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魔王を倒した勇者(バカ)はパワハラ吸血鬼の下僕になる  作者: 久米 貴明
第1章 勇者デビッドと吸血鬼イザドラの対決
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勇者デビッド その1

 フォートラット王国の勇者デビッド。


 魔王を討ち、長きにわたる人間と魔族との戦争を終わらせた12人の英雄のひとりにして、魔王にとどめを刺した勇者である。


 魔族との戦いを終えた王国は建国以来最大の繁栄を謳歌しているからこそ、魔王を討った者たちには大地を埋め尽くすほどの歓声と、富と名誉がもたらされるのが当然である。


 しかし当然がまかり通らないのもまた、この世の常だ。それを、フォートラット王国の王都サン=アンドレアを歩く勇者の背中が物語っている。短い黒髪は乱れ、身にまとう古い装備には汚れが染みついている、あくびをしながら通りを歩く、今では冴えない一人の青年。ーー富も名誉もなく、おまけに彼はバカだった。


(ただ道を歩いているだけなのに、なぜか殺意が湧くな……まるでたったいま誰かに悪く言われたような気分がする……)


 勇者はそう思いながら通い慣れた足取りで賑やかな通り沿いにある酒場の前へ立つと、入り口の木戸を押して中へと入っていった。すぐに店の主人が声をかける。


「よう、デビッド。化け猫退治は終わったか?」


「いや、しばらくじゃれ合って顎を撫でてやったら地面に転がって腹を見せて懐いたよ。その腹も撫でてやった。これからは大きな柵を作って村で飼うそうだ」


 デビッドと呼ばれた青年は答えながらカウンター席へと座る。髭を整えた店の主人が樽に注いだ酒をデビッドの前に置きながらまた声をかける。


「なんだ、凶暴な魔族じゃなかったのか」


「あれは魔族じゃねえな。人間を警戒していただけさ。たまたま人間の5倍のデカさまで成長しちまったってだけの、普通の猫と同じ」


「それを聞いて安心したぜ。この平和な時代に、冒険者が化け猫にひっかかれて死んだ、なんてことになったら笑えないからな」


「おいおい、よせよ」


 青年はそう言いつつ、自らの腰に目をやる。そこには使い古された鞘の中に、慣れ親しんだ片手剣、聖剣デュランダルが収まっている。


「魔王を斃した『勇者デビッド』が、そう簡単にやられるかっつーの」


 デビッドはこともなげにそう言い放って酒を飲み干す。そして少し寂しげに言葉を付け足した。

 

「ま、それも過ぎた話だけどな。今じゃ戦いしか能のない俺みたいな元冒険者は、どこへ行っても厄介者扱いさ……」


 それを聞いた主人は笑って声をかける。


「お前は『魔王を倒した勇者』なんだし、女性の抱えてる秘密もわかるんだから、どっか高貴な女性の弱みでも握って結婚でもすればいいじゃないか」


 デビッドも笑いながら言葉を返す。


「柄じゃないさ。ところで疲労度が高いみたいだが、疲れが溜まってるんじゃないか? あと備考欄に、夫婦仲がうまくいっていないって出てるぞ?」


「おい、デビッド。スキルを使って人の顔を見るのはやめろって言ってるだろ……」


 店の主人は困った顔をしてそう言うとテーブルの上に数枚の銀貨を置いた。


「ほらよ、今回の報酬だ。いつも通り酒代は引いてあるからな」


 デビッドはまた元の気さくな表情に戻って銀貨を掴み、一度空中に投げてからキャッチした。


「サンキュー。戦いしか取り柄のない俺が今もまだ冒険者を続けられているのは、あんたがここで飲み屋の傍らにギルドを続けてくれているからだ。ありがとな」


「ああ、それでなんだが、デビッド……」

 

 店の主人はデビッドの名を呼ぶと声のトーンを落とした。その鋭い目つきを見たデビッドも一瞬で心を切り替える。それは二人にとってよくある光景だった。店の主人が難しい依頼をデビッドに頼む時は、決まって今のような目つきで小声になるのだ。


 窓の外では雨が降り出していた。


「……新しい依頼か?」


 デビッドは小声で尋ねる。


「ああ、そうだ。それがな、久しぶりにどうもキナ臭い匂いがする依頼だ。それも情報屋のバリーからだ」

 

 バリーという名前を聞いたデビッドは、苦虫を嚙み潰したように笑った。

 

「ずいぶんと懐かしい名前だな。たしかに、あいつの依頼で簡単だったことは一度もねえ」


「そういうことだ。詳しいことはあそこにいるお前の旧友に訊いてくれ」


 デビッドは立ち上がると、テーブル席にいたバリーの向かいに座った。バリーはいつも通り黒いフードを頭からすっぽり被っていて、その表情も目線も、デビッドには見えない。


「久しぶりだな、バリー」


 嗄れた声でバリーが口を開く。

 

「……少女からの情報だ」

 

「少女から?」


「そうだ。エルミュルの森の奥深くに棲む魔族が村に災いを振りまいている。村人たちは生気を吸い取られ、このままでは次の夏を生きて越せないだろう」


「……その情報をくれた少女はどんな様子だった?」


「10歳くらいの年齢だ。瘦せ細り、衣服は乱れ、足を引きずるように歩いていた。魔族の呪いだろう」


 デビッドは奥歯を強く噛み拳を握りしめる。彼を冒険者にしたのは富や名誉を欲する心からではなく、紛れもない正義の心だった。


 彼は立ち上がり、己の心を奮い立たせる。この平和な時代にまだ民を苦しめる魔族が残っていたとは。それならば冒険者である自分がやることは一つ。

 

「すぐに出発する。だがその前に教えてくれ。その魔族はどんなヤツなんだ?」


 デビッドの問いに、バリーはフードに包まれた顔をゆっくりと上げて答える。


「……吸血鬼だ」


 窓の外から雷鳴が響き、二人の横顔を光らせた。

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