死ぬ魔法がかかってるんだぞ!」


「素性を明かさなければいいんだろう? 心配いらないさ」


 デビッドの制止を振り払い、ルカは通信魔術を展開させ始める。


「しかし、こんな森の奥で、アイテムも使わずに通信なんて通るのか?」


 不安げな勇者の呟きに、ルカは額に血管を浮かび上がらせて魔術を展開させながら、不敵に答える。


「魔術のことなら任せてくれよ……」


 キイイン、と音が鳴って術が完成し、小さな魔法陣が地面から浮かび上がってきて、空中へ垂直に静止する。

 

 しかし、通信はなかなか繋がらない。二人は祈るような顔で魔法陣に耳を当てながら、相手が応答するのを待った。


「……ザザッ…………こちらゼクス……」


 仲間の応答に、ルカが叫び返す。


「こちらルカ! 吸血鬼の館にいる! やつの魔力属性は氷! ボーメラだ! 炎の魔女ボーメラを呼べ!」


 館の窓際で、紅茶を飲みながらその様子を眺めていた吸血鬼の目つきが少しだけ険しくなる。

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