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褐色竜アダム その1

 ある日の朝食後、デビッドはベルモッドからリビングルームへ呼び出された。


 言われた通り彼がベルモッドと共にリビングへ入ると、館の主イザドラが例によって紅茶を飲みながらデビッドを待っていた。


 イザドラはやはり目をつぶって紅茶の味を確かめると「ふぅ……」と息を吐いて従者を称えた。


「美味しいわ。ベルモッド、貴方の淹れる紅茶はとても美味しい」


「光栄にございます」とベルモッドは応えて頭を下げる。


 イザドラは次にデビッドの顔を見て、「貴方が私に紅茶を淹れられる日はいつになるかしらね」と言った。


「そんなに長居するつもりはないぜ」


 勇者が答えると、「そうそう」とイザドラは思い出したように話し始める。


「デビッド、今朝また貴方に呪いをかけておいたわ」


「はあ?!」


 デビッドは思わず大きな声を出す。イザドラがくすりと笑う。


「呪いと言ってもそんなに大したものじゃないわよ。制約は1つ。デビッド、貴方は他の誰かに私の素性を話すことはできない」

 

 それを聞いたデビッドは思案気に問いかける。

 

「……制約を破ったらどうなるんだ?」


「死ぬわ」


 イザドラはなんでもないことのように答えた。デビッドの表情が険しくなる。


「あら、どうせ貴方の仲間たちが『私をぶっ倒して』助けてくれるんでしょう?なら問題ないわよね」


 イザドラは話しながら楽しそうに話し続ける。


「これで貴方は逃げ出すことも、仲間に私の秘密を打ち明けることもできなくなった。誰かが私を倒して連れ出してくれのを待つしかない」


「……テメエに縛られなくても、約束を違えることはしねえ」


 デビッドは表情を険しくしたまま部屋を出て行った。


 入れ替わりに、メイドのレクリスがリビングへ入ってくる。彼女もまた、思い悩むような顔をしていた。


「お嬢様……」とレクリスは主に声をかけた。


「なぜ、自らが殺される危険を冒してまで刺客と戦うようなことをなさるのですか……?私はお嬢様の身が心配で……」


 レクリスはそう言って泣きそうな顔になっている。


「あらレクリス、大したことではないわ。ただの暇つぶしよ」


 イザドラは奥行きのない、冷めた目で答える。そしてそれ以上は何も言わない。


 吸血鬼の少女は無表情に窓の外を眺める。ガラスの向こうに見えるのは、静かなで、穏やかで、そして退屈な森の景色。変わり映えしない日常、いつも通りの景色。


「くすっ、12英雄……どんなお客様なのかしらね。楽しみだわ」


 イザドラは紅茶に口をつけると、笑いながらそう言った。


「お嬢様は英雄達と対等に戦いたいのですか?」


 主にレクリスが訊ねる。イザドラは答える。


「いいえ。それは違うわ、レクリス。対等な関係というのは弱きものが抱く幻想に過ぎない。本当にあるのは勝利と敗北。支配と服従。その二つ。それがこの世の摂理なのよ」


 イザドラはそこで一度言葉を区切り、紅茶を置いた。


「私は誰にも負けない。誰にも私を殺させない。12英雄、全て屈服させて支配してみせるわ、このイザドラ・リベリーがね……」




 ――同時刻、フォートラット王国北部のジャラハ山では――


「ポッカ、本当に俺が持たなくて大丈夫か?」


「平気だよレイラ!これくらいの荷物、おいらには別に重くないよ!」

 

 草木が少ない山道を子牛の獣人といびつな服装の少女が連れ立って登っていた。山頂が近づきつつあり道は険しさを増していて、ポッカの額には汗が浮かんでいる。それでも彼は旅の荷物を背負いながら、レイラに遅れることなく元気に歩いていた。


「そういえば、レイラはなんで旅をしているの?」


 ポッカが何気なく訊ねる。訊かれたレイラは「んー」と言ってバツが悪そうな顔になった。


「ちょっと姉さんとケンカしちゃってさ。家を飛び出してきたんだ」


 それを聞いたポッカは「そっか……」と呟いて少しうつむいた。レイラは内心で『しまった。暗い顔にさせちまったな』と思い、あえてさっぱりした声色で言葉を足した。


「まあ暇つぶしってのもあるけどな!ポッカと似たようなもんだ。強いやつを探してんのさ」


「そうなの……?そいつはいいね!レイラならどんな相手だって倒せるよ!」


 ポッカは元気よく言葉を返す。レイラはにししと笑う。しかしすぐにレイラは山道を登る足を止めた。数歩あるいてからポッカがレイラを振り返る。


「でも、お姉さんとも仲直りできるといいね……ん?どうしたの?」


 ポッカの言葉にレイラは答えず、道を外れて岩肌が剥き出しになった斜面を走っていってしまう。


「え!ちょっと待ってよ、レイラ!」


 ポッカが追いかける。レイラの足は速く、さすがに荷物を背負ってるポッカはどんどん引き離されて見えなくなってしまった。それでも斜めになった地面に足を取られながら、一直線に追いかけていくと1キロほど走った先でレイラが岩の上に座っているのが見えた。


「はあ……はあ……どうしたの?レイラ。急に走り出して」


「おう、悪いなポッカ。でも離れといた方がいいぜ」


「へ?」


 ポッカが困惑していると、レイラは岩を拳で叩き始めた。


「起きてるんだろ?寝っ転がってないで立ち上がんなよ」


「……」


「レイラ……?」


 ポッカが不審げに声を出すと同時に、岩が揺れ始めた。


 突然地面に亀裂が走り『何かの形』に添って崩れ落ちる。それは地面のいたるところで起こり、最終的には20メートル四方の斜面がゆっくりと起伏していく。


 唖然としながらポッカがそれを見ていると、起伏した地面が垂直に立ち上がった。手足があり、翼があり、顔がある。それは生き物だった。


 生き物はゆっくりと瞼を開き、飛び避けたレイラと立ち尽くすポッカを見下ろした。


「でっけー……」


 ポッカは思わず感嘆する。これほど大きな生物を見るのはもちろん彼にとって初めてだった。


 生き物が大地を響かせて言葉を喋る。


「我は褐色竜アダム。12英雄の一人。我の身体に触れ、我に語りかけるのは何者だ?」 


 レイラが手のひらを拳で叩いて答える。

 

「よし、起き上がったな。俺はレイラ。強いやつを探してるんだ。アダム、俺と勝負してくれ」


 アダムと名乗った竜は目を細めると、諭すように言った。


「いにしえより我を倒して名を上げようとした者は数知れず。多くの人間が、いたずらにその命を落とした。不毛なことだ。……立ち去るがいい」


「まあまあ、そう言うなって。別にぶっ殺しゃしないからよ。『力比べ』ってやつだ」


 アダムはしかし、レイラの言葉を無視して再び身を横たえようとする。


「仕方ねえ、その気にさせねえとダメか」


 レイラはそう言って目の前の空気をぶん殴った。それは衝撃波となってアダムの身体を襲う。しかしーー


 どん、と音が鳴って衝撃波は紫色の壁に阻まれる。アダムが身体の前に張った結界だった。アダムはそのまま目を閉じ、地面へと降りていく。

 

「ちっ……どうやらちゃんとチカラを使わねーといけないみたいだな」


 レイラが小さく呟く。


 バチバチ、バチバチ


 何かが爆ぜるような音が鳴ると同時に、レイラの身体の周りがオレンジ色の光を帯びていく。ポッカはその様子を固唾を飲んで見守っている。


 アダムの動きがピタリと止まり、瞼が開かれる。


「……その魔力は……」


 それを見たレイラがにやりと笑う。


「お、やる気になってくれたか?」


 アダムは再び立ち上がり、漆黒の瞳でレイラを射抜くように見た。


「……気が変わった。戦ってやろう」


 ジャラハ山に竜の咆哮が響き渡る。

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