【Quiz 2】脱出の過程
「くそっ……!」
モニターが真っ黒になり、僕たちの顔が反射する。その顔を覆うようにモニターに触れている掌から、温もりの残り香が伝わってくる。同時に、絶望も。
開かれたドアは、特に勝手に閉じることなく、開いたまま存在している。ドアから出られるのは、1人だけ。2人以上が出ると───死ぬ。
「なんで……こんなことになったの……?」
「瑛翔…」
「ぼくたち、ただクイズやってただけだよね? なんで、こんなことに巻き込まれなくちゃいけないの……?」
瑛翔は部屋中をふらふらと歩いている。かと思えば、急に動きが速くなるときもある。そしてまた、元に戻る。
「瑛翔……大丈夫?」
翠が瑛翔を心配する。当の本人はまだ部屋中をうろうろしている。どうやら反応していないようだ。
僕はいつの間にか、モニターに手をつきながら床を見ていた。自分の影が縁取られ、塗りつぶされている。
なんで自分は、こんなものを見ているんだろう。
僕は顔を上げた。変な話だが、自分の影を見たくなかったのかもしれない。今までそんなこと1回もなかったのに。
視界に自分の左手が見える。力が入っているのかいないのか、わからなかった。
その時、とあることに気がついた。
そうだった。この馬鹿げた「クイズ」には、僕たちの命がかかっている。
だから早く、ここを脱出しないと。
僕はそう決心した。
モニターに、『14:03』と映っていたからだ。
「みんな」
僕は4人に呼びかけた。
「どんな方法でも構わない。1秒でも早く出る方法を考えよう」
すると、秋夜が口を開いた。
「……ここにあるもの……使えないか?」
「……そういや、あったね!」
巡も同調する。
確かに、終夜と巡の目線の先──と同時に僕の目の前でもある──には、大きな壁掛け時計と、物入れと、水の入った水槽があった。その少し上にモニターがあるといった状況だ。
「でもこれをどうやって……」
翠が考え込んだその時だった。
『おおっと! 灯星学院、残り13分46秒で全員脱出!』
その高くも低くもない声。男とも女ともとれる声。
あのモニターの人物だった。しかし、モニターは相変わらず15分の時を刻み続けていて、その仕事から逸脱する様子はなかった。
つまり、どこからか音声が流れてきたということだ。
「……はぁっ!? もう!? 速くない!?」
他のグループの脱出にいちはやく反応したのは巡だった。
「これだけヒントがない状態で、たった1分ちょっとで脱出なんて……イミわかんない!」
汗が流れる感覚が頬に伝わる。僕も確かに焦っていた。
それにしても、灯星学院の人たちもこの「クイズ」に巻き込まれているのか。とすると───。
すると、さらに。
『おお! 残り13分11秒、西薗寺大附属も全員脱出!』
「なんで!? なんでみんな、こんなに早いの?」
巡が混乱をさらに加速する。それは、うろつきながら見ている瑛翔にも影響しそうだ。翠は……そんな2人を、呆然と見ている。
そんな中で、1人、僕に近づいてくる者がいた。
「……なあ、鋼。これってやっぱり…」
秋夜だ。しかも、僕と同じことを考えているらしい。
「ああ。この『クイズ』には……」
息を吸う。冷気が喉を襲う。
そして、吐き出す。
「おそらく『ハイスクールクイズ』に出てた奴らが巻き込まれている」
「やっぱりそうか……」
それだけ言って、秋夜が静まる。一瞬下の方を向いたような気がした。
「でも、今はそんなこと考えてる場合じゃない。出る方法を……」
「そうだな」
するとそこへ、瑛翔が駆け寄ってきた。
「ねぇ……あの扉から、1人は出られるんでしょ」
「ああ」
「だったら……」
すると、瑛翔は巡の方を向いた。
巡は彼の視線に気づき、こちらを向いた。泣きそうな目だった。泣きたくなりそうな目だった。
「巡、出て」
「……?」
唐突に脱出を命じられた巡は、「なんで」と言わんばかりだった。
「……なんで、と言いたいのか?」
瑛翔の代わりにそう答えたのは、秋夜だった。眼鏡の奥の目は、真剣さで満ちていた。
「……お前はこういう『謎解き』に向いてない」
「……!」
巡が若干、眉をつり上げたのがわかった。
「待って、巡。要するにぼくは、巡に生きてほしいんだ。ここで1人出ておけば、全滅にはならない」
「確かに。全滅よりかは、1人でも助かった方がいいね」
瑛翔が提示した理由に、翠も同調する。
「でも……」
「大丈夫。僕たちはなんとかして出てみせるよ」
僕は明るく巡に伝えた。ちょっとわざとらしかったかもしれない。
巡はしばらく考え込んでいた。しかし、ふとモニターの方を見てから、僕たちに背中を向けた後、小さな声でこう言った。
「……絶対、出てきてよ。嘘じゃないって、信じてるからね」
巡は、僕たちの返事を待たずして、ドアを通り抜けていった。
巡の姿は、見えなくなった。
「……さて……」
秋夜は、誰も喋らないのを見て、まるで仕方ないように口を開いた。
「……どうやって、ここを出るか」
時は流れた。
残り10分、すでに6校が脱出に成功している場面まで。
「とりあえず、これ、使うんだよね」
瑛翔は僕たちに言った。いつの間にか、時計を両手に抱えていた。
「多分、ね」
「じゃあさ」
すると、時計を持ちながら、瑛翔は壁に歩いていった。何をするつもりなんだろうか。
すると、次の瞬間。
ゴツッ、と鈍い音がした。
「こうやって、壁を削っていく……のも、いいんだよね?」
瑛翔は僕たちの方を向き──特に僕の目を真っ直ぐ見た。
僕は壁に近づき、瑛翔が時計をぶつけたあたりの箇所に触れてみた。一見、何も変化が無いように思える。しかし、周りを撫でてみると、その一点が確かに凹んでいた。
「……まあ……確かにアリだけどな……」
すると、秋夜が瑛翔に近づいた。瑛翔が少したじろいだのが見えた。
「……灯星は1分ちょっと、西薗寺は2分弱、聖アルカナは3分半で脱出だぞ……? 俺には、とても正攻法には見えないが……」
「じゃ、じゃあ、どうすれば……」
「秋夜」
僕は秋夜の名前を言った。秋夜は僕の方を向いた。怖い顔をしているのは元からだ。どうってことない。
「やるしかないだろ。正攻法じゃなくても、一刻も早くここから出ないと」
そう言って僕は、水が並々と入った水槽を両手で持ち上げた。水の重みが、直に両手へと伝わっていく。鉄の塊を持っているように感じられた。
「『カミサマのクイズ』なんてふざけたことは、早く終わらせないと」
僕は水槽から、重さの要因であった水を床に捨てた。バシャッ、という音、続けて伝わる足の冷たさとともに、手が解放されたような気がした。
「そうだね。でも、流石にこの物入れは持ち上げられないか。秋夜、正攻法を考えよう」
翠の声が、背中越しに聞こえた。
残り5分。新たに円岡商業など5校が脱出している。その旨の音声を、僕たちは壁を叩きながら聞き流した。
休憩のついでに、隣の瑛翔を見てみる。瑛翔の持つ時計は、かなり角が取れてきている。長い目で見ても、効率よく削れているとはいえなかった。
それでも、目は死んでいなかった。
時計をぶつけるその手は、勢いが全く落ちていない。むしろ、強くなっているようだった。絶対にここから出てやる、という気迫が感じられた。
その気迫は、ますます僕を焦らせた。どうする。どうすれば、みんなここから出られるんだ。考えろ。思い出せ。なにか、足しになるものを─────
◆◆◆◆◆
2年と、だいたい3ヶ月前。
僕は隼押高校4階、物理教室にいた。クイズ研究部の顧問が物理教師だったからだ。
僕は入部3日目の1年生として、翠、そして郡先輩たち2年生とクイズをしていた。3年生は「ハイスクールクイズ」とは別の全国大会に出ていて、学校にいなかった。
「問題。日本で一番高い山は…」
(ん? なんだこの問題。簡単じゃん)
ボタンを押す。
「富士山」
よし。ようやく正解できた。
しかし、聞こえてきたのは、煽るような、「ブブー」という音。
「不正解。正解は、日和山だね。問題文は、『日本で一番高い山は富士山ですが、日本で一番低い山は何でしょう』だ」
問読みをしていた先輩が告げる。顔は……なぜか、ニヤニヤしている。よく見ると、他の先輩方も。心に正直になるならば、僕は少しムッとした。
すると、郡先輩が僕の方を向いて、こう言った。
「狭野君、『ですが問題』は初めて?」
「えっ?」
「ええと……クイズの中には、『~は~ですが、~は何でしょう?』という問題があるんだ」
「……」
知らなかった。でも、さっきの先輩方の反応を見る限り、この界隈では常識らしい。顔が急激に赤くなっていくのを感じた。
郡先輩は続ける。
「その『ですが問題』というのは……最初の方は答えとはあまり関係ないものなんだ。いや、もちろん、関係はあるよ。でも、答えとは真反対であることが多いんだ。さっきの富士山の問題で例えるなら、答えである日和山は『日本一低い山』なのに対して、『日本一高い山』である富士山を最初に出したみたいにね」
「ということは……その真反対の部分は、聞かなくていいんですか?」
すると、郡先輩は首を横に振った。
「いいや。むしろ聞かないといけないよ。うまい人だと、『日本一高い山』だけで、『あっ、これはですが問題だ』と判断して、答えに辿り着いちゃう。つまり……」
一呼吸置いて。
「大事なのは、『ほとんど関係ない情報から問題の趣旨を判断する』ことかな。提示されるヒントは、実は無関係なことも結構ある。そこから、問題が本当に言いたいことを導き出すんだ」
◆◆◆◆◆
「……!」
突如、僕の脳内に、1つのアイデアが降ってきた。
「……どうしたの?」
あまりにも違和感を感じるような様子だったのだろう。瑛翔が僕の方を向いて、心配してきた。顔は、不安に染まっている。
(安心しろ、その不安、拭ってやる……)
「ちょっとこっち来てくれ。翠と秋夜も!」
「え? 何かわかったの?」
「……もうあと3分だ。間に合うのか?」
3人は僕に寄ってきた。期待と不安が入り混じった目をしながら。
「瑛翔」
「?」
「最初、巡は『クイズ関係ないじゃん』って、言ってたよな?」
「う、うん……」
「…関係大ありだよ! ちょっと強引だし、賭けだけど、こうすればここから脱出できる…!」
残り時間、2分57秒。
僕らを含め、残り4校。
最初の答え合わせの時間が、近づいていた。
隼押:5
灯星学院:5
円岡商業:5
西薗寺大附属:5
多庭:5
瓶山東:5
軒野:4
山吹学園:5
今森学園:5
田若学院:5
日置学芸館:5
襟丘:5
聖アルカナ:5
福禄高専:5
浅松川:5
REMAINING:74
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完全自己満