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獣人ポッカ

 不思議な恰好をした少女だった。


 トップスは貴族が着るコルセットのように、下へ行くほど細くタイトになっているが、腹のところで破れてヘソが見えている。さらに肩から先と胸元の部分も破れていて、貴族の衣装としてはあまりに露出が多い。長い髪を後ろで結び、首には十字架を模したネックレスをぶら下げている。


 ボトムスは獣の革で作られたショートパンツで、コルセットとは素材も印象もまるで違う。靴に至っては兵士が履くような金属製の甲冑という有様で、目隠しをして選んだかのように全身ちぐはぐなものを身に着けている。


 そうして荷物も持たずに険しい山道を進んでいる。

 

 その少女は飢えていた。


 足を引きずるようにして歩き、呼吸は乱れ、視界がぼやけて焦点が定まらない。それでも暫くは堪えていたが、とうとう力尽きたのか、


 ドサッ


 固い地面に倒れてしまった。


 少女は薄れる意識の中、自分の身体に近寄ってくる何者かの気配を感じた。確認しようにも視界は暗く、首を持ち上げる余力もない。


(誰であろうと……好きにすればいい……どうせ俺は……)


 そう心の中で呟いたところで少女の意識は途切れた。




 グツグツ……


(……?)


 少女は何かを煮詰める音と、食べ物の匂いで目を覚ます。


 起き上がると、柔らかい毛布の感触。眠ったおかげで意識がクリアになったことを少女は自覚する。

 

(空腹で倒れちまうなんてなあ……。確かに暫く飯は食っていなかったが、思ったより『遠く』へ来すぎちまったか)

 

 ふと、自分が小さな小屋のベッドに寝かされていることに少女は気付く。

 

 立ち上がろうとすると、ぐう~っと大きな音で腹が鳴った。食べ物の匂いを辿った先で誰かが鍋を煮詰めている。

 

「おや、起きたかい?」


 腹の音で気付いたのか料理していた人物が振り返る。そして「ちょうどできたよ」と言いながら鍋の中身を器に注ぎ、テーブルの上へ置いた。


 背が小さくて横幅が広い。耳が頭の横から生えている。少女はその人物の仕草と表情を観察しながら訊ねる。


「あんたは?」


「おいらはポッカ。子牛の獣人さ」


「あんたが俺をここまで運んできてくれたのか?」


「行き倒れてたみたいだったからな。困った時はお互い様ってやつさ。腹が減ってんだろ?食っていいよ」


 ポッカの振る舞いに少女は悪意を全く感じなかった。そして実際倒れるくらい空腹だった。人を信じたり、疑ったりというさじ加減を少女は知らなかったが、目の前のポッカという獣人を、彼女は直感的に信じることにした。


 少女は「サンキュー」と言って器とスプーンを受け取り、ポッカが作った野菜と羊肉のスープを食べた。本当に腹が減っていたので何もしゃべらず、すごいペースで鍋の中身を全部平らげてしまった。ポッカはその様子を楽しそうに見ていた。


「ふう、美味しかった。ごちそうさん」と少女は言った。ポッカは笑顔で応える。


「元気になったかい?」


「ああ元気になった。俺はレイラって言うんだ。感謝するぜ」


 レイラと名乗った少女はポッカに握手を求めた。ポッカもそれに応え、二人は手を握り合った。すると、そのがっしりとした感触とレイラの二の腕が、ポッカの中の『ある感情』に火をつけた。


「おまえ……強そうだな」

 

 とポッカは言った。レイラはきょとんとしながら「ん?」とポッカの顔を見る。


「ちょっとこっち来いよ」


 ポッカに連れられて小屋の外に出ると、子牛の獣人は木の棒で地面に5メートルほどの丸い円を書き始めた。彼は説明する。


「おいらが考えた遊びなんだ。地面に倒れたり、円の外に押し出されたら負けだからな」


 それを聞いたレイラは、つまらなさそうに「ふうん」と相槌を打った。


 円が完成すると、ポッカは木の棒を捨て円の中でレイラを呼んだ。


「えへへ、おいら腕っぷしには自信あるんだ。レイラも強そうだし、力比べしようよ!」


 ポッカは張り合うことが好きだったし、何より誰かと遊ぶことが好きだったのだ。


 レイラは渋々といった感じでポッカの前に立つ。ポッカは牛のように姿勢を低くして構える。そうして開始の合図を叫んだ。


「いくよ!よーい……どん!」


 子牛の獣人は地面を蹴ってレイラへと突進する。レイラは地面に突っ立ったまま動かない。


 ずどん、とレイラの腰にポッカの身体が衝突する。ポッカは(勝ったな)と思った。そんな姿勢で自分の体重を受け止めきれるわけがない。しかしーー


 動かない。まるで岩のようにレイラの両足は地面に固定されたままびくともしない。


 ポッカはもちろん困惑した。しかし、彼の負けん気がそれを上回った。動かないならなんとしても動かしたい。ポッカはレイラの足元を見つめながらさらに重心を低くし、万力のような力で押した。激しい血流がポッカの全身を駆け巡り、顔が真っ赤になる。


 その様子をみたレイラの口元に、うっすらと笑みが浮かぶ。


 次の瞬間、レイラは右手でポッカの胸元を掴んだ。ポッカの身体がふわりと宙へ浮かぶ。


 そしてそのまま地面へ叩きつけた。


 ずどん!


 大きな音が鳴り、ポッカは黒目をぐるぐると回して失神する。


「いっけねえ!やっちまった!」


 レイラの叫び声が小屋の前に響く。




「うう……ん?」


 ポッカは小屋のベッドの上で目を覚ました。ぼんやりした意識で小屋の中を見回すと、レイラの姿は消えている。


「レイラ、いないのか?」


 ぐるぐると部屋の中を探すうち、彼はなんだか自分が悪いことをしてしまったような気がしてきた。自分から勝負をしかけておいて失神してしまったのだ。レイラはきっと気分を悪くしたに違いない。


 自分が怪我などせず平気なことと、倒されたことを悪く思っていないと伝えるつもりでポッカは小屋を出る。


 幸いにも道は一本なので、きっとまた会えるとポッカは思った。しかし暫く歩いても道の上にレイラの姿は見えない。


 ポッカは立ち止まって途方にくれた。そのとき、彼の耳がピクリと何かに反応した。すぐ近くで水の音がする。


 道を少し逸れた岩の向こうにある温泉で、誰かが水浴びをしている。ポッカは大慌てで近寄っていって声をかけた。


「レイラ、そこにいるのか?」


 すぐにレイラの声が返ってくる。

 

「おぉ、ポッカか!ごめんな、手加減したつもりが」


「おいらは気にしてないよ!」と叫びながらポッカは思わず岩陰から飛び出した。


 燃えるような赤い髪をかきあげるレイラの、引き締まった背中と横顔がポッカの目に映る。その美しい姿を見たポッカは、赤面するより先に見惚れてしまった。


「もっと軽くあしらうことだってできたけど……全力でぶつかってきた相手には、きちんと応えるのが礼儀ってもんだろ?」


 レイラは横目でポッカを見ながら腕に力こぶをつくってそう言うと、ニカッと笑った。


 その姿を見たポッカの心は『美しさ』よりもむしろ『かっこよさ』を感じたのだった。



 

「おいらを連れて行ってくれ!」


 温泉から上がり、服を身に着けたレイラにポッカは懇願した。レイラは後頭部に手をあてて困惑する。


「いやべつに……同行者は求めてないんだが……」


「たのむよ!おいら、レイラみたいに強くなりたいんだ!」


 熱心に頼む少年の瞳がレイラを見据えた。こんなにも純朴な心に触れたのはレイラにとって生まれて初めてだった。彼女は困惑し、それからため息をついた。


「やれやれ……しゃあねえなあ」


「やったあ!」


 こうして、レイラの旅の仲間が一人増えたのだった。

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