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第五話 獄卒は女子高生と同居する

 箸が止まらないほど食事に夢中で忘れていたが、迂闊にも目の前で口を滑らせてしまったというのに何も起こらない。

 事あるごとに何かしらの反応が返ってきたのに、急にピタリと止まるのはあまりにも不自然だ。


 琥影は対面に座る料理人の様子を伺うために視線を上げた。


 ソイツはリスのように頬をパンパンに膨らませて美味しそうに食事をしていた。よくよく思い返してみると、合掌し『いただきま~す』と声高らかに宣言していた。


 そこで気づくべきだった……コイツなら普通にやりかねないと、黄泉戸喫(よもつへぐい)を口にするだろうと。生者が料理しようが食材はこの世界のものだ。一口でも口にしてしまうと、現世に戻れなくなる。


 二人前の朝食を配膳したヤツが何を今さらとツッコミたくなる案件だ。


 ある意味似た者同士であった……。


 常人なら晴れて亡者の仲間入りだが深陽ならまだ現世に戻れる可能性がある。


 琥影は食べる手を止め箸を置いた。


「ちょっと話がある」


「……もぐもぐ……ごくん……もぐもぐ」


「その手を止めるっつうの! 結構大事な話なんだぞ、おまえの今後についてだ!」


「……ごくん。それってご飯が冷めるよりも大事なことなの?」


「飯よりも大事だが、だが……もう手遅れだから食べ終わってから話すわ」


「うん、わかった」


 ヤモリの件を思い出した琥影はグッと言葉を飲み込み食事を再開した。




 食事を終えた二人は温かいお茶を飲みながらほっとひと息ついていた。


「はあ~食後のお茶ってなんでこんなに美味しいんだろうな」


「わかる~。でも、琥影君なんかオジサンっぽくてウケるんだけど♪」


「実際オッサン通り越してジイサンだからな。身体は生前のまま十五歳で止まっているけど精神は老いる。つうか、普通に学ラン着て缶ビール開けてたらヤバいだろ」


「ふ~ん、ということは琥影君は後輩ってことか!」


「何がどうなってそうなる?」


「私は十六歳であなたは十五歳!」


 深陽はえへんと胸を張ってそう告げた。その動作に追従してポヨンと自我を持ったように揺れた。


 精神は何百歳のジイサンだが体は思春期真っ盛りな十五歳の西蔵琥影。今は体よりも精神が上回っているため問題ないが、この状況が長く続くとその天秤が逆に傾く可能性がある。

 亡者を取り締まる獄卒が欲望のままに行動してしまったら、始末書どころか懲戒免職……下手をすれば輪廻の輪から外されてしまう。そうなれば、琥影は生まれ変わることができなくなる。黄泉の国を管理する最高責任者である閻魔大王から赦しを得られるその日まで、延々とただ働きし続けなければならなくなる。


 琥影にとって最高で最悪な相手がまさに国東深陽であった。


「のんびりしている場合じゃねぇって! おまえ何も食べるなって言っただろうがー! ヨモツヘグイだから食ったら現世に戻れないって話、俺したよな?」


「う~ん……そういえばしてたね。でも、二人で食べた方が美味しいじゃん! それに琥影君も嬉しそうに食べてたし、今それ言われてもって思うんだけど?」


 琥影は何も返す言葉が思いつかなかった。


「それよりも他になにか言いたいことがあるんじゃないかな~? ねぇほら言ってみ、琥影君?」


「……旨かった、美味しかったよ。温かい食事もだが、人に作ってもらった飯なんて数百年ぶりだったからな。だが、それだけだからな。おまえが作ったヤツだから余計にそう思ったとかじゃないからな!」


「は~い、ツンデレ乙。で、これから私は?」


「ヨモツヘグイが完全に消化されるまで、ざっと十年はかかる。大半の生者はそこまで霊力がもたずに亡者となるが、おまえの場合は霊力が段違いだから耐えれるはずだ」


「私が十年間断食すれば現世に戻れるってこと?」


「つまりはそういうことだ」


 深陽は目を閉じて人差し指で頭をトントンと叩き考え込んでいる。


 生者の十年と亡者の十年では重さが異なる。食事もせずに知らぬ場所で十年も過ごさなければならない。その苦痛は並大抵のものじゃないだろう。だが、生者として現世に戻るにはそれしか術がない。


「そっか~、わかった。これから十年よろしく!」


「軽い……だから軽いんだって、決断が!」


「考えたって意味ないじゃん。だって、これしかないんでしょ方法?」


「そうだけど、そうかもしれないけどさ。もうちょっと悩めよ、俺と十年も一緒に過ごさないといけないんだぞ!」


 分かってはいたがやはり考えている振りをしているだけだった。逆に深刻そうな表情で言われたら、それはそれで困ってしまうわけだが……。


「それはそうね……じゃまずは私の名前をちゃんと呼ぶところから始めましょ!」


「はっ? おまえは何を言っている?」


「私には深陽という親から付けてもらった大切な名前があるんですけど~? なのに、琥影君はおまえばかりで、私の名前全然呼んでくれないじゃん!」


「ぐっ……み……お……これでいいか?」


「はい、声が小さいもっとハキハキと言ってみよう!」


「ふぅ~……みお!」


「今度は連続で言ってみよう!」


「あぁ? クソ……みお、ミオ、深陽!」


「いい感じ! じゃこれから十年お世話になりま~す、琥影君。はい、握手!」


 名を呼ばれた深陽は満面の笑みで前方に向かって右手を伸ばした。


 琥影がその差し出された手を取ったところ、グッと身体ごとを引き寄せられて耳元で囁かれた。


「パンツを覗いたこともこれでチャラにしてあげる♪」


「…………」


 獄卒と女子高生による奇妙な生活の始まりであった。


 この日を境に琥影の取り巻く環境は激変するのだが、それはまた別のお話である。

最後まで読んでくれてありがとうございます。


面白いな続きが気になるなと思っていただけましたら、是非ともブックマーク、評価、いいねの方よろしくお願いします。作者の励みになります。

特に★★★★★とかついた日には作者のやる気が天元突破します。


他にも色々と書いておりますので、もしよろしければそちらも一読していただけますと幸いです。

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