愛していた
『愛していた』
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「明日になれば、全てが終ってしまう。私はようやく、社会人になっているから。また逢えないから、今日が二人の最後だね」
「そうだね。君は、きっともっといい男と結婚できる。自慢させてくれてありがとう。お陰で、完全に大切に思えてくるよ」
「君は強いね」
「そうか?」
「私はもうこんなに辛いのに」
「俺はきっと、忘れられない。だから、この想い出の公園に着たんだろう。卒業式を行くのは止めよう。俺は必ず売れてプロのミュージシャンになるから。もし売れたら結婚しよう」
「期待していなから」
春の夜空はどこか寒々しい。桜が咲いている。高二で付き合い始めた。ずっとこんなに愛情が出てくるなんて思えなかった。アマチュアバンドでLIVEにも観に行った事もある。
とても格好良かった。綺麗な化粧をして、デス声で叫ぶバンドだった。地元では実力絶大のバンドだった。
いつも前列のチケットをくれた。私がファンクラブ会員番号1番にしてくれた。それは後から知った。とにかく、デートはライブ後のホテルか、ただルームシェアをしている人とも呑みに行く。ファンみたいな人と一緒に行く。女芸人を目指している男みたいな女であった。
「たまに、私、男か女か迷っちゃう」
そんな事を言ったらしい。私は笑いながら、酔っ払っている。いつも、こんな思い出が蘇る。こんな事もあった。
初めの頃と高三になった時の音源を聴かせてくれた。すごく洗練されたのが分かる。それで、レコード会社にデモテープを送ったらしい。返事は一件だけ来た。だから、売れなくてもプロにはなれる。私はついて行きたかった。でも、私はここを選んだ。
ずっと、ファンのままでいた方が「別れず」に済むから。
そして、高校には行かず、見送りを新幹線からした。
「30になったら、必ずプロポーズをしに行くよ」
「その前にお互い連れが出来そうだね」
「振ってまでプロポーズを二度繰り返すから」
「君が結婚してから結婚するよ」
「元気でな」
私は泣きたい。でも、今は笑って見送った。もう二度と逢えない気がした。
会社員になった。すぐに人気バンドになった。彼氏とは家族以外に誰も言っていない。今は恋人じゃないけど。
8才上の上司だった。結構格好はいいし、独身同士だから丁度いいかなと思っていた。だけど、彼氏にならない事を確かめてから、恋人同士みたいな付き合いがする。
私は心を預けた。もう彼氏とは逢える事はない。いずれは結婚して主婦になろうと思った。
そして、彼氏とも一周年を迎えた。何か知らないけど、イベント事に弱い。もっと、好きな人は現れそうもない。彼氏の情報は昔の友人から聞いている。私はテレビは観ない。地元のライブハウスで逢えるからいい。彼氏でもなくなっても、やっぱり私は「彼氏」と呼んでしまうし、そう思っている。
ずっと会報を見ている。彼氏は相変わらず格好いい。私の事を忘れたかな。そう思っている。
彼氏の楽屋に行く気がしない。もう既に彼氏も新しい彼女とのデートが報道されていた。
私にとっては何時までも「彼氏」だ。そう思っている。
会社員としての能力は低い方だろう。早く結婚をしたいなと思っていた。付き合って一年半が過ぎると、彼氏が結婚する事になった。できちゃった婚みたいだ。会報で知った。
私は決して約束は裏切らない。私は30まで待とうと思った。きっと叶うはずだから、心配はしていない。
「結婚して欲しい」
男からのプロポーズがあった。私は人妻になった。会社を辞めて、結婚生活が始まった。公団に住み、二人きりで祝杯をあげたりした。私と違って仕事ができる人だった。
そして、夫は淋しさを解消してくれた。ベストではないけど、でも二番目ぐらいの愛情を持った。主婦らしい主婦になれたと思う。きっと、彼氏も満足しているだろう。私はどんどん約束が続くのか分からなくなった。本当に迎えに来てくれるとは思えない。
私は25才になった。家事は何とかこなせる。一緒にいられるのが嬉しくなった。
運命は無情にも30に向けて動いている。そして、複数の人生が交差しようとしている。私はもう断ろうとさえ思うようになった。夫が恋しくなった。
どうしたらいいか考えている。でも、この夫ならまた恋はできるだろう。束縛はしない人だ。きっと離婚にも応じてくれるだろう。
そして、毎年チケットを貰ってLIVEに行く。そして、一年が経ち、一年が経った。携帯の電話が鳴った。それは夫との関係が崩れ去ってしまった。忘れてなかったんだあの約束は。
そして、久しぶりに飲み屋で落ち合った。彼氏は離婚したらしい。人気バンドだから目立たぬように帽子を被っていた。そこで、結婚していて、楽しかった事をお互い話し合った。夢のような出来事だった。一番好きな人と再会できるなんて。
30になり、夫とも協議離婚をした。本音を話したらすぐに離婚届を出してくれた。
「愛していたんだよ」
「12年間もいれて良かった。俺は新しい結婚相手を探すから、気にする事なく、別れよう」
泣いて最後の夜を抱きしめあった。もしかしたら、「あの夜」を越えたのかもしれない。四人ともバツイチになった。でも、夜を過ぎて、私は彼氏の元へ行くために、上京した。
また恋人になれた。結婚は分からない。
「ずっと待っていたんだよ」
二度目のプロポーズをしてくれるはず。それが再度の言葉になった。そして、東京でプロポーズをしてくれるらしい。グリーン車に乗った。私はただ一緒に出逢えて幸せだった。結婚なんかよりも、ずっと恋人のままでもいいと内心思っていた。
そして、上京して区役所に直行した。もう二度と離れないように、期待を込めて、二人で寄りそっていた。