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英雄会議

 真っ赤なバニースーツの女は薄暗い石畳の廊下を歩く。ハイヒールの靴底が硬い足音をコツコツと響かせている。


 燭台に載ったロウソクの火は激しく燃えて、オレンジ色の光を壁に投げかけている。しかし窓がない地下の廊下はそれでもやはり薄暗い。


 壁にはかつて国民を苦しめた凶悪な魔族たちの姿が描かれている。体中に無数の目を持つ魔獣の横に一つ目の巨人。闇夜を飛ぶ黒い悪魔と全身から光を放つ堕天使。セイレーン、ハーピー、そして魔女……


 バニースーツの女はそれを横目で見て歩きながら口元に笑みを浮かべる。んふふ、と笑い声さえ漏らす。しかし目は笑っていない。深い谷底のような黒い瞳を無機質に動かしながら、女は地下室の扉の前へたどり着いた。


 ギイイ……と軋んだ音を立てて扉が開かれる。


「あらぁ、遅れたかしら~?」


 女は室内の様子を見もせずにそう言った。実際、彼女の言葉通り巨大な丸いテーブルの周りの椅子にはすでに何人かが座っていて、面子が揃うのを待っていた。室内の照明は廊下よりさらに暗く、影のように座っている面々の顔は、はっきりとは見えない。


「ボーメラ、お前のそのセリフはもはや常套句だな。会合の統計を取ったら90%はそう言ってるんじゃないか?」

 

 乾いた男の声がバニースーツの女を出迎える。ボーメラは、んふふ、と笑ってから言葉を返す。


「あら~ルカ、私相手に統計の話をするの~?この、ボーメラに?」


 そう言ってボーメラは椅子の一つに座り足を組んだ。ルカと呼ばれた男は何も言い返さずじっと黙っている。ボーメラが言葉を継ぐ。


「んふふ、冗談よぉ、あたし勉強は苦手~。数値とか研究とかって言葉を聞いただけで頭がくらくらしちゃう」


「ふん。だとしたらよっぽど化け物じみた才能があるってことね。羨ましいわ」


 高飛車な少女の声が飛んでくる。ボーメラは口元で笑いながら笑っていない目を少女の人影に向けた。


「ごめんなさいねぇ~サンドラ。かわいこちゃん、あなたは研究が大好きだもんねぇ~?」 


「……そのあたりにしておけ、ボーメラ、サンドラ。しかし皆かわってないようで安心した。とにかくこれで全員揃ったようだ。これより12英雄の会議を行う」


 入り口から一番遠い席に座った若い男の威厳ある声が響く。他の人影は一斉に話すのを止め、彼の言葉の続きを待った。


「エルミュルの森に吸血鬼退治へ行ったデビッドが戻らず、褐色竜アダムも姿を消した。英雄が消息を絶つのはこの平和な時代、久しくなかったことだ」


「こわいね、ミラル」


「こわいよ、ミルル」


 幼い二人の男の子が思わず口を開く。それからボーメラが口を挟んだ。


「あらぁ~?12英雄なんて呼ばれてるけど、おのおの好き勝手に動くのは今も昔も一緒じゃな~い?魔王討伐以外で最初からあたしたちが協力したことなんてあったかしらぁ~?」


 サンドラと呼ばれた高飛車な少女の声がそれに答える。


「ふん、だから昔と一緒ってことでしょ。好き勝手動いて、困ったら他の英雄に泣きつくってこと。全く迷惑な話だわ」


 ルカの乾いた理知的な声がそれを諭す。


「まあそう言うな。魔族が国のどこに出没するかわからない以上、戦力はできるだけ分散させた方が対処しやすい。そういうことだろう?ゼクス」

 

 ゼクスと呼ばれた威厳のある男は先を話し始める。


「そうだ。今回の件も状況がわからない状態で戦力を集中させるつもりはない。全滅がありうる以上、それはあまりにもリスクが大きすぎる。だから動くとしてもまずは情報を集めたい。ではどう動くかという話だが、行先が知れているのはデビッドの方だ。しかしアダムの力が魔族の手に渡ることを考えると……こちらも放ってはおけない。結局両方に尖兵を送ることになる。問題はアダムの場所がわからないということだが……」


「尖兵ねぇ~誰がやってくれるのかしら~?」


 ボーメラが他人事のように言う。サンドラの人影がガタン、と席を立ち、部屋から出て行こうとする。「サンドラさん?」と艶のある男の声が呼び止める。呼び止められたサンドラは部屋を出る前に一度振り向いて吐き捨てるように言った。


「だから、これも昔と同じでしょ!捜索と情報収集って言ったら私くらいしかいないじゃない!アダムは私が探しておくから、デビッドはあんたたちで適当にやんなさいよ!」

 

 サンドラが部屋を出て行って少し間をおいてから、ルカが今度は席を立った。

 

「ではデビッドの方は俺が対処しよう。情報収集といっても別に解決してしまってもかまわないんだろ?それに、吸血鬼にはかなりの討伐報酬がかけられてるそうじゃないか」


 ゼクスが答える。


「ふ……こちらに情報がないと言ったが、それは相手も同じことだ。『迷宮』から初見で抜け出せるものがいるとは思わないが、くれぐれも気を付けるように」


 ルカは「ああ、任せてくれ」と応えて部屋を出て行った。ボーメラがポツリと呟く。


「んふふ、どうかしらね?」


 聞き逃さなかったゼクスがすかさず問いただす。


「ん、どういうことだ?何か知っているのかボーメラ」


「え~?何か情報を知ってるってわけじゃないわよぉ~?ただぁ、吸血鬼にはちょっと顔見知りがいたってだけよぉ~」


「なるほど。相変わらず顔が広いですね、ボーメラさんは」


 凛とした女の声が響く。


「それで、ボーメラさんとしては、吸血鬼は甘く見積もれる敵ではないと?」


「仮に吸血鬼がどれほど強敵であったとしても……」


 女の声を遮ってゼクスが口を開く。


「このゼクスがいる限り、12英雄が負けることはない。では、今回の会議はこれで終了とする。皆ご足労ありがとう」


 ゼクスの号令に、英雄達が一斉に席を立つ。唯一ボーメラだけが相変わらず行儀悪く足を組んだまま座っていた。その横をゼクスが通り過ぎるとき、ボーメラの目が影の中ではじめて、


 にやり


 と笑った。

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