その1:カンナ旅立ち~アイル邂逅~学園到着まで
ごく王道なファンタジー冒険活劇をAIのべりすと様のお力を借りて作成してみました。
処女作です。超絶有能AI君をアシスタントにしているとはいえ、本体が素人作家なので誤字脱字の校正や文章構成・設定の練り方などが甘い部分があるかもしれません。
でもものすごく頑張って書いたのでちょっとだけでも読んでくれると嬉しいです。
続きも鋭意執筆中ですのでこうご期待!
※AI君の暴走で唐突にえっち展開が挟まれた結果ノクターンにR-18版が存在するのは秘密・・・
「いってきまーす!」
スイトピー村に少女の元気な声が響き渡る。
ナスタ王国にあるスイトピー村は首都から離れた田舎の農村である。
家族に別れを告げ、一人の少女が村の門をくぐり首都へ旅立つ。
彼女の名前はカンナ・アシラテン。17歳のうら若き乙女だ。
カンナは村でも数少ない魔法使いであり、自警団と共に村を襲う害獣や山賊に対処する仕事をしていた。
彼女は今、王都セントナスタに向かって歩いている。
その足取りはとても軽い。
なぜなら今日から憧れの王都で暮らすことになるからだ。
セントナスタにあるナスタ王立魔法学園。
世界最高峰の魔術師や学者を育てるための、いわばエリート育成施設にカンナは入学する事になったのだ。
大して頭の良い方ではないのに、3年も前から必死に勉強をし続けた努力の賜物である。
そうまでしてでも彼女には叶えたい夢があった。
偉大な魔術師として大成し、お金持ちになって両親に楽をさせてあげたい。そしてスイトピー村を発展させ故郷に錦を飾りたい。カンナは親孝行な娘だった。
・・・それからこれは両親には内緒だが、都会に出て素敵な未来の旦那さんを見つけたい気持ちもあった。これは過疎と高齢化の進んだ今の故郷では難しい事だ。
「大都会、美味しいご飯、愉快な友達、素敵な彼氏・・・うーん、どれもこれも楽しみだわ!」
前向きな思考と大きな旅行用カバンを抱えて首都への道を歩いて行く。
これは偉大な魔術師を目指して夢を追う一人の少女の努力と青春、そして少しの甘酸っぱい恋の物語である。
***
首都への道のりは数時間ほど街道を歩いて近くの町へ向かい、そこで一泊。翌朝そこから馬車に乗って行き、昼前にはセントナスタに到着する予定だ。
街道沿いを歩いて小一時間ほど経った頃、きゃーっ!誰か助けて!という悲鳴が聞こえる。
「え・・・!?今のって、子供の悲鳴?この近くだわ!」
スケジュール的にあまり寄り道をしている余裕はないのだが、子供の声を無視するわけにもいかない。
カンナは人一倍正義感の強い少女だ。魔法を勉強して戦う力を身に着けたのもたくさんの人を守りたいという思いからなのだから。
その彼女が助けを求める声を無視して先を急ぐなどという事は天地がひっくり返ってもあり得ない事だった。
「待ってて、今行くから!」
重い荷物をものともせず抱えて、声のした方へと駆け出す。
現場に到着し、最初に目に入ったのは悲鳴の主であろう小さな男の子。
そして彼を捕えている魔物―――それは人型に近い形だが肌はくすんだ緑色であり、わずかながら知性があるのか棍棒のような武器を持っている。
俗にゴブリンと呼ばれる亜人系の下級モンスターが数体いた。その内の1体が男の子を担ぎ上げている。
少し離れた所に頭から血を流して倒れている女性がいる。男の子の母親だろうか?
この辺りは薬草や木の実の類が豊富に生っているエリアだ。この親子はそれを摘みに来たのだろう。
定期的に兵士の巡回もあり比較的安全な区域のはずだが、運悪くたまたま巣穴から出てきたゴブリンに遭遇してしまったようだ。
(数は1,2...3体ね。周囲に他の魔物の気配はない)
このまま男の子を連れていかれる訳にはいかない。カンナは勢いよく飛び出しゴブリン達の前に立ちふさがった。
「そこまでよ!」
「!?」
突然現れたカンナにゴブリン達は一瞬動揺するものの、相手が一人だと知るとすぐに唸り声をあげながら武器を構えて威嚇する。
「その子を離して。大人しく巣に逃げ帰って二度と人間を襲わなければ手荒なマネはしないわ」
毅然とした態度でカンナが言い放つと、ゴブリン達は一瞬顔を見合わせた後、ゲギャギャッと笑い声をあげた。
「ギィヒヒッ、グガァ!!」
馬鹿にするようにこちらを指さした後、1体がこちらに飛び掛かってくる!
「まぁ、話が通じる相手じゃないのはわかってたけど・・・」
短くため息をついてから荷物を放り投げ、拳を構える。
「キシャーッ!」
ブオン!と風を切る音を立てて棍棒を振り下ろすゴブリン。
カンナはひらりとそれをかわすと、「ふっ!」という掛け声と共にその腹に右ストレートを叩き込む。
ズドン!! 鈍い音が響くと同時にもがき苦しみ崩れ落ちるゴブリン。
すかさず踏み込んで思い切り蹴り飛ばす。ゴエッ、と汚い声を上げて吹っ飛びゴブリンは動かなくなった。
「よし、まずは一匹」
仲間がやられたのを見て怒ったのか、男の子を放り捨てて残りの2体が一斉に向かってくる。
「よーしよし、わざわざ人質を手放してくれるんなら好都合。所詮は下級モンスターね」
これで"流れ弾"を気にする必要はなくなった。カンナはバックステップで距離を取り、祈るように胸の前で両手を組む。
「宿れ焔よ、腕となりて・・・吹っ飛ばせ!」
瞬間、カンナの両手が勢いよく燃え上がる。
「!?」
驚いたゴブリンは一旦立ち止まろうするが、時すでに遅し。
至近距離に飛び込んできたカンナが両手をそれぞれのゴブリンへ向けて叫ぶ。
「フレイム・インパクト!」
ドウンッ!と2つの爆発が巻き起こり、ゴブリン達が数メートルは上空へ吹っ飛ぶ。
べしゃり、と黒焦げになったゴブリンが力なく地面に叩きつけられた。勝負ありだ。
「ふーっ、2発同時は久しぶりだったけど上手くいって良かった良かった」
ぷしゅーと煙をあげる両手をブンブンと振って冷ましながら男の子を助け起こす。
「大丈夫?怪我はない?」
「あ・・・う・・・うん・・・ありがとう・・・お姉ちゃん・・・」
まだ恐怖が残っているのか、震える声で答える男の子。
「ボクは大丈夫だけど、ママが・・・ママが・・・!」
泣きそうな顔で倒れている母親を指さす。
「あ!そうだ、負傷者!」
慌てて母親に駆け寄り状態を確認する。どうやら打撲と出血こそあるものの気絶しているだけのようだ。
「うん、良かった。ママは怪我してるけどちゃんと生きてるよ」
「ホント!よかったぁ・・・」
「じゃあすぐに手当てだけして町まで運んじゃおう。キミってこの先にある町の子で良かったんだよね?」
「うん!そうだよ!ウチは薬屋さんなんだ!」
「なるほどねぇ、それで薬の材料を採りに来てたんだ」
話しながらカンナは先ほど投げ捨てたカバンの中から塗り薬と包帯を取り出す。
「すぐ終わらせちゃうからちょっとだけ待っててね。あたしから離れちゃダメだよ?」
「わかった!」
素直に近くで座る男の子を見て愛らしいなと思いつつ、カンナは母親の応急処置を進める。
「ねーねーお姉ちゃん」
「んー?」
「お姉ちゃんってまほーつかいなの?」
「そうだよー。って言ってもまだまだ駆け出しだから、お勉強をしに首都まで行く途中なんだけどね」
「すっげー!かっこいー!」
キラキラとした瞳で見つめられて、カンナはちょっと照れくさそうに笑う。
「あれ?でも町のまほーつかいさんとちがって、杖とかお札とかつかわないんだね」
「んー、そうだね。普通の魔法使いはそういうのを使って戦うんだけど、お姉ちゃんはこっちのやり方が性にあってるかな」
ひらひらとすっかり冷めきった手を振って見せる。その手首には魔石の埋め込まれた簡素な腕輪が付いている。
「なぐったりけったりでボコボコにすること?」
「その言い方だとなんかすごい野蛮な女みたいでアレね・・・」
駆け出しではあるものの、カンナはれっきとした魔法使いの一人である。
男の子の言う通り一般的な魔法使いは魔力を高めるための道具―――魔法具として杖やカード、魔導書なんかを愛用するものだ。
それは魔法使いが基本的には遠距離攻撃をもって敵を制圧する事に長けた職業だからだ。
魔道を志す者の多くは人生の大半を魔法の勉強と研究に費やすため、肉体労働をするのは稀である。
だから往々にして魔法使いは肉弾戦に弱いという印象が強いのは仕方がないし、実際にそうなのである。
だがカンナは違った。幼少期は野山を駆け回りながら育ったから体力はある方だし、自警団の手伝いをする中で自然と白兵戦の心得も身に付いた。
何より、彼女自身の活発な性格が身体を動かしながら戦う方を好んだのだ。
更に言うなら、カンナは非常に単純明快な思考の持ち主である。つまりどういう事かと言うと・・・
「あたしが思うにはさ、すごい魔法って遠くから撃っても敵をドカーンって吹っ飛ばせるじゃん?」
「うん」
「でもそれってさ、もっと近くから撃ったらこう、ものすごいドッカーン!って感じで超吹っ飛ばせるじゃん?」
「うん」
「それってつまり、そういう事なんだよ!」
「うん・・・?」
魔法はゼロ距離でぶち込むのが一番効く。という至極シンプルな彼女のポリシーが独自の戦闘スタイルを生み出したのである。
ある程度熟練した騎士や魔術師の中には距離を選ばず戦える者も居るが、カンナは彼らに比べるとまだ未熟とはいえ若くしてその境地に至っているのだ。
これは紛れもない彼女自身の才能の一つであると言えるだろう。カンナは馬鹿かもしれないが決して不器用ではないのだ。
「・・・えっと、じゃあお姉ちゃんはまほーつかいじゃないの?」
「違うよ?あたしはただのまほーつかいだもん」
「そっかぁ・・・」
男の子は残念そうな顔をして俯いた。
「・・・はい、手当て完了!しばらく安静にしていれば順調に回復すると思うよ!」
「ありがとう!お姉ちゃん!」
「いえいえ~。それじゃ町まで送るよ。案内してくれるかな?」
荷物を背負ったまま成人女性を軽々と持ち上げる。やわな魔法使いには決してできない芸当だ。
「うん!こっちだよ!」
元気よく駆け出す少年についていく。
「っと、その前に・・・」
カンナはゴブリンは討伐した証に彼らの角や牙を何本か抜き取って小袋に入れる。
最下級のモンスターとはいえ小遣い稼ぎにはなるだろう。
「長旅に先立つものは不可欠ってね」
「お姉ちゃーん!まだー!?」
「はいはーい、すぐ行くよー!」
少女の旅は、まだ始まったばかりなのである。
***
時折小休止を挟みながらも街道を歩き続ける事小一時間。
カンナはようやく男の子が住むアスチルベの町へ到着した。
カンナの住むスイトピー村は大陸の東端に位置し、アスチルベは大陸中央に位置する首都セントナスタとスイトピー村とのちょうど中間点に位置する地方都市だ。
当然スイトピー村よりもいくらか栄えた町であり、カンナも時折遊びや買い出しに訪れたことがある馴染み深い町だった。
「ふぅっ!何とか日が暮れる前に到着できたね!」空は既に夕焼け色に染まりつつあった。
「うん、お姉ちゃんありがとう!ボクんちはこっちだよ!」
男の子に導かれるまま彼の実家であるという町の薬屋へと母親を運んでいく。
「ただいまー!パパ!パパーっ!」
「おじゃましまーす」
ガチャリとドアを開けて入っていく男の子に続き、カンナも中へ入る。
「おおカズイ、お帰りなさい。薬草は上手に摘めたかな?」
「うん、えっとね・・・」
「こちらはお客様かな?いらっしゃ・・・に、ニコラ!?」
店番をしていた主人らしき中年男性がにこやかに出迎えるが、カンナがぐったりした妻を担いで入ってきたのを見て血相を変える。
「すいませーん、奥さんのお届け物です」
「どうしたんだ!一体何があったんだ!?この女になにかされたのか!?」
「パパおちついて!お姉ちゃんはボクたちを助けてくれたの!」
鬼気迫る表情でカンナに食ってかかる主人を男の子が必死になだめる。
「まぁまぁ落ち着き給えご主人よ」
近くにいた客らしき男も一緒になって止める。身なりの良さからして貴族だろうか。
「坊や、何があったのか話せるかい?」男が促す。
「えっとね、ママと一緒に薬草を摘んでたらモンスターに襲われてね、ママがやられちゃったの」
「なんという・・・!それでお前は大丈夫だったのか!?」
「うん!ボクもやられそうだったんだけど、このお姉ちゃんがモンスターをやっつけてくれたの!」
「おお、おお・・・!そうだったのか!知らぬ事とはいえ、命の恩人にとんだご無礼を・・・申し訳ない」
「いえいえ、気にしないでください。それより、早く奥さんの手当てをしてあげてください。とりあえず止血だけはしてありますから」
「ああ、そうだな!すぐに取り掛かる!」
主人はカンナから妻を受け取り、奥にある患者用ベッドへと寝かせると手際よく塗り薬や包帯を用意して治療していく。
「うむ・・・少し傷口から炎症を起こしてはいるが、大事には至らなさそうだ。しばらくしたら目を覚ますだろう」
「良かった良かった。一安心ですね!」
「あぁ、お嬢さんには感謝をしてもし足りないよ。なんとお礼をすれば良いのか・・・」
「いえいえ、当然のことをしただけですから。あ、でも折角なのでこれを買い取ってもらえると嬉しいかな?」
カンナは倒したゴブリンからはぎ取った素材を主人に渡す。ゴブリンの角などは薬の材料になる事を知っていたからだ。
「ふむふむ、なるほど・・・良いだろう。他ならぬ恩人の頼みだ。少し色を付けて買い取ろう」
「ホントですか!?ありがとうございます!」
お小遣いと言うには少し多すぎる金額を主人から受け取る。
「ふぅむ、お嬢さん。ちょっと良いかね?」
「はい?」
先ほどからいた貴族風の男がカンナに話しかけてくる。
「君のような若い少女がおそらく複数体のモンスターを、それも見た感じ無傷で倒したようだが・・・」
「あのねあのね!このお姉ちゃんすごいんだよ!こう、ゴブリンをなぐってボコボコにして、まほうでドカーン!ってぶっとばしちゃったの!」
「殴って・・・?魔法で・・・??」
どうもこの男の中では殴るという言葉と魔法という言葉が上手く結びつかないらしい。
「お姉ちゃんはまほーつかいさんなんだって!でもなぐった方がはやいときはそうするんだって!」
「あ、あはは・・・」
カンナは何とも言えない気分になって苦笑いする。
それを聞いた男と店の主人はわっはっはっは!と笑う。
「なるほど、体術の得意な魔法使いか!こりゃあ良い!おじさん君の事を気に入っちゃったよ!」
「確か、ルクスリバーさんの息子さんも魔法使いなんでしたっけ」
「え、そうなんですか?」
カンナに問われ、主人にルクスリバーと呼ばれた男は鷹揚に頷く。
「うむ、私にはアイルという息子が居てね。私がいうのもなんだが美形だし、頭も良いし、類稀な水術の才を持つ町一番の天才魔術師なのだよ。年は君と同じか少し下くらいかな?」
「へぇ・・・世の中には若いのにすごい人がいるんですねぇ」
「君も大概だと思うがね。愛嬌よし、器量よし、おまけに戦いもできると来たもんだ。ぜひ息子の嫁さんに欲しいくらいだよ!」
「あははは、そんなに褒めても何も出ませんよ~」
こうもべた褒めされてしまうと流石にカンナも気恥ずかしい。だが、美形の天才魔術師と聞いて興味をそそられるのも事実だ。
「その、アイル君にはフィアンセとかは居ないんですか?ルクスリバーさんを見た感じ、かなり家柄の良い出身みたいですが」
「うむ、息子も今年で15歳だしそろそろ・・・とも思うんだが、私も結構な親バカでね。そんじょそこらのつまらん小娘に大事な息子をくれてやるつもりは毛頭ないんだよ」
「あたし、山奥のド田舎出身なんですけど・・・」
「人の価値とは家柄だけでは決まらないものだよ。貴族にもクズはいるし、逆に平民でも立派な志を持つ人はいる。お嬢さんのようにね」
「えへへ・・・」
「だがタイミングが悪かった。なにせ息子は魔術修行の為に明日セントナスタへと旅立つのだから」
「え!?もしかして魔法学園に入学するんですか?」
「ほう、その通りだよ。よく知っているね。」
「実は、あたしもそうなんです。今は首都へ行くための道中で・・・」
「なんと!君もあの難関と名高い魔法学園の入試に合格したのかね!?」
「えへへ・・・はい。何せ3年も前から必死で勉強しましたから」
「おぉ、おぉ、すごいじゃないか!ますます君の事を気に入ったよ!奇しくも息子と君は同じ道を歩む運命にあるようだ!」
バシバシとカンナの肩を叩きながら嬉しそうに何か一人で納得しているルクスリバー。カンナが困惑した表情を浮かべていると、我に返ったのかごほんと咳ばらいをする。
「すまない、いい歳をして舞い上がってしまった・・・是非とも息子のフィアンセに迎えたい所だが、こういうのは本人の意思が大切だからね」
「あぁいえ、別に嫌ってわけじゃないですよ。ただ、まだ会ってもいない人の婚約者になるのはちょっと話が早すぎるっていうか」
「うむ、君のような若い娘さんはいろいろな町や人と出会って世界をよく知ってから将来の伴侶を決めるべきだ。そのうえでうちの息子を選んでくれれば万々歳だが」
「前向きに検討しておきます」
「そうか!ではこうしよう。君さえ良ければ今晩の宿と明日の馬車は私が面倒を見ようじゃないか。宿は町一番の所を紹介するし、明日はアイルと共にうち専属の馬車で首都へ向かうと良い」
「え!?そんな、良いんですか?」
「構う事はない。将来有望な若者に投資をするのが私の趣味でね。そして君にはその資格があると私は判断した。これも高貴なるものの務めというものだよ」
「ありがとうございます!」
思いがけず転がり込んだ幸運に、カンナは内心小躍りしそうな気分になる。
「では宿の住所と明朝の集合場所を伝えておくよ。良い旅を」
ちょっとした人助けのつもりだったが、思わぬ収穫を得た。これで首都までの旅路は快適なものとなるだろう。
***
「・・・え、ここであってるよね?」
ルクスリバーに紹介された住所へとやってきたカンナ。
目の前にはカンナの知っている宿の姿とは似ても似つかぬ立派な建物がある。
「・・・・・・うん、間違いない」
震える声で呟きながら手元の地図と宿の看板を見て確認する。間違いなくこの建物がルクスリバーの紹介してくれた宿だ。
ホテル・エクストラ。都市部の中心に位置する富裕層御用達の高級宿場町にある宿の一つ。
「村にある民宿の10倍くらい大きいんだけど・・・王様のお城とかじゃないよね?」
カンナの住んでいた村の宿屋は、木造で一部屋に4人が寝泊まりできるような簡素な作りをしている。
それがこのホテルはどうだろうか。見上げるほど高い石造りの壁に囲まれていて、まるで要塞のような堅牢さを感じさせる。何階建てなのかすらわからない。
しかも、入口には剣を佩き重鎧を纏った兵士が2人も立っているではないか。どう見てもホテル専属のドアマン兼警備兵だ。
装備・身体つき・立ち居振る舞いのどれを見てもよく訓練された熟練の兵士であるのは明らかだ。山賊や村の自警団程度では束になっても敵わないだろう。
建物の立派さもさることながら、彼らの存在そのものがこのホテルのグレードの高さを物語っている。
「すっごいなぁ・・・すっごいなぁ・・・」
思わず間抜けな面で感嘆の声を上げてしまうカンナ。傍から見たら田舎娘丸出しの様相だろう。
こんな所に泊まるなんて当然ながら人生で初めての経験だ。一泊いくらするんだろう・・・。
「お嬢さん、当ホテルに何か御用でしょうか?」
入口の前で呆然としていると、警備兵のうちの一人に声をかけられる。
「うひぁっ!?あ、あの、あたし、よ、よよ、予約してるカンナ・アシラテンです!怪しい者ではありません!」
ガチガチに緊張した様子で素っ頓狂な声を上げてしまう。これではもう見るからに変なヤツだ・・・。
「ふむ・・・かしこまりました。ですがそういった内容は私どもではなく中の受付に仰った方がよろしいでしょう。ロビーまでは何方でも入場できますので、どうぞお通りください」
「あ、はい・・・ありがとう・・・ございます・・・」
当然の反応だ。ただの門番に名前を告げた所でどうにもなるまい。カンナは顔を真っ赤にしながらすごすごと扉をくぐる。
それにしても無骨な外見からは驚くほど丁寧な応対だ。やはり末端の一人一人にまで教育が行き届いているのだろう。
扉をくぐると格調高いシャンデリアやピカピカに磨かれた石造りの床や壁、高級そうな絵画や水瓶などがカンナを出迎えてくれる。
「なんかもう、何から何まで場違いって感じ・・・。今なら顔から火が出る魔法が使えそう・・・」
キョロキョロと周囲を見回して独り言を漏らしてしまう。田舎娘のカンナにとって都会の高級ホテルというのはあまりにも落ち着かない空間だった。
「受付・・・あそこかな。うわぁもう、すごいニコニコ笑顔でこっち見てるよう・・・」
カンナの視線の先にはカウンターがあり、そこにいる女性がこちらを見ていた。
年齢は30代前半といったところか。金髪の美人だが、どこか人の良さそうな柔和な雰囲気がある。
「いらっしゃいませ。ようこそおいで下さいました。ご予約のお客様でしょうか?」
「は、はい。わたくし、ルクスリバーさんの紹介で参りました!カンナ・アシラテンと申しますわ!よしなに!」
付け焼刃の上流階級ごっこで挨拶をするカンナ。明らかに不自然な口調なのだが、彼女は緊張のあまり気づいていない。
「アシラテン様ですね、ルクスリバー様よりお代は頂いております。お部屋は7階の3号室ですので、そちらの昇降機をご利用ください」
「ななかい・・・?」
聞きなれない言葉にカンナは耳を疑う。村に3階建て以上の建物は存在しなかったからだ。
「えっと・・・?すいません、この建物って何階建てなんですか?」
「はい、このホテル・エクストラは地上9階地下1階建ての構造となっておりまして、各フロアには4つの客室がございます。つまり、当ホテルは合計で40のお部屋をご用意させていただいております」
「ふえぇ・・・ちなみにお代ってどれくらいなんでしょう・・・?」
「お部屋のグレードにもよりますが、お客様のご予約いただいたお部屋ですと1泊12,000メル頂戴しております」
「いちまん・・・にせん・・・」
桁がおかしい。カンナの村での月収が大体3,000メルなので、その4倍だ。
村の民宿が一泊200メル。村の酒場でたらふく酒を飲みまくっても1,000メルは上回らない。
だから単純に計算すると村と比べて10倍の宿泊費になる。庶民が何年間も必死に節約生活をして、ようやくできた貯金で辛うじて一泊できるかどうかというレベルだ。
それだけの金額を今日初めて会った小娘にポンと出してくれる辺りルクスリバー家は相当裕福な上級貴族なのは間違いないだろう。
それとも、本気でカンナを息子の婚約者として迎えるつもりだから最大級のもてなしをするという事だろうか。
(どっちにしてもあたしには身に余る話だよねぇ・・・)
嫁に行けば今の10倍豪華な生活が保障されるのならば、それはそれで悪くはないかもしれないが───。
(いやしかし、人の価値はお金だけで測れるもんでもないだろうし・・・ほら、ルクスリバーさんも家柄だけではうんぬんって言ってたし)
ついつい湧き出てくる俗っぽい欲望を振り払うように首を振る。
(そーだよ。あたしはまだアイルって人と会ってもいないんだ。何も考えず嫁に行ってもし旦那がものすごいクズ貴族だったら最悪だし、ここは慎重に見極めないとねっ!!)
父親の親切さから考えるに息子がロクデナシである可能性は低そうだが、実は母親がとんでもない悪女でアイルが母親似である可能性もないわけではない。
(いやいや、会った事もない人の母親を勝手に悪女予想するとか最高に失礼じゃんあたし!やめやめ!このネタについて考えるの禁止!いかん、なんか変なテンションになってる気がするぞ・・・)
そうこう考えながら歩いているうちにカンナは自分の部屋の前にたどり着く。
華美な装飾が施された鍵を使って華美な装飾が施された扉を開け、華美な装飾が施されているであろう部屋の中へ入る。頭の中に黴が生えそうだ。
「おおぉっ・・・!?」
目の前に広がる光景は想像していたよりも遥かに豪華絢爛で煌びやかなものだった。
まず目に入ったのは大きなベッド。ダブルどころではない、キングサイズだ。カンナが3~4人寝転がってもまだスペースに余裕がある。村の民宿ならこのベッドだけで一部屋が埋まるだろう。
「こ、これって天蓋付きって奴じゃない・・・?絵本の世界でしか見たことないよこんなの・・・」
続いて視界に入るのはガラス張りの広い浴室。しかもただの浴室ではなく、なんと浴槽がベッドと同じくらい広い。
「プール・・・?いや、たぶんお風呂よねコレ。泳げるんじゃないかしら・・・」
さらに室内を見渡せば、高級感あふれるソファにふかふかの絨毯。金で装飾された化粧台まで完備だ。
ちらりと窓の外を見ると、美しい中庭が見える。
「うわぁっ、お花畑まで見える!すっごい!!」
カンナは目を輝かせて部屋を探検し始める。
「あ、ここからバルコニーに出られるんだ。うへぇ、眺めも最高・・・」
うっとりとした表情でひとしきり室内を探索した後、カンナはやっと一息つく。
「ふうっ、なんか疲れちゃった。少し休もうかな・・・ってあれ?何か置いてある・・・?」
机の上には何かの飲み物が入った小さなボトルが2本とグラスが置いてある。カンナはグラスの下にあるメッセージカードを読んでみる。
『こちらは当ホテルのウェルカムドリンクとなっております。黒いボトルにはアスチルベ名産のワイン。白いボトルには季節のフルーツジュースが入っております。お好みに合わせてお楽しみください』
「うえるかむ・・・どりんく・・・?」
当然のようにカンナには聞き覚えのない言葉である。飲んで良い物なのかどうかすらわからない。そもそも飲めるものなのだろうか?
「でも、ワインとかジュースとか書いてあるし、お楽しみくださいって書いてあるし、飲んでいいよって事だよね・・・?」
なお、ナスタ王国の法律では飲酒が許可されるのは男女共に18歳からである。保護者の同伴があれば16歳から飲んでも良い。
カンナは17歳であり、本来ならば大人と一緒でなければお酒を飲んではいけない年齢なのだが・・・。
キョロキョロと辺りを見回し、ここが密室で誰も見ていない空間なのを確認すると、好奇心旺盛な少女は恐る恐る黒い方のボトルに手を伸ばす。
ラベルに書かれている文字を読むと、どうやらこれは赤ワインというらしい。白とか黒もあるのだろうか?
次に、隣の白っぽい色の瓶を取る。こちらもラベルに書いてある文字を読み、これがオレンジの果汁を使ったジュースだという事がわかった。
「お酒・・・誰も見てないし、ちょっとくらいなら・・・良いわよね?」ごくりっ。
「・・・・・・美味しい!ちょっと渋いけど、ブドウの香りが爽やかだわ!」
カンナはまず赤い方を口に含んでみたのだが、その味はお酒と呼ぶにはとても甘く飲みやすいものだった。だがそれが罠だった。
ごくりごくりと次から次へとグラスに注いでは飲んでを繰り返していると、あっという間にボトルの中身は空になってしまっていた。
「えっと、次はジュースの方ね。んぐっ、んっ、ぷはーっ。これもおいしい!」
ジュースの方も飲み干したあたりで、カンナは自らの身体に起こる異変に気付く。
「ふぅ・・・なんだか暑くなってきちゃったなぁ・・・。服脱ごうかな・・・」
まず上着を脱ぎ捨てると、そのままシャツも脱いでしまい下着姿になる。
「ふうっ、気持ちいい~」
カンナが軽く伸びをしてブラジャーを外すと、形の良い胸が露わになった。
「あぁー、なんだか頭もふわふわしてきたわぁ。これが酔っぱらうって事かしら?」
続いてスカートも脱いだ後、パンツにも手をかける。
「さすがにパンツまで脱ぐのは恥ずかしいなぁ・・・。まぁ誰も見てないし、気にしない!えいっ!!」
カンナは勢いよく最後の一枚を取り去り、生まれたままの姿になるとベッドにダイブする。
「はあ〜っ。ふかふかのベッドさいっこぉ〜」
ごろごろと転がったり、足をバタつかせたりと忙しなく動き回るカンナだったが、次第にその動作は緩慢になりやがて止まってしまう。
「・・・すぅ・・・すぅ・・・」
そして静かな寝息を立て始めるのであった。
***
アイル・ルクスリバーは自宅の屋敷で日課の瞑想をしていた。
魔術師にとって魔力を強化するための最もポピュラーな手段は瞑想による精神統一である。
「・・・ふぅ、今日はこのくらいにしておこうかな。明日は早いし」
修行をいつもより短めに切り上げて、アイルは立ち上がる。
まだ15歳のこの若い少年は明日、親元を離れて首都セントナスタにある魔法学園へ旅立つ。
倍率が非常に高く難関と言われる試験で有名なナスタ王立魔法学園だったが、元々が聡明かつ既にアスチルベでも指折りの魔術師として実績のあるアイルにとって、試験の突破は造作もない事であった。
アイルの夢は世界一の大魔導士になり"ある女"を見返してやる事だった。その女とはアイルの実母に他ならないのだが、詳しい事情はここでは割愛する。
アイルは名門貴族の家に生まれ、幼少期から何不自由ない恵まれた環境で育ってきた。
生まれつき極めて高い魔術的素養をもっていたアイルがそれを活かして魔法使いとしての道を歩み始めるのにそれほど時間はかからなかった。
明日からの生活に思いを馳せていると、ルクスリバー家の現当主である父親が帰ってくる。
「お帰りなさい」アイルはそう言って出迎える。
父親はアイルの肩に手を置くと、優しく微笑んだ。
「ただいま。いい子にしていたか?」
アイルは父親に頭を撫でられるのが好きだった。
アイルは父親に対して絶対的な信頼を寄せており、また尊敬していた。
「はい。もちろんです父上。明日はいよいよ旅立ちですね」
アイルは笑顔で言う。
「ああ、そうだな。まだ幼いお前を一人で厳しい環境に放り込むのは父として心苦しい限りだが・・・お前ならきっとうまくやっていけるだろう」
「えぇ、わかっていますよ。僕も不安なんてありませんからね。必ず立派な大魔導士に―――父上が誇りに思うような息子になってみせます」
そう言うと、父親は満足そうに頷きアイルの頭を撫でた。
「期待しているぞ・・・あぁ、そうだ。今日は薬屋に行ったら面白い女の子と出会ってな」
「面白い女性・・・ですか?」
「うむ、山奥の田舎から出てきた少女らしくてな。名をカンナと言うのだが、これがまた面白い娘で・・・」
くっくっ、と思い出し笑いをしながら父親は話を続ける。
「この町へ来る途中、魔物に襲われる親子を助けてきたそうでな。話を聞いた所、なんと3体ものゴブリンを素手で制圧してきたそうなんだ」
「素手で・・・?それは凄いですね。でも、どうしてそんな事が・・・」
「しかもその少女は自分は魔法使いだと名乗ったんだよ。おまけに明日お前と同じナスタ王立魔法学園へと旅立つそうだ」
アイルはその言葉を聞いて思わず目を丸くした。素手で魔物を殴り倒す少女が魔法使いを名乗り、名門魔法学園に入学するだって?
「それはまた凄い偶然ですね・・・」
「だろう?私は運命を感じたよ。明るくて可愛らしい少女でな、しかも戦いの才能もある。お前の嫁候補としてうちに来ないかと声をかけたんだよ」
アイルは内心でため息をつく。アイルは結婚相手を探す為に首都まで行くわけではない。
アイルの夢は世界一の大魔導士になることなのだ。
「父上、その話は―――」
「無論、断られたさ。いや、保留にされたといった感じかな?顔も知らない相手との結婚など勧めるべきではなかった」
その言葉を聞いて安堵する。もしその人が前向きな返事をして話が進んでしまっていたら、アイルは今頃見知らぬ田舎娘と結婚させられる事になっていたかもしれない。
それが他の有象無象と同じ、"アイル"ではなく"アイルの一族が持つ財産"が目当てなだけの女だったとしてもだ・・・。
釈然としない表情のアイルを見て、父親は優しく諭すように語り掛ける。
「アイルよ、お前が"母親のせいで"女性に対し苦手意識があったり偏見を持っていたりするのは理解している」
母親、という言葉が出た途端、アイルの顔色が曇った。
「だがそれでも、我々は偉大な先祖から受け継いできたこの高貴なる血筋を簡単に絶やしてしまうわけにはいかないのだ。この土地を守る為にはルクスリバーの血が必要なのだ。わかるな?」
アイルは目を伏せたまま黙って首肯する。
アイルは母親が父親と家を捨て出て行って以来、父親にべったりとくっついて育った。
母親はアイルがわずか4歳の頃に家を飛び出して以来一度も戻ってこなかった。
アイルは父親が大好きだったが、反面、母親の事は心の底から憎んでいた。アイルにとって、母親という存在は呪い以外の何物でもない。
更に間の悪い事に、何年か前に父親がアイルの結婚相手を探し始めたという噂が広まった途端、財産目当ての女達が一斉に群がってきたのだ。半ば誘拐まがいの事をされそうになった事もある。
その事がより一層アイルの女性不信を加速させる要因となってしまったのだ。特に結婚適齢期前後の大人の女性に対する不信感はかなり根深いものがあった。
「お前には私の妻と・・・私自身の不徳のせいで辛い思いをさせてしまってすまないと思っている。」
「いいえ、僕は大丈夫です。それに、父上の夢は僕にとっても大切なものですから」
「お前はルクスリバー家が始まって以来最も才能に溢れた魔術師だ。私や私の父など比べ物にならない程・・・。そのお前をこの狭い家に閉じ込めたままにしておくのは良くない事だ」
父親は、おそらく自分自身にも言い聞かせているのだろう。
「アイル、お前はもっと広い世界を知るべきだ。世界を巡り、自らの知見を深め、そのうえで自分が最良だと思える選択をしなさい。それが何であれ私はお前の選択を支持するだろう」
たとえその結末がお家の断絶であったとしても?とは聞けない。聞いてしまえば、明日自分は死ぬほど後味の悪い旅立ちを迎える事になる・・・。
「・・・はい。わかりました。父上」
彼にできるのは、ただ首を縦に振ることだけだった。
***
アイルが自室に戻ってから父親は深くため息をついた。
「人生とは、ままならないものだな・・・」
彼は心から息子を愛している。それは紛れもない事実だ。だからなるべく息子に辛い思いをさせるような真似はしたくない。
だが同時に、彼は息子を一族とこの町を発展させるための道具として見ている事も否定できない事実だった。
「私ではあの子を幸せに導いてやれないのか・・・?私は親失格だな・・・これではあの子の母親の事を悪く言う資格もない」
誰か、誰でも良いから自分に代わって息子を幸せへと導ける者が現れて欲しい。彼にはそれを祈る事しかできない・・・。
ふと彼は昼間出会ったカンナという少女の事を思い出す。彼女はとても魅力的な少女で、アイルの隣に立つに相応しい少女のように思えた。
根拠などないが、彼女ならあるいは息子の心を癒してくれるかもしれない。そう直感したからこそあのように強引な縁談を進めようとしたのだ。
だがそれではいけないのだ。無理やりな政略結婚をさせられた女性がどのように歪んでしまうのかは、彼自身が誰よりもよく知っているのだから。アイルの母親を最も近くで見てきた者として。
「せめて、あの子の眩しさが少しでもアイルに良い影響を与えてくれると良いのだが・・・」
淡い希望を胸に、父親は我が子を修羅場へと送りこむ。
***
小鳥の囀りと窓から差し込む心地よい日光を浴びてカンナは目を覚ます。
「んん・・・頭痛い・・・気持ち悪い・・・」
カンナの視界には知らない天井が広がっていた。
「ここどこ・・・何であたし裸なの・・・?」
昨夜の記憶が曖昧だ。顔を洗って眠気を払い、気分を落ち着けながら記憶を整理する。
(確か昨日はルクスリバーさんに高級ホテルを用意してもらって、あたしは調子に乗ってお酒を飲み過ぎちゃったんだっけ)
カンナは昨夜の自分の行動を振り返り反省した。お酒は18歳になってから、だ。
「折角の高級ホテルが台無しだよぅ・・・」
夜を楽しむ暇もなく酔いつぶれて倒れてしまった事を激しく後悔する。
そろそろ出発しないといけない時間だ。こんな良い宿に次はいつ来られるかもわからないのに。
「ふうぅ・・・とにかく急がないと。アイル君だっけ?貴族の跡取り息子を待たせちゃうのは失礼だもんね」
カンナはまだ痛む頭を押さえつついそいそと身支度を整えた。そして部屋を出る前に鏡の前で服装を整える。
カンナは胸元が大胆に開いた服を選んだ。もっとも、火属性魔法を多用する関係で普段から放熱のために露出の多い恰好をしているのだが。
「うん!あたしは今日も可愛い!やるぞーっ!」
自信満々に微笑んで、カンナはホテルを後にした。
昨日ルクスリバー氏からもらったメモによると、集合場所は町の西門らしい。
***
西門へと歩いていると、不意に小さな女の子とぶつかった。
「わっ、と」
「きゃ・・・ご、ごめんなさい。お怪我はありませんか?」
少女はカンナよりも小柄で、日焼けした褐色の肌に艶やかな銀髪と碧色の瞳が特徴的だった。
高そうな生地の服を着ており、物腰も柔らかいので良家のお嬢様のような印象を受ける。
「ううん、大丈夫だよ」
「良かった・・・申し訳ないのですが、先を急ぐので」
「はーい」
ぺこりと一礼すると、少女は人ごみに紛れるように町の方へと消えていった。
(可愛い子だったなぁ。色黒だったし、砂漠の国の出身かな?)
などと考えていると、続いて体格の良い兵士が慌てた様子で話しかけてくる。
「そこの少女、ちょっと良いかな?」
「はい?あたしですか?良いですけど」
「この辺で、色黒で銀髪碧眼のお嬢様を見なかったかい?」
「それなら、ついさっきここでぶつかりました。あっちの方へ走っていきましたよ」
「本当か!?ありがとう!」
礼もそこそこに兵士はカンナが指さした方へと走っていった。
(なんだったんだろう・・・?箱入りのお嬢様が脱走でもしたのかな?)
そんな事を思いながらカンナは西門への道を急ぐ。
この二人が後に運命的な邂逅をするのは、まだしばらく先のお話である。
***
西門に到着すると、門の外に高級そうな馬車が一台停まっており、近くに御者らしき紳士が立っていた。カンナはその人物に近づき声をかける。
「おはようございます。あの、あたしルクスリバーさんに紹介されたカンナ・アシラテンって言うんですけど・・・」
紳士はカンナの存在に気付くと、恭しくぺこりと礼をした。
「おはようございますカンナ様。旦那様よりお話は伺っております。私めは執事のアルバートと申します。本日はよろしくお願い致します」
「あっはい、こちらこそ。どうもご丁寧に・・・」
「坊ちゃまは既に馬車の中でお待ちです。どうぞお乗りください」
「はーい」
カンナは促されるまま馬車に乗り込もうとすると、執事がこっそりと耳打ちしてきた。
「僭越ながら、私めから坊ちゃまとの交流につきまして一つ助言をば。よろしいですかな?」
「あ、はい」
「坊ちゃまは年上の女性に対して少々苦手意識を持っております。どうか、その辺りを気にして接してくだされ」
「え、そうなの?」
「えぇ。特に、貴方様のような刺激的なお召し物の女性に対しては特に」
「えっ、あっ、やっぱりこの衣装はちょっと大胆だったかなぁ」
そう言って、カンナは少し照れくさそうに胸元を隠す仕草をする。だが、アルバートはそれを遮るように言葉を続けた。
「いえ、服装に関しては問題ありません。むしろ、そのような大胆な服を着こなしている貴女様の姿はとても魅力的でございます」
「へへ、ありがとうございます」
「ですが、それはこれまで既成事実を作ろうと坊ちゃまに言い寄ってきた不埒な女どもとて同じ事。つまるところ坊ちゃまは最初カンナ様の事を大層警戒なさるかと思われます」
「ふむふむ」
「良いですかな?過度なスキンシップは厳禁とお心得くだされ。適切な距離感からじわじわと詰めてゆけばきっと心を開いてくださるでしょう」
「なるほど、わかりました。では行ってきますね!」
ぺこりとお辞儀をする執事を背に、カンナは意気揚々と馬車に乗り込んだ。
***
(いよいよアイル君とご対面かぁ。どんな子かな?ドキドキするなぁ。仲良くなれると良いな)
垂れ幕をくぐり、馬車の中へと入る。中にちょこんと座っていた少年を見て、カンナは思わず息を飲んだ。
艶のかかった鮮やかライトブラウンの髪は綺麗に切りそろえられており、サラサラのストレートヘアが僅かに風になびく。
瞳はこれもまた透き通るような無垢なサファイア色で、これより綺麗な青色をカンナはこれまで見た事がない。
それらを気品のある色白の肌が更に引き立てており、絵本の中から飛び出してきたような可憐さを演出している。
未成熟な身体はカンナよりやや身長が低く、極めて華奢な体格も相まって触れただけで砕けてしまいそうな危うさも持っている。
それを隠すように服装はゆったりとしたローブを羽織っている。カンナとは対照的に極力肌の露出を抑えるような格好だ。寒がりなのだろうか。
なにより特徴的なのは全身の至る所に身につけられた装飾品。頭部にはサークレット、耳にはイヤリング、首元にはペンダント、両の手首にはブレスレット。
その全てに魔力が込められているであろ宝石が埋め込まれていた。全部売ったら小さな屋敷くらいは建てられるだろう。
これだけたくさんの魔道具を身に着ければ普通はどれかが互いの性質に干渉して逆効果になりがちなのだが、そうならないよう絶妙な調整が施されているのだろう。
だがそんな事より、カンナの視線はすぐ目の前にいる美少年へと釘付けになってしまっていた。
(うそ・・・超可愛い!想像してたより何倍も!こんな美少年見たことない!娶りたい!持って帰ってもいいかな!?)
カンナの心の中で、欲望が一気に膨れ上がる。どちらかというとカンナは娶られる側の立場なのだが・・・。
思わず襲い掛かってしまいそうな衝動と必死に格闘しているカンナだが、彼女の突然の入室に驚いた少年の短い悲鳴で我に返る。
「ひっ、だ、誰・・・!?」
「えっ、あっ、えーと、大丈夫です!あたしは怪しい者じゃありません!あなたの未来の奥さんです!」
どう見ても怪しい。怪しさ100点満点だ。
「えーと、まずはそうだ。握手しよう、握手!ほらほら怪しくないよ~」
身を乗り出して手を伸ばすと、ぱしんっと払われてしまう。
「ご、ごめんなさい、でもそれ以上近寄らないで・・・!」
「がーん!」
思いっきり拒絶された。握手は悪手だったか。ちっとも面白くない。
そういえば、先ほど執事に過度なスキンシップは厳禁だと言われたばかりではないか。
我ながら見事な自爆っぷりに頭を抱えてしまうカンナ。このままではまずい・・・!
一旦落ち着こう、一歩下がって深呼吸する。少年は警戒度MAXの表情でこちらを見ている・・・。
「ごほん・・・初めまして、あたしはカンナ!カンナ・アシラテンです!君のお父さんに紹介されてここに来ました。今日はよろしくね!」
「あ、あぁ・・・あなたが例の。初めまして、アイル・ルクスリバーです・・・」
何とか軌道修正するための挨拶を済ませるものの、これでは第一印象はほぼ最悪に近い形だろう。
(バカバカバカバカ、あたしのバカっ!これだとただの変態だよぉ~!!アイル君怯えちゃってるじゃん!!!)
もはやフィアンセとは最も遠い位置に堕したであろう彼からの評価にカンナは頭痛を覚える。玉の輿計画は早くも頓挫したように思えた。
とにかく、この死ぬほど気まずい空気を抱えたまま首都まで同道するわけにはいかない。カンナは少ない知識を必死に総動員して突破口を探す。
「驚かせてごめんね?あたし、貴族の男の子とお話しするのって初めてで緊張しちゃって・・・。失礼な所とかあるかもしれないけど、少しずつ直していくから嫌いにならないでくれると嬉しいな」
ひとまずは先の無遠慮な闖入に対して謝罪をする。"ごめんなさい"ができない人間は嫌われると村で両親に教えられたのだ。
「いえ・・・んん・・・僕もその、同行者がいる事を知っていたのに驚いてしまってすみません。ちょっと考え事をしていたもので・・・」
丁寧な口調で詫びてくるアイル。おかしい。100%悪いのはカンナなのだし、貴族の彼が平民の自分に頭を下げる必要などないというのに。
「そっか、じゃあこの事についてはこれでおしまい!」
とりあえずは話題を変えるべく明るく振る舞うカンナ。
「とりあえず、こっちの席に座ってもいいかな?」
「どうぞ・・・」
アイルの許可を得て対面に座るカンナ。本当は隣に座りたかったのだが、流石にそれは攻めすぎだろうと思ったのでやめた。
もっとも、対面に座ると言う事は大胆に開いた胸元を見せつける形になるのだが、カンナはそれに気づいていない。
カンナの着席を確認すると、御者の男は首都へ向けて馬を走らせ始める。
がたんごとん、と馬車が揺れるたびにカンナの胸もぷるんぷるんと揺れる。アイルの視線が泳ぎがちなのは緊張からなのか、それとも揺れる胸を凝視しないよう必死に目を逸らしているからか。
「えーと、それじゃ改めて。あたしはスイトピー村出身の魔法使い、カンナです。あたしの事はお父さんからどれくらい聞いてるのかな?」
カンナがそう言うと、不意にアイルがくすっと小さく笑う。
「本当に魔法使いだと名乗るんですね」
「へ?」
「父から大方の経緯は聞いています。僕と同じ魔法学園に入学する事、ここへ向かう道中で魔物に襲われる親子を助けた事、その際ほとんど素手での格闘でゴブリンの群れを制圧した事も」
「あはは、ほとんど全部聞いてるんだね!」
「父は言っていました。『素手で魔物殴り倒す娘が魔法使いを名乗った時は笑ってしまったよ。だが、あの子はいろんな意味で本物だ。いつかお前とは違った形の魔術師として大成するかもな』と」
「あはは・・・ホントに全部聞いてるんだね・・・」
褒められているのか笑われているのか微妙な評価にカンナは苦笑いを浮かべる。
カンナとしては、別に魔法による戦闘が苦手なわけではない。遠距離からの撃ち合いもやろうと思えばそれなりにできる。
だが、チャンスがあるのであればなるべく至近距離から爆炎を撃ち込んだ方が省エネかつ効果的にダメージを与えられるのだ。そしてカンナにはそれができるからやっているだけ。
あくまでカンナの戦闘スタイルの本質は魔法使いらしく"火属性の魔法攻撃で敵を吹っ飛ばす事"が主体である。格闘術はその効果を高めるためのツールに過ぎない。
だから"どつき合い命の戦士タイプ"という風に自分が見られているのはどうにも釈然としなかった。魔法使いが接近戦をするのはそんなにおかしな事だろうか?
「アイル君は、さ・・・」
「はい」
「私みたいな自称魔法使いもどきの暴力女は嫌いかな・・・?」
いけない、あまりに周りの評価が自分の理想とかけ離れているせいかどうしても卑屈な態度になってしまう。
自分は間違ってなどいない。これが自分にとっての最適解なのだから、もっと自信を持って堂々としてればいいのに。
そう理解してはいるのだが、この後のアイルの返答を予測してため息をつきそうになってしまう。
「いいえ、むしろ非常に好ましく思っています」
「・・・・・・え?」
だが、アイルの返答はカンナの予想を大幅に裏切るものだった。
「多くの場合、魔術師は単独での戦闘を苦手としています。相当格下の相手でもなければ悠長に詠唱する隙なんて与えてくれませんから」
「うん」
「だから世の魔術師たちは様々な方法で対策を練ります。詠唱を短縮もしくは破棄する修行をする者。地の利や様々な道具を使って時間を稼ぐ者。そして―――」
「他の人を盾にしながら戦う者、でしょ?」
実際に軍に所属する魔術師の殆どが騎士をはじめとする前衛とセットでの運用をされている。
「はい。残念な事に魔法使いという生き物は、同格以上の相手に肉薄されるとなすすべもなく倒されてしまう者がほとんどです」
「そうだねぇ。あたしももし魔法使いと戦う時があったら、真っ先に接近戦に持ち込むと思う」
「それをさせないのが一流の魔術師と言えるのかもしれませんが・・・初めの内からそれができる人間などいないでしょう」
アイルは小さく息をついて、なおも言葉を続ける。
「これは僕の持論ですが、真に一流の魔法使いとは"相手を近寄らせない"のはもちろんのこと、"仮に肉薄されたとしても、なお切れるカードがある"者の事を言うのだと思います」
「あたしの場合はそれが格闘術って事?」
「そうです。一つの事しかできない相手ほど与しやすいものはありません。なにせ得意技さえ封じてしまえばその後は消化試合でしかありませんから」
「なるほど」
「剣術しかできない者が相手なら手足を縛るか切ってしまえば良い。魔法しかできない者が相手なら肉薄するか喉を潰してしまえば良い。そうしたら後はなぶり殺しです」
「表現が物騒だねぇ」
「茶化さないでください」
「はい・・・」
思ったより強気な態度で叱られてしまいカンナはしょんぼりする。アイルの表情には先ほどまでの警戒や怯えなどは微塵もなく、活き活きとしている。
どうやらこの少年は理論や戦術について語るのが好きなタイプらしい。あるいは、今まではそれを語る相手に恵まれなかったのだろうか。
「話を戻します。つまるところですが、騎士にしろ魔術師にしろ多種多様な手札を揃えておくに越した事はないのです。どんな職業にしろ、究極的な理想は"一人でなんでもできる事"でしょう?」
「あたしはそんな立派な人じゃないけどね・・・」
「そうでしょうか?少なくとも魔法しか能のない僕には貴女のように至近距離で敵と殴り合う事なんてできません。10秒もたずに倒されるのがオチでしょう」
「でもきっとアイル君はあたしより魔法が上手だよ」
「かもしれません。ですが、今この瞬間僕と貴女が戦いになったとしたら、100%勝つのは貴女です」
確かに二人が今いるのは狭い馬車の中、しかも逃げ場のない密室である。互いに手を伸ばせば届く距離。格闘家にとっては必殺の間合いだ。
そこまで考えたところで、カンナはなるほどと内心で納得する。
先程アイルがやけに自分を警戒していたのは単に女性が苦手なのも理由の一つだろうが、そうでなくとも仮にカンナが強引に襲い掛かったならば彼には抵抗する手段がなかったからなのだ。
それに恐らく、彼ほど身分の高い貴族ならば過去にそういう事をされた経験があるのかもしれない。ましてそうであったのならば、それがトラウマになっていてもおかしくはない。
(なのにあたしは勝手に舞い上がって、接近しようとして、怖がらせちゃって・・・)
カンナの表情はますます曇る。
「なので」
「え・・・?」
アイルの声にカンナが顔を上げると、アイルはおずおずと細い手をこちらに伸ばしていた。
カンナにとっては必殺の間合い。彼が最も避けなければならない距離に自ら踏み込んで来たのだ。なぜ?
彼の顔を見る。白い肌を真っ赤に染めて、俯きがちに目を逸らしている。怖いのだ、恥ずかしいのだ、それが当然だ。
にも拘らず。
「げ、元気・・・・・・出して、ください・・・・・・」
絞りだすような声。ありったけの勇気を振り絞った一言だった。
アイルの指先が震えているのがカンナにも分かった。だが彼は恐怖と羞恥に必死に耐えながら、それでも自分に手を差し伸べている。
「あ、貴女は・・・きっと、悪い人じゃ・・・ない。短い間ですが、それはわかる。だ、だから、あの・・・」
(・・・・・・もしかして)
ある一つの考えに至り、カンナの心がざわつく。それは―――
「そんなに自分を、卑下しないで・・・自信をもって、ね?」
(この人は最初から、あたしを励ますつもりで・・・?)
あの長ったらしい講釈も、温めていた理論を自慢気に語る為ではなくて、最初からカンナを励ますための布石だったのだとしたら。
(そんなのって、不器用すぎるよ・・・!で、でも・・・)
もしそうであったのならば、カンナを励ますのなんて"そんな事ないよ"の一言で良かったはずなのに。
それをわざわざこんな回りくどい言い方をしてまで慰めてくれたのかと思うと、どうしようもなく胸が締め付けられる。
(好き・・・)
唐突にカンナの脳裏に浮かんだのは、たったそれだけの言葉。今、自分はどんな表情をしているのだろう。
(恋に落ちるって、こんな感覚なんだ・・・)
まるで自分の身体が自分のものでなくなったかのような浮遊感。今まで知らなかった感情の奔流がカンナの全身を駆け巡っていた。
頬が熱くなるのを感じる。我ながらチョロすぎる。心臓がうるさいくらい高鳴っているのが自分でもわかった。
同時に頭の中で警鐘が鳴り響く。相手は初対面の、それも年下の少年だぞ、と。
とはいえ一度燃え上がった恋の炎を消すのは容易ではない。だが、一時の冷静さを取り戻すためには役立った。
「えっと、あの・・・?」
カンナの沈黙をどう受け取ったのか、アイルは不安そうな顔でこちらを見ている。
目の前では行き場を失った彼の手がふらふらと彷徨っている。勝手に一人でトリップしている場合ではない。
「ありがとう」
そう言って、差し伸べられた手をぎゅっ、と握る。すべすべで潤った、汚れを知らないような真っ白な手。
だがそれ以前に――――冷たかった。
「ひやっこい!」
「温かい・・・」
二人して同時に感想を言う。一瞬の沈黙の後に顔を見合わせ、どちらからともなく笑い出した。
「あははははっ!」
「ふふふっ・・・」
ひとしきり笑い終わった後、カンナは改めてアイルの顔を見た。
「あたし達、仲良くなれるかな?」
「まだわかりません・・・ですが、なれると良いなと思います」
「もー!そこは嘘でも『なれますよ』って言っとくトコだと思うんだけど」
「すみません・・・なにぶん女性の心の機微には疎くて」
「じゃああたしが教えてあげる。そしたら絶対仲良くなれるから!」
「はは・・・お手柔らかにお願いします」
「言ったね?はいじゃあステップ1!あたしの事『カンナちゃん』って呼んでみて!」
「えっ」
「もしくは『カンナ』か『カンナお姉ちゃん』でも可!」
「ええっ・・・!?」
「ほら早く!」
「カ、カンナ・・・さん?」
「ううん、なんか距離感じるなぁ。まぁ今はこれでいっか!」
ほっとした様子のアイルを見て、とりあえず今日の所は満足する事にした。
あまり押しすぎて先程のような事になったら目も当てられない。
何せ二人はこれから同じ魔法学園に通うのだ。距離を縮める時間はいくらでもある。
わずかに頬を赤く染めながらはにかむアイルを見て、再び愛しさが湧き上がる。
(―――よし、決めた)
カンナの胸の中に決意が生まれる。それは、ある意味とてもシンプルなものだった。
(あたしは将来、この人の奥さんになろう)
恋は盲目とはよく言ったものである。カンナは今日出会ったばかりの少年に一目惚れしてしまったらしい。
カンナにとって誰かに恋心を抱くのは初めての事であった。故郷の山村では年の近い異性との出会いに恵まれなかったからである。
誰しも心当たりがあるのではないかと思うが、初めての恋というものは多くの場合何か大切な事を見失うほど激しく熱中してしまうものだ。
そして大抵、初恋というものは悲劇的な結末を迎える―――が、この物語にそのジンクスが当てはまるのかは今の所謎である。
***
「坊ちゃんたち、到着しましたよ」
御者がそう言って馬を止めると、カンナとアイルは荷物を纏めて馬車を下りる。
「うわぁ・・・」
カンナは目の前に広がる光景に言葉を失ってしまう。
都会の喧騒に圧倒される田舎者のような反応だが、実際そうなのだから仕方がない。
ここは世界最大の勢力を誇るナスタ王国の首都であり、カンナの生まれ育った村とは比べ物にならない程の規模の都市だ。
まず都市そのものが四方の全てを頑強な城壁で囲まれている。アスチルベの高級ホテルで見たような囲いを都市全体の規模でやっているのだ。
そもそもまず門の大きさからして段違いなのだ。カンナが物心ついた頃から住んでいる山奥の村とは違い、道行く人々の数は何十倍、あるいは何百倍も多い。
当然門もそれに合わせた規模になるのだから、その巨大さはそのまま村の何十倍という事だ。
都市の最奥部、小高い丘になっている部分にはおとぎ話の絵本でしか見た事がないような巨大なお城がどっしりと構えている。
世界最大の王国ナスタで最も高い地位と権力、そして富を持つこの国の王が住まう場所だ。はっきり言って田舎娘のカンナには一生縁のない場所だろう。
「す、すごい……」
カンナが田舎者丸出しと言った様相であちこちをキョロキョロ見回しているのを見て、アイルは苦笑する。
「首都に来るのは初めてですか?」わかり切った質問をするアイル。
「もちろん!すごいよアイル君!あっちもこっちも人だらけ!壁が高い!門がでっかい!」
自分より年上のはずなのに、まるで子供の様にはしゃぐカンナの様子を見て、アイルは今まで感じた事のない不思議な感情を抱く。
その正体はアイルにはわからないが、それは決して嫌なものではなくて、むしろ心地の良い感覚だった。
(なんだろう、この気持ち・・・胸が温かいような、不思議な・・・)
「アイルくーん!なにしてるの?ねえねえ入ろうよ!早く入ろうよー!」
アイルがその気持ちの正体に気が付く前にカンナに大声で呼ばれてしまい、ひとまず思考を中断する。
ぶんぶんと大きく手を振ってこちらを呼ぶ姿は都会の喧騒の中でもかなり目立つ。
「わかりました、今そちらへ」
首都特有の人ごみに揉まれながらアイルは何とかカンナと合流する。
「お待たせしました。では行きましょうか。先に受付を済ませておきますか?それとも―――」
「その前にちょっといろいろ見てもいい!?」
「ですよね。えぇ、構いませんよ」
入学式は明朝に行われる。新入生は前日中に学園へ赴き受付をしておく必要があるのだが、まだ日も高いし慌てる必要はないだろう。
「よーっし、それじゃ早速首都見学ツアーへレッツゴー!」
そう言うと、カンナはがしっとアイルの手を掴んで駆け出そうとする。
「っ」
大丈夫だとわかっていても、突然の接触に一瞬身体が強張ってしまう。
「あ・・・」
どうやらカンナに感づかれてしまったようだ。しまった、何をやっているんだとアイルは内心で猛省する。
恐らく彼女に他の女のような悪意など1%も存在しない。だというのに自分は何に怯えているというのだ。
女性が苦手だとはいえ、いたずらに女性を傷つけるのは決して本意ではないというのに。
「ご、ごめんね・・・またあたし調子にのっちゃって・・・」
そら見たことか。みるみる内に彼女の顔が曇っていくではないか。これでは"今までの過ち"を繰り返すだけで何も変わらないのだ。
アイルはわずかに逡巡した後、意を決して自ら彼女の手を握る。
「わっ、ひやっこい・・・じゃなくて、あの、アイル君?いいの?」
彼女の手は、とても温かい。火属性の魔法使いはそのマナ気質上心身共に高温である場合が多い。水属性の自分とは対照的だ。
だからこそ、熱い彼女と冷たい自分が混ざり合うとちょうど良くなるのかもしれない。
「大丈夫です・・・いいえ、たとえ大丈夫でなかったとしても、いつかは僕も変わらなければいけませんから」
これは紛れもない本心だ。父の望み通り跡継ぎを作るためには、近い将来女性と交わる必要があるのだから。
その為には少しずつこの難儀な心も身体も慣らしていかなければならない。ならばその相手は彼女が良い。アイルは素直にそう思う。
「そっかぁ・・・アイル君は偉いねぇ。よし!じゃああたしがいっぱい練習相手になってあげるからね!」
本番相手でも良いんだけどね、とカンナはアイルには聞こえない声で付け足す。
「ありがとうございます。では・・・行きましょう」
「うん!」こうして二人は仲良く手を繋いで歩き出す。
***
それからアイルはカンナが興味を示すものに片っ端から付き合わされる事になる。
例えばどこにでもあるようなクレープの屋台。アイルにとっては見慣れたものだがカンナにとっては初めて目にする新鮮なものらしい。
「なにこれ!?甘い!おいひい!」
口いっぱいにクレープを頬張る彼女に自然とアイルも笑顔になる。
続いてカンナが興味を示したのは商店街の露店に並ぶアクセサリーの列だった。
「ふわぁ・・・すごいよぉ。あれも可愛いし、こっちのもオシャレ!」
商品に負けないような輝いた瞳で店の隅々まで見回すカンナ。やはり年頃の女性はこういったものが好きなのだろうか。
アイルにとってこの手の装飾品は魔術の効率を底上げするための道具でしかない。魔術的要素のないアクセサリーなど錘でしかないとすら思う。決して口には出さないが。
そんな悲しい男と女のすれ違いに気づく様子もなく、カンナは店内の品を次から次に物色していく。
不意にぴたりと彼女の動きが止まる。疑問に思ったアイルが彼女の視線の先を見ると、そこには真っ赤な石に金の縁取りが施された小さなペンダントがあった。
アイルは直感的にこれがカンナの心を射止めたのだと思った。見た感じこれだけ他の商品と持っている輝きが違う。おそらくこの店の目玉商品なのだろう。
当然お値段の方も目玉が飛び出るような価格なのだろうか、と見てみると『3000メル』の値札が。なんだ、思っていたより安いなとアイルは思った。
ところがカンナにとってはそうではないらしく、彼女は値札を見てうんうんと悩んでいる。アイルには知る由もないが、3000メルとはカンナの村における月収とほぼ同じ金額である。
ふむ、と少し考えた後アイルはそのペンダントを手に取って店主に告げる。
「これを一つ」
財布から1000メル金貨を3枚出して支払いを済ませると、まいどあり!と店主は言ってペンダントを手渡す。
「どうぞ」
「えっ?」
突然の事にカンナは戸惑う。
「あ、あの、これはその・・・いいの?結構高いやつなのに」
「構いません。練習に付き合ってもらっているお礼だと思ってください」
「そんな、悪いよぅ・・・ただでさえあたしにとっては役得なのに・・・」
「・・・?よくわかりませんが、大した負担ではないので気にしないでください」
アイルは本当に大したことだと思わなかったのだが、カンナは申し訳なさそうな表情をする。
もしかして余計なお世話だったかと思い始めた時、カンナが何かぽつりと言う。
「やっぱ貴族の人って金銭感覚違うなぁ・・・あたし嫁入りしたら上手くやっていけるのかな・・・?」
「・・・?何か言いましたか?」
「ううん、なんでもないよ!それより・・・とっても嬉しいよ!ありがとね!」
満面の笑顔を浮かべたカンナを見ると、アイルはまた正体不明の不思議な感覚に襲われる。胸の奥が暖かくなって、どこか心地よいような気分になる。
この後も幾度かそんな気分を味わうのだが、彼がその気持ちの正体に気づくことはないまま時は過ぎていく。
***
「いやー、楽しかったなぁ!わかってたけど都会ってなんでもあってすごいんだね!」
「えぇ、セントナスタには僕も年に数回来ていますが、その度にアスチルベとの格差を思い知らされます」
「ホント、世界は広いねぇ・・・」
「えぇ・・・」
日が傾き始める頃、一通りの首都見学ツアーを終えた二人は入学の受付を済ませるためにナスタ王立魔法学園へと向かう。
首都セントナスタは大きく分けて東西南北と中央の5つの区画に分かれており、二人が入ってきたのは東区の門。
先程巡った商店街は中央区にあり、二人が向かっている北区には王城と高級住宅街、そして目的地である王立魔法学園がある。
ちなみに西区にはナスタ最大の歓楽街があり、南区は平民向けの住宅街が大半を占める。
二人が北区の街中を歩いていると、不意に女性の怒鳴り声が聞こえた。
「ちょっと!!あなた一体どうしてくれますの!?」
「ひえぇ、ごめんなさい、ゆるして・・・」
カンナとアイルは顔を見合わせる。二人ともこういうのは放っておけないタイプの人間だ。
無言で頷き合い、声のする方へと歩いて行く。
二人が目にしたのは、貴族と思われる金髪の女性が取り巻きらしき数名の少女と共に一人の平民を取り囲んでいる場面だ。
女性はカンナ達より少しだけ年上だろうか。やや長身ですらりと長い手足が特徴的だ。アメジストを思わせる紫の瞳を怒りに歪ませ一点を睨みつける。
視線の先には10歳程度の小さな少女。身なりからして平民の子供だろう。少女は泣きながら許しを請うているが、貴族の女は聞く耳を持たず、少女に向かってさらに罵声を浴びせかける。
「よくもわたくしの高貴な服に飲み物をぶっかけてくれましたわね!これがいくらかわかりますの!?10万メルですわよ!じゅ・う・ま・ん・め・る!どうしてくれますの!?」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
涙声で謝り続ける少女の手には空のコップ。怒っている女性の服の裾に茶色いシミが付いている事から恐らくはぶつかった拍子に中身をこぼしてしまったようだ。
「わたくしが!聞きたいのは!!謝罪ではなく!!この責任をどうとるのかですわ!!!」
「ううっ・・・わざとじゃないの・・・おねがいゆるして・・・」
「わざとかどうかは関係ありませんの!!」
「きゃあっ!」
パシーンと少女に平手打ちをする貴族の女性。それを見たカンナは頭に血が上ってしまう。
ぎょっとしたアイルが止める間もなく、彼女はずかずかと貴族と少女の間に割って入る。
「ちょっと待ったぁ!いくらなんでもやりすぎじゃないの!?」
「はい?なんですのアナタ。部外者は黙っていてくださいまし!」
「いーや、嫌だね!貴族ってのは皆あんたみたいに高慢ちきで暴力的なの?見てて気分が悪いのよっ!」
大声で啖呵を切るカンナに、取り巻きの少女たちがざわめく。『よせば良いのに』とか『なんて命知らずな』という声が聞こえるがカンナは怯まない。
「・・・平民風情が、わたくしを侮辱しましたわね!?この―――」
「っ!」
激昂して手を振り上げる貴族女性。しかし、その手がカンナに届く事はなかった。
べちゃっ、という音と共に貴族の手が何かに当たって止まったからだ。
見ると、カンナの顔の前にふよふよとゼリー状の水塊が浮いている。それがクッションとなって女性の手を止めたのだ。
ぽよん、と跳ね返された手を驚いた表情で見つめる女性。
「・・・二人とも、少し落ち着きませんか?」
アイルがゆったりとした足取りで二人の前に歩いて来る。その声色は驚くほど平坦で、カンナは少年の初めて見せる表情に驚きを隠せなかった。
だがそれ以上に驚いていたのは貴族の女性の方だ。彼女はアイルの顔を見て固まる。
「あ、あなた・・・ルクスリバー家の」
「はい。お久しぶりです。ミス・キクリーナ・クリサンセマム」
「ご、ごきげんよう・・・」
「え、なになにアイル君。知り合い?」
カンナが不思議そうに声をかけると、アイルは困ったような顔をする。
「えぇ。といっても社交界で数回挨拶を交わした程度ではありますが・・・」
「ちょっとあなた、身の程を弁えた方がよろしいのではなくて?」
カンナ気楽にアイルに話しかけるのを見て、キクリーナと呼ばれた貴族女性は咎めるように言う。
「えっえっ、どゆこと?」事情を呑み込めないカンナが困惑気味に聞く。
「ご存じないんですの?こちらの殿方は貴族の中でも十指に入る名門中の名門、ルクスリバー家のご嫡男ですわよ?」
どうやらルクスリバー家の家格はキクリーナの家よりも格上らしい。
「へー、そうなんだ。貴族なのは知ってたけど、すっごい偉いんだねぇアイル君の家って」
「そうですわよ!わたくしのような高貴な者ならともかく、あなたのような田舎娘がおいそれと近づいて良い身分の相手ではありませんのよ!」
「むっ、その田舎娘って呼び方やめてくれる?あたしにはカンナって名前が―――」
「カンナさん・・・すみませんが、少し黙っててもらえますか?」
「はぁい・・・」
アイルの静かな一言に、思わず気圧される。喧嘩を邪魔されて釈然としないが、貴族の事は貴族に任せておくべきだろう。
「さて・・・先程は僕の友人が熱くなってしまったようですみませんでした」
「友人?あのような世間知らずのド平民がですの?お言葉ですが、あんなのと関りすぎるとルクスリバーの家名に傷がつきますわよ」
あんなの呼ばわりされてカンナはまたしてもムッとするが、アイルの邪魔をしたくはない。
「人格の善し悪しは家柄だけで決まるものではありません。悪徳な貴族がいれば善良な一般市民もいる事は貴女もご存じのはずです」
「ふん」キクリーナは不満そうに鼻を鳴らす。
「それに・・・これは僕の父も良く言っていた事ですが、真に高貴な者は些末な事にいちいち目くじらを立てないものです。貴女もそうは思いませんか?」
「ぐっ・・・ですが、わたくしの服は―――」
「ではこうしましょう」
なおも食い下がるキクリーナをぴしゃりと制し、アイルは彼女の前で跪くと服の汚れに手を添える。
「な、何を・・・」突然の行動に驚くキクリーナを尻目に、アイルはそのまま指を滑らせていく。
(よし、まだ乾ききっていない・・・完全に染み付く前ならこうして―――)
アイルがぶつぶつと短い呪文を呟くと、とぷん、という音共にキクリーナの服にかかった飲み物だけが生地から離れて彼の手に吸い寄せられる。
数秒後には彼女の服からは汚れのほとんどが消え去り、元通りになっていた。
「うーん、やっぱり100%吸い出すのは無理か。ですが、これならよほど近くで見ない限りわからないはずです」
「・・・・・・」
押し黙ったままのキクリーナを横目に、アイルは平民の少女の方へと歩いて行く。今や少女は泣いておらず、ポカンと口を開けたままアイルを見ている。
「どんな事情かは知らないけど、今度から飲み物を持っている時は周りに気を付けて歩こう。お兄さんとの約束だ」
アイルがにっこりと微笑むと、少女はこくこくと頷く。
「うん、良い子だ」
少女の頭を優しく撫でると、少女を立たせ銀貨を数枚握らせる。
「これで新しいのを買うと良い。さ、気を付けて行ってね」
「―――っ」
少女はペコリと勢いよくお辞儀をすると、そのまま走り去っていった。心なしか頬が赤かったような気がする。
(アイル君って、意外と面倒見の良いタイプなのかな?)
その様子を見ていたカンナは、彼の新たな一面を目にして少し得をしたような気分になった。
しかしあの少女、おそらく窮地を救ってくれた年上男性の優しさに惚れてしまっただろう。
そしてこの場にいるキクリーナの取り巻きの中にもアイルを色めき立った視線で見るものが何人かいる。
(ライバルがどんどん増えてく・・・アイル君ってもしかして女の子をたらしこむ才能でもあるのかな)
「さて、これで一件落着でしょうか?」
アイルがキクリーナの方へ向きなおすと、彼女はすっかり大人しくなった様子で目を伏せている。
「えぇ・・・相変わらず惚れ惚れするような水術の腕ですわね」
「お褒めにあずかり恐悦至極」
「からかわないでくださいまし・・・」
アイルが冗談交じりに言うと、キクリーナはやや恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「カンナさん、でしたっけ?お連れの娘にはいろいろと言いたいこともありますが・・・貴方の顔に免じて今日の所は退かせていただきますわ」
「そうしてもらえると助かります」
にこりと微笑むアイル。すると突然カンナが声を上げる。
「あっ!時間!!」
「えっ」
空を見上げると、間もなく夕日が沈もうとしている時間であることに気づく。
魔法学園の受付は日没と共に終了する。新入生は前日までに手続きをしなければならないのだが・・・。
「たいへんだよ!日没までに間に合わないと入学できなくなっちゃう!」
「しまった・・・!すみませんキクリーナ嬢、僕たちはこれで!」
「は、はぁ・・・ごきげんよう」
「いそげー!」
どたばたと走り去っていく二人を見てキクリーナはため息をつく。
(入学と言っていましたわね。十中八九魔法学園の事でしょうけど・・・アイルさんはともかくとして、まさかあの田舎娘も?)
先ほどまでの騒動を思い出す。無謀にも彼女に喧嘩を売ってきたあの少女。
今思えばあの目はキクリーナを止めるつもり満々だった。おそらく、場合によっては力づくでも。
ただの身の程知らずの馬鹿なのか、それとも相当な実力を隠し持った強者なのか・・・。
(それに、アイルさんに向かってあんな親しげに話しかけるなんて、一体どういう関係なのでしょう?)
ただの従者とも思えない。それにしては距離が近すぎる。そもそもルクスリバーの嫡男は女嫌いではなかったのか。
(どういう事なの・・・?前に見たあの方はあんな強気な話術のできる殿方には見えませんでしたし、、まして女を侍らすようなすけこましにも・・・)
謎は深まるばかりだ。だが、いくら考えても答えは出ないだろう事に気づき、彼女は思考を止めた。
(いずれにせよ、明日になればわかる事。退屈せずに済みそうなのは朗報と思っておきましょう)
***
カンナとアイルは猛ダッシュで魔法学園へとひた走り、閉門5分前に滑り込みで入ることができた。
「はぁ、ふぅ・・・何とか間に合ったねぇ」
「ぜぇ、はぁ、げほっ・・・げほごほっ!おぇっ、げぼぉっ・・・」
「ちょ、アイル君大丈夫!?美少年が出しちゃいけない音が出てるよ!」
やや汗ばんでいる程度のカンナに対して、アイルはフルマラソンを終えた後のように疲労困憊でぐったりしている。
カンナが魔法による身体強化をしていないにも関わらずこの差だ。どうやら本当に体力勝負の類は苦手らしい。
「す、すみません、もう、だいじょぶです・・・うぷっ、はあ、はあっ・・・ほんと、ごめんなさい・・・」
「無理しなくていいよー。あたしが騒ぎに首突っ込んじゃったせいで遅れちゃったんだし、むしろ謝るのはあたしの方だよ」
カンナはやや遠慮がちに屈んで息を整えているアイルの背に手を伸ばす。やがて、そっと背中に手のひらを置く。
「あ・・・」
一瞬驚いたようではあるが、特に抵抗をされないのでそのままゆっくりとさすってやる。
間もなく落ち着きを取り戻したアイルは恥ずかしそうに俯く。
「ありがとうございます。だいぶ落ち着きました」
「そかそか、良かった。このまま血でも吐かれたらどうしようかと思ったよ~」
カンナが冗談めかして言うと、アイルは苦笑いを浮かべて小さく首を横に振る。
「まぁでも無理は禁物だし、ちょっとそこで座って休もっか」
「わかりました」
二人は連れ添って魔法学園のすぐ近くにある公園のベンチに腰掛ける。空を見上げると一番星がきらきらと輝いている。
受付を無事に済ますことができ、二人の手にはそれぞれ学生証の代わりとなる金色の三日月をかたどったバッジがあった。
魔法学園には毎年100人前後の新入生が入学してくる。その全員が厳しい経歴審査と筆記試験を突破した才能あふれる者たちだ。
だがその中でも特に有望と判断された者・・・毎年5~10人程度現れるそういった者には、今二人が手にしている金月のバッジが配られる。
それ以外の者には同じ形だが銀色のバッジが配られる。金月のバッジはエリート中のエリートである証だ。
もちろん銀月の者も他と比べれば十分に優秀なのだが、金月出身の者は皆例外なくそれぞれの分野で超一流の魔術師や学者として名を残している。
そんな栄誉ある評価を賜れたのはアイルはともかくカンナにとってはまさに奇跡とも言える出来事だった。何かの採点ミスでもあったのではないだろうか。
快活な性格とは対照的にカンナは自身の能力への評価があまり高くない。自分が世間知らずの田舎者である自覚があるし、それゆえ自分の力を周囲と比較する機会に恵まれなかったからだ。
「あたしが金月ねぇ・・・」
未だ実感が湧かない様子で手の中のバッジを弄ぶ。
「ほら、言った通りでしょう」
「?」
アイルが満足げに頷いて言うのをポカンとした表情で見つめる。
「僕はカンナさんの事を好ましく思っています」
「え!?」
突然の告白にカンナの顔が一瞬で真っ赤になる。が―――
「貴女は素晴らしい才能をもった魔術師なんです。たとえ今は未熟だったとしても。それを学園側もしっかりと理解しているんですよ。だから自信を持ってください」
ロマンスのロの字も感じられない無粋な二の矢にがっくりと肩を落とす。
(この子は本っ当にもう・・・!)
いちいち表現が回りくどいのだ。カンナの事を褒めるだけなら最初の一文はいらなかったはずだ。
しかし、それではカンナが納得しないだろうとあえて遠回しに言ってくれたのだろう。自分と学校がカンナの実力を相互保証しているのだぞ、と。
そう考えると、アイルが自分を慕ってくれているのがよくわかる。悪い気はしない・・・のだが、いちいち心臓に悪い。
(やっぱりアイル君って、魔法以上に相当な女たらしの才能があるんじゃ・・・)
この少年はおそらく無自覚で女性を気持ち良くさせる言葉を吐いている。それはある意味凄まじく、恐ろしい才能だ。
彼に好意を持っているカンナでなくとも容姿端麗な美少年にまっすぐ褒められて気を悪くする女などいないだろう。
当然余計な勘違いをしてしまう女性もこれまで多くいたはずだ。今のカンナのように・・・。
もしかすると、アイルが女性への苦手意識を持っているのはそれが原因ではないだろうか?
アイルにその気はないのに、勘違いした女性が強引に距離を詰めようとしてくる。
場合によっては激しい求婚や、無理やり既成事実を作ろうとしてきた者すらいるかもしれない。今のカンナがそうしたい衝動に駆られているように・・・。
アイルは間違いなくそういった女性に対して強く出れないタイプだ。今までなし崩し的に結婚させられていないのが奇跡なほどに。
きっとアイルはそんな女性達を傷つけまいと、相当な苦労をして距離を取ってきたに違いない。それが余計に追いかける女心に火をつけるのだとも知らずに。
よくもまあ今まで押し倒されずに済んだものだ。いや、まさか――――
「まってまってまって!」
「?」
嫌な考えがカンナの頭をよぎり慌てて否定する。
「アイル君!」それを振り払うように言う。
「はい」
「アイル君って、童貞だよね!?!?」
しん・・・という一瞬の静寂。ぽかん、と口を開けて驚くアイル。
カンナは自分が何を口走ったのかを理解し、まるで火が付いたかのように頬が熱くなる。
「あっ、いやそのっ!ヘンな意味じゃなくってね!?」
どんな意味よ、とカンナは自分自身に内心でツッコミを入れてしまう。
「は、いや・・・まぁ、そう、ですけど・・・」
「やっぱり!?だよね!!」
自分で思っていたより数倍大きな声が出てしまい、またカンナは羞恥に顔を染める。
「あの・・・なぜ突然そんな事を?」
この少年は先ほどまでカンナが自分に対して不埒な想像をしていたなどとは夢にも思っていないだろう。
自分がカンナをはじめとする多くの女性から気を持たれている事などなおさら理解してはいまい。
カンナはアイルの純真さに申し訳なくなりながらも答える。
「えっと、アイル君はもしかしたら女の子に興味無いんじゃないかなって思ってたんだけど、どうなのかなって思ったの!」
カンナの言葉を聞いてアイルは首を傾げる。
「いえ、僕も年頃ですし、流石に全くないわけでは・・・」
「そうなんだー。あ、そうだよね。男の子だし、ちゃんとあるよね・・・」
「まぁ・・・」
気まずい空気が流れる。アイルからしたら、だからなんだと言うのだといった気持ちだろう。
「ううん、いいの・・・それだけ聞ければカンナおねーちゃんは満足です・・・」
「そうですか・・・」
よもやもっと自分に性的な興味を持って欲しいだなどとは年頃の乙女であるカンナの口からは言えない。そして、自分の発言がいかに軽率であったかと後悔する。
「っくしゅん」
アイルが小さなくしゃみをする。春先とは言え汗だくのまま夜風に当たり続けたのはまずかったか。
火属性の魔力が体内に巡っているカンナは人よりも基礎体温が高く寒さに強い。言うなれば常に湯たんぽ状態なのだ。
「寒くなってきたね。そろそろ宿に行こっか」
そう言うとカンナは寒そうに震えるアイルに手を伸ばす。
「ほら、おてて出して」
促されて、おずおずと遠慮がちに手を伸ばすアイル。やはりまだぎこちなさが残っている。
今日一日でいろいろあったため忘れがちだが、この二人はまだ今朝出会ったばかりなのだ。
急速に距離を縮めているとはいえ、彼がノータイムでこの手を握ってくれる日が来るにはまだ長い時間が必要だろう。
(あわてないあわてない。時間はまだまだあるんだし)
そんな事を考えながら、カンナはアイルの手を取る。
「んん~!やっぱりひやっこいなぁ!」
「カンナさんはいつも温かいですね・・・」
「そうだねぇ、あたしの手が冷たくなるのは死ぬ時だけかな?」
「僕は生きてても死んでても冷たいでしょうね・・・」
「ハートがあったかければ大丈夫だよ!」
「ですね・・・それに、カンナさんと一緒にいれば僕も少しは温かくなれる気がします。身体も心も」
「へぇ、それは嬉しいな。じゃあもっとくっついてもいいよ♪」
カンナがアイルの腕に抱き着くと、アイルは一瞬ビクッとして固まってしまう。
「あちゃー・・・またやっちゃったかぁ・・・」
「いえ、その・・・大丈夫です。その内慣れますから・・・」
「ん。一緒にがんばろーね」
「はい」
にっこりと微笑み合って手をつなぎながら、二人は宿へと歩いて行く。
***
魔法学園の受付で紹介された仮の宿舎へと二人は到着する。
「それじゃ、また明日ね!」
「わかりました。それではまた明日」
ごく自然に明日からも一緒にいるための挨拶を交わし、アイルはカンナと別れる。
自分に割り振られた部屋へ到着し、ドアを開ける。
「おかえりなさいませ、アイル様」
「!?」
今鍵を開けたはずの部屋のベッドに一人の見知らぬ女性が腰かけていた。
年齢はカンナよりやや年上だろうか。銀髪のボブカットに、同じ色の瞳を持った女性。
妖艶な微笑みを投げかける女性を見て、アイルは警戒レベルを一段階上げる。
「なぜここに居るのか、どうやって入ったのか、いろいろ聞きたいことはありますが・・・まず、貴女は誰ですか?」
「申し遅れました。私は、リリアと申します。以後お見知りおきを」
リリアと名乗った女性はそう言ってスカートの裾を摘まむと優雅に一礼した。
身なりを見た感じは平民以上貴族未満。だが立ち居振る舞いは上流階級のそれだ。
ゆったりとした衣服の襟元には銀の三日月のバッジ。彼女も魔法学園の新入生だ。
鍵付きの部屋に先回りをされていたのも、何らかの魔法で忍び込んだと言う事だろう。あるいは単にピッキングか。
更に警戒レベルを上げる。相手が同じ魔法使いなら何を仕掛けてきてもおかしくない。
「やん♪そんなにジロジロと眺められてしまうと恥ずかしいです」
リリアと名乗った女性はわざとらしく身体をくねらせる。挑発のつもりだろうか。
「何が目的ですか?」
「クールですねぇ・・・そんな所も素敵ですけど」
「質問の答えになっていません」
「やん♪ゾクゾクするような視線ですね。もっと見て下さい」
リリアと名乗る女性の言動が意味不明過ぎて、アイルは眉間にシワを寄せた。
この女性が何を考えているか全くわからない。理解出来ない。
「実はアイル様に折り入って頼みたいことがありまして。まずはこちらを見ていただけると嬉しいのですが」
そう言うと少女―――リリアと名乗った銀髪の少女ははらりと服をはだけさせた。下着が見えるか見えないかというギリギリのラインまで露出させ、妖艶な雰囲気を出す。
「っ―――」
アイルは思わず視線を逸らす。だがそれが間違いだった。
「はい、隙あり♪」
「しまっ―――」
流れるような動きで懐に踏み込んで来たリリアに一瞬対応が遅れ、アイルはあっという間に壁際に追い詰められた。
そのまま両手首を掴まれる。
「うぁっ・・・」
「ダメですよアイル様。魅力的な女性が目の前にいるのに目を逸らしたりしちゃ♪」
リリアが体重をかけてアイルの手首を押さえつける。
(っ・・・なんて力だ。びくともしない)
リリアは美女と言って差し支えのない嫋やかな容姿をしているが、その力は見た目からは想像できない程強い。
「離して下さい・・・!」
「嫌です。これから私はアイル様と愛を深め合うんですから。子種をいーっぱい注いでもらえるまで離しません。名門貴族のご嫡男が同じ宿舎にいると聞いて駆け付けた甲斐がありました♪」
「またそれかっ・・・!」
これでもう通算で何度目の襲撃だろうか。このような夜這いまがいの蛮行をしてきたのは何も彼女が初めてではない。
首都に来てまでこんな目に遭わなければならないのかとアイルは頭を抱えたくなる。が、そのための両手は彼女に封じられたままだ。この状態は非常にまずい。
「ところで・・・そろそろお身体に異変を感じたりはしませんか?」
「それはどういう―――」
言い終える前にアイルの身体に異変が訪れる。追い詰められた緊張感とは別に、鼓動が早くなり身体が火照るような感覚に襲われる。
「まさか・・・魅了魔法・・・」
「流石にお気づきですか。私は金月の皆さん程魔法の才はありませんが・・・魅了魔法に限っては学園で一番の自信があります」
勝ち誇ったような顔でリリアは上品に笑う。
「普通の殿方なら10秒もしない内に獣のように襲い掛かってくるはずなのに・・・流石は天才と名高いルクスリバー家のご嫡男です」
精神系の魔法は術者の属性を問わず習得できる代わりに一般的な攻撃魔法とはまた別の特殊な才能が必要なため、リソースの関係上それらを両立するのは難しい。
この女性はおそらく他の魔法修行を疎かにしてでも魅了系の魔法に特化したのだろう。でなければ対魔法抵抗能力に長けたアイルがこの手の魔法にかかる事はないのだから。
(ダメだ・・・身体が動かない・・・)
「さ、愛し合いましょう?まずは私の服を脱がせてもらいましょうか。殿方は女性をリードするものですよ」
リリアに促されると、意思に反してアイルの手はぎぎぎ、とゆっくりだが確実に彼女の方へと伸びていく。
「ひ、卑怯ですよ・・・!」
「あら、戦いに卑怯なんて言葉はないと思いますけど・・・?」
「戦い・・・?」
「子孫を残すための戦い、ですよ」
その言葉にアイルはびくりと身体を震わせる。言うまでもなく貴族の家名が欲しいだけの女は彼のトラウマだ。
「私の家は哀れな没落貴族の一族でして・・・両親からは家の復興のため何としても位の高い貴族の男を篭絡せよと厳しく躾けられているんですよ」
「そんな・・・っ!それじゃまるで・・・貴女は親の奴隷じゃないですか!」
アイルの言葉にリリアの眉が僅かに動き、一瞬動きが止まる。だが―――
「そうかもしれません。でも、この国ではそれが普通でしょう?」
アイルの言葉にリリアは微笑む。まるで、自分が不幸だとは微塵も思っていないような表情だ。
「貴方だって、何かしら両親の期待を背負ってこの首都へ来ている・・・違いますか?」
言い返せない。世界一の大魔導士になるのは確かにアイル自身の夢だが、それ以前に父親の願いでもある。
そもそも目指し始めたきっかけが自分を捨てた母親を見返すためなのだから、そういう意味でも親の影響が全くないとは言い切れない。
「ほんの10年程前まで当家は一つの町の統治を任される立場でした。しかしそれに嫉妬した者の謀略によって蹴落とされ、地位も財力もすべてを失いました。町を追放された挙句、今や食べていくのがギリギリの平民と大差ない生活を余儀なくされています」
訥々と語るリリア。その表情からは彼女が抱いている感情が読み取れない。
「貧すれば鈍するとはよく言ったものでして、優しかった私の父は失脚を境に豹変し、酒に溺れ、私や母に手を出す事すらするようになりました」
「・・・」
「人は一度贅沢の味を覚えてしまうとなかなかそれを忘れられない生き物です。なんとしてもかつての栄誉を取り戻したい。また、当家を蹴落とした相手の一族に両親は並々ならぬ恨みを抱えています」
彼女がアイルを揺さぶる為の嘘を言っているようには見えない。そもそもアイルを篭絡するのならこんな身の上話をする必要はない。
「ですが没落した現状では復讐すらも許されません。彼らを蹴落とし返し、再び故郷へと返り咲くためには彼らよりも高貴な一族との縁組が必要不可欠なのです」
世界一豊かな国であるナスタ王国にもこうした負の一面は存在する。激しい権力闘争の末に輝かしい栄光を手にした一族がいれば、その陰で没落していく一族がいる・・・。
これまで箱入りのお坊ちゃんでしかなかったアイルはその事を知ってショックを受ける。よもや自分の知らない所でアイルの父親もそうした戦いを繰り返していたのだろうか。
リリアは今まで彼に迫ってきた女性達とは明らかに決意の重さが違う。それは彼女が抱えている背景の暗さをそのまま映し出していた。
「僕は・・・・・・」
今にも泣きそうな暗い顔で俯いてしまったアイルを見てリリアは思う。
(見ず知らずの女の為にそんな顔ができるなんて、とても優しい殿方・・・最初はその血だけが目的でしたけど、今は貴方自身に惹かれてしまいました。もし違う出会い方ができていたなら―――)
ふるふるとゆっくり首を振ると、リリアはアイルの耳元で囁く。
「ですが、今はもうそんな事関係ありません・・・」
「え・・・?」
「はじめは子種だけもらえれば良い予定でした。ですが今は違います。高貴な身分であるのに卑しい身分の私を気遣ってくださった貴方に、私は恋をしてまいました・・・」
「こ、恋・・・?」
アイルには言葉の意味が分からない。彼はまだ15歳の少年、それも箱入りのお坊ちゃんだ。これまで彼に言い寄ってきた女性が恋などという言葉を口にした事もない。
カンナはあえて自分が彼に恋心を抱いている事を告げなかった。だからこそ彼は今リリアの言葉に戸惑っているし、それが最悪の形でリリアが彼の心に付け入る隙となってしまっていた。
「えぇ、見事なまでの一目惚れです。愛していますわ、アイル様。好き・・・好き・・・」
畳みかけるように愛の言葉を囁きながらリリアは更に接近してくる。密着距離まで肉薄すると、彼女はアイルの顔に両手を添える。
「やめて・・・っ」
がし、とアイルは彼女の肩を掴んで押し返す。リリアがここで初めて驚いたように目を見開く。
「あら?もう術が解けて・・・お喋りが過ぎましたか。いえ、それにしても早すぎる・・・」
リリアが何かブツブツと呟いているが、今のアイルはそれどころではない。魅了状態の解除こそできたが、依然として至近距離に詰め寄られたままだ。
「まぁ、ここまで来てしまえば魔法は関係ありませんね。私自身の魅力で堕としてしまえば・・・」
ぐいっ、と押し返した腕をさらに押し返される。単純な膂力で負けているし、両手を封じられているせいで懐に仕込んだ奥の手の魔道具を使うこともできない。
カンナであれば蹴りや頭突きでも喰らわせて難を逃れているのだろうが、生憎アイルにそういった心得はない。
絶体絶命のピンチだ。リリアがアイルを拘束したまま唇を奪おうと顔を近づけてくる。
「それじゃ、失礼して・・・いただきます♡」
(もう、ダメか―――)
その時、不意にコンコンと部屋の扉をノックする音がした。
『アイル君、いるー?』
「カンナさん・・・!?」
「ちっ」
リリアが短く舌打ちをすると、アイルの拘束を解く。
「邪魔が入りましたね・・・今日の所は引きさがります。それではアイル様、ごきげんよう」
はだけた衣服もそのままに、リリアは部屋から出て行った。
(助かった・・・?)
危機一髪難を逃れたアイルは、壁にもたれたままへなへなと座り込んでしまった。
***
カンナは宿舎の前でアイルと別れた後、明日の待ち合わせ時間と場所を決めていなかった事に気づき、その話をするためにアイルの部屋へと訪れた。
(あー、でもアイル君寝ちゃってたりお風呂入ってたりしてたらアレかなぁ)
少しの間迷った後、遠慮がちに部屋の扉をノックする。コンコン。
「アイル君、いるー?」
『カンナさん・・・!?』
中からアイルが驚いたような声がする。しまった、やはり取り込み中だったか。
カンナが後悔していると、ガチャリと部屋の扉が開いて見知らぬ女性が出てきた。
カンナよりもやや年上で銀髪銀眼の女性。スタイルは抜群で、同姓のカンナから見てもかなりの美人に見える。やや乱れた衣服からは妖艶な肢体が覗いていた。
「え・・・?」
突然の出来事にカンナが口をポカンと開けていると、銀髪の女性が話しかけてくる。
「あら、可愛いお嬢さん。アイル様のお友達かしら?良いタイミングで来ましたね」
女性は皮肉たっぷりで言ったのだが、その言葉の意味がわからずカンナは首を傾げる。
「あの、あなたは―――」
「すみませんが、先を急ぎますので」
挨拶もせずに女性はそそくさと去っていく。不思議に思ったカンナだが、とりあえずはアイルの部屋に入る事にした。
「夜遅くにごめんね。明日の待ち合わせなんだけど―――」
部屋に入るなり、ぴた、とカンナの動きが固まる。顔を赤らめ、荒い息をつきながらアイルが壁にもたれて座り込んでいる。
「あ・・・どうも、カンナさん・・・」
うるんだ瞳でカンナを見上げるアイル。可愛い、と思ったがそれどころではない。
「ちょっ、ど、どうしたの!?アイル君!」
慌てて駆け寄ると、アイルは恥ずかしそうにうつむく。
「ちょっと・・・さっきの人といろいろありまして・・・」
言い淀むアイル。荒い息、紅潮した頬、そして先程部屋から出てきた衣服の乱れた美女。
カンナの脳内で嫌な想像が一気に膨れ上がる。
「そんな、まさか・・・アイル君、あの人にえっちな事されたの!?」
鬼気迫る表情でアイルに詰め寄るカンナ。
「い、いえ・・・おかげさまで、未遂に終わりました」
「どこまで!?どこまでされたの!?」
カンナは冷静さを失っている。
「ですから・・・押し倒されはしましたが、何もされていないんです。される直前でカンナさんが来てくれたので」
落ち着いた口調で諭されて、ようやくカンナの頭が冷えてくる。
「・・・そっか、良かったぁ~」
ほっとした様子を見せるカンナ。アイルを助け起こして、ベッドに座らせる。
「『あたしの目の前で他の女に骨抜きにされた挙句そのまま童貞を奪われるアイル君』なんていなかったんだね!ホントに良かった!」
「なんだかやけに具体的な言い方ですね・・・まぁ、はい、おかげさまで助かりました」
「まったく!同意もなしに無理やり男の子にえっちな事をしようなんて、女の風上にもおけないよっ!」
ぷんぷんと怒りをあらわにするカンナ。普通こういうのは男女が逆のはずなのだが、とアイルは苦笑する。
「ま、無事だったならそれでいっか!それで、明日の待ち合わせなんだけど―――」
二人は明日についての打ち合わせをした後、少しの間雑談をする。やがて完全に月が登り切り、消灯の時間が近づく。
「ん、もうこんな時間かぁ・・・」
「そろそろ消灯の時間ですね」
「うーん、アイル君一人にしとくのは心配だなぁ・・・あたしが一緒に寝てあげよっか?」
「いえ、さっきのは初手で奇襲をかけられた結果なので・・・わかっていれば二度目はありません。ちゃんと対策も考えてあります」
策謀の類には自信があるのか堂々と言い放つアイル。なるほどいきなり押しかければ良いのかとカンナは妙な勘違いをしたまま納得した。
「わかった。それじゃあ、また明日ねアイル君!」
「はい、お休みなさいカンナさん。今日はありがとうございました」
こうして二人の会話は終わり、それぞれの部屋へと戻っていく。
明日からは、待ちに待った学園生活が始まる・・・。
***
感想とか今後希望する展開とかあったらお気軽にどうぞ。
辛辣な批評もばっちこい!作者が死なない程度によろしくな!