03初任務
野乃花が加入した翌日の黄昏時、アリウム支部ではそれぞれが事務所で書類業務をこなしたり地下でトレーニングを行っていた。
ビービービーッ
そんな時、オフィス中に大きな警報音が鳴り響く。
その音を聞いた皆はすぐに手を止めた。そして即座に事務所へと集まるために動き出す。
事務所でギフテッドアニマルについての書籍を読んでいた野乃花はその場で書類作成をしていた伊吹を見る。
「…事件発生の合図だわ。」
伊吹も書類作成の手を止めると野乃花の視線に応えた。
そうしているうちにトレーニングをしていた奏斗や琉唯も足早に事務所へやってきた。
「もうそろそろ津路支部長が事件の資料を持ってここに来るはず…」
ビービービーッ
伊吹の声が本日2度目の警報音で遮られる。
「警報機の故障でしょうか?」
それとも何度かリマインドのように警報が鳴る仕組みなのだろうか。
野乃花がかしげる。
「…いや、もう1件事件が発生したんだ。」
そう静かに言う奏斗の表情は険しかった。
どうやら複数の事件が同じ時間帯に1つの支部で対応することは珍しいことらしい。
待機している4人のスマートフォンが同時に鳴る。
対応する案件の概要が送られてきたらしい。
4人とも即座に事件概要を確認していると、津路が事務所にやってきた。
「事件の概要は今送った通りだ。春野と冬葉は案件番号521を、夏目と秋山は523番を頼む。すぐに現場に急行だ。」
「「「はい‼」」」
奏斗以外の3人は元気良く返事をした。そしてすぐに外出の準備をする。
「よし、それと冬葉は出る前に専用の銃を支給するからついてきてくれ。本当は最初の任務は3人以上で行う簡単なものにしたかったんだが、今回は2件とも急を要するものだから春野と2人で頑張ってくれ。」
津路はそう言うと、冬葉を連れて事務所を出た。
「はぁあああ~…」
琉唯と伊吹が外出の準備をする横で大きなため息を吐く奏斗。
「なによ、大きなため息ついて。」
伊吹がジャケットを羽織ながら尋ねる。
「誰か俺と変わってくんね?新人の世話なんて出来るかよ。」
「はぁ?無理に決まってんだろ。そもそも個人の能力に合わせた任務なのに交代なんてできねぇよ。」
「そうよ。奏斗はこれを機に責任感持って仕事してよね。」
琉唯と伊吹はそう言い残すとすぐにその場を去ってしまった。
「くそ…」
1人取り残された部屋で奏斗が頭をかいて悪態をつく。
俺は新人も女も苦手なんだよ…何で俺が教育係に選ばれたのかマジわかんねぇ。
奏斗が地下の駐車場に着くと、少し遅れて野乃花が小走りに奏斗の元へとやってきた。
「お待たせしました。」
初めての任務だというのに落ち着き払った声で言う野乃花。
「おまえが運転しろ、新人の仕事だ。」
奏斗が素っ気なく言って助手席に座ろうとする。
しかし、野乃花は身を固めたまま動かない。
「は?不服なのかよ?」
明らかに苛つきを隠し切れない奏斗。
「いえ、まだ教習所でしか運転したことないので不安で。」
野乃花が申し訳なさそうに言う。
ハンデのせいで冷静に見えたが、やはり最初の任務や初運転に緊張しているらしい。
「チッ!今回だけ俺が運転してやる。早く車に乗れ。」
ここで押し問答をしていても仕方ないと思った奏斗は盛大に舌打ちをして運転席に乗り込んだ。
そもそも今の時代自動運転なのに何が不安なんだよ…心の中でも悪態をつき続ける奏斗。
「ありがとうございます。」
野乃花がそう言い車に乗り込むとすぐに発進した。
「おい、今回の事件の内容は理解したか?」
車内で奏斗が野乃花に尋ねる。
「はい。事件が発生したのは郊外で、田舎と呼ばれる環境下のようです。そこにある1軒の家で大きな竜巻が発生し留まっているとのこと。幸い農業地帯で周りの家からは離れているので被害はその家だけのようです。現在は警察が臨場していますが、対応できずに避難のみを実施とのこと。」
「そうだな。おそらくこれはギフテッドアニマルの仕業だ。何の動物かわかるか?」
「おそらく嵐狐かと。」
「勉強はしてるみたいだな。嵐狐は3つの尾を持った生物で、風を操ることができる。個体によるが、竜巻や台風を起こす可能性がある。」
「嵐狐の性格は基本的に大人しく、森で静かに暮らしてるとのこと。何故民家にいるのでしょか?」
「さぁな。間違って山を降りてきたのか、それともギフテッドアニマルを捕獲して悪事に利用しようとしたのか…。」
「…。」
奏斗の言葉を聞いた野乃花は口を噤んだ。その表情には影を感じる。
それを横目で見る奏斗。
何で急に黙り込んだんだ?だから女は苦手なんだよ。
「…で、ギフテッドアニマルの対処はどうするかわかるか?」
「基本は保護です。でも、人に多大な被害を与える場合や捕獲が難しい場合は…」
野乃花は続きを言わずに口を噤んだ。
安全な捕獲が出来ない場合は殺処分としなくてはいけない決まりだ。野乃花はそのことで心を痛めているらしい。
2人が話しているうちに車はビル街を抜け気付けば稲が広がるあぜ道へと入っていた。
現場は少し先だと言うのに前方には大きな竜巻が目視できる。
「チッ、報告よりでかいな。俺らが移動している間に発生する風が強くなったのか。」
奏斗はハンドルを強く握ると車のスピードを速めた。
現場に到着すると規制線が貼られ、外側に多くの人が集まっている。
細いが威力の強い竜巻は1軒の家に留まっており、周りの物を舞い散らせていた。家は半壊状態で崩れるのも時間の問題だ。
2人が車を降りると、強い風が身体を打ち付ける。
2人はすぐにその場にいた警察の元へと向かった。
「通報を受けてやってきた。」
警察にGSTの手帳を見せる奏斗。野乃花も慌てて手帳を定時する。
思ったよりも若い2人が来たことに驚きを隠せない警察官たち。しかし、奏斗はこんな反応には慣れっこだ。アリウム支部は若い人員しかいないのでいつもこのような態度を取られる。
「で、状況は?」
自分よりはるかに年上であろう警察官にもいつもの態度で接する奏斗。
「え、あ…状況は30分前に強い風がこの家から発生。徐々に風は強まって今は竜巻になってしまっている。家の中には母親と幼い娘がいたんだが…」
「離してっ!かなちゃん!かなちゃんが…‼」
1人の女性が泣き叫び警察官の声を遮る。
周りに制止されているその女性は体中に切り傷を負っており髪も乱れていた。どうやらこの家の住人でかなちゃんの母親らしい。
「まだ女の子が家の中にいる。安否は不明だ。我々も中に入ろうとしたんだが、あまりにも風が強く…」
警察官を悔しそうに唇を噛んだ。
そんな様子を見ていた野乃花は母親の元へ駆け寄る。
「お母様、今からかなちゃんを助けに行きます。どの部屋にいるかわかりますか?」
野乃花は無表情であるものの、そっと母親に手を添えて寄り添おうとする。
こういった行動が苦手な奏斗は黙ってその様子を見ていた。
「ううっ…か、かなちゃんはっ……」
「はい、必ず助けます。安心してください。」
「かなちゃんはっ…玄関入ってすぐのリビング横にある子ども部屋にいるわ…あの子をっ、あの子を助けて!」
母親は振り絞るようにしてそう言った。
野乃花は力強く頷くと、すぐに身を翻して奏斗の元へと向かう。
「かなちゃんの場所はわかりました。」
「…簡単に助けるとか言うな。」
奏斗が野乃花を睨みつける。
「何故ですか!?」
母親を安心させて何が悪いと言うのだろうか。
「もしすでにガキが息絶えてたらどうすんだ?ぬか喜びさせるな。」
「でもっ…」
野乃花は反論しようとするが奏斗に遮られる。
「お前はここで待ってろ。俺が一人で行く。」
奏斗はそう言うと着ていたスーツのジャケットを野乃花に投げた。そして、規制線を越えて大きな風が渦巻く家へと歩いて行く。
「え!?私も行きます‼」
留守番を命じられた野乃花もすぐに奏斗の後を追うが、奏斗は野乃花を相手にしない。
「新人が行ってどうなるんだよ。それに今回の案件は想定よりも強いギフテッドアニマルだ、俺はお前のフォローまで出来ねぇ。」
「じ、自分の身は自分で守ります!それに2人で行ったら嵐狐を殺さなくて済むかもしれません!」
必死に奏斗に食らいつく野乃花。
基本保護路線の動物だが、今回は人命に関わる急を要する案件なので奏斗が殺処分をする方針に決めたことに気付いたらしい。
「それにっ、私は一度嵐狐と会ったこともありますしお役に立てるかと…‼」
無視する奏斗に食い下がる野乃花。無表情ではあるが目には強い意志があり頑なだ。
「…勝手にしろ。」
奏斗はまたため息を吐いた。
これ以上時間を無駄に出来ない。
ゴォオオッ
家の玄関を開けると強い風が2人を打ち付ける。
ガコンッ
風の衝撃でドアが外れ飛んで行ってしまう。
まだ風の発生源から離れているというのに立っているので精一杯だ。
奏斗は玄関に置いてあった傘を支えにすることを思いつき、野乃花に傘を手渡そうとする。
「おい、これをって…何してんだ!?」
風に煽られる中で野乃花は一息つき一旦目を閉じると、次の瞬間2人の周囲だけ風が止まった。
野乃花が異能を使ったのだ。
自分たちの周囲だけ時間を逆行させ、風が起こる前の空間に戻したのだ。
初めて野乃花の異能を見た奏斗は目を見張る。まさか時間逆行の能力でこんなことまで出来るとは…。
「…おいっ!?」
野乃花を見ていた奏斗が驚きの声を出す。
野乃花の鼻からは少し血が垂れてきていたのだ。
「ごほっ…大丈夫です。行きましょう。」
野乃花は口の中に血の味を感じつつも出来るだけ平常を装い血を拭った。
野乃花のハンデは無表情だけではなく、大きすぎる能力を使うと吐血をしてしまうというものまであるのだ。内臓の損傷まではないが、体力を奪い多少のダメージはあるのでこの状態で長い時間異能を使い続けることはできない。
「ったく…」
奏斗はそう言うと、野乃花の隣を歩き始めた。
リビングに入るとすぐに”かなのへや”と書いてある札のかかったドアを見つける。
2人は目を合わせると、そのドアを開いた。
ゴゴゴォォォツッ‼
先程よりも遥かに強い風が2人を打ち付ける。
ガシャァアアンッ
「壁にしがみつけ!」
あまりの風の強さに野乃花の能力が解除されてしまったのだ。
2人は壁にしがみつくことで精一杯だ。
強い風の中何とか目を開き部屋の中を確認すると、そこには小さな狐と隣に女の子が気絶しているのが見えた。狐と女の子の倒れている場所は竜巻の中心となっており風の影響はないらしい。
予想通りその狐は3つのしっぽを持っており嵐狐で間違いないようだ。まだ幼い嵐狐は酷く興奮した様子で、毛を逆立ててこちらを睨みつけている。前足を怪我しており、それが暴走のきっかけとなったのだろう。
嵐狐の隣で倒れている女の子は気絶してるものの命に別条はないように見える。
「今は狐の隣にいるからガキは無事だが、一刻の猶予もねぇ。俺が嵐狐の相手をすっから、お前はガキを保護しろ。」
奏斗はそう言うと、バチバチと電気を放電しはじめた。
「待ってください!嵐狐を殺すんですか!?」
「仕方ねぇだろ。ここまでの状況でガキを守りながらの保護は無理だ!この風じゃ麻酔銃も届かねぇ!」
ガッ
「20秒ください‼20秒しても嵐狐も子どもも保護出来なければ奏斗さんの言う通りに動きます‼」
「おいっ…‼」
野乃花は勝手にそう言って勝手に動き出した。一歩足を踏み出すと同時に野乃花は強い異能を放出する。
「ガハッ…」
ボトボトッ…
大きな力を瞬間的に出したために激しく吐血する野乃花。しかし、その犠牲のおかげで瞬時に部屋内の中心部の竜巻がパタリと止んだ。
「キュッ…!?」
自身の出していた風がなくなり驚きの声を出す嵐狐。
しかし、異能が出せなくても小さな身体で毛を逆立て近づいて来る野乃花に威嚇をする。その身体は震えており、酷く怯えているように見える。
野乃花はチラリと嵐狐の隣に倒れている子どもを見る。子どもは先程と変わらず気絶しており、嵐狐も子どもに気概を加えようとする様子はない。
ダッ
野乃花は素早く走ると、優しく嵐狐を抱き上げた。
「ギュッ!?ガブッ‼」
嵐狐は抵抗しようと野乃花の腕を強く噛む。しかし、野乃花の腕は血が出たのも一瞬ですぐに怪我のない綺麗な状態に戻る。
「大丈夫。もう大丈夫よ…。」
野乃花はそう言って嵐狐の頭を撫でると、嵐狐はみるみるうちにうとうととし始め目を閉じ眠ってしまった。野乃花が嵐狐を眠っていた時間に戻したのだ。それと同時に嵐狐の前足の怪我も治癒する。眠っていた時間には怪我をしていなかったためらしい。
嵐狐が眠ったので激しさを増していた竜巻はパタリと止み静寂が訪れていた。
「保護完了ですっ…ごほっ」
野乃花は血を吐きながらも奏斗に言う。
その時間はものの15秒、野乃花は宣言通り人命を守りつつ嵐狐を保護したのだ。
「マジかよ…」
奏斗は一瞬呆気に取られたものの、すぐに野乃花の元に行くと倒れた子どもを抱き上げる。
メキメキメキッ…
「もう家は崩壊する。出るぞ。」
奏斗がそう言うと野乃花も頷き、二人は崩壊し始める家を後にしたのだ。
ガラガラガラ…ガシャァアアンッ
奏斗と野乃花が家を出ると同時に家が崩れ落ち、砂埃が立ち込める。
奏斗達の姿を見た周囲の人々は大きな歓声を出す。
「かなちゃんっ…‼」
母親がすぐに奏斗達の元に駆けつける。
奏斗は気絶している子どもを地面に寝かすと、一歩引き母親との再会を見守る。
隣にいる野乃花をチラリと見ると安心したような空気を醸し出している。無表情ではあるが喜んでいるらしい。
コイツは一体何者だ…?
俺でも保護できないと判断したギフテッドアニマルを保護しただと?
それにあまりにも異能を使うことに慣れすぎている。GSTに入ったばかりの新人なのに…。
そもそも普通は見ることもないギフテッドアニマルの扱い経験があるってどういうことだ…?
多くの疑問が奏斗の中に渦巻く。
しかし、それは子どもの泣き声で遮られた。
「うわぁああんっ‼」
気絶していた子どもが目を覚ましたらしく、腕の痛みを訴えているらしい。
「かなちゃんっ、大丈夫!?」
母親が言う。
「…竜巻の衝撃で