金曜異世界:湖の町の物語5
湖へライを突き落としたのはアンだったのでしょうか?
ともかく小屋を無事に出ることはできたようです。
文字数が多くなってしまいましたが、今回で湖の街の物語は最終回です。
ビクッとして、アンの動きが止まります。地面を見たまま動きません。ミラは覗き込むようにうつむいたアンの顔を見つめます。
「ごめん、なさい」
謝るアンにライは驚きを隠せません。
「え、どうして?」
「……私、悩みがあるんだけど、悩みを解決してほしくないの。あなたが声をかけたとき、直感したわ。”悩みの旅人”だって。私の番だって思った。でも解決してほしくないから逃げたの」
「どうして悩みを解決したくないの?」
「……悩んでいるままのほうがいいの。だって私が幸せになったら、みんな私のこと見てくれなくなっちゃう」
それをきいたミラは大きく首を振りながらアンを全肯定します。
「ああ、わかるわぁ。私もそんな時期あった! わかるわぁ」
まるでスナックのママです。だけど女同士の会話に男のライが水を指します。
「え、でもアンは元気いっぱいの女の子じゃ」
二人の冷たい視線が向けられます。
「……それは2週間前までの私の話よ。今は不幸に苦悩する女なの!」
「そうそう。女っていうのは、変わるものよ」
「そ、そうですか……」
力なくライが同意します。
「でもね、抜け出さなきゃ。その先に、想像もしない幸せがきっとあるよ! アンちゃんなら大丈夫よ!」
力強く力説するミラに、自分も何か言ったほうがいいと思ったライが続けます。
「うん、ともかく不幸なほうがいいなんてことないよ。 悩みを言って……!」
できるだけライは明るく励ましたつもりでしたが、やはりちょっと冷たい視線を向けられます。失言とは消えないもののようです。
だけど二人の真剣な表情に気圧されたのか、アンはしばらく悩んだあと、小屋から離れて丘の上の方を指さします。
「ついてきて。この丘の上から夕日を見ながらなら話せそう」
赤い髪が夕日に照らされて、燃えるように赤く染まっています。二人が黙ってついていきます。ライは、念の為に、小屋に転がっていた杖くらいの棒をもって外に出ます。まだ少年ギャング団がいるかもしれません。
「……絶対に誰にも言わないでね」
「うん!」
「わかったわ」
二人の同意がありますが、アンは話し出せません。三人は丘の上へと歩いていきます。赤い光が三人を照らします。アンが深呼吸をゆっくりして顔を上げます。まだ少し迷いがあるようです。
「でも、二人ともあまり驚かないでね」
「もちろん」
優しく答えるミラに対して、ライは口の端を上げて笑顔だけを向けます。口は災いの元と学んだようです。
「私ね、ずっと笑顔で気丈に振る舞っていたけど、実は、人間じゃないの。数年前まで時計だったの」
「え!」
「ええ!?」
アンの言葉に二人は驚いてしまいます。あわてて口をふさぎますが、手遅れです。伏し目がちに笑ったアンの口元が次の言葉を紡ぎます。
「真っ赤な振り子時計よ。この静かな街で売れるわけ無いわ……。麓の時計屋さんで売られてたんだけど、売れ残っちゃって。時計屋のおじさまは大事にメンテナンスしてくれたんだけど。店の隅っこでずっっと売れるのを待ってたけど、売れなくて……」
ずっと誰かに話したかったのでしょう。一気に話し出します。
「それで、気がついたら人間になってて、湖を眺めてたの。最初は人間になれたことが嬉しくて、はしゃいでいたけど、三年くらいしたら急にさみしくなって。優しくしてくれた時計屋さんに戻ろうかなって、最近良く通ってたんだけど……、どう切り出せばいいのか、それに人間になっちゃった私には、あの店に居場所はないし」
「それで、悩んでたのね」
わかるわかるわぁ、とやはりスナックのママみたいにミラが同意します。
そのとき、どこからか石が投げられてきました。少年ギャング団がいます。
「どうやって小屋を出た? しかもまた女を増やして。これだから旅人ってのは気に入らないんだ!」
なんとレベルが低いのでしょう。だけどほとんどの男の子とはこういうものです。
「いくぜ! 野郎ども!」
一人のリーダーと二人の子分が木の棒を振り上げて向かってきます。
「ちょ、ちょっとまって!」
ライは持ってきて来ていた木の棒で応戦します。
ガッ、ガガッ!
ゲームで見た動きを真似して木の棒で少年たちの攻撃を防ぎます。なんだか体が自然に動きます。転生の効果でしょうか?
ライは体が大きくなっていましたので、多少は強くなっているはずですが、ケンカなんてしたことがありません。
強くなっているとっても木の棒で何度も殴られます。だけど、自分が倒れたらあとは女の子二人しかいません。倒れるわけにはいかないと、痛みを必死に我慢します。
なんとか反撃して、木の棒で殴り返しますが、あまり力が入りません。
それでも反撃を懸命にしていると、にらみ合いになります。息があがっています。
「やめなさーい! なんであなたたち、旅人を攻撃するの?」
ミラが大声で割って入ります。一番年長なので止められると思ったのでしょう。しかしそれは間違いでした。
「食堂のバイトには関係ねーよ! ブース!」
「失礼ね! 私のお陰で売上がアップしたのよ!! 看板娘よ!」
アンが思い切り男の子を蹴り上げて転がせます。まるで拳法の使い手です。
「いってええっ!」
ライとアンが並んで少年ギャングたちと向き合います。
「みんなやめて! 一旦止まって!」
アンが叫んで手のひらをパンッと勢いよく合わせます。
すると不思議なことに、皆が止まりました。
時計であったアンの特殊能力です。少しの間だけ、周りの時間を止めることができます。
その間に少年たちとライやアンをゴロゴロと転がせて移動させます。
十分に距離を取ってから、時間を動き出させます。
パンッ!
手のひらを再び合わせると、皆が動き出しました。しかし、地面に転がっている自分に驚いて誰も動けません。
「え」
「え?」
「うん?」
転がっている少年たちの前に仁王立ちして、アンが大声を出します。
「君たち! これにこりたらもう二度と悪さはしないこと!」
少年たちは恐ろしい出来事に頭が混乱し、一目散に逃げ出していきました。
「お、おぼえてろ〜!」
少年たちが逃げていく姿を見下ろしながら、三人は肩を撫で下ろします。
「いったい、何が起こったの?」
ゆっくり立ち上がりながら、ミラがたずねます。
「私、時間を止められるの。止めてる間に皆を移動させたのよ」
「へええ。さすが元時計! さすが異世界だ!」
腕を回してライが感動します。
「都市に行けばいろんな魔法があるって聞いたことあるけど……。まあ何にせよ、一件落着ね。ありがとう、アン!」
「うん、よかった」
「すごい能力だね。どうしてこんな能力があるのに、悩んでないと価値がないなんて言ったの?」
何気ない言葉を発したライに、キッと鋭い視線が向けられます。
「能力なんて全く意味ないわ。それに悩みこそ生命の本質よ? 悩みのない生き物なんてただの肉の塊よ。私は何年もかかったけどようやく自覚したわ。そんな事もわからないであなた人間やっているの?」
「……そこまで言わなくても」
半泣きになってライが見つめ返しますが、本人はどこ吹く風です。
「アンちゃんすごい! 人生ってのは悩みを乗り越えてこそよ! あなたならきっと乗り越えられるわ! 頑張って、アンちゃん!」
なぜか目を輝かせて赤画の少女に詰め寄る。
「ああ、私、ミラさんに話せて良かったわ! うん、私、頑張ってみる! 時計屋のオジサマに告白するわ。そして結婚するの!」
二人の表情が凍りつき、間が、開きます。
「え」
「ええ!?」
二人が目をまんまるにして驚きます。だけどアンは二人の様子など気にもしない続けます。
「だって、時計屋にいたいんだけど、人間になってしまって、ちょうど女になったし、もう結婚するしかないわ。だめなの? あなたはまた私を否定するの?」
気の弱そうなライに向かって詰め寄ります。
「否定はしないけど。え、ちょっとまって……。いや、だめじゃないはずだけど」
悩みを解決してあげたいライですが、しどろもどろになっています。時計から人間になった女性の恋愛感情をすぐに理解できるには経験が浅すぎるようです。
「うーん、でもあなた見た目は十五歳くらいよ? 時計屋さんは年齢不詳だけど四十歳は超えているような…」
ミラが冷静に指摘します。
「人間ってそんなことを問題にしているの? 私に優しくしてくれたのは時計屋さんだけよ。まあいいわ、はい」
そういうと、アンちゃんの顔が一気に大人びた顔になりました。
「これでどう? それに、時計として生きていた時間はもう三十年以上よ。アラサーよ。顔変えてみたけど、人間の三十歳ってこれくらいでしょ? それに、恋に年齢はもちろん、種族は関係ないわよね?」
女は強し。アンが堂々と言い返します。
「確かにそうだけど、時計って、種族なの……? まあこの世界ならありなのかな? ライはどう思う?」
首を右側に傾けて、左上の空を見ながらアンが話をライにふります。
「僕は、えっと、いいと思う! そういう恋愛もありだと思う! うん、お似合いだよ! それに、時計屋さん、可愛い子って言ってたよ」
初めて、ライの言葉にアンが笑顔を見せます。まるで生まれたばかりの幼子のような笑顔です。
「え、ホント?」
「うん! 思い切って告白してみなよ!」
「告白、いけるかな?」
「うん! 年齢も種族も関係ないよ! だってここは異世界だから!」
悩みを解決したい一心で、ライは勢いよく発言しました。だけど場は凍りつきます。
しばらくして、アンが吹き出します。
「ぷっ。……何それ。ふふふ、おもしろい」
思いの外、アンは明るく笑いました。夕日に照らされた笑顔はとても神秘的で、見とれてしまいそうでした。その後、丘を登りきった三人は、大きな湖の向こうに沈みゆく美しい夕日を見ることができました。
「わあ」
「きれい」
「ありがとう、二人とも! 悩みを聞いてくれて。お似合いって言ってくれて。私、告白するわ。振られても、何度も何度も告白するわ」
くるりと回った姿は夕日に照らされてとてもきれいで、まるで赤い花の妖精がダンスをしているようでした。ライは心の底から感動し、人を励ますのはとても心地よいものだと知りました。
**
三人は沈んだ陽の光の残りが彩る空の余韻に浸りながら、どこか清々しい気分で丘を下っていきます。ライは薄暗くなった湖の奥に、鯉のぼりを見つけました。
「あー! 鯉のぼりだ!」
「え、なに?」
ミラが驚いて声を上げます。だけど見えていないようです。
「鯉のぼり?」
アンがきょとんとした顔をしています。こちらも見えていないようです。
もっとよく鯉のぼりを見ようと踏み出した瞬間、ライは勢いよく転んでしまい、ゴロゴロと何十メートルも下の湖に落ちてしまいました。
**
湖に落ちたライはいつの間にか水の中ではなく真っ暗な闇に浮いていました。周りには誰もいません。しばらくして精霊のぼんやりとした姿と、柔らかな声が聞こえてきました。
「よく、悩みを解決してくれました。ではあなたはこの本の世界で生きることを認めます。もちろん現実で生きることもできます。どちらにしますか?」
闇の中ですが、遠くで雨の音がします。ポツポツときれいな自然の音が奏でられているようです。
「鯉のぼりは、僕があの世界を離れる合図なんですね」
「ええ、そうです。起動ロゴのようなものです。ともかくあなたは現実でうまくいっていませんでしたね。もう何年も引きこもっていますね。本の中には楽しいことがいっぱいあるでしょう? ……でも、あなたには現実にもまだまだ明るい未来の可能性が大いにあります。どちらにしますか?」
現実のつらさ、本の中での楽しさを比べます。
異世界のことを思い返します。丘の上から見下ろした石造りの町並み、食堂のお姉さん、時計屋さん、赤毛の女の子、現実と比べものにならないほど、とてもよい思い出になりました。でも。
「……現実より、本の中のほうがずっと楽しかった。だけど、僕は、現実を選ぶ。そして、現実を、本の中のように楽しいものにしてみるよ」
ライには暗くてよく見えませんでしたが、精霊は確かに笑ったような気がしました。
**
ライが目を覚ますと、朝になっていました。カーテンの隙間から机に向かって一筋の光が差し込んでいました。その光の先には一冊の本とゲーム機があります。
ゲーム機の裏には鯉のぼりのロゴがあります。確かに、ライが見た鯉のぼりに似ています。
そして本。ライがそっと本を開いてみると、真ん中あたりに一本の水色のリボンが挟まれていました。そのリボンが挟まれたページには、赤毛の女性が時計屋で穏やかに働いている姿が描かれていました。
まだまだ、湖の中の物語はこの本の中で続いていくようです。
本の続きがある。そのことを心の糧にして、ライは家の外へ踏み出しました。
「いってきます」
最終回、急ぎ足になってしまいました。
少年ライのように他人を励ますだけで意外と他人の助けになることもありますので、皆さん身近な人をもっと励ましてあげましょう。
スイスの田舎町を想像して書きましたが、世界観の作り込み甘かったです。
人物もプロットもなしに、ラストすら考えずに「少年が本の中に入って」ということだけをテーマに書いていきましたのでグダグダになってしまいました。
反省しています。
ともかく感想・メッセージあると喜びます。
今後は深みのある物語が描けるように頑張ります。
今日の夜8時くらいにまた新作を投入します。それではノシ