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培養ポットが隣だったチビが世界最強の魔王とやらになった件

作者: 片原痛子




吾輩はネコである。

ただし、“前世は”である。我は25年を生きた偉大で立派なボスネコであったが、捕まえた鳥の骨が喉に刺さってしまったのだ。

うっかりうっかり。

そして気がつけば人間の赤子になって、窮屈な場所に押し込められていた。



「………!」ゴポゴポ


「おい!またツェーンが暴れてるぞ!鎮静薬を投与しろ!」


「たくっ、いつもいつも面倒かけさせやがって。どうせ大した能力もないだろうに、サンプルとらねーとだから処分もできねーし」



出ようと暴れると、いつも外の人間が怒って、急に眠くなって眠ってしまう。

毎日毎日そればかりで、眠ることが好きな我でも流石に退屈で、次第に眠ったふりをしながら様子を見ることにしてみた。


「……の能力値がやっぱり一番高いですね。やはり……の血がいいんでしょうね。これなら最強の人間を作る、という我々の計画も達成できそうです」


「あとはこの有能なホムンクルスたちを量産できれば……」


何やらポットの外から聞こえてくる人間たちの話を聞くに、我は最強の人間を作り出すための“ほむんくるす”で、我は人間たちに“つぇーん”と呼ばれている。

勝手に名付けられることには慣れている。人間たちはすぐ我らを“にゃんにゃん”や“しらたま”などと好き勝手に呼ぶ。だからそれは問題ない。

問題なのは、我が最強のほむんくるすとやらになることだ。


最強、なんていい響きだろう。ほむんくるすが何かは分からんが最強の人間とやらにはなってみてもいいと思う。

何、前世も最強のボスだったから容易いことだ。

しかし、そのためにはまず仲間が大事だ。

ボスにはたくさんの子分がいるもので、ボスとは子分に慕われていないといけない。


取り敢えず、隣でずっと寝てるやつを子分にしよう!


……と思ったが、この狭いやつの中では声が出せんし、動くと人間がうるさいからなんとかバレずにコミュニケーションがとりたい。猫の姿であれば、尻尾とヒゲ、目力でいくらでも取れたんだが。うーん……。


え、えーい!なんか伝われ!

伝われ!

伝われ!!!

おい!

おい!!!


『おい!伝われ!!!』


『………』


目を瞑り、必死に隣で寝ている黒い小さいやつに意識を飛ばしていると、何かが“伝わった”感覚があった。


『おい、今何か伝わった感覚があったぞ!おい、聞こえるか!?』


『…………』


『何だ?本当に寝てるのか?おい!起きろ!我の子分1号!』


何度も何度も念じ、だんだん感覚が掴めてくる。


『起きろって!おい、黒いチビ!』


『…………誰?』


何度目かの問いかけに、黒い小さいのはうっすら目を開けて返事をした。


『ようやく起きたか!ごほん、我の名はつぇーん!最強の人間になるほむんくるす?だ!』


『………』


『今日からお前を我の子分にしてやる。我は子分に優しくしてやるし、餌も分けてやるし、毛繕いもしてやるし、蛇とかカラスみたいな嫌なやつからも守ってやるぞ!』


『………』


我、なかなかにいいボスだなと自分で言ってて思った。最近は放任主義も多いが、我は仲間になったら尽くしてやるタイプだ。


『ふふん、我の子分になりたくなっただろう?』


『………ぐぅ』


『な、何!?寝ているのか!?お、おい起きろ!!!せっかく話し相手が出来たのに!!!』


バンバン!


「おい!またツェーンが暴れてるぞ!」


『うっ…………ぐぬぅ』




それから毎日、我は子分にたくさんの話をしてやった。こいつがこんな日当たりの悪い場所でいつまでも寝ているのはつまり、退屈だからだからに違いない。だから我がとびきりの武勇伝を語り楽しませてやるのだ。



『そして私は5歳にして我はそこに住む猫たちを取り仕切りボスになったのだ!』



『おい知っているか、黒いチビ。世界の果てにはしょっぱい大きな水たまりがあるんだ。そこにはたくさん魚がいて、人間たちはそこで泳いだりするらしい。けれど水溜まりは危険だ。我は怖くないが、黒いののようなチビは泳げずに溺れてしまうからな』



『鳥を狩るときは、身を屈め、音を立ててはいけない。動くときは相手が見ていない時に素早く最小に動き、急いで進みすぎてはいけない』



『人間はたまに小さな魚をくれる。あれは濃い味がしてうまい。けれど人間はみんながいい奴ではない。油断させて檻に閉じ込めようとしてくる』


『……今みたいに?』


『そうだ!今みたいに!』


たくさん話していると、黒いチビは次第に眠る時間が短くなり、我の話に相槌を入れるようになった。

そして、自分の話もしてくれるようにも。


『僕は空を高く飛んでるのが好きだった。空を飛んでたら、誰も僕の邪魔をしないから。寝るときは高い高い山の上で寝るの。たまに雪まみれになって大変だった』


『お前も大変だったのだな。雪は冷たい。外で眠る同胞がそれで何匹死んだことか。だが、我の子分になったからにはそんな思いはさせない』


飛んでいると言っているから、こいつはきっと鳥だったのだろう。我にとっては獲物だったが今は我の子分。大切にしてやろう。


『ここから出たら、日差しの暖かいところに日向ぼっこをしに行こう。木の間から差し込む日差しは、柔らかくて暖かくて、つい腹を出して寝てしまうほどだ』


『僕も一緒に行くの?』


『当たり前だろう?お前は我の子分なんだからな』


『……………うん。一緒に行くよ、ツェーン』




長く長く、狭い場所に閉じ込められ、身体も大きくなり、もう黒いチビも黒いチビと呼べなくなってきたなと思っていたある日。

我は突然ポットから出ることになった。


初めての空気に鼻が痛くなって、息をしたら咽せた。

慣れない手足も上手く動かせず、地面に倒れる。

息をするだけで精一杯で立ち上がる気力もない。


「お前は能力値が低すぎるから処分だ」


「まぁ、他の使い道はあるけどな」


「……?」


白い服を着た人間たちが、床に倒れる我を囲む。


「身体は使えそうだよな」


「実験してバラす前にちょっと楽しんでもバチあたらねーよな」


「この女のポット見るたびにムラムラしてたんだよなぁ。ホムンクルスのくせにエロい身体しやがって」


「丁度裸だから脱がす手間がなくていいな」


人間の手が我の胸を揉む。

猫だった頃に人間に身体を弄られたことはあるが、これはどうやらそういう類のものではなさそうだ。


「気安く触るな!」


手を払い除けると、人間たちは怒って我の手を強く掴んで床に押さえつける。


「雑魚のくせに態度だけは一丁前だな!」


身体を押さえつけられて、暴れれば強く叩かれた。

この身体は細くて固くて爪も短くて、上手く逃げ出せない。


踠きながら上を見れば、入れ物に入った黒いのと目が合った。

子分にこんな情けない姿を見られるなんて、ボス失格だ。

そう思うと、鼻の奥がツンとして、目から温かい水が流れてくる。

そんな我を黒いのはじっと眺めて……


ピキッ


『………』


バリーン!



突如、黒いのがいた入れ物が割れて大量の水が流れてきた。


「なっ!?こいつ出てきやがった!!!」


人間たちは慌てて私から離れて、黒いのを取り囲んだ。


「おい、エルフ。大人しくしろ。たく、まだ出すタイミングじゃねーのに。取り敢えず地下に繋いで……」


人間の1人が黒いのを掴んだのを見て我は慌てて助けようとしたが、黒いのは人間の首を掴んで捻った。


ゴキッ


「………ウガァ?」


人間は奇妙な声を上げて地面に倒れると、泡を吹いて動かなくなる。

どうやら死んでしまったらしい。


「こ、こいつ殺しやがった!」


「何でだ!?従属魔法がかかってるはずだろ!!!」


「逃げろ!俺たちで何とかできる相手じゃない」


「緊急事態発生、緊急事態発生!個体『エルフ』が脱走!!!」


人間たちが鳩を散らすように逃げていくが、黒いのは追いかけたりはせず我の前にしゃがみ、我の頬を撫でた。


「大丈夫?ツェーン」


「ん?あ、あぁ」


黒いのは倒れた人間から布を剥ぎ取ると我にかぶせた。濡れている我に気を遣ったのだろうが、黒いのもびしょびしょで素っ裸だ。


「我よりお前が被れ。人間の身体は毛が短くて寒いからな」


「ならツェーンが着てよ。ツェーンの方が薄くて寒そう」


その言葉に我は自分の身体を見直す。確かに今の我の身体はつるつるで、黒いのに比べると小さいし弱そうだ。


「うむ……なら半分こするか」


「半分こ?」


「そうだ!ボスは子分に獲物を分けてやるのだ!」


「ふーん……ツェーンらしいね」


黒いのは我を背後から抱くと布で一つに包んだ。

……自分で言い出しておいて何だが、動きづらいなこれ。しかも小さい我を黒いのに合わせるために黒いのが腰から抱えているから余計に。


「本当はまだここにいてもよかったんだけど、外出ちゃったしツェーンを処分するとか言ってるし、ここはもう用無しかな」


「む?どこか行くのか?」


「そうだね」


ドタドタドタッ


「おい、エルフ!大人しくしろ!!!」


逃げていった人間たちが大勢戻ってきて、我らに棒切れや刃物を突きつけて取り囲む。けれど黒いのは慌てることなく我を撫でる。


「日向ぼっこが気持ちいところ、行こう」


黒いのは、笑っていた気がする。




------------




僕には、かつてドラゴンだったときの記憶がある。

ドラゴンだった僕は人間から疎まれ、迫害され、居場所も必要としてくれる存在もいなくてただ無意味に生きて独りで死んだ。


だから今回も無意味な生になるだろうと思った。むしろ、研究者たちによって生み出され飼い殺されている今の方が状況は悪い。

でもここなら、飢えもしないし寒くもない。言われたことをこなしてそしてまた無意味に生を終えよう。

そう思っていたのに。


【おい!伝われ!!!】


【おい、今何か伝わった感覚があったぞ!おい、聞こえるか!?】


誰かが僕に話しかけた。

一度だけじゃなくて、何度も。


最初は面倒だから無視していた。

彼女は無知で何にも知らなかった。

ここがどこで、自分が何者であるのか。


僕たちは人間たちの戦争兵器になるために、ケット・シーやドラゴンの血を混ぜて作られたホムンクルスだ。敵国の人間をたくさん殺すために作られて、人間に逆らえない従属魔法がかけられている。僕らは家畜同然の生きものだ。

その中でもケット・シーの混ぜ物である彼女は能力値が低いから、いずれ廃棄される。


そんなことも知らないで、彼女は外の世界のことを楽しそうに語った。25年ぽっちしか生きてない彼女の話はどれも知っているような話ばかりだった。

それなのに、彼女の話はいつもキラキラと輝いていた。

ドラゴンの僕の爪より小さな小さな体で歩いた世界は、同じ世界なのに僕のみた小さな世界とは違う、大きな世界だった。


草の揺らぎ、虫の息吹、空の高さ、風の温度。

全ての体験が冒険で、全ての出来事に価値を見出していた。

僕とは正反対な君。

白くて小さな、ツェーン。

君と一緒にいたら、同じ世界を見られるんだろうか。


今はまだこの狭い箱庭で、君の話を聞いているだけで満足だけど、いつか君と一緒に世界を歩いてみたいよ。

僕は君の子分だから、ずっと一緒に。


いつしか僕はそんなふうに考えていたんだ。





コンコン


「どうぞ」


ガチャ


「魔王様、北の森でゴブリンたちが……あああ!!!ツェーン、貴様!またそんな破廉恥な格好で魔王様の周りをうろつきおって!!!」


「またうるさいのがきた」


ソファでえるふの髪を梳かしてやっていると、部屋に入ってきたのいんが地団駄を踏んで我を威嚇してきた。


「いつも喧しいのはお前だろ!昔からポットでべらべらべらべらと際限なく自慢話をしおって!おかげで全然眠れんかったわ!!!」


「お前こそ昔はあんなに静かだったのに、何でこんな口うるさくなったんだ?今はえるふの毛繕いの最中だから相手できんぞ」


「ツェーン!生意気だぞ、幹部でさいzy」


のいんが白い顔を真っ赤にしたところで、ピタリと言葉が止んだ。えるふの仕業だ。

えるふは我に毛繕いされたまま、長くなった足を組んで、「しーっ」と口に人差し指を当てた。


「ノイン。ツェーンは僕たちのボスなんだから、礼儀正しく。ね?」


その言葉にのいんは顔を顰めてブンブンと首を横に振る。


「ね?」


『僕………エルフ………忠誠…………』


脳内に溺れているかのような不鮮明で途切れ途切れの言葉が流れている。のいんが念話を使っているみたいだが、相変わらず下手くそだ。


「のいんはいつまで経っても念話が下手くそだな。えるふ、もうやめてやれ」


「……ツェーンがいうなら」


えるふが指を振ると再びのいんが話し出すが、煩くしたのを気にしてかその声は先ほどより小さい。


「お言葉ですが、私が忠誠を誓ったのはエルフ様です」


「その僕がツェーンに忠誠を誓ってるんだから、ツェーンが一番偉いんだよ」


「そうやってエルフ様がツェーンを甘やかすからツェーンが調子に乗るんです。ツェーンが着てるの、エルフ様の上着でしょう」


ビシッとのいんが我の着ている服を指した。確かに、これはえるふのシャツである。えるふの服は大きいから窮屈さがなくて気に入っていつも借りている。えるふも別に嫌がったことはないから同意の上だ。

それなのにのいんは、いつもいつも怒る。


「ちゃんと下着は履かせたよ」


「そういう問題では……!」


「……ええい!うるさい!」


のいんのいちゃもんが面倒になり、我は変化の術を使い猫の姿になる。

ふむ、やはりこの姿が一番落ち着く。


『この姿なら服なんて着なくていいだろ!』


「そういう問題ではないわ!お前は人間の雌になった自覚を……」


『えるふ!そろそろ庭もあったまっただろうから、パトロールに行くぞ』


「うん」


うるさいのいんを無視してえるふに声をかけると流石子分1号、聞き分けよく我を抱えて歩き出す。

ついでに喉元を撫でられるが、これくらいの褒美はくれてやってもいい。ゴロゴロ。


「エ、エルフ様!?職務は!?」


「ゴブリン程度、適当にやっつけといて」


今日は天気が良くて、絶好の昼寝日和だ。

パトロールが終わったらいつものベンチで日向ぼっこをしよう。



世界最強と恐れられる魔王と1匹は、今日も仲良く怠惰にお昼寝を楽しむのであった。





*ツェーン

前世は25歳まで生きた野良猫。

かなりお喋り。雌型だが淑女の感覚がない。

ケットシーの血が混ざっており、念話と読心術、変化が得意。エルフの膝の上を特等席でゴロゴロする。

自分が世界最強だと思っており、未だにエルフを子供扱いして世話を焼く。

エルフを“黒いチビ”“いつも寝てるやつと呼ぶ。

エルフの前世を鳥だと思ってる。



*エルフ

生まれたばかりで空っぽだった。

ツェーン以外には無口。雄型。

ドラゴンの血が混ざっていて、死んだドラゴンの記憶がある。

よく寝てる。ツェーンをお腹に乗せて寝るのが好き。



*ノイン

エルフの側近。

吸血鬼の血が混じっている。飛行術が得意。念話は苦手。

隣のポットの念話がうるさすぎてツェーンが苦手だが、彼女の語る世界に憧れてもいる。





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