褐色竜アダム その2
ゴオオオオオオオオオオオオオ
アダムの咆哮は山肌を駆け上がり山頂まで響いた。ポッカが思わず耳を塞ぐ。レイラは口角を上げて楽しそうにアダムを見ている。
「来るがいい……」
アダムの誘いに、レイラは大地を蹴って応える。黄色い光を身に纏い、空中に浮かんだレイラの拳が、アダムが張った魔力の壁と激突する。
バチン!と大きな音が鳴る。
拳と魔力壁の力は拮抗しつつあり、拳は弾かれず、魔力壁も壊れない。
「うおおおお!」
レイラが咆哮し、拳へさらに力を込めた。しかしーー
アダムが翼を一振りして壁にさらなる魔力を込めると、レイラの身体は軽々と弾き飛ばされた。レイラの身体が宙に舞う。
「ちっ!」
受け身を取って地面に転がったレイラは即座に起き上がる。そこへアダムが口から魔力の塊を撃ち放った。
ゴオッ
反射的にポッカの背筋が凍り鳥肌が立った。
膨大な魔力量。
放射範囲も広い。
そんな魔力の塊が、恐ろしい速さでレイラの立つ大地を貫き、焼き尽くした。
後には何も残らない。地面さえも。
地面に空いた巨大な穴を見て、ポッカが絶叫する。
「レイラー!!!」
アダムは悲しげに目を細める。
「また、無益に命を散らしたか……愚かな……」
そう呟いた次の瞬間、
ピクッ。
アダムの感覚器官が、至近距離にある魔力の奔流を検知した。
漆黒の瞳を自らの足元に向けたアダムの目に映ったのは、空気を焦がす黄色い光。
アダムは反射的に翼を広げて空へと飛びあがった。
しかし、レイラはそれを上回る速度でアダムの頭上へジャンプすると、竜の脳天へ魔力もろとも拳を叩きつけた。
ズウウウウン
アダムの身体が大地に叩きつけられ、動かなくなる。
そして悠然と大地へ着地して鋭い歯を見せるレイラの顔が、ポッカには一瞬、悪魔のように見えた。
(こわい……でも……)
彼はレイラに本能的な恐怖を感じていた。でも、とポッカは思った。レイラは自分の友達なのだ。
「……すごい!すごいよレイラ!」
ポッカはレイラに駆け寄って称える。
「こんな大きな生き物を一撃で倒しちゃうなんて、レイラはやっぱり強いんだ!」
レイラは真剣な顔つきで「いや、それはちがうな……」と否定した。
「アダムの魔力量は完全に俺を上回ってた。あの一撃を食らっていたら間違いなく俺がやられてただろうな。魔力を素早さとパワーに変換する俺とは相性が悪かったってだけだ。アダムは強かった」
そう言ってレイラが振り返ると、意識までは失わなかったアダムが漆黒の瞳をレイラに向けて言った。
「負けた上に称えられるとはな……我を殺すか?」
レイラは呆れながら答える。
「だから、殺さねえって」
アダムも少し口元を緩めながら再度問いかける。
「そうか……では、我の血を欲するか?飲めば不死身とはならずとも、暫くのあいだ傷ついた肉体を再生する力を持つが」
「いや……それもいらねえよ」
レイラは笑いながら答えた。
「戦いの後に貸し借りなんて必要ないさ。全力で力をぶつけ合ったんだから、俺たちは対等だろ?」
そう言って拳を差し出したレイラの姿を見て、アダムの瞳にかつての記憶が蘇った。
(この者と同じように我を倒しながら、我を認め、命を奪わなかった者がいた。そして後に民を救う英雄となった。……この女の姿はあの者とよく似ている……)
アダムはゆっくりと顔を持ち上げると口を開いた。
「……気に入った。レイラと言ったな。我を連れて行くがいい。お前の歩む先にあるもの……我はその行く末を見届けたくなった」
(回りくどい言い方をする生き物だなあ)とポッカは思った。
レイラは「ええ!?」と声を上げて困惑する。
「いいけど……連れ立って歩くにゃ、お前でかすぎやしないか?」
――そう言って笑うレイラの顔が、テーブルの上に置いた水晶に映し出されている。
「あら~なんだか面白いことになってるじゃな~い」
水晶の前に座った女が笑う。彼女は真っ赤なバニースーツにズボンを履いていて、首元で切り揃えられた髪は黒い。
水晶にはいつの間にか、今度はイザドラの顔が映し出されている。
「支配と対話……全く異なる考えを持った二人……絶対に相いれない二つの思想」
女が呟くとイザドラの顔とレイラの顔、二人の顔が交互に水晶へ映し出される。
「しかもこの二人は巡り合うことが運命付けられている……面白いわぁ~」
女は青色と黄色、二つのガラス玉を順番にテーブルの上へ弾く。
「イザドラとレイラ、この二人の運命が交叉するとき、いったいどんな事件が持ち上がるのかしら?」
女はガラス玉の横にブリキ細工の人形を置いていく。
「何が生まれ、何が失われるのか。誰が誰の傍に立ち、誰が誰を裏切るのか……」
女が2つのガラス玉を指の間に挟むと、それは炎に包まれて消えてしまった。テーブルの上の人形も次々と炎に包まれて消えていく。
「んふっ、この後の顛末が楽しみだわぁ~」
このテーブルがどこにあるか、水晶を眺めるこの女がどこにいるのか、知る者はいない。
女は椅子から立ち上がると部屋の外へ出ていった。真っ黒いドアがバタン、と閉じられる。




