墓歩き
Bさんは、散歩を趣味としている会社員の男性だ。
しかし、最近は仕事が忙しく、なかなか散歩の時間がとれない。それで彼は、会社からの帰り、少し寄り道をして帰るようにした。
それはいいのだが、このBさん、なぜか墓地の中を歩くようになった。なんでも人がいない静かな場所を歩きたい、しかし物騒な目に遭いたくない、と色々考えた末に、霊園をぶらぶらするという考えに至ったのだという。
夜の霊園。最初は多少薄気味悪いとも思ったが、慣れると快適だった。
木々に囲まれた静かな空間。月の光が冴え冴えと差し、整然と並ぶ墓石を照らしている。独特の静寂。心地良さすら感じられる。
しかし、毎日通ううち、たまに何かしらの違和感を感じるようになった。
それは気配のようなものだった。人の気配のようなものが、なんとなく空気に混じって感じられる。
だが、無人の墓地、当然Bさんの他に誰もいない。しかし、歩いてると、確かに気配がある。誰かが自分を見ている。そんな気がする。
そういったことが、一ヶ月のうちに何度か起こるようになった。
そして、ある日。空は晴れ、満月が明るく輝く夜だった。
Bさんは、いつものように霊園の中を歩いていた。
月が明るいため、立ち並ぶ墓石は、水を流したように、てらてらと滑らかに光っている。さくさくと土を踏みながら歩いていると、どこからか視線を感じた。
まただ、と思いながらBさんは立ち止まり、顔を上げた。周囲を見回したが、やはり誰もいない。
再び歩き出す。と、また視線を感じる。今度は横の方から。そちらを見るが、墓石が静かに立っているだけ。また歩き出す。
と、これまでにない強烈な視線を感じた。刺すような視線だ。背後から。いや、後ろも前も横も、あらゆる方向から無数の視線を感じる。
思わずBさんは振り返った。
そして見た。
月光に明るく照らされた霊園。立ち並ぶ墓石から、たくさんの影が伸びている。その影が、全て人の形をしていた。
総毛立ち、Bさんは逃げるように霊園を走り抜けた。
それから霊園を散歩するのは止めたという。