第一話 我を見失うな
新卒として入社したOL時代。
上司からの圧やパワハラに怯える日々だった。仲が良かった同期や後輩は何も言わず辞めていく。次のボーナス出たら辞めよう…そう思っていたら自主退職をお願いされた。訳も分からず翌日無断欠勤したら会社からの電話が死ぬほどくる。そっちから辞めろってお願いしてきたのに?携帯電話の電源を切り、退職願を書いて会社に送った。
居酒屋でのアルバイト。
次の仕事を探すまで友人が営んでいる居酒屋でバイトとして数か月入った。…キツい。OLよりキツいかも。次々と料理を運び、ゲロを拭き、酒を浴びせられ、またゲロを拭く。友人に辞めたいと言おうと思ったが友人はこの仕事に誇りを持っている。なかなか言えなかった。日中は就活をしていたが、どうしても疲労と眠気で集中出来なかった。正直バイトと就活、どっちもしたくない。「次のとこ決まったから」と、友人に嘘を言いバイトは辞めた。
就活強化月間。
全然決まらない。自分のいいところや強みがアピール出来ない。むしろ前に勤めてた会社はなんで入れたんだろう...。3日に1回は身なりを整えて適当に調べた会社に作られた笑顔で出向く自分が嫌になってきた。知らない会社の志望動機なんて何も思いつかない。「本日の面接ですが、別の日にすることは可能でしょうか?」直前に体調が悪いと連絡を入れて近くの漫画喫茶に逃げるように入りこみ、泥のように眠った。
もうすぐ30代。疎遠になってる実家には戻りづらい。恋人もいない。再就職先も決まらない。
ファンタジーじゃないから時間は巻き戻せない。どう都合よく死ぬかだけを考えていた。
ハッ…!
フリータイムで良かった...もう6時間ぐらい寝てしまっていた。
薄いマットの上で爆睡できるほど疲れきっていたのだと思うと笑えてくる。
どうせなら時間いっぱいまでいるか…と漫画を物色していたところに、
「【亜美】じゃん!久しぶり!卒業式以来かな~」
大学の同級生で同じゼミに入っていた【理央】とばったり会った。理央は客ではなくこの漫画喫茶で正社員として働いているらしい。
「なんでスーツ?転職でもするの?」
「あ〜うん。そんな感じ」
「そうなんだ!まあゆっくりしてって!仕事探すの疲れるでしょ」
理央は早歩きでドリンクバーに向かい、亜美の目の前にコーラとコーンスープを差し出す。
「どっちがいい?」せっかくなので「…どっちも」と、両方受け取った。
「あ、そういえばオススメの漫画あるよ!…これこれ!」
「何...【転生したらゴーレムだった説】??転生モノ??理央好きだよねー」
「いや〜転生ってなんでもアリじゃん?しかもこれゴーレムっていっても顔だけゴーレムなんだよね」
「それただの変態でしょ」
理央は生粋のアニメオタク。特に【転生モノ】の話が好きらしく、よくアニメイベントやコラボカフェの同行に付き合ったが、いまいち良さが分からない。私も普通にアニメや漫画は好きだが、自ずと避けていたジャンルだ。多分さっき理央が言ってた【なんでもアリ】っていうのが、自分の理想とする二次元ではないというか…。現実世界でいうと業界未経験でもOKを売りにしてる感じというか。
「そこの突き当りの部屋、マッサージチェアがあるんだけどさっき空いたから移っていいよ!移動云々はこっちで勝手にやっておくからさ」
これ社員の特権だから早く行って~。と、理央は亜美の背中を軽く押す。
マッサージチェア付きの部屋は値段が少し高く、通常の部屋よりも倍以上に広い。
人に優しくされたのが心に染みてしまった。
‐‐‐
「今さっき大学の同級生に会ってさ、転職活動大変そうだし良い部屋に変えてあげたいんだよね。フリータイムの…名前は…部屋は…あれ?」
利用者を管理するPCを操作する理央。だがそこに亜美の名前はなかった。
受付で接客を終えた大学生のアルバイトがPCを覗く。
「同級生って女性の方ですよね?少し前に帰って、今は女性のお客さんいないですけど…」
「えぇ!?」
そんなはずないよ〜と、スペース一覧と会員照合を交互に見る。部屋に移動した瞬間は見ているが、亜美の利用が少し前に退出したことになっている。さっきまで喋っていたのは幻?それとも、
「私が疲れてんのかな…」
‐‐‐
なんかご飯頼もうかな…。だけどまた眠くなってきた…。マッサージチェアに腰をかけ、睡魔と戦いながらフードメニューを開いた瞬間、辺りが真っ暗になる。
(え!?停電?)
まあこんなこともあるか…と、電気が復旧するのを待った。この暗さだと寝ちゃ……・・・
わない!!!
「え⁉なんか椅子硬い!」
さっきまで座っていたマッサージチェアの座り心地と肌触りが全く違う。立ち上がると視界が少しずつ明るくなり、ぶわっと暖かい風が吹いた。
「………は?」
さっきまでいた漫画喫茶とは思えない青空と大草原が目の前に広がる。明らかに外…であってここは日本なの??
椅子代わりに座っていたのは何かが刻まれている石碑のようなもの。だいぶ古いのか欠けている部分が多く何が彫られているのか分からない。
まさか…疲れているあまり…
「これがあの...【異世界転生】…」
思いっきり頬を叩くと、自分でもびっくりするぐらい痛い。夢ではない…。どこかの丘の上のようで見渡してもビルも無いし電波塔もない。人生に疲れたから…そうか。本当に異世界にきてしまったのか…。
どうしよう…泣きそうになってきた。
「お〜〜〜い!!!」
遠くから声が聞こえる。
声の主はこっちに向かってきた。小柄で10歳ぐらいの女の子。
…。
異世界…のつもりでいたから勝手に西洋ファッションや動物の皮で作られた服を着て、耳が尖ってるような人を想像していたが、私が知っている現代の小学生が着そうな服装と変わらず外見も普通の人間だ。
「あ…え…」
「アタシはあなたの味方だから安心して!あなたもどこからか来たんでしょう?」
しかもちゃんと日本語喋ってる…。あ、転生モノって言葉が通じる体なのか分からないけど…。
「私は【世那】。あなたと同じでこの世界の人間じゃないわ」
「せ、世那…。ここはどこなの…?」
「ここはね、【パラレルワールドの日本の静岡らしきとこ】なの」
は?
「静岡?」
「うん、静岡。私たちが知ってる静岡とは異なる世界線にある…多分静岡県!」
こんな静岡連呼することある?
東京出身の亜美。静岡に祖父母が住んでいたため少なからず所縁はある。
だがまだ理解が追いついていない。
「とりあえず私の職場に連れてってあげる!この公園出てすぐだから。住む場所と仕事探さなきゃ!」
「私こっちの世界でも無職って設定なの!?」
手を引っ張られ気が抜けていた身体を無理矢理動かした。整備されていない林を抜けると、東京と違って大きいビルはないがまるで現代と変わらない街並みが広がっている。
目の前にはさっきまで見えなかった富士山が…。やっぱりここは静岡なんだ。パラレルワールドの…。
社会人になってからは休みが充分に取ることができず、静岡の祖父母の家に遊びに行く機会がなくなってしまったが、覚えてる景色が幾つかある。少しの懐かしさが、一瞬だけ私の考えを乱した。
現実世界の私が今どうなってるのか分からない。こっちの世界で再就職出来ればいいんだと―――。
作者は静岡出身です!連載頑張ります!