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恋愛系大喜利シリーズ!

金の悪役令嬢 ~私が湖に(突き)落としたのはその娘です!~

作者: invitro

 童話ジャンル初挑戦デス。

「ベアトリス! 貴様との婚約を破棄するぅ!」

「そんなことが認められるか、このたわけが!!!」


 王子の頭に国王の雷が落ちた。

 理由は単純明快、ルシアン王子がパーティー会場で一方的に婚約者であるベアトリスの悪い噂を並べ立て、婚約破棄を突きつけたからだ。


 確かに、ベアトリスは高慢で王子に対しても口うるさく、周囲からの評判はよろしくなかった。お調子者のルシアンにいつも激しく叱咤しては邪見にされている。

 そしてその後はいつも王子の傍にいる女性に対して辛辣に当たるため、学友からも影で悪役令嬢などと呼ばれていた。


「ですが父上ッ」

「人前では陛下と呼べと申しておろう。……ベアトリスよ、気分を悪くさせてすまぬ。息子は少々酒に酔ってしまったようだ。席を外させる」


 羞恥と怒りで顔を真っ赤にした国王は、王子を別室へ連れ出した。そのままルシアンはパーティー会場へ戻ることなく、反省するまで外には出さぬと軟禁される。


 ルシアンが陽の光を見たのは三日後だった。

 幼い頃からチヤホヤされて叱られる事に慣れていないルシアンは、連日訪れる王の側近から説教を受け、すぐに婚約破棄を撤回して頭を下げたのである。

 ちなみに、一世一代の覚悟でした婚約破棄とはいえ、謝罪まで三日も持ったというのはルシアンにとっては快挙だった。




 しかし、ルシアンはまだ諦めていなかった。


 束縛の強さと周囲からの評判に目を瞑れば、ベアトリスは非常に優れている。

 その美しい黄金の髪も、整った容姿も、政治の能力も、貴族然とした堂々とした態度も――何もかもが次期王妃に相応しいと認めさせられてしまう。プライドだけは人一倍高いルシアンにとって、隣に立たれると否応なしに惨めさを感じてしまうほどに。

 それにベアトリスの父親である公爵は、高齢でようやくルシアンという子が生まれた国王より二回りも若く、このまま婚姻が成れば権力を奪われてしまうだろう。自分は何の実権もないお飾りの王にしかなれないのだ。


 とある決意をしたルシアンは、謝意を示すためにもとベアトリスを逢瀬に誘った。




「まさかルシアン様から誘われる日が来るとは思いませんでしたわ」

「あの日は酔っていた故、よく覚えていないのだが、失礼なことを言ってしまったらしいからな」


 二人を乗せたボートが湖の上を進む。

 ルシアンは危ないから舟を漕ぐことに集中したいと言って、形だけの謝罪をしてすぐに言葉はなくなった。逢瀬と呼ぶには色気がない。

 あまり好かれていないことは知りつつも、静かな舟の上で話題を探していたベアトリスは、湖から見える森の木に珍しい青い鳥がとまっているのを見つけて身を乗り出した。


「見てください。あんなところに――えっ」


 しかし次の瞬間、ベアトリスは湖に落ちていた。

 いや、突き落とされたのだ。

 王子から誘われた逢瀬ということで着込んでいた派手なドレスが災いした。服は水を吸ってどんどん重くなる。ベアトリスは泳ぐ事ができず沈んでいった。



「は、ははっ、ふははは! やった。やったぞ。これで私は自由だ!」


 ルシアンは、しでかした事への恐怖で震える手を押さえるように強くオールを握った。そして逃げるように急いで舟をこぎ出した。

 しかし、どういうわけか舟は進まない。漕げども漕げどもその場でくるくると回ってしまうだけだった。

 悪戯好きの妖精にでも化かされたのか戸惑っていると、突然、湖の中から美しい女性が現れる。


「お前が落とした婚約者はどちらだ。評判が悪く口うるさいこちらの公爵令嬢か。それとも、物静かでお前に従順なこちらの公爵令嬢か」


 女神の両手には、突き落としたはずのベアトリスがいた。

 しかも何故か二人に増えている。

 片方は、ルシアンが知り、そして殺そうとした方のベアトリス。

 もう片方は、女神が言うにはルシアンに従順なベアトリスらしい。


「なんだ。まさか、伝承に出てくる木こりに金の斧を授けたという湖の女神か」

「どちらだ」

「…………そっちの従順なベアトリスです」

「ならば、こちらの娘だけを返そう」


 ルシアンは少し悩み、従順な方のベアトリスを選んだ。

 女神は片方のベアトリスを舟に乗せ、もう片方のベアトリスを連れて姿を消した。


 呆然と残されたベアトリスを眺める。

 ルシアンも彼女の容姿は嫌いではない。

 それどころか、外見だけなら好みだった。

 ベアトリスとの一番の問題は、どうしても合わない性格だった。

 それが取り除かれたのなら、むしろ婚約も望むところである。

 ルシアンは女神から受け取ったベアトリスを連れ帰ると、すぐに式を挙げた。






 それまでと打って変わって、二人は仲睦まじい男女の関係になった。


 ベアトリスはいつも柔和な笑みを浮かべている。

 ルシアンの一歩後ろに立ち、彼の顔を立てる。

 彼のする全てを笑顔で肯定する。

 二人の間には誰も入り込めず、ルシアンが王位を継いだ後はそれまで以上に公爵家が王家を支援するようになり、国家も盤石となった。


 しかし、流行り病で先代国王と公爵が亡くなると風向きが変わった。

 王を諫められる者が誰もいなくなり、国政が悪化したのだ。

 ルシアンと彼の太鼓持ちと化した側近が贅沢をするために重税を課し、民は飢えた。軍事費を削られたせいで兵も減り、治安は悪くなる一方。優秀な職人や商人は次々に他国へ逃げて行った。

 その間も、ベアトリスはルシアンを褒め、笑顔で肯定し続けていた。



 更に五年後、内乱が起こり、ルシアンとベアトリスは反乱軍に捕らえられた。

 毒矢を受けてベッドに横になるルシアンは、いつまでも変わらぬ美貌を持つベアトリスの手を握って思い返す。


 どうしてこうなってしまったのか。

 何が悪かったのか。

 全ては自分が愚かだったからだ。

 自分が王子の頃から、国王に相応しい男になるための努力を怠ってきたからだ。


 もしまだ子供だった頃、ベアトリスの言葉通りに努力していたら、王族に相応しい人間性を身に着けていたら、こうはならなかっただろう。

 思えば、ベアトリスはいつも自分を応援してくれていた。他の貴族子女にキツく当たるのも、嫉妬ではなく、自分にとってよくない者を遠ざけていただけなのかもしれない。


「ベアトリス、私はどうしたらいい。どうしたら挽回できる……」


 握る手に力を込めて問うが、ベアトリスはいつも通りに微笑むだけだ。

 彼女はルシアンの全てを肯定する。

 どんな愚かな政策を取ろうとも。

 これから毒で死ぬだけだとしても。

 それは、王のご機嫌を取るだけのメイドや奴隷よりも空虚な関係だった。

 人形のような彼女に虚しさを覚えると、ふと昔のベアトリスが懐かしくなった。


「ベアトリス……いま、無性に……あの頃の君に、逢いたいよ……どうか愚かな私を、また叱ってくれ……」


 そして、つい今のベアトリスを否定する言葉を漏らしてしまう。

 それまで一度としてルシアンの前で笑みを絶やさなかったベアトリスが、地獄の悪魔を思わせる憤怒の形相へと変わる。

 ルシアンは恐怖に身を縮めるが、ベアトリスは何をするでもなく、そのまま空気に溶けるようにして消えてしまった。


「ああ、そうか……そうだった……君は、私が望んだ偽物だったな……」


 ルシアンはいつの間にか忘れていたことを思い出した。

 罪悪感から目を逸らしていたのだ。

 しかしもう、古い記憶に流す涙は残っていなかった。


 ルシアンは毒で苦しみながらもベアトリスの影を探していたが、彼女と再会する日は来ないまま、断頭台の露と消えた。

 そして、反乱軍もベアトリスを逃亡者として探し続けたが、どこかへと消えた彼女が見つかることはなかったという。











「懐かしいな。二度私に会える者は少ない。息災だったか?」

「はい、あの時、女神様にお救いいただいたおかげです」


 五十年後、一人の老婆が湖を訪れていた。

 湖から動けない女神は、老婆にどんな人生を歩んできたのか話をせがんだ。



 ルシアンが湖を去った後、ベアトリスは貴族の家と名を捨て冒険者となった。それまで婚約者ということでずっと気にかけてきたが、今回ばかりはさすがに愛想が尽きたのだ。

 山を登り、船で大海原を駆ける。まだ誰も踏んだことない土地へと行き、新たな大地を切り開く。公爵令嬢だった頃には得られなかった自由を満喫し、ひとしきりやりたい事をやって満足した後は、旅先で知り合った行商の男と結婚してこどもを授かった。

 そのこどもも今では自分の店を持てるほど成功して、民主主義国家として再生を遂げた故郷に帰ってきたのだった。



「女神様、どうしてあの時、あなたは王子に偽物を渡したのですか」


 自分のしてきた冒険の話を終えてから、ベアトリスはずっと心の隅に抱えていた疑問を女神へぶつけてみた。


 それは伝承との違い。


 昔、湖の女神は、湖に斧を落とした木こりに問うた。

『お前が落としたのはこの金の斧か、それともこの鉄の斧か』

 木こりは自分が落としたのは鉄の斧だと答えると、女神はその正直さに感心して金の斧を与えたという。

 しかし、その話を聞いて欲に目がくらんだ別の男がわざと斧を落として、『金の斧を落とした。金の斧を返してくれ』とウソを言った時には、何も与えなかったはずだ。



「私は正直な男が好きなのだよ」

「えっと、それはどういう」

「木こりは、金の斧ではなく金を望んでいた。金の斧を貰ったところで、すぐに売って金に換えるつもりだった。だから、私の質問なんて無視して、金を落としたと言っていれば金など幾らでも渡してやったのだ」


 ルシアンがベアトリスを湖へ突き落したあの時――自分がしでかしたことの“真実”を答えても、自分が望む“真実”を答えていても、“本当に真実”であれば女神にとってはどちらでもよかったということだ。


「それに私が与えられる祝福は、絶対の幸福を約束するような大きな物ではないしな」


 女神は顎に手を当て、どうでもよさそうに言う。


「なんというか……あなたは自分勝手に振る舞うだけなのですね」

「そんなものだよ、神様なんて。だが……」


 女神はベアトリスを見て楽しそうに笑った。


「正直に破滅する者より、自らの手で黄金を掴んだ者もまた小気味よい」

「?」

「覚えていないか。あの時、お主にも問うただろう」


 ベアトリスは当時のことを思い出す。

 湖に落とされた後、女神から似たような質問をされている。



『お前が落とした運命はどちらだ。王子と結婚し、この国を支配する王妃となる人生か。それとも、愚かな王子に反逆し、新たな国を興す王となる人生か』


 ベアトリスはどちらも選ばなかった。

 ただ、拾った命と貴族として自分を縛り続けたしがらみを捨てられる機会に感謝し、そのまま己の身一つで旅に出た。


「この湖に何も望まず、捨てるだけの人間は珍しい。また遊びに来い、歓迎しよう」


 女神は振り返り湖の中へ溶けていった。

 その背を見ながら考える。

 あの時どちらかを選んでいれば、王妃か王になる未来もあったのかと。

 しかし、全ての未来がわかっていたとしても答えは変わらなかっただろう。


 これ以上ないほど今の人生に満足している。

 旦那に息子夫婦、孫が家で自分の帰りを待っている。

 湖の女神様と会って来ただなんて土産話をしてやるのを考えるだけで、今から楽しみで仕方ないのだから。


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