小さなイザドラ その3
食糧庫に着くと、デビッドは防腐魔法がかかっている生肉の箱を開けてイザドラの前へ持って行った。
「ほら、肉だ。食え」
「……私に生肉を食らえと言うの?」
イザドラは露骨に顔をしかめて拒絶する。デビッドがため息をつく。
「選り好みしてる場合じゃないだろうが」
「あら、そうさせたのは貴方よ?」とイザドラが反発する。
「たしかにそうだ」とデビッドが納得する。
(ギロチンで首をはねちまったのは俺だからな)
「しゃあねえなあ、じゃあ干し肉ならどうだ? 生肉よりは食いやすいだろ?」
デビッドが干し肉の箱を開けて提案すると、イザドラは箱をちらりと見ただけで手をつけようとしなかった。
「……フォークがないわ。あと飲み物も」
「あー……くそ、そうか。待ってろ持ってくるから」
勇者はイザドラにそう言い残しキッチンへとひとっ走り行ってくると、ナイフとフォークと、ついでにスプーンを一式持って、さらにオレンジジュースとグラスを抱えてまた食糧庫へ戻ってきた。
「さあ、これで食えるだろ?」
イザドラの生首はミニサイズの手にフォークを持って木箱の前までよちよち歩いていく。しかしやがて無言のままデビッドの方へ振り返った。
「……手が届かないわ」
「……しゃあねえなあ」
勇者はぽりぽりと頭をかいてイザドラからフォークを受け取ると、吸血鬼の生首に一口ずつ干し肉を食べさせた。何度かフォークを口へ運んで、ジュースが入ったグラスを口に運ぶ。俺はいま何やってるんだろうなあ、と勇者は思った。思いつつも、手際よく生首に食事を採らせていった。
「もういいわ。十分よ」
暫くしてイザドラがそう言った。
デビッドが少しほっとした顔で「おっ、元に戻れそうか?」と訊くと、イザドラは「わからないわ」と答えた。
「わからないって……十分って今言っただろ」
デビッドがフォークを持ったままうろたえると、イザドラの生首は涼しい顔で
「満腹になったということよ」
と、さらりと言い放った。
デビッドが呆れて「お前なあ……元に戻りたいんだろ……」と言いかけたとき、
シュポンッ
と軽い音が鳴ってイザドラの身体が大きくなった。
「あら、再生できるだけの栄養が溜まったみたいね、大きくなったわ」
イザドラがなんでもないことのように呟く。しかしイザドラの身体はまだ元の大きさまではなっていない。7歳くらいの子供のサイズである。
「大きくなったって言ってもお前……まだ小さいじゃねえか。あとなんで服も再生してるんだよ」
デビッドが指摘する。イザドラは平然と反論する。
「あら、魔力による再生なのだもの。服だって再生するに決まってるじゃない。大きさは仕方ないわ。一度に元通りになるほどいっぱいのご飯を食べたら、お腹を壊してしまうわよ」
「うーん、まあそうか……」とデビッドは呟いた。
ミニサイズの身体だったときは不自然すぎて気にならなかったが、7歳くらいの身体に16歳くらいの顔が乗っているのはバランス的にどうも不気味である。勇者としてはそこだけはなんとかしてほしかったので、顔の年齢を身体に揃えるよう提案した。イザドラはやはり「仕方ないわね……」と言って顔を7歳くらいの年齢に変身させた。
「これでいいかしら?」
「ああ、とりあえずこれでバランスはとれた。前も10歳に変身したことがあるんだろ? レクリスとベルモッドには気まぐれに変身してるって言えばなんとかなるだろ」
というわけで問題は全て解決したな、と勇者は考えた。干し肉の木箱を元に戻し、オレンジジュースとグラスと食器を左手に抱えて、右手でイザドラの小さな手を引きながら食糧庫から出る階段を上っていった。
その日の夕食時。配膳用のワゴンを押してリビングルームへ入ってきたレクリスは室内を見て気絶しそうになった。
「イザ……ドラ……様……小さい……? あっ、でも……かわ……あっ……」
思いがけず理想郷に迷い込んでしまった人のように恍惚と立ち止まったレクリスに、主の吸血鬼が声をかける。
「あら、レクリス。そんなところで立ち止まって、私に食事を採らせずに飢えさせて愉しんでいるのかしら?」
「……は! 申し訳ありません、す、すぐにお持ちします!」
そういって食事を運ぶレクリスの鼻から血が垂れるのを、勇者は見逃さなかった。
レクリスが食事を並べている最中、イザドラがデビッドの膝の上にちょこんと座った。
「は?」と思わずデビッドが反応する。
「今日は貴方が私に食べさせなさい。この私の食事を手伝えるなんて、光栄に思うといいわよ」
「……なぜ?」とデビッドが疑問を口にする。イザドラは当然といった調子で、
「楽だからよ。たまにはこういうのも悪くないわね」
と言った。
「はあ……めんどくせえ……」
その日の夕食は、デビッドが渋々7歳サイズのイザドラに食べさせる形で進んでいった。レクリスは一生フォークを手に固まったまま、二人の様子を見て鼻血を流していたのだった。
一方その頃、館の庭では。
「はあ……はあ……戻ってきたぞ……」
イザドラの命を狙う例の猟師が、猟銃を抱えて繁みの奥から館を睨んでいた。
「へへへ、やっぱり魔族討伐の報酬は諦められねえ。しかもあれだけ強い魔族なら、仕留めればきっと1年は遊んで暮らせるぜ」
夜闇でそう呟く男の口からはよだれが垂れている。
「前回は白昼堂々来て失敗したが、寝込みを襲えば絶対に仕留められる……へへへ……警戒してなかったおめえらが悪いんだ」
男はそう言って館から視線を切った。
「さてと。ここであいつが寝静まる深夜まで待つぜ」
男は館から離れる方向へ繁みを進んでいって森の中に戻り、枯草の束を取り出すと炎の魔力が込められた着火剤で火をつけた。
森の闇の中で時間を過ごすのは危険である。男は足元に落ちているの枯れ木や枯れ枝を使って注意深く焚火を大きくしていく。
(もう少し大きな木材が要るな……)
そう思った男は木材を探すために背後を振り返った。
……
黒いドレスを着た首のない惨殺死体が目の前の木にもたれかかっていた。
「ぎゃああああああああああああああ!!!!」
暗い森に、男の悲鳴が響き渡ったのだった。