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バカステンコ  作者: 阿寒まるも
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第一章 2

あえて言えば、女子高生狐との出会い編その2。

筆が遅くてすみません。が、もっと気合い入れていきます!

「ど、どういうことだ!?」

 淳は思わず声を荒げた。本来最初から居た乗客の視線が淳達に集まる。

「淳くん、トーンダウン。ほら、周りの人達に見られてるよ」

「——!!」

 驚いた。淳は自分のどこから出たか分からない大きな声にでも、多くの人の注目を浴びたからでもない。女子高生に耳が生えていた。ちょうど淳の目線にあった頭部辺りがちらつくのに気付いたら、生々しい獣のそれだったからだ。

「それ、本物か?」

「まあね、本物だね。あれだけの『化かし』をやれば、さすがに隠せないわ」

 女子高生が上唇を舐めて笑う。それと同時にてっぺんにあった耳が艶やかな髪へと引っ込んでいった。淳はその一連の様子を目の当たりにしながら、女子高生の腕の中で伝わる躰の火照りと、再び見せる屈託のない笑顔で落ち着きを取り戻していった。

「説明をしてくれ」

「切り替えが早くてよろしい。ではね、歩きながら教えましょう」

 片目を瞬き、抱きつく腕を解いて淳の手を握る。

 ——電車の速度が落ち、車内アナウンスは淳が降りる駅に着くことを告げている。

 いつの間に…………途中の駅を通過するはずが無く、もちろん停車した記憶も無いが、それも狐と名乗る女子高生の仕業に違いないだろう。なぜって……あまりにもリアルすぎる。満員電車で圧迫される感触、人の熱気、スーツ臭、それらがすべて瞬時に消えたんだ。そして女子高生についさっき生えていた獣耳と、『化かし』という言葉が真実味を増している。疲れていて自分の目がおかしいとか、ドッキリとかとはまったく次元が違う。

 ——なんとなく分かる。女子高生が何かをやっている。或いは、やっていた——

「……もう、上野原公園前駅なんだよな?」

「うん」

「降りる前に、一つ教えてくれ」

「はいよ」

「俺が殺される、ていうのは本当に本当なのか」

 淳ははっきりとした語気で言った。女子高生は顔をまっすぐ淳に向け、一間置いて口を開く。

「——本当に本当に本当に本当に、うそ、ではないよ」

 (おど)けた調子だが意志のこもった言葉と共に、女子高生の握る手の力が強まった。淳は本気でその言葉を捉えた訳ではない。ただ、掌から伝わる温もりに、どことなく懐かしさを感じた。出会ったばかりで見ず知らずの女に、しかも、物騒にも「殺されるよ」と明言したその女に、不思議と脅威や不信の念を抱く心境には至らなかった。異性として興味を持ったのかもしれない。少なくとも女子高生の容姿や言動に魅力を感じずにはいられなかった。

「あ、そうそう」

 ドアが開く際に女子高生がにんまりした。

「私達は周りからきっと、それはそれはもう朝だというのに所構わず、べったりイチャイチャするカップルに見られてたことも————事実ね」

「……おい」

 淳は極まりが悪く、手を振りほどいた。



「まず、お前は……いや、ああ……名前、無いんだっけ?」

 淳と女子高生は通学路を避け、高校の側近くに広がる公園の桜並木を歩いていた。花見の時期は過ぎ、のどかだった。時計を見るともうすぐ一時限目の授業が始まる時間を指している。

「無いね。決めようか?」

「軽いな……本人が別に構わないならそれでいいさ。まず、お前の——」

「『お前』呼ばわりはいや! 決めて決めて!」

「え、ええ!?」

 淳は辺りを見回す。

「…………じゃあ……うーん……『さくら』とか——」

「ぷぷぷ! 淳のネーミングセンスにおだぶつさん」

「今まで名前無かったんだから何でもいいだろ!」

「うん。まあ」

 女子高生は前遠方にある池の噴水を見つめながら薄笑を浮かべた。

「名前が無い、というのは実はあまり正確ではないんだけどね」

 淳はベンチに座る事を勧めたが、女子高生は淳を制して歩調をゆるめず先へ進む。

「最初に聞くけど、私が狐だということは信じるようになった?」

「なんとなく、な。あれだけのもの見せられたらな。それに狐とかそうではないとか、そんなの問題ではないだろ——お前は俺に伝えたい事がある。そうだろ?」

 女子高生がこくんと頷いた。

「そう! 今度こそ淳を守りたい、ということなのよ」

「今度?」

「うん。私は二百年生きてきた狐なの。そしてあなたとは過去三度出逢ってる。でも三度とも十七歳、生まれて十七年経つ前に『あなた』は殺された……」

「へえ」

「……信じないの?」

「いや、なんていうか、実感が沸かないなあ。誰かに恨みを買うようなこともしてないしな。それに誕生日はもうすぐだぜ。五月三日だからあと約二週間か。その間に殺されるのか?」

「……うん……恐らく今回も……」

「いったいどう殺されるんだ?」

 淳の素朴な面持ちでの問いかけに女子高生は口ごもった。

「……狐に化かされて……」

「ふーん、ていうことはお前にか?」

「あ、淳の馬鹿! 違うもん! 私は淳を守るって言ったでしょ! このハゲメガネ!」

「ハゲてないし! 今後ハゲる気もないし! それにな、これはオシャレ眼鏡だぞ! メガネ呼ばわりされてもいい。せめてオシャレというフレーズをつけろ!」

「このオシャレハゲ!」

「話を折った俺が悪かった。もし将来ハゲてもオシャレする気持ちは忘れずにいるよ……それにしても、化かされて殺される、か……そこまで分かってて、なんで殺されちゃったんだろうな、俺は」

 不規則なリズムで噴射する複数の水柱を目で追う淳の手を、女子高生は握った。

「今度こそ大丈夫だから! きっと淳は大丈夫! これからはずっと私が一緒にいるから!」

「お、おう」

 淳は女子高生のまっすぐな眼差しに当惑した。平日朝九時過ぎの上野原公園は人の往来も少ないけど、やはり周りの視線が気になる。おかまいなしに手を触ったり、見つめてくる女子高生を淳はおもはゆく感じていた。

 目を合わせていると吸い込まれそうだ。女子高生の二藍色の瞳は曇りが無くつぶらで、透き通っている。つい見入ってしまう眼差しを、女子高生はしかしみるみるうちに目を細め、無邪気な子供のように笑った。

「じゃあ、これから『化かされない特訓』だからね」

 唐突に女子高生が後方に伸びる道を指差す。それにつられて指先の方向に淳は顔を向けた。

 ——淳は目を丸くする。

 さっきまで通って来た道に、居るはずも無いのに、季節は過ぎているはずなのに、満開に咲く桜の木の下でたくさんの人達が宴会を楽しんでいたのだ。

 わいわいがやがやと活気に溢れ、酒の臭いも立ち込めてきた。

 まさしくそこはお花見まっさかりだった。

 女子高生は呆然としている淳の肩を叩き、「ほら」と今度は噴水の方に視線を促す。

 淳は思わず後ずさりしてしまった。

 今度は巨大な人型をした水の化物が噴水の真中で佇んでいた。

 踊りだした。

 三、四メートルの高さはあるそいつが、どこからか流れてくる音楽に手拍子を合わせ、酔っぱらいのような動きで大振りに身体をくねらせ、あちらこちらに、巨大な塊の水飛沫をあげている。しかも、その一部が淳にいきよいよくかかった。

「ぶ! 冷たっ!」

 女子高生は腹を抱えてげらげらと笑っている。

「まあ、こんな感じ? 淳、化かされないで!」

 淳は未だ止まない高笑いに呆れつつも、女子高生の頭上に生える耳と、スカートの裾からはみ出る三本の尻尾を確認した。

「化かすもなにもお前、これどうするんだ!? パンツまでびしょびしょだぜ」

「パンツまで! あははははは面白い!! そうだ、パンツにドジョウを入れよう!」

 途端に、にゅるっとした感触が淳の股ぐらを襲う。

「ひい」

 慌ててズボンを下ろし、パンツ内で暴れるドジョウと奮闘する淳だが、淳の背中をぽんと叩く人影に気付き振り返ると、そこには若い男の警察官がいた。

「君、どうしたのよ? 公共の場でパンツの中をいじって。ナニをどうするつもり?」

「あ、いや、ドジョウが……」

 と淳は言いかけて、目が覚めるような思いをした。制服もパンツも濡れておらず、ドジョウもいない。すぐ側にいた女子高生の姿も見えなかった。

「じゃあ、交番で話を聞こうか」

「いや、ちょっと……!」

 手を引っ張りだす警察官に「せめてズボンを履かせてくれ」と淳が抗うと、彼はあからさまに不機嫌になり、威圧する態度を取った。

「いいから早くしろ!」

「分かりましたから、ちょっと待って下さい」

 淳は警察官の横柄な物言いに不快感を示し、手を振りほどいてズボンを上げた。

(ん? まてよ)

 女子高生のバカ笑う姿が淳の頭をよぎる。

 これも『化かし』なのではないか。出会って間もないけどあの狐ならやりそうではないか。

 淳の警戒は解け、安堵の面持ちで警察官の方を向く。

 けれども——そこには女子高生が笑い転げている姿もなく、淳の予想した場面とはまったく違っていた。想像外だった。

 警察官が淳に拳銃を向け構えていた。突きつける銃口が鈍く光っている。

(真っ昼間から何を考えているんだ、この男)

 淳の思考は妙に落ち着いていた。裏腹に心拍はその活動を急激に早め、全身が鼓動した。

 生きてきた人生の中で経験した事のない未曾有のことだが、咄嗟に両手は挙がった。

「さあ」

 束の間の沈黙の後、警察官がニヤけた。

「パンツを下げてもらおうか」

「はい…………は、はい?」

 突拍子の無い一言に淳は声がうわずった。警察官はじわりと淳ににじり寄り、続けて言う。

「パンツを今ここで脱ぎ捨てろと言っているのだ」

 依然として警察官はすごんで撃つ構えを解かない。淳は「やっぱりな」と思いつつも姿勢を崩さず、肩の力を抜くだけに留めた。

「それ、偽物なんだろ」

「……」

 警察官の眉がぴくっと動いた。確信を得た淳は茶番とはいえ、手中にある凶器が気になる。

「もういいだろ。すべてが嘘で、それも幻だし、お前は狐なんだろ」

 淳は警察官に微笑みかける——だが

「お前って言うな!」

 乾いた銃声が鳴った。

 発砲音の余韻が消えるとともに淳の腹が熱く疼きだす。

 激痛の震源地からは手で押さえど、止めどなく血が溢れている。

「えええ……当たってますけど」

 呻きと汗がにじみ出るのがまるで他人事のように淳は感じた。視界も徐々に霞む。

 警察官の姿をおぼろげにしか捉える事が出来ない淳は、その淳を撃った張本人に狐の耳が生えているように見えた。

「これからは『さくら』って呼びなさい」

「……は、はい?」

 淳は幻聴かと思い耳を疑った。警察官に女子高生の幻影が重なる。

「実はね、前に逢ったときもその前もさらにその前も名前を付けてもらったの。三度とも少し悩んで『さくら』って! ほんと変わらない! あ、今度こそ運命は変えないとね。だから最初は名前を変えようかと思ったんだけど、やっぱりなんだか嬉しいなって」

「……は、はあ」

「淳、もう痛くないでしょ」

 女子高生がハンカチで淳の額を拭く。警察官の面影が完全に消滅していた。

 それだけではない。血も痛みもなくなっていた。

「あれ? 何なんですか、これは?」

「淳、そこは『なんじゃこりゃあ』って言わなくっちゃ」

 女子高生は喜色満面の笑みを絶やさなかった。

「説明するとね——淳には私がお巡りさんに見えて、拳銃で撃たれて痛かったでしょ? あれは『化かし』たの。『化けた』のではなくてね」

 制服のポケットから輪ゴムを取り出し、女子高生は指鉄砲を作る。

「淳めがけて実際に撃ったのはこれ」

「嘘だろ、だってすごい音が鳴ったし、味わったこともない痛みだったし」

 女子高生は咳払いを一つした。

「私の能力をみくびらないで頂戴。ドラマ観ていっぱい勉強したんだから……ああ、つまりね『化かし』……それに『化ける』のもそうなんだけれども、そのリアリティは狐の熟知度に影響されるのよ。ほら、よくお話にあるでしょ、山から来たっていうきれいな女性が買い物のお勘定で、何喰わぬ顔で葉っぱをよこしてきた、とか。尻尾が生えていたりとか」

「お前、いや、さくら……さくらにも今尻尾が生えているのは、これ幻覚じゃないよな」

「うっ。ま、まあ、お花見やら水人間やらかなり情報量の多い『化かし』だったからね。なかなか大変なのよ、化かす相手と周りの環境との整合性がね。大掛かりな『化かし』だと、まだ少し『化ける』のが解けちゃう」

「ふーん。なあ、耳触ってもいいか」

 淳が言うや否や、耳と尻尾はみるみる隠れていった。

「だーめ。残念でした。それより、分かった? つまり『化かし』では殺されそうなことは起こせても現実的には殺せないの。あくまで——」

 女子高生が輪ゴムを淳に飛ばした。

「実物でね」

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