04昔の春
ぼやける視界の中、見えるのは真っ赤に染まった自分の手の平だった。
こんな光景一体何回目だ…
息の詰まる屋敷の中で息の詰まる毎日、
気付いたら息が苦しくなって、
次に気付いたら血まみれになった自分がいる。
ぼやける視界がはっきりとしてきたと同じタイミングで徐々にズキズキとした痛みが込みあがってくる。
足の裏や手の平…
一目から隠せる部分は切り傷だらけだ。
ポタポタ…
止めることのない血は流れ続け、床には血だまりができている。
血だまりは大きくなっていくばかりだ。
痛みが強くなるほど頭は冷静になっていく気がする。
俺は一体何をしてるのだろう…
確かに俺の身体からは血が流れているが、俺は生きているのだろうか…
俺は…
俺自身は……
「お兄様、それ以上は本当に死んでしまいます。」
俺が握る短刀にそっと手を添えたのは2つ下の妹だった。
妹は短刀を優しく取り上げると、替わりに白い手ぬぐいをそっと手のひらに置いた。
白い手ぬぐいはみるみるうちに鮮血で染まっていく。
「外に人を遣わしました。此処からお逃げください。」
落ち着き払ってそう言う妹。
何を言ってるんだ…?
逃げて何になる?
俺が逃げたら、俺の次に目を向けられるのは俺の妹だ。
そんなこと出来るわけ…
「私の心配は不要です。私は此処を変えます。だって私はお兄様より強いんですもの。」
そう言う妹の表情はとても穏やかでとても無理をしているようには見えなかった。
そうだ、妹は俺の何倍も強い奴だった…。
ビービービーッ
屋上で缶コーヒー片手に一服していると、大きな警報音が鳴り響く。
もう何年も聞いた慣れた音だが、心は少しざわつく。
急で入る任務はろくなものがないからだ。
ピリリリ
スマートフォンの画面を見ると、冬葉野乃花と表示されている。
「奏斗さん、事務所にお戻りください。」
相変わらず抑揚のない冬葉の声に返事をすると、俺は缶コーヒーを飲み干した。
そして沈んでいく夕日を背に事務所へと向かうのだった。